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第2話
* * *
小学生でロボット対戦の世界大会優勝を成し遂げた荻野時哉の名前は、大々的なニュースとなって、eスポーツに興味のない人間でも知っているくらいに広まった。それまでeスポーツ、特に格闘技関連の主力は二十歳前後と決まっていたからだ。それがアマチュア、しかも小学生がプロ・アマ混合の世界大会に出場して優勝をしてしまったのだから、世の中は湧きたった。
天才少年と言われた時哉は、整った容姿とあいまってアイドル扱いされた。当時の彼のサポーターは父親で、職業がプログラマーだと聞くと、誰もが「だからか」と納得をした。
屈託のない笑顔と人なつこい性格。愛らしい容姿からは想像もできないほどの、雄々しいファイティングスタイルに多くの人が夢中になった。
だけど、中には皮肉な態度で彼を評価する人もいた。子ども向けのルール内でしか通用しないって。時哉が優勝した大会は、出場者の年齢制限を設けない、十五歳以下規定のルールでおこなわれていたから。
たしかに、十五歳以下はルールが違う。たとえサポーターが大人であっても、プレイヤーが十五歳以下なら武器などの制限がかけられる。
「でも、時哉なら問題ない。きっとプロとして第一線で活躍すると思っていたのに」
重たい息がこぼれた。
勉強に専念したいからと、時哉は試合に出なくなった。けれどテレビやネットで、解説者として登場していた。自分ならどうするか、という意見を交えた解説は、とても参考になった。声変わりを経て、高校生になった時哉はさわやかな好青年としてCMに起用され、ますますアイドルみたいに扱われた。
いつ選手として復活するんだろうと、ワクワクしながら彼と対戦する日を夢見て、この大学を受験したのに。
「なんで、サポーターに転向しているんだよ」
専用のフレームに入れて飾ってあるポスターの時哉は、明るい日差しを浴びて炭酸飲料を顔の横に持ち上げている。これを手に入れるために、ケース買いをして応募券を集めた。当選数が十枚という貴重なポスターは、僕の宝物のひとつだ。時哉のサイン入りのポスターに向かって正座して、手を合わせる。
「どうか、またプレイヤーに戻ってください。そして僕と、対戦をしてください」
僕に目標を与えてくれた時哉。同い年の少年の輝かしい記録は、寂しい日々を過ごしていた僕に、明るい夢を持たせてくれた。もちろん、簡単な事ではなかったけれど、ジュニア養成スクールの試験に合格して、首位を取り続けて、この大学に入学できたのは時哉がいたからだ。
「はぁ、時哉」
生身の時哉に声をかけられるどころか、パートナーに誘われるなんて、想像すらしなかった。
「なんで、プレイヤーを止めたんだろう」
聞く機会はいくらでもあったのに、答えてくれないポスターにしか、問えない自分が情けない。
モヤモヤする気持ちを抱えて、じっとしていると余計に気分が沈んでしまう。
「訓練室に行こう」
声に出して自分を促し、部屋を出た。同級生は講義を受けている時間だけど、僕は特例で自由受講になっていた。そうなるために、首席をキープしている。つまり、自分で言うのもなんだけど、僕は特別待遇されている。
僕だけじゃなくて、特科と呼ばれるクラスに配属されている生徒は、皆そうだ。もちろん時哉も特科クラス。特科の生徒は設備を好きに使えるパスを与えられる。
腕輪型の学生証の中に埋め込まれている専用パスをかざせば、訓練室と呼ばれているシミュレーションルームを自由に使える。シミュレーションとは言っても、コクピット型のプレイシートは本物だ。敵が偽物というだけで、実践と同じ経験を積める。この学校には、授業で使う大きい訓練室が三部屋。対戦もできる狭い訓練室がふた部屋と、個人練習ができる狭い個室型の訓練室が五部屋ある。そのうちの、個人練習ができる部屋に入った。
いくら技術があったって、経験がなければ活かせない。
