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第6話
* * *
プリンアラモードにチョコレートケーキ。あとミックスジュースと砂糖を三杯入れたカフェオレ。ついでにいつものカスタード入りメロンパンを前に、手を合わせる。
「いただきます」
「今日はまた、すごい量だね」
顔を上げれば、紅茶とチーズケーキをトレイに載せた優弥がいた。
「ちょっと、頭がパンクしそうで」
「へえ。昴でも、そんな事があるんだね」
「僕は別に、甲鉄で出来ているわけじゃないから」
優弥と斗真に教えられた、あだ名なのか、ふたつ名なのかよくわからない謎の呼称を口にすれば、バツが悪そうな顔をされた。
「周囲は勝手なイメージで色々と言うものだからね。かくいう僕も、王子だなんて呼ばれているけれど、ちっともそんな事はない」
興味を引かれて視線を向ければ、上品な笑みを向けられた。
「周囲の期待通りに振る舞っているだけなんだよ。イメージ通りになろうと努力をしているんだ。おかげで、肩が凝ってしかたがないよ」
わざとらしく肩を回されて、ふふっと笑いが漏れてしまった。
「変な色眼鏡で僕を見ない、という点と、最高の実力を持っているという点で、昴は理想のパートナー候補なんだけどなぁ」
頬杖をついて上目遣いをしてくる優弥に苦笑を浮かべて、生クリームとプリンをすくった。
「あ、そうだ。優弥はパートナーについて、どう考えている?」
「パートナーについて? そうだなぁ。単純に、相棒と言っても色々なパターンがあるからね。戦友? うーん、少し違うな。苦楽を共にする相手、という言い方も何か違う気がするし」
「ある人が、人生のパートナーでもあるって言っていたんだ」
「なるほどね。それは、あると思うな。ほかのスポーツでも、たとえばフィギュアスケートとか、ペアの相手が恋人や夫婦という場合も少なくないらしいし、この分野でも、そうだよね」
「そう、なんだ?」
「昴は、選手の人間性とかに興味はないのかな? どんな人なのか、気になった事はない?」
「あまり、無いかな」
「そっか。そういうのを気にしすぎるから、サポーターはいらないって言っているんだと思っていたよ」
「どうして?」
「強いこだわりがあるから、簡単に相手を受け入れないっていうか、野性の獣みたいに警戒を解かないと言えばいいのかな? パートナーに対して、思い入れが強いから、ずっとひとりでプレイをしているんだと思ってた」
そんな事はないと首を振れば、また「そっか」と言われた。
「気分を悪くしたら、ごめんね。身寄りがないから、生活費を稼ぐためにプレイしているって聞いて。だから余計に、パートナーに対して厳しい基準を持っているんだって想像していたんだ。家族みたいなものに、夢を持っているというか、絶望しているというか」
夢と絶望なんて、相反するものなのに、同列に語るなんて不思議なヤツだ。だけど、なんとなく理解はできた。
「そこまで深く考えてはいないんだ。ただ、認められたい相手がいて、その人と対戦したい。その時に、僕以外の誰にも介入されたくないんだ。僕だけで対峙したい。他の誰も意識されたくないんだよ。僕と向き合っている間は」
プリンを崩しながら語れば、温かなまなざしを向けられた。
「大好きなんだね、その人が」
瞬時に顔が赤くなった。首筋まで熱くなって、ごまかせないと悟ったから、素直にうなずく。
「だから、パートナーはいらない」
「ふうん? だけど、その人はパートナーがいるんだよね。だったら、いくら昴がひとりで挑んでも、相手はパートナーを見ているよ」
言葉に詰まって、カフェオレを飲んだ。時哉にパートナーはいない。時哉は僕を求めてくれている。その気持ちが変わらなければ、時哉はひとりだ。だけど、今のままだと対戦できない。時哉がプレイヤーに戻ってくれたら、戦えるのに。
「昴は、その人とパートナーになりたいとは思わないの? そうしたら、昴の望みは叶えられるよ。相手は昴だけを見て、昴の事を一番に考えてくれる。そうでしょう?」
優弥の言う通り、パートナーになれば、時哉に存在を認識されるどころか、ずっと僕を思ってもらえる。だけど、そんなこと、言われるまで考えもしなかった。
「思った事は、無いな。ずっと、対戦する夢を見続けてきたから」
「そっか。だけど、対戦するならパートナーは必須だからね。酷な事を言うけれど、昴の望みは、永遠に叶わないよ」
キュッと唇を引き結んだ。スプーンを握る手に、自然と力が入ってしまう。
「それに、昴もパートナーを選ばないと、その人と対戦できないよ。まさか、非公式戦を挑む気じゃないよね?」
