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勇者は魔王を崇拝し恋していた

 5. 勇者は魔王を崇拝し恋していた    魔王は、魔物を支配し、人間を襲う。その魔王を討伐するために、少しでも力を持つ子供は王都に集められ、教育を受けることになった。子を差し出した親には多額の報酬が与えられるため、力を持つ子は、生まれながらにして親孝行だと言われた。それくらい当然のように、子供は国に売られた。  教育機関では、力の扱い方はもちろん、魔王の歴史についても教え込まれた。曰く、魔王は悪であり、それを討つ俺たちは正義であり勇者だと。魔王は魔物を操り、人間を滅ぼそうとしているとか、そういうことだ。  魔王は突如として現れた。町1つを襲い、一晩の内に壊滅させた。黒い衣を目深に被る彼の姿は、恐怖の対象として数々の教本や絵画に描かれている。  俺は、王子でありながら強力な力を持つという異色の勇者だった。これまで王族内で力の発現があるものはいなかったからだ。  だから、奴らは油断をしていたのだと思う。  王族しか入ることを許されない図書室がある。そこには古い書物がたくさんあった。その中に、奇妙な本があった。背表紙には『ジル』とだけ書かれていた。中身は、この国で一番初めに力を発現させた少年に対して行われた非道な実験の数々と、その結果だった。  物を浮かす、壊す、操ることができる。想像を現実に顕わすことができる。魔物と強い親和性を持つ。身体の耐久性の高さ、それに伴う修復力の限界値はどれくらいか。  そして、少年の突然の失踪。  その数年後から魔王と呼ばれる存在が現れる。  本は語る。魔王の正体は、俺たちと同じ人間であり、それも人間に恨みを持つ人間であり、復讐を目論んでいる可能性が高い、と。  本には、2枚の少年の絵が描かれていた。城に『保護』された当時の黒髪、黒い瞳の少年、そして、様々な実験を経て、髪は白く、瞳は赤く変化した少年。  やがて、俺は目撃する。迷い込んだ森の奥、魔物達と笑い合う、黒い衣をまとった少年、それは、紛れもなく、あの本の中に描かれていた少年だった。あの頃の姿のまま、彼はそこにいた。  どくんと心臓が打った。  初めてのことだった。  もし、魔王という存在がいなければ、もし、力を持つ者を大切に扱う必要がなければ、俺だって、異端としてどういう扱いを受けていたのかわからない。  あの本を読んで以来、俺は、本当に魔王に感謝をしていた。心酔していた。  ただそのときはそれ以上に、あの少年――ジル様の笑顔に胸が高鳴って仕方がなかった。 「ジル様を、助けてほしい」  力を持つものは、魔物との親和性が高い。  その事実を知っているのは、おそらくは俺だけだろう。森の中で俺と対峙した竜に思い切って声をかけると、彼は人型となり、話を聞いてくれた。そしてそう言った。彼は名をシィラといった。  それは、この100年の発端となった事件だった。  少年――ジルが特別可愛がっていた小型の魔物が、町に迷い込み、そしてそこで暴行を受け死んでしまった。ジルはそれにひどく悲しみ、その種族の長に強く後押しされ、町を滅ぼした。  それからは坂道を転がるようだった。   「そもそも魔王様にひどいことをした人間をこのままにしてはおけない」  魔物達のその思いは次第に大きくなり、ジル様の気持ちを置いてけぼりにし、やがては本心を見失わせた。自分は人間を滅ぼしたがっている、みんながそのために頑張ってくれている、そう思うようになった。 「いずれ我に返ったときに傷つくのはあの人自身だ。早く、終わらせてあげてほしい」  シィラは美しい魔物だった。深い青色の瞳に銀の長い髪をしていた。「あの人間が人間であることが哀れであの城から連れ出した。彼は強く優しく、皆から慕われた。けど時折寂しそうに外を見ている、夜、泣いて起きることもある。それはあの考えられない程非道な実験の夢であったり、お前達の間で普通の子供として育つ夢だったりするそうだ」、そう話した。 「私を傷つけられたとあれば、あの子はもう刃向かわないだろう。私はあの子と他の魔物達にに信用されているからね。『今度の勇者は強い。敵わない。もうやめましょう』そう進言する」  結果、魔王はあっさり降伏をした。城の前で待っていると、現れたのはあの少年だった。馬車へと案内するため引いた手は酷く冷たく、そして震えていた。   *** 「この話をあなたが聞くとシィラ・・・・・・魔物達のところへ帰りたがるんじゃないかと思って言えなかった。けど、信じて下さい。俺にこれ以上の底はない。あなたが何に怯えているのかわかりませんが、どうか、そんな顔をしないで、俺に、触れて下さい」  手を、そろりそろりとジル様の方へ、床の上を這わせる。  ジル様は顔を上げ、濡れた瞳で俺を見、そして手を見下ろした。 「名前、久しぶりに呼ばれたからびっくりして、色々、思い出しちゃった」  「もう随分といい年なのになあ」、そう照れたように笑う。  その小さな姿を抱きしめた。ジル様は、抵抗しなかった。俺の背中に手を回してくれた。 「シィラ」  呟かれた名前にぎくりとする。もし、もし、ジル様が魔物達の元に帰りたいと言い出したらどうしよう。  そのときは、その望みを叶えるしかない。そのときは、そのときは、俺は、どうするんだ? 「ありがとう」

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