シミュレーション・データは、世界中の様々なプレイヤーの行動パターンを、試合映像から吸い上げて登録しているらしい。たいていの人は、自分の苦手なタイプのデータを選んで戦う。だけど、僕はいつもランダムに設定していた。相手がどんな戦い方をするのか、わからないまま対戦をする事だってあるからだ。
(時哉と戦うために、もっともっと強くならないと)
追随される心配もないくらい、絶対王者と呼ばれるレベルに到達したい。大学に入ってから、プレイヤーとしての時哉の戦績はゼロだ。だけど、サポーターとして下位の選手を上位選手に勝たせた手腕を見れば、時哉の技術がいかにすごいか判断できる。
(時哉がサポーターになった選手と戦うとしたら)
プレイヤーの特性を活かしたサポートをする時哉の、変幻自在の戦略に対応するためには、予想外の出来事にも瞬時に対応できなきゃいけない。
スイッチを入れて起動させ、対戦相手のレベルを世界ランクに設定。相手のタイプをランダムにして、コントローラーを握った。空気の抜ける音をさせながら、プレイシートの屋根が降りてくる。ARゴーグルを装着すれば、僕の意識は試合会場に飛ばされた。
目の前に広がるのは、広大な宇宙空間だ。深く息を吸い込んで、敵がどこから現れるのかを探る。五感を研ぎ澄ませ、右手の指を素早く動かしてキーボードを叩き、データを探った。本来なら、これはサポーターの仕事だ。プレイヤーはサポーターからの情報をもとにして、敵に挑む。
だけど時哉に匹敵するほどのサポーターは存在しない。だから僕は、プレイヤーでありながらサポーターでもあれるように、訓練していた。
どのくらい戦っただろう。頭がキーンと痛くなって、キーボードを叩く指がだるくなった。そろそろ休憩にしようとスイッチを切りかけたところで、外部からのアクセスを感知する。
『やぁ、昴。今日もすばらしい成果だったね』
少し妙なアクセントの日本語で、相手が誰だかすぐにわかった。同じ特科クラスの雨宮斗真。中学までは、別の国で暮らしていたらしい。サポーターとしての腕は、世界に通用すると自信満々の彼は、時哉と同じく引く手あまただ。
プレイシートの開閉ボタンを押して、ゴーグルを外す。
「なんだ。今日はもう終わりか?」
プレイシートの背後にあるサポーター席から身を乗り出して、斗真は唇を尖らせた。白い肌に金色の髪の斗真の容姿は日本人離れしている。どっちかの祖父がどこかの国の人だとか言っていたけど、興味がないから覚えていない。瞳は薄い茶色で、彫りの深い顔立ちをしている斗真は、時哉とは違ったタイプの美男だ。
前髪を軽くかき上げてほほえむ姿は、映画俳優みたいだ。自分はカッコイイと熟知している自信が滲み出ていて、少し苦手だ。
「十二戦戦十二勝……まあ、続けて戦えば集中力も摩耗するな。この後、食堂で甘い物を食べるんだろう? スコアについて、語り合おう」
「必要ない」
「どうして? 自分ひとりで考えるより、別の人間の考えを知ったほうが有意義な考察ができるよ。君だって、いつまでもサポーターなしでプレイをするわけにはいかないし、他人の意見を聞くのも、いい経験になるんじゃないかな」
無視をしようとすれば、腕を強く引かれた。僕よりも頭ひとつぶん背の高い斗真は、護身術でも習っているのかガッシリしている。不意を突かれてよろけてしまい、すっぽりと腕の中に包まれてしまった。
「ねぇ、昴。僕は君の役に立つ。保証するよ。だから、話をしないか? 君のプレイスタイルをもっと知りたいんだ」
「僕を攻略するために?」
感情を込めずに言えば、大げさに驚いた顔をされた。
「まさか! 君のサポーターになりたいからだよ。ねぇ、昴。サポーターがいなければ、公式試合には出られない。君のレベルにつき合えるサポーターは、そうそういないよね? だから君には僕が必要だよ」
にっこりと言い切った斗真に、鼻を鳴らした。
「雨宮の実力は認めているよ。さすが特科のサポーターだなって」
「それなら」
