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第4話
* * *
今日の日替わり定食は、生姜焼きだった。日替わり丼は親子丼。少し悩んで、親子丼ときつねうどんを注文する。手を合わせて、うどんから取り掛かった。
「細い体で、よく入るなぁ」
感心と呆れを交えて、斗真がにこやかに隣に座る。トレイの上には生姜焼き。ああ、やっぱりおいしそうだと見ていたら、丼にひと切れ放り込まれた。
「迷っていたよね」
「ありがとう」
遠慮なく受け取ったら、にこにこされた。餌付けをされる野良猫の気分になる。
「揚げ、いる?」
お返しを提案すれば、いらないと首を振られた。ほんのり甘い油揚げにかぶりつけば、斗真も食べ始めた。
「今日もまた、ひとりで訓練をするつもり?」
「いつも通りに過ごすだけだよ」
「つまり、ひとりって事だね」
なんで僕の予定なんて気にするのか。単位の事を心配されている、なんて事はないだろうけど、探りを入れてみる。
「講義に出る必要性を感じないからね。単位は成績を残せば取得できるし」
「受講しろって、言いたいわけじゃないよ」
それじゃあ、用件はこちらだろう。
「パートナーはいらないよ」
「公式戦に出る気はない?」
やっぱり、こっちだったかとうんざりする。
「出なきゃいけない場合は、邪魔にならない相手を、適当に見つけるさ」
「役立たずを連れて、試合に出るつもりか」
「僕ひとりで充分だから」
「サポートが必要な場面は、必ず来るよ」
昨日の、手も足も出なかったハッキング対処訓練を思い出して、背筋が冷たくなった。あの状況から抜け出すには、サポーターの助けが必要だ。
(あんな反則、そうそうあるはずがない)
プレイヤーに性的な攻撃をするなんて、やりすぎだ。
(だけど、動きを止めるだけなら、アリかもしれない)
その場合は、マニュピレーターに自由を奪われる前に、素早くキーを打てばいい。あちらに主導権を握られる前に、こちらが相手を支配すればいいだけだ。
(機体同士の戦闘だけが、対戦の方法じゃないって、思い出した)
わかっていたはずなのに、すっかり忘れていた。
食器を片づけて、スポーツドリンクのペットボトルを購入する。すぐに対処の特訓をしよう。戦いながら相手のプログラムに介入する技術を磨くんだ。とんでもない経験だったけど、得た物は大きいかもしれない。
足早に訓練室に向かっていると、背後から声をかけられた。
「過去の対戦データやパターンと戦うばかりじゃ、飽きるだろう? 僕と練習試合をしよう」
「なんだ、着いてきていたのか」
「ひどいな」
苦笑する斗真の腕が伸びてきて、肩越しに壁に手を着かれた。壁と斗真の体に挟まれる形になる。どうしてこう、距離がいちいち近いんだろう。
「僕だって特科の人間なんだ。君の役に立つと思うんだけどな?」
「申し出だけ、ありがたく受けておくよ」
「君の実力を肌で感じたい。もっと君を知りたいんだ、昴」
顎に手をかけられて、上向かされる。
「こういうのは、可愛い女の子にすればいい」
「僕は君だからしているんだよ、人魚姫」
間近で向けられる柔らかなほほえみは、精悍な顔つきの斗真に甘い雰囲気をまとわせていた。大勢のファンがいるという話もうなずける。だけど、僕にとっては迷惑でしかない。
「僕は姫じゃないし、斗真と練習をする気もない。試したい事があるんだ。邪魔をしないでくれないかな」
「僕では、役に立たない?」
「役に立つとか立たない以前に、いらないんだ。僕にサポーターは必要ない」
「僕と勝負をしてくれる? 試して、手ごたえがあったら、サポーターの件を考えるというのは、どうだろう」
「勝負?」
「そう、勝負」
僕のサポーターとして、訓練につき合うって話じゃないのか。少し考えてから、返事をする。
「プレイヤー次第だね」
プログラム相手じゃなく、生身の相手で試すのも、いいかもしれない。斗真の実力は特科の中でもずば抜けている。まあ、時哉ほどではないけれど。
「プレイヤーは、無しだ。君がひとりでするのなら、僕だってひとりでやるよ」
「同じ条件で、という事?」
まさか、そんな提案をされるとは思わなかった。驚くと、ニヤリとされた。
「僕の実力を見くびっている?」