「非公式でも、戦えるならかまわない」
「もしそれが叶ったとしても、やっぱり相手はパートナーを連れているだろうから、昴の望み通りにはならないって、ちゃんと認識しておいた方がいい」
「うん」
ずっしりと大きな石が、腹に落ちたような気分になった。プリンを口に含む。なぜか甘味を感じられない。パクパクと口に放り込んでも、味がしなかった。気の毒そうな優弥の視線に、肌がヒリヒリする。
どうやったら、時哉ひとりと対戦ができるんだろう。時哉に僕を見てもらいたい。僕だけを認識してほしい。時哉の世界を僕で染めたい。そして僕も、時哉でいっぱいになりたい。時哉に存在を認められたい。受け入れられたい。何年も、ずっとそれだけを願ってきた。時哉との時間を誰にも邪魔されたくない。だけど、それは優弥の言う通りに不可能だ。時哉がプレイヤーに戻って、単体で僕と対戦をすると言ってくれない限りは。
プリンアラモードを食べ終えてメロンパンの袋を破ったら、ハッと思いついた。
「できるかもしれない」
「ん?」
「僕の願いは、叶うかもしれない」
「どういうこと?」
「非公式なら、パートナーがいなくても対戦できる」
「それは、そうだけど。でも、相手はパートナーがいるんだろう?」
「いないんだ。だから、僕と時哉だけの対戦は可能だ」
「へぇ?」
ニヤリとされて、我に返った。
「対戦したいって言っていたのは、単に首席同士のライバル意識だと思っていたけど、そこまで強い想いがあったんだね。だったら、やっぱり、時哉とパートナーになってしまえばいんじゃないかな? 時哉は昴と組みたがってる。昴の望んでいる、誰にも介入されない関係が築けるよ」
「でも、そうなったら僕の長年の夢は果たせない。僕は時哉と戦いたくて、この世界に入ったんだから」
「そっかぁ」
うーんと優弥がうなる。こんなふうに同年代の人間と会話をするのは、初めてかもしれないなと、ふと気がついた。
「なんだか、不思議だな」
「何が?」
「優弥には、自然と言葉が出てくる」
「光栄だね。それってつまり、僕とは友達になれそうだって事でいいのかな?」
かわいらしく小首をかしげられた。恥ずかしくなって顔を逸らすと、クスクスと笑われた。
「甲鉄に囲まれている心を、開けてもらえたって自慢してもいい?」
「別に、心を甲鉄で包んでなんてない」
「周囲は、そう思っているんだよ。じゃあ、僕が昴の友達第一号って事で、いいのかな?」
照れくさすぎて、まともに優弥を見られない。
「まあ、いいけど……別に」
友達の存在なんて、意識してこなかった。時哉に近づく事だけ考えて生きてきたから、いなくても気にしなかった。だけど、優弥なら悪くないかもしれない。
「ありがとう、昴。僕と友達になってくれて」
「ん」
お礼を言われる理由はわからないけど、受け止めておく。どうにもできない照れくささをごまかしたくて、乱暴にメロンパンにかじりついた。
「ところで、さっき言っていた、昴と時哉だけの対戦が可能って、どういう意味? 時哉にプレイヤーに戻ってほしいって頼むのかな?」
首を振って、カフェオレで口の中にあるものを飲み下す。
「サポーターのままでも、対戦できるんだ。ああでも、対戦って呼ぶのは、ちょっと違うかな」
「どういう事?」
ちょっと前に、斗真にされた提案を説明すれば、なるほどと納得された。斗真ができたんだから、時哉にできないはずはない。
「本当は、プレイヤーとして対戦したいんだけど」
時哉があくまでサポーターである事にこだわっているのなら、シューティング形式で場面を構築してもらって、僕がそれに挑むという形を取るしかない。
「受けてもらえるといいね」
笑顔を深めた優弥に、強くうなずく。僕の夢。ずっと追い求めていた望みを手に入れるために、絶対に受け入れられたい。
「そういうことなら、アドバイスがあるんだけど」
「え?」
キラッと鋭く目を光らせた優弥に耳打ちされた内容に、体中が熱くなる。
「これなら互いに納得ができるし、絶対に受けてもらえると思うよ」
自信に満ちた優弥の笑みに、心をモジモジさせながら「うん」と答える。僕の望みと、時哉の望みをぶつければ、きっと誘いに乗ってもらえる。優弥の案は、時哉の気持ちが本物だったら、どちらにとっても魅力的な内容だった。
(時哉が本気で、僕を人生のパートナーにしたいと望んでくれているのなら)
きっと申し出を受けてくれる。期待と不安を胸に、メロンパンをたいらげて、チョコレートケーキに取り掛かった。
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