「だけど、僕には不要だから。僕は僕のやりたいようにやる。サポーターがいなきゃいけないっていうのなら、飾りの人間がいい。僕の邪魔をしない程度のね」
「下手に実力のあるサポーターは、邪魔になるって? だけど、相手が時哉ならどうだろう」
斗真の頬に意地の悪い笑みが浮かんだ。しっかりと腰を抱かれて、顎を掴まれる。
「ひとりぼっちが好きな、冷たい氷のお姫様。君が焦がれる王子様は、今のままでは手が届かないよ? 人魚姫みたいに泡となって消えてもいいのかな」
腹の底に響く甘い声に、ゾワリと産毛が逆立った。癇に障って、思い切り肩を突き飛ばす。あっさりと腕が離れたのは、斗真が本気で僕を引き留めようとしなかったからだ。
(まだまだ、僕は鍛え足りない)
プレイヤーの運動能力や強さは直接ゲームに影響はしないけど、体の使い方を知るために鍛えておくのは有効だ。イメージトレーニングだけで充分だと言って、基礎的な体力づくりだけで、あまり運動をしないプレイヤーもいるけれど、僕は自身も強くありたい。
だから、体格差があるとはいえ、あっさりと斗真に抑え込まれた自分に苛立った。
「僕は姫じゃない。戦士だ」
おどけた様子で肩をすくめられて、ムカついた。
「そういう態度は、かわいい女の子にでもすればいい」
「好きでもない相手には、したくないね」
これ以上、会話を続けていたくなくて背を向ける。僕以外にも特科のプレイヤーはいるんだから、そっちに声をかければいい。僕は僕のやり方で時哉と対戦する。時哉がこのままプレイヤーに戻らないのなら、彼が選んだプレイヤーと戦うまでだ。そんなことに、なってほしくはないけれど。
食堂に向かうと、斗真がついてきた。無視をしてプリンアラモードとミックスジュースを注文し、席を探す。
「あ、時哉だ」
斗真の声に反応して、思わず探してしまった。
「一緒にいるのは、同じ特科の坂越優弥だな」
柔和な容姿と物腰から、プリンスなんて呼ばれている特科のプレイヤーと時哉が談笑している姿に、ズキリと胸が痛くなった。
(さっきまで、僕に声をかけてくれていたのに)
「ふたりが組めば、世界戦もベストエイトには入れるだろうな」
ポンッと軽く肩を叩かれても、反応ができなかった。時哉が別のプレイヤーと親しくしている姿に嫉妬をするなんて、僕は勝手だ。時哉の目に、僕だけを映してほしいなんて、ワガママな気持ちを抱えているくせに、時哉からの誘いを断り続けているんだから。
時哉がプレイヤーに戻らないのなら、誰かと組んでもらわないと対戦ができない。だけど、あきらめずに口説いてほしい、なんて思ってしまった。
心の中で、深くて重いため息を吐く。分裂する気持ちを抱えて見つめていると、時哉と目が合った。目をパチクリさせる時哉に、斗真が朗らかに片手を上げる。
「やあ、時哉、優弥。特科のプリンスが並んでいる姿を見られるなんて、幸運だな」
「誰がプリンスだ。そう呼ばれているのは、そっちだろう」
親しみのこもった苦笑で、時哉が斗真と僕を交互に見た。
「いやいや。僕はせいぜい騎士どまり……サポーターだから、騎士というより魔導士かな? 相席をしてもかまわないよね」
「もちろん」
にこやかに返事をしたのは、優弥だ。おどけた調子でうやうやしく礼をした斗真に促されて、時哉の向かいに座る。
「ふたりで訓練を?」
柔らかな優弥の問いに、首を振った。
「僕にサポーターは必要ない」
プリンにスプーンを差し込んで言えば、斗真が頬杖をついて苦笑した。
「口説いても口説いても、そっけなくってね。まったく、男心を燃やす術をよく知っているお姫様だよ」
不本意な話だけど、僕はなぜか姫呼ばわりされている。おそらく、甘い物が大好きだからだろうけど。
「そんなに食べても、太らないのが不思議だよね」
優弥の前には紅茶だけ。時哉はアイスコーヒーで、斗真はホットコーヒーだ。
「昴はしっかり運動をしているからな。朝夕のストレッチとランニングを、欠かさないからじゃないか?」
時哉に言われてドキッとする。どうして知っているんだろう。