「いや、そういうわけではないけど」
「ん、ゴホン」
わざとらしい咳払いが聞こえて、目を向ければ半眼の優弥がいた。
「やあ、特科の王子様」
親しげな斗真を一瞥して、優弥は呆れた息を吐いた。
「こんなところで、いちゃつかないでくれないかな」
「嫉妬かな?」
「いちゃついてない」
にやつく斗真と、僕の声が重なった。
「つれないな、人魚姫」
「何度言えば、その呼び方をやめてくれるんだ」
にらみつけても、斗真は笑顔を崩さない。
「嫌がる相手に迫るなんて、感心しないな」
僕と斗真の間に、優弥が体を入れる。両手を軽く上げて降参のポーズを取った斗真が、ウインクをして「またね」と言って、立ち去った。
「まったく……大丈夫かい? 昴」
眉をひそめる優弥にうなずけば、よかったと彼の愁眉が開いた。花がほころぶような、華やかな笑顔に心が和む。
彼が一流のプレイヤーだと聞かされても、試合を見ていない人間は信じられないだろう。だって、虫も殺せそうにない顔をしている。人の事を言える体格じゃないけれど、華奢で肌もキレイな優弥は女装をしても似合いそうだ。耳が隠れるくらいの茶色い髪はサラサラで、クセの強い黒髪の僕とは正反対。ネコみたいな大きいアーモンド形の目をしている優弥の方が、姫と呼ばれてもよさそうなのに、どうして斗真は僕を人魚姫なんて呼ぶんだろう。
「斗真はスキンシップが過剰だから、時々困るよ。優弥も、気をつけたほうがいい」
やれやれと吐息交じりに言えば、目を丸くされた。
「何?」
「いや……まあ、常にされていたら、自分だけが特別だなんて思わなくなるか」
「ん?」
「何でもないよ。それより、昴はこれから午後の自主練?」
「そうだけど」
「少し、話があるんだけど……いいかな?」
さっと周囲を見回した優弥につられて、あたりに気を配る。チラチラと視線を感じるのは、いつもの事だ。特科クラスの人間は、普通科クラスの生徒に意識をされる。ましてやファンクラブもあるとウワサの優弥と一緒にいるから、視線を投げられるのも当然だ。
「じゃあ、訓練室に行こうか」
先に立って機体がふたつある訓練室に向かい、キーで扉を開けた。ひんやりとした硬質の空気が充満している訓練室に入ると、なぜかホッとする。ひとりきりでプレイシートに座り、起動する直前に味わう冷たい感覚が好きだ。
扉を閉めてプレイシートを開くと、肩を掴まれた。
「僕のプレイを、見てくれないかな」
「え?」
「昴に、サポートをしてもらいたいんだ」
真剣なまなざしに気圧されて、うなずいてしまった。ありがとうと笑った優弥が、プレイシートに体を滑り込ませる。対戦を申し込まれるのではなく、サポートを頼まれるなんて初めてだ。
「対戦プログラムは、ランダムでかまわない?」
「うん。よろしく」
くつろいだ優弥の態度に促されて、サポーターの席に着いてプログラムを起動させた。
戦闘が始まる。現れた敵機の特色を分析し、優弥の戦闘スタイルに合わせてキーボードを操作した。僕が意図したとおりに優弥は動き、時にはそれ以上の技術を見せられて感心する。
(これは、いい練習になる)
自分とは違う戦闘スタイルをサポートする事で、新しい認識を得られた。相手が一流のプレイヤーだから、得る物は大きい。こういう練習の仕方もあるんだな。
八戦を終えて、プレイシートが開いた。頬を紅潮させた優弥が出てくる。
「すごいな、昴は。予想以上だ」
「僕も、いい勉強になったよ」
俊敏さをウリにした戦闘スタイルとばかり思っていたけど、きちんと重さのある攻撃もできていた。柔和な雰囲気とは裏腹に、好戦的な動きだった。知っているつもりで知らなかった優弥の一面は、とても勉強になった。
(試してみたい事が増えた)
僕はまだまだ、強くなれる。
「僕のプレイは、どうだったかな?」
はにかみながら問われて、正直に答えた。
「面白かった。試合を見るのと、実際にサポートをするのとでは、動きが全く違って見えて、勉強になったよ」
「それで……僕のサポーターになる気には、ならなかった?」
「え?」
「昴はプレイヤーよりも、サポーターの方が合っていると前から思っていたんだ。僕との相性も、いいんじゃないかって」
「それで、試してみたかったんだ?」
うなずかれ、そっかと腕を組む。
「不快にさせたかな?」
