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第3話

 * * *  ベッドの上に転がって、天井に貼ってある時哉のポスターをながめながら、ぼんやりと考える。  あれは、夢だったんだろうか。時哉の胸で思い切り泣いた。時哉はずっと、僕を抱きしめてくれていた。泣き止んだ僕を部屋まで運んでくれて、僕が部屋に入るのを見届けてくれた。 (何も、聞かれなかったな)  どうしてあんな事になったのか、質問をしなくても履歴を見ればわかるからだろう。自分を過信して、とんでもないハッキング・サンプルを引き出してしまった挙句、プレイシートの中でいやらしい事をされていたって、知られてしまった。  ゴロリと横向きになって、体を丸める。 (気持ちよかったなぁ)  自分の手でするよりも、ずっと気持ちがよかった。気持ちがよすぎて、おかしくなってしまいそうだった。あのまま焦らされ続けたら、どうなっていたんだろう。 「って、そうじゃないだろう!」  ガバリと起き上がって、頭を抱える。下着をグショグショにするくらい、漏らした姿を時哉に見られた。それどころか、時哉の口に、出してしまった。 「うっ」  思い出せば、全身が熱くなった。ためらいもなく、僕のアレを咥えた時哉。時哉の口の中は、温かくて気持ちがよかった。口の中で絞るように擦られて、あっけなくイッてしまった。出したものを、時哉は飲んでくれた。 「うぁああ」  恥ずかしすぎて、うずくまる。次、どんな顔をして会えばいいんだろう。 「と、とりあえず……風呂に入ろう」  部屋に戻って、すぐにベッドに寝転がったから、下着は濡れたままだ。シャワーを浴びて、さっぱりしよう。  熱めの設定にしたシャワーを浴びて、新しい下着をつける。  半裸で髪を乾かしていると、ノックが聞こえた。ドライヤーを止めて、肩にタオルをかけたまま、扉を少しだけ開ける。 「はい」 「具合はどうだ?」  現れた笑顔の時哉にドキリとした。あんな事をされたばかりで、心の整理がついていない。ドギマギしていると、ビニール袋を押しつけられた。 「差し入れ。一緒に食おうぜ」  ビニール袋を握りしめて、視線を逸らす。世話になっておいて、拒絶するのも悪いなと思うけど、招き入れるわけにはいかない。 「しばらく、ひとりでいたいんだ」 「そっか。うん……まあ、そうだよな。じゃあ、俺の分も食べてくれ」  あっさりと引き下がられて、じゃあなと去られた。もうひと押しくらいされたかったな。なんて、身勝手な事を考えながら扉を閉める。袋の中には、僕がよく買うカスタード入りのメロンパンがふたつあった。 「僕の好きなもの、覚えてくれていたんだ」  ほわっと心が膨らんで、タンポポの綿毛みたいに飛んでいく。冷蔵庫から一リットルパックのコーヒー牛乳を取り出して、ベッドに座ってメロンパンの袋を開けた。 「おいしい」  いつもより、おいしい気がする。僕を心配して、わざわざ買ってきてくれたのかと思うと、百五十円のメロンパンが、フルコースの料理よりも高級なものに思えた。時哉と並んで食べたら、もっとおいしかったのかもしれない。だけど、あんな事をされて、泣き顔を見られたばかりだ。平気な顔ではいられない。それ以前に、時哉のポスターだらけの部屋は、誰にも見せられない。 (見られていない、よね?)  扉を少し開けたくらいでは見えないように、配置には気を付けている。だから大丈夫だとは思うのだけど、送り届けてもらった時は、そこまで気が回らなかった。うっかり見られていたら、どうしよう。 (さっきの態度は、普通だったから大丈夫だよね)  ていうか、口で僕のアレをナニしておいて、平然としていられるのは、どうしてなのか。 (時哉にとっては、なんでもない事だったのかなぁ)  ああいう妨害行為は、僕が知らないだけで一般的だったんだろうか。だから対処法も知っていて、時哉はそれをしただけなのか。 「うぁああ」  ガシガシと片手で髪の毛をかき乱す。他の誰かに時哉がアレをしたなんて、思いたくない。だけど、僕だけにしてくれたと考えられる理由は、見つからなかった。 「なんで、してくれたのかな」  気持ちがよかった。あの時は、出したい欲望でいっぱいで、状況をうまく把握出来なかったけど、冷静になって振り返れば、うれしくて心の奥がくすぐったくなった。 (どうして僕は、喜んでいるんだろう)  情けない姿を、憧れの人に見られたのに。  ふたつ目のメロンパンをかじりながら考え続けて出た答えは、僕が時哉を好きだから、だった。 (だけど、それはずっと昔からで。その気持ちは、エッチな事をしたいとかいう意味のものじゃないはずで……でも、もしまた同じ事になったら?)  全身がカァッと火照って、股間がムックリと起き上がった。 「わ、こらっ!」  自分の下半身を叱って、枕で押さえる。 (そういう意味でも、僕は時哉が好き……なのか?)  ドキドキする胸に手を乗せて、深呼吸をする。メロンパンの味がかすむくらい、思い出した時哉の笑顔は甘かった。  ああ、僕は時哉が好きなんだ。  素直に受け止められた。だからつき合いたい、という所まではいかない。長い間、憧れていた相手だし、ライバルとして戦いたい気持ちも消えていない。 「そうだ。僕は、時哉と対戦をしたいんだ」  彼に勝ちたいわけじゃなくて、認めてもらいたい。僕を時哉に刻みたい。 「そっか。僕は……認められたかったんだ」  ぱあっと脳みそが広がっていく感覚がした。こういうのを、視界が開けるっていうんだろう。大人に振り回されない生活の基盤を作りたいという願いと共に、僕は〝何か〟に対して、僕という存在を知らしめたかった。僕という人間がここにいると、認めてもらいたかった。  漠然とした願いが集約していく。 (僕が求めていたのは、時哉だったんだ)  認めてもらいたかった〝何か〟が、時哉だったと気がついた。 (だから、努力した)  少しでも時哉に近づくために。僕を彼の視界に入れるために、努力し続けた。その延長上で、まさかあんな出来事に遭遇するなんて。 (あらぬ場所を口で……ナニされる事になるなんて)  羞恥と興奮に心をチクチクとつつかれて、じっとしていられなくなった。枕を抱きしめてゴロゴロ転がる。 「汚名返上しないと」  カッコ悪い姿を見られたから、挽回できるくらいカッコイイ事をしなければ。  具体的には何も思いつかないけれど、とりあえず着替えを済ませて夜のトレーニングに精を出す事にした。

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