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第2話 窓から……新人職員

 最上荘司(もがみそうし)だから、ソウ。  安直なネーミング。けど、脳内をヤラシイ妄想でパンパンに膨らませた高校生のガキんちょが考えたんだ。そんなものだろ。  ――ソウくん、やらしくて最高!  ――ソウくんのレア後ろ姿ー! 拝む!  ――ソウくん、絶対に可愛いよね! 目隠ししててもわかる!  ――ソウ君に一度でいいから会いたいなぁ。  ――ソウ君で、もう何回抜いたかわかんねー!  そんなことを言われて有頂天になってた。俺、すごくない? なんてさ。  すごくないよ。  今ならそう言って止めてやれる。褒められると気持ち良くて、じゃあ、こんなのしたらどう? なんて調子に乗って、乗りまくって。  ――やぁ……ん、見られてるよぅ。恥ずかしいっ。  馬鹿みたいに喘いでた。  本当。 「ソウさん! ですよね!」  馬鹿、だったんだ。 「って、あ! ここで、名前やば、あ、あっ」 「お前……なんで」 「ちょ、わ、わっ、わああああああああ!」  慌てて、手で口を塞いだ。あの名前をあろうことか市役所で叫ぼうとするから。塞いだ、ら。 「あわああああああああ!」 「っちょっ!」  こいつはこいつで窓を開けた勢いそのままに上半身を乗り出してたみたいで、バランスを崩して、そのまま。 「っ……」 「アタタタタ」  カブみたいに窓から引っこ抜けやがった。 「……」  びっくりした。瞬間的に引っこ抜けたカブに覆い被さられて押し潰されるって思ったのに痛くない。頭、絶対にひっくり返った拍子に打ちつけるだろうと思ってたのに。  こいつが、俺の頭を抱えててくれたおかげでコンクリートに打ち付けずに済んだ。  あと、ラッキーなことに呑み掛けだった缶コーヒーを倒れる際に溢してスーツが汚れるかと思いきや、スーツは無事だったこと。  アンラッキーだったのは。 「だ、大丈夫ですかっ? ソウっ、フグっ……ぐっ」 「お前っ」  新人に俺の過去を知られたこと。 「フグぐ…………ング」  またその名前を、それはタブーなんだっつうのって慌ててまた口を押さえると、樋野がごめんなさいと両手を合わせ、申し訳なさそうな顔をした。それでも睨むと、もっと申し訳なさそうな顔をしたから、そこでようやく手を離した。 「すみません。俺、興奮のあまり」 「……とりあえず、どいてくれ」 「へ? あ……」  結構、センセーショナルな体勢なんだよ。先輩職員に覆い被さるように倒れ込む新人職員。片手は地面に、もう片手はその先輩職員の頭を抱え込み、角度によっては、不埒な目線で見れば、それなりに色々問題になりそうな構図。 「す、すみませんっ!」 「……いや」  樋野……正嗣、だっけ?  パッと起き上がって、ついでに俺のことも起き上がらせてくれた。しかも軽々と片手で、俺を持ち上げる。尻餅をついたからスラックスの背後をパンパンと手で叩くと、少し埃っぽい匂いがした。 「…………えっと」  どうして気が付かれたんだ。さっき職場では分かってなかったっぽいのに。  あぁ、また、黒子、か。  今、樋野がチラリと支線を送った先は俺の口元だった。  普段はマスクを外すことはほとんどない。四六時中つけっぱなしんしてる。けど、さっきはちょうどコーヒーを飲もうとマスクを顎のところに引っ掛けてた。口元も黒子も見えてたよな。 「…………見たこと、あんの?」  これで、ここの職場はアウト、かもな。 「ぇ?」 「俺の、動画」  市役所職員が大昔とはいえ、エロ動画を投稿していたなんてな。しかも、してる行為がまた。 「見たことあります! っていうか」  また、やばいよな。男向け。あんなの知られたら、もうね、生きていくのも。 「神です!」 「…………」  は? 「ソウさんは俺の神様です!」  はぁ? 「……」  声なんて出ない。本当に無言になった。  何言ってんの? って、頭の中、ほぼ真っ白。ほぼ思考停止。 「貴方のおかげで俺は本当の自分を見つけられましたから!」 「な……」  何、言い出したんだ? 「わかってます。絶対に口外なんてしません。神様ですから。あとでサインもらってもいいですか? それから」  は? 「あと、できましたら、握手を」  はぁぁ? 「もう一緒のこの手は洗いませんっ!」 「洗えよ!」 「あ、ここにいらっしゃったんですね。最上さん、そろそろデスク戻られた方が。休憩時間」  他の職員がひょこっと出現した。休憩時間が終わりらしい。  市役所の良いところは地味で、残業代は必ず出て、それで、こういう休憩時間もしっかり取れること。 「あ、はい。今、戻ります」  そう告げて、もう一度、土ほこりで白っちゃけたところがないかと肩や背中、腰を手で払ってから中へと戻った。  戻ったけれど――。 「えーっとそれではこちらでこの種類はお預かりしますね」  あの動画って高校の頃のだろ? そしたらもう約十年前の動画になるんだぞ? 今でもそんなの見れるのか? それはそれで問題だ。 「はい。ありがとうございます