不安そうな優弥に首を振った。
「有意義な時間だったよ。でも、僕はサポーターにはならない」
「どうして? 時哉と戦いたいんだろう? だったら僕のサポーターになって、時哉と対戦すればいい。時哉はもうプレイヤーには戻らないと言っているんだし、彼がどんなプレイヤーを選ぶのかはわからないけれど、僕なら不足にならないはずだよ」
まっすぐな優弥の言葉が胸に刺さって、ズキリと痛んだ。衝撃に浅くなりかけた息を整えて、平静を装う。
「僕は、ひとりでプレイする」
じっと見つめてくる優弥の瞳を見返した。しばらくして、優弥は視線を落として残念そうに息を吐いた。
「そう簡単に、受けてもらえるとは思っていなかったけれど……でも、まあ、僕の実力を認めてもらえたという部分に満足をして、今日はここまでにしておこうかな」
髪をかき上げた優弥は、腰に手を当てていたずらっぽく笑った。
「一度で心の甲鉄を溶かせるとは、思っていなかったし」
「心の甲鉄?」
「あれ? 知らなかったのかい。誰とも親しくしない、ひとりで修練を続ける昴の心は、プレイシートよりも硬い甲鉄でおおわれている。だから、よほどの実力者でないと、声をかけてはいけない」
きょとんとすれば、吹き出された。
「本気で知らなかったらしいね。まあ、周囲の評価なんて、君にはどうでもいいんだろうけど。昴が意識をしているのは、時哉だけだからね」
「ど、どうして」
「見ていれば、わかるよ。僕はずっと、君を見続けていたんだから。僕にふさわしいパートナーは、昴以外にあり得ない。入学してから、ずっとそう思ってきたんだ。ねえ、時哉と勝負をしたいのなら……そうだなぁ、特科クラスで時哉につり合うプレイヤーは、ちょっと思いつかないけれど、同じサポーターとして戦う方法もあるって、考えておいてほしいな」
それじゃあと僕の肩を軽く叩いて、優弥は去った。叩かれた肩に手を置いて、優弥の言葉を反芻する。
(時哉につり合うプレイヤーかぁ)
もうプレイヤーはしないと明言している時哉は、試合に出るためにプレイヤーと組まなければならない。公式戦には出られないけど、プレイヤー単体でもゲームはできる。だけどサポーターだけでプレイはできない。プレイシートのハンドルを動かさないと、機体が動かないからだ。
(いや、でも……マニュピレーターを使えば、操作はできる)
昨日、僕を襲ったマニュピレーター。十本あるアレを使えば、プレイシート内の操作ができる。
(人を動けなくする力もあるし、繊細な動きもできるから)
あらぬ場所を巧みな動きでまさぐられた記憶がよみがえって、体の奥に熱が生まれた。頭を振って振り払う。
「と、とにかく……できなくはない」
声を出して自分を落ち着かせた。だけど、する、しないは別問題だ。
(提案してみようか)
マニュピレーターを使えば、ひとりでプレイが可能だと。
(時哉の事だから、気がついていそうだけど)
でも、なんでそんな提案をするのかと質問されたらどうしよう。どうしても時哉と戦いたいからだと、正直に言おうか。誰にも邪魔されずに、時哉と僕だけで対戦をしたいんだって。僕だけを見てほしいって。
――極上の快感を味わわせてやる。
パートナーになろうと誘われた時の、時哉の声が鼓膜によみがえってゾクゾクした。時哉にサポートをされたら、きっと無敵だ。だけど僕は、時哉と対戦がしたい。僕という存在を、クッキリと時哉に刻むために。
(パートナーじゃ、それができない)
戦って、勝ちたいんだ。時哉の深い場所に、僕の存在を植え付けるために。
ずっと願ってきた。時哉に認められる日を。時哉の視界に色濃く映る瞬間を。
(もっと、もっと僕は強くなる)
パートナーじゃなく、対戦したいと時哉に思わせられるくらいに、強くなりたい。
顔を上げて、サポーター席で画面を操作する。昨日と同じ状況になるのは怖いけど、あの程度で戦闘不能になった自分が許せない。昨日の失態は、予想外の出来事に反応が遅れたからだ。ああいう事もあるのだと知っていれば、対処のしようもある。
(次は、負けない)
サポーターからのハッキング攻撃プログラムをランダム設定にして、プレイシートに収まった。
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