「へぇ? お姫様は努力家なんだなぁ」
からかう斗真を無視して、ミックスジュースに口をつけた。
「別に。体力づくりは誰だってしているだろう」
ゲームに体力は必要ないなんて言う人もいるけれど、とんでもない。集中力と体力は、かなり使う。そういう相手には、将棋の試合を例に出して説明をする時もある。長丁場で頭を使って、全身全霊をかけて戦う棋士たちは、しっかりと食事をとるしオヤツも食べるだろうって。
eスポーツは気力、体力ともに必要だ。その上、動体視力や瞬発力なんかも重要だから、プロ選手はアスリート並とまではいかないまでも、体力づくりを重視している。運動が苦手なプレイヤーであっても、基礎体力の鍛錬は欠かさない。
「ごちそうさま」
さっさと食べて席を立てば、斗真も続いた。
「それじゃ、おふたりさん。デートの邪魔をして、悪かったね」
食器を片づけて廊下を進む。なぜか斗真もついてくる。
「デートと言っても、否定をしなかったな」
ニヤついた声が背中にかけられた。無視をすればいいのに、反応してしまった。
「いつもの軽口だと思っただけでしょ」
「本当にデートだったのかもしれないよ? あのふたりは、絵になるからな」
爽やかな時哉と、秀麗な優弥の組み合わせは、たしかに絵になる。さっき斗真がふたりをプリンスと言ったのは、彼が勝手に言っているだけじゃない。格闘ロボットゲーム界の貴公子なんて、ダサいあだ名をつけられている優弥は、時哉と並んでアイドルみたいな扱いをされている。ファンクラブもあるらしい。
「僕も負けてはいないけど、ふたりとは毛色が違う」
自分をさっき騎士だと言った斗真は、長身で細マッチョと呼ばれる体型だから、たしかに王子というよりは騎士かもしれない。そして僕は、三人と比べれば背も高くないし、華奢と言われてもおかしくない体格だ。といっても、か弱いわけじゃなく、ちゃんとトレーニングをしているから、それなりに筋力はある。
(でも、どうして時哉は僕がストレッチとトレーニングをしているって、知っていたのかな)
早朝、まだ日が昇り始めたばかりの時間にストレッチをして、あまり人の来ない敷地内の森を走る。夕方も、皆がくつろぐ時間帯に、同じコースを走っていた。学校の敷地内には買い取られた時のまま、自然を残した箇所が多くあって、僕はそういう場所での個人練習が好きだった。足腰を鍛えるためには、起伏の多い場所が効果的だし、柔らかい土のほうが、コンクリートよりも足を痛めにくい。
だけど、多くの生徒は整備されたトレーニングルームや、舗装された道を好んで運動している。トレーナーもいるから、そっちのほうが効率的だとは思うけど、僕は人に指示をされるのが好きじゃなかった。慣れていない、と言った方がいいかもしれない。何より、こういう場所は、人がほとんどいないから気が楽だ。
誰かといるのは、苦手だ。
ずっと、ひとりでプレイをしてきた。だから公式の試合に出た事はない。だけど非公式なら、記録を残してきた。実力に自信はある。
授業でサポーターと組んで試合をしなくちゃいけなかった時、正直言って邪魔だと感じた。僕の方が反応も判断も早かった。お飾りで座っているだけでも相棒と呼ばれるのなら、下手に実力のある人よりも、無能で自己主張をしないヤツがいい。
(無能って言っても、ここに入学できているんだから、上位レベルではあるんだけど)
「恋しい相手に想いを告げられない人魚姫」
僕を追い越して、斗真が前に立った。腰を引かれて抱きしめられる。外国は日本よりもスキンシップが多いと聞くけど、斗真は過剰だ。
「サポーターは必要だよ。今までは行儀のいい試合ばかりだったんだろうけど、世界にはえげつない攻撃をしかけてくる連中もいる。ハッキングすれすれの攻撃だ。戦いながらプログラムの再構築をするのは大変だろう?」
「知っているよ」
違反スレスレのプレイをする人間は、どんな業界でも存在する。平和な試合しか知らないと思われているのは、心外だった。
