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勇者は魔王を知っていた

4.勇者は魔王を知っていた  魔王様がやたらと触ってきます。ぺったりくっついてきます。今も料理をする俺の背中に張り付いています。特に何を話すでもなく無言で、ただただ俺を抱きしめるだけ。  ありがたい。が、耐えられない。 「ま、魔王様、刃物を使うので離れた方がいいかと思います」 「平気だ。気をつけるし、別に傷を負っても構わない」 「僕が構うんです」 「平気だ」  絶対離れないぞという意思表示だろう、更に強く抱きしめられた。おまけに、すりすり頬ずりまでしてきた。  あああ、もう。 「言いましたよね! 僕があなたにどんな想いを抱いているか! ムラムラするか!」 「俺のことを好きでいてくれているんだろう?」 「そ、そう!」  振り返り、頷く。魔王様はふにゃりと笑みをつくり、こちらを見上げていた。 「うれしい」  あああ、もう。もうっ!  これは誘われているんだろうか。襲ってもいいということだろうか。いやしかし、魔王様の見た目は15歳、それも発育不良な男の子、背徳感が半端ない。それも堪らない。 「魔王様」 「なんだ?」  前に回されていた腕を解き、魔王様と向かい合う。膝を折り、目線を合わせる。ああ、なんて美しい赤い瞳なんだ。頬に手を置き、薄い桃色の唇へ 「ところで、『ムラムラ』とはなんだ?」  ――あっぶな。  俺は慌てて背を反らした。魔王様の純粋な目線が痛い。15歳なのは見た目だけじゃなかったのか。魔王城に引きこもっていたからか。  危ない、危ない。さすがに、ムラムラを理解されないまま、襲うわけにはいかない。 「ええと、それは、その、つまりですね、俺は、魔王様を」 「あ」 「え」  あんなに言っても離れてくれなかった魔王様が駆けだした。窓に駆け寄り、「今大きな鳥がいた」とはしゃいでいる。全く、無邪気なことだ。   「あー、はいはい。外に出るときは、玄関からですよ」  立ち上がり、魔王様の肩に手を置く。その途端に、勢いよく振り向かれた。その顔は真っ赤に染まっていた。大きな目が、潤んでいる。  え。   「あ、わ、わかっている!」 「魔王様」 「手を離せ、外に行ってくる!」 「魔王様」  ちくしょう。堪らん。  かわいい、好きだ。  小さな頭を引き寄せ、その唇にかぶりついた。中に舌をいれ、歯列をなぞり、蹂躙する。ああ、俺、今、あの魔王様と口づけている。夢のようだ。もうこれだけで達してしまいそうだ。  慣れていないのだろう、小さく声を漏らしながら必死に息継ぎをしようとする様がかわいくて堪らない。  ああ、魔王様、かわいいです、愛らしいです、堪りません。 「まお、魔王様、どうか、俺、僕のことをリッツと、リッツと呼んで下さい」  魔王様は荒い息を繰り返しながら、とろんとした瞳で首をかしげた。 「リッツ?」  唇がつやつや濡れている。俺の唾液で、魔王様が汚れている。白い首筋を撫で、衣服の下の肌に触れる。  熱い、心臓が健気にどくどく打っている。   「ああ、ジル様、ジル様」    好きです。  突然、甘い雰囲気(だったはずだ)をぶち壊す痛みが腹に響いた。魔王様の足が俺の腹にめり込んでいる。  え。軽く吹き飛び、尻餅をつく。  さすがです。  じゃなくて、え。 「何故、俺の名を知っている?」  何故って。 「魔王様は元から魔王様じゃない、僕と同じ人間でしょ。名前があって当然じゃないですか」 「それを何故お前が知っているんだと聞いている」 「読んだからですよ。誰でも読めるものではありません。僕は王子ですから、城にそういう書物がたくさん残っていました。それで」  魔王様――ジル様は青ざめ、俺を睨んでいる。  どうして。 「俺は、嫌いだ。俺を、こんな目に合わせた人間が嫌いだ」 「大丈夫です。僕はジル様の味方ですよ。僕はそんな人間達とは違います」  しまった。性急すぎただろうか。ジル様がこうも動揺するとは想定していなかった。せっかく、恐らくだが、ジル様が俺に心を許してくれかけていたのに。  ジル様は見た目通りの年相応の心細い表情をし膝を抱えてしまった。冷や汗が背中を伝う。何を間違えた? 何を考えている? どうしてそんなに怯えた目で俺を見るんだ。俺は、本当に本当に、ただどうしようもなく、あなたのことが大切で好きで、それだけなんだ。  まだ早いと思った。けど、今言わないととも思った。 「ジル……魔王様、僕の話を聞いてくれますか」  

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