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第7話

 * * *  優弥の応援を受けたその足で、まっすぐに時哉の部屋に向かった。  いないかもしれない。だったら出直せばいい。先送りにしたい気持ちと、すぐに終わらせたい気持ちの狭間に揉まれていると、背後から声をかけられた。 「あれっ、昴」  ビックリして跳ねた心臓が、口から飛び出しそうになる。ドッドッと脈打つ鼓動がうるさすぎて、振り返れない。 「もしかして、もう返事をしにきたのか?」 「ち、がう……その、申し出を」  油の切れた錆びたロボットみたいに、ぎこちない動きで体を回す。頬が引きつっているのが、自分でもわかる。緊張しすぎだ。 「申し出? いったい、何の」 「勝負の」  時哉の眉根が寄った。 「俺はプレイヤーに戻る気はないぞ」 「サポーターのままでいい」 「どういう意味だ?」 「シューティングゲームの要領で、場面と敵を操作してくれればいい」  詳しく説明しなくても察してくれたらしく、顎に手を当てて「なるほどな」と言われた。 「たしかに、それなら俺と昴の一対一の勝負はできる。だけど、なんでそれで勝負をしようって考えたんだ?」 「僕はずっと、時哉と対戦するためだけに、プレイをしてきた。もちろん、生活費を稼ぐためでもあったけど、それはあくまでも付属品だ」 「昴に負けた連中が聞いたら、激怒しそうだな。俺にとっては、最高だけど」  ニヤリとされて、軽くあしらわれている気分になった。 「ウソじゃない。僕は時哉に認められるためだけに、試合をしてきた。僕だけを見て、僕だけを相手にして、認めてもらいたくて。だから、パートナーを持たないまま、ずっと来たんだ。時哉のほかに、興味はない」  言い切れば、あっけにとられた顔をされた。まばたきをする時哉は、大げさだと思っているのかもしれないけど、僕は本気だ。少しでもそれを伝えたくて、言葉を続ける。 「僕の人生は時哉なんだ。時哉がいたから、僕はプレイヤーになった。時哉と対戦して、時哉に認められる事だけを目標に、やってきたんだ。だから、受けて欲しい。僕の勝手な申し出だから、ちゃんと負けた場合の条件はつけるよ。なんでも、時哉の望むとおりにする。時哉と全力で戦えるなら、後はどうでもいい」  思いを伝えて、返事を待つ。時哉は首をかしげたり、ちょっと赤くなった頬を撫でたり、視線をさまよわせたりした。返事に迷っているんだろう。どうか受けてほしいと願いを込めて、時哉を見つめる。 「わかった」  緊張気味の、覚悟を決めた表情で受け入れられて、ホッとした。 「ありがとう」 「じゃあ、行くか」 「えっ」  すぐに試合をする流れになるなんて、想定していなかった。準備期間があると思っていたのに。 「するんだろ? 気が変わらないうちにしようぜ」 「う、うん」  時哉の気が変わってしまったら困るから、訓練室に向かう時哉の後を追う。時哉が選んだ訓練室は、プレイシートが二台ある部屋で、信じられない事に時哉はプレイシートに体を入れた。 「えっ、え……時哉、なんで」 「昴の熱い気持ちに全力で応えるんなら、今だけプレイヤーに戻らなきゃな。そっちの方が、結果に納得ができるだろ?」  感動が体中を駆け巡る。興奮しすぎて鼻血が出そうだ。 「ありがとう、時哉」  ニッと笑った時哉がプレイシートを閉じた。僕もシートに収まって、ARゴーグルを身に着ける。軽い機械音がして、ゲームが起動した。ステージは基本の、何もない空間。だからこそ互いの技術がナチュラルに影響する。  誰にも邪魔をされずに、時哉と戦える。  この瞬間を、僕はずっとずっと追い求めていた。機体を動かす。時哉が迫ってくる。かわして、反撃。もちろん時哉には当たらない。想像以上に早い。だけど、見失ったりなんてしない。何度も何度も、時哉の試合は繰り返し見続けた。クセも強みも弱みもすべて把握している。だけど、あくまでサポーターの父親がいる状態の時哉だ。油断なんて毛頭する気はないけれど、時哉のプレイは熟知している、なんて心の隙を作らないよう緊張感を引き寄せた。 (僕は今、時哉ひとりと向かい合っている)  むき出しの時哉と対戦している。サポーターのいない時哉の動きは、今まで見てきたものと少し違っていた。でも、間違いなく時哉だ。僕が追い求め続けていた相手。  肌がピリピリする。気持ちがいい。体の奥からフツフツと興奮が湧き上がって、脳みそが沸騰しそうだ。 (楽しい)  時哉が迫ってくる。かわして、次は僕の番。受け止められて、ねじ伏せられそうになった。身をよじって反撃をする。衝撃にシートが揺れた。ARの視界も揺れて、時哉の機体が姿を消した。頭上に移動している。間一髪、床を転がって、落下してくる時哉の攻撃を避けた。 「あ、はは……っ!」  想像以上に最高で、極上の時間が永遠に続けばいい。このままずっと、時哉と戦っていたい。  僕の意識が時哉で埋め尽くされていく。時哉だって、僕でいっぱいになっている。  相手が世界のすべてになっていく。時哉と僕しかいない世界。時哉だけを見て、時哉の事だけ意識して、時哉の気持ちを考えて、時哉が与える何もかもを、砂粒ほどもこぼさないよう神経を張り詰めて、時哉でいっぱいになっている僕をぶつける。 「ああ、時哉……時哉」  ポロポロと涙がこぼれた。なんで僕は、泣いているんだろう。自分の感情がわからない。自分の事より、時哉を感じたい。時哉をもっと、教えてほしい。もっともっと、時哉を与えてほしい。全力でぶつかって、時哉のすべてを見せてくれ。僕も、すべてをさらけ出すから。  時哉が迫ってくる。僕だけを見て、僕だけに反応してくれている。  ああ。最高にうれしくて、極上に気持ちいい。

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