「僕は賞金で生活をしてきたんだ。この意味は、わかるよね?」
パートナーを持たない人間が賞金を得られる試合は、金持ちの道楽がほとんどだ。実力のある者を引き抜くために開かれる場合もあるし、公には禁止されている賭け試合もある。後者はサポーターのハッキングでプレイヤーを攻撃する場合が多い。
(そういった場所でも、僕は勝ち続けた)
両親が離婚して、父親の暴力に遭って、施設に預けられた。施設に居られる年齢は高校卒業まで。卒業すればひとりで生きていかなければならない。そのためには、お金がいる。施設での生活に、不満は無かった。でも、小遣いなんて与えられないから、何かしたいと思ったら、自分でお金を稼がなきゃいけなかった。
衣食住が守られているうちにお金を貯めて、進路を決めなきゃいけないと考えていた矢先に出会った、時哉の快挙を告げるニュースは鮮烈だった。ああなりたいと望んで、施設の人には内緒で、色々な試合に参加した。ネット環境さえあれば、アンダーグラウンドの試合を探して登録し、出場するのは簡単だった。
(僕はもともと、サポーターの資質が強かったんだ)
だから隠された情報にアクセスして、スポンサーとコンタクトが取れた。機体は出資者の誰かが持っている。施設から通える場所、あるいは休みの日を利用して、友達の家に遊びに行くとか泊まらせてもらうとか言って、いろんな試合に出場してきた。アリバイ作りは、お金があれば簡単にできる。優秀なプレイヤーを得るために、あるいは面白がって、出資者が完璧なアリバイを作ってくれた。
観察する顔で見下ろしてくる斗真を、にらみつける。
「だから、サポーターは必要ない」
きっぱりと言い切れば、ギュッと抱きしめられた。
「かわいそうに、人魚姫。海の底で、ずっとひとりで努力を続けてきたんだな。だけど、これからは相棒が必要だ。頼れる騎士が、ね」
「必要なのは、もっと自分を磨く時間だよ。騎士なんていらない。僕は姫じゃない」
斗真の顎を押し上げて、離れようとしたら手の甲にキスをされた。ギョッとして振り払い、走り去った。逃げるみたいでカッコ悪いけど、あのまま相手をしていたら、練習の時間がなくなる。
訓練室に入って、機体を起動させる。
斗真の意見を参考にするのは面白くないけれど、サポーターのハッキングパターンをランダムに設定して、練習をしてみよう。今まで経験した試合では、幻の敵を無数に生み出して混乱させるとか、空間を改変するなんて事は、当たり前に行われていた。僕は未経験だけど、AR映像の没入感を利用して、プレイヤー本体がケガをするような映像を見せる、危ないハッキングもあるらしい。
(今まで、そこまでする相手はいなかったけど、経験しておくのもいいかもしれない)
公式戦では禁止をされている、なんでもありの試合というものもある。プロレスみたいなデスマッチとまではいかないまでも、ルール無用の危険な試合だ。
(やばいハッキングを受けた場合の対処も、できた方がいい)
学校にいる間は、そんな経験はしないだろうけど、今後のためと技術向上の役に立つ。
サポーターの席に座ってキーを解除し、過去におこなわれたハッキングのパターンを検索する。なるべく一般的ではない、対応が難しいランクのものを自動出力するように設定して、プレイシートに入った。
試合が始まる。
目の前にスマートな機体のロボットが出現した。両肩に大きな盾がある。細身の人が、大きすぎる肩パットをつけているみたいだ。しなやかな蹴りを繰り出されて、よけながら隙を伺う。弱くはないけど、強いとも言えないレベル。これなら楽勝だと右手でキーボードを叩くと、ARの視界にマニピュレーターの姿が映った。細くてウネウネと動くマニピュレーターは、機体を整備するために使われる。主にプレイシートの不具合を修正するために使われるこれは、細かい作業ができるように、先端に針ほどの太さの指の代わりになる、多指ハンドと呼ばれる細い突起がついている。
(なんで、マニピュレーターが?)
誰かサポーターの席に着いたのだろうか。まさか斗真が? だけど、マニピュレーターを動かす理由がわからない。どうして、と思っていると、マニピュレーターは僕の体にまとわりついた。
「なっ」
ハッキングで、こちらのマニピュレーターを操作されているのだと気がついた。これで腕を縛って、動けなくするつもりか。そうはさせないとキーボードを叩こうとすれば、うなじに電流が走った。
「うっ」
指が浮いて、キーを叩き損ねた。クルクルと巻き付かれて、動きを封じられる。
(まさか、マニピュレーターを使うなんて)
世の中には、様々な妨害工作を考える人がいる。色々なハッキングパターンを想定してはいたけれど、こっちの機体を操作されるなんて思いつきもしなかった。
マニピュレーターは僕の手足に絡みつき、なぜか服の中に伸びてきた。肌を直接、傷つける事は禁止されている。徹底的に動きを奪うつもりなのか。
身をよじってハンドルを操作して、敵機の攻撃をかわしながら、マニピュレーターの動きを制御するためにキーボードを叩き続けた。だけど初動で後れを取った上に、動きを邪魔されているせいで、ハッキング速度に追いつけない。
ズボンのチャックを下ろされて、マニュピレーターに入り込まれる。
「ひっ、ぁ……っ」
思わぬ攻撃に、ビクンと腰が跳ねてしまった。
「なんっ、ぁ、あ」
布越しに敏感な場所をくすぐられて、指が震えた。ズボンのボタンも外されて、三本のマニュピレーターに大事なところをまさぐられた。根元をくすぐられて、先端を揉むように摘ままれて、幹の部分を撫でられて、そこが硬く充血していく。
「ふ、ぁ、んっ、んんっ」
搭載されているマニュピレーターの本数は、十本。そのすべてが起動して、僕の体に巻き付いていた。
「んっ、は、ぁ、あ」
操作ハンドルを握る手が緩んで、攻撃をかわしきれなかった。敵機に押し倒された衝撃を読み込んで、プレイシートが揺れる。振動のせいで、指が跳ね上がってキーボードから離れた。対抗プログラムを入力できなくなって、相手の攻撃速度が上がった。
「く、そ」
マニュピレーターは僕の股間をまさぐり続ける。下着の中で、ムクムクと膨らんでいくものが、僕の負けを主張していた。なんとか逃れようと身をよじったら、ズボンを引き下ろされた。
「ひっ、ぃい」
勃った先端をグリッと押しつぶされて、悲鳴が出た。布越しに切れ目を擦られて、ゾクゾクする。
「は、ぁあ……あっ」
自分の手でするよりも、ずっと気持ちがいい。先端をクリクリと刺激され、根元からクビレまでを撫で上げられる。根元にぶら下がっている柔らかいものを揉まれると、脚の付け根がヒクヒクした。
「ふ、ぁ、ああ……あ、んっ」
モジモジと膝を擦りつけても、マニュピレーターは止まらない。腕に絡んでいるヤツが伸びてきて、胸の上で這いまわった。
「ふっ、ん……ぅ」
キュッと胸の突起をつままれて、小刻みに撫でさすられると奇妙な感覚が生まれた。くすぐったいような、痺れているような、形容しがたいそれは、股間の刺激と呼応して体中に広がっていく。
「は、ぁ、ああっ、ん……んっ、んぁ、あっ」
この攻撃は、いつ止むんだろう。ある程度で終わるはずだ。プレイヤーが戦闘不能になった時点で、終了判定が出て止まるはず。
(悔しいけど、これ以上は続けられない)
操作ができない。プレイヤーを傷つけずに動けなくする方法としては、有効な手段と言える。ただし、こんなプレイが許されるのは、アンダーグラウンドの試合くらいだ。選手を性的になぶるなんて、表立ってはおこなえない。
(こんなプログラムも入力されているなんて、想定外だ)
「あっ、ぁあ、んっ、は、ぁあう」
濡れた下着が肌に張りつく。僕が漏らしているせいだ。マニュピレーターにいじくられて、感じてしまっている。ビクンビクンと脈打つくらい、大きくしてしまっていた。
「ぁ、ああ」
クリクリと転がされる胸の突起も、だんだん気持ちがよくなってきた。こんなところが感じるなんて、知りたくなかった。
「は、やく……終わって……ぁ、ああ」
口に出して願っても、プログラムは聞いてくれない。キーボードを叩いて操作しなければ、機械は言う通りには動かない。なんで、戦闘不能判定が出ないんだ。
「ふぁ、あっ、ぁあ、あ、ああん」
マニュピレーターの細い指先に追い上げられて、いやらしい液が止まらない。下着はすでに、ぐっしょりと濡れている。だけど決定的な刺激がなくて、すぐにでもイケそうなのに出せなかった。
「あっ、ぁあ、あ……は、ぁあ、んっ、ふ、ぁあ」
辛い。イキたくてたまらない。腰を浮かせて揺らしても、マニュピレーターの刺激の強さは変わらない。頭の中で射精欲がグルグルと渦巻いている。ここがどこなのかも忘れてしまいそうだった。
「は、ぁあ、ぁあっ、あ、んぅ……ひっ、ぃぁ、ああっ」
僕の先端の、液が出る孔にマニュピレーターの細い指のひとつが押し込まれた。それを軸に、他の指が回転する。
「ふひっ、ひぁあっ、あ、ああぁんっ、は、ぁあああああっ」
鈴口と亀頭の先端を刺激されて、あられもない声が出た。目の奥がチカチカするほど気持ちがよくて、身もだえながら腰を突き出す。
こんなに気持ちがいいのに、あとひと息の刺激が足りない。腰をくねらせて求めても、マニュピレーターはプログラムに従うだけで、僕の望みは叶えてくれなかった。
「は、はひっ、は、ぁあんっ、あ、ああ」
自由に体を動かせない。支配される恐怖と、与えられる淫らな刺激に苛まれて、いやらしい声を上げて震える事しかできなくなった。
「ふ、ぁ、ああっ、ぁ、は、ぁあんっ、ぁ、ああっ」
どのくらい責められていたんだろう。ふいにマニュピレーターが動きを止めて、僕から離れた。
「は、ぁ、ああ……あ、あ」
助かったと思うより先に、刺激の失せた体が物足りないと感じてしまった。濡れた下着は、中の怒張の形がクッキリとわかるほどに、ピッタリと張りついている。イキたくて手を伸ばしたら、プレイシートが開いて声をかけられた。
「大丈夫か?」
鋭い案じ声に顔を向ければ、時哉だった。股間を握って、動きを止める。
「え、なんで」
間抜けな顔をさらしてしまった。時哉は痛ましそうに顔をゆがめて、僕の頬に手を添えた。
「もう、大丈夫だからな」
心の底から溢れたような、慈愛に満ちた声に心が震えた。ぼんやりしていると、時哉の手が僕の股間に伸びた。
「こんなにされて……辛かっただろ」
「え、あっ……っ!」
反応をするより先に、下着を剥ぎ取られた。かと思うと、時哉の口に含まれる。
(えっ、な、何が起こって……えっ、え?)
疑問はすぐに、快楽に押しやられた。時哉の口で扱かれて、充満していた射精欲の津波に襲われる。
「んぁっ、あ、は、ぁあっ」
頭の先まで、股間の刺激が突き抜けた。
「あっ、はぁ、あっ、ああっ、んっ、あ」
現状把握を忘れた脳が、欲液の発射に必要な情報だけを追い求める。ジュプジュプとねぶられる熱の快感に浸されて、ねだるみたいに勝手に腰が前に出た。
「ぁ、はぁう、んっ、ぁあっ、あ」
恐ろしいほど気持ちがよくて、声が抑えられない。舌と上顎で押しつぶすように刺激をされると、溜まっていた劣情が一気に噴き出した。
「ふぁ、あっ、あ、あああぁああ――っ!」
あっけないほど早々に、ビクンと腰を震わせて放てば、ジュルッと音を立てて吸い上げられた。時哉は丁寧に、僕のアレを舌でぬぐうように舐めると、ゴクンと喉を鳴らして僕の出したものを飲んだ。
ずっと求めていた開放の余韻の後に、羞恥と戸惑いがやってくる。
「う、ぁ、なんで」
赤くなった顔を両手で隠して、指の隙間から時哉を見た。濡れた唇を手の甲でぬぐった時哉が、目じりをとろかせる。
「もっと早く来ればよかった。遅くなって、ゴメンな」
「なんで時哉が謝るんだ。これは僕の失態で……僕は」
負けてしまったんだと、言いかけた喉が詰まった。ポロリと涙がこぼれ出る。情けなくて、恥ずかしくて、苛まれ続けた時に味わった、自分の体が自由に動かせない恐怖と快感を思い出すと、胸が苦しくなった。
「っ……う」
奥歯を噛みしめて、嗚咽を堪えようとする。
「昴」
そっと頭を抱きしめられると、胸がキュウッと苦しくなった。
「よく、がんばったな」
ねぎらわれて、猛烈な安心感に包まれた。心の中の何かが弾けて、堪えていたものが溢れ出す。
「ふっ、うぁ、あ……あぁ、あ」
時哉の服をにぎりしめて、僕は生まれて初めて、人にすがって大声で泣き続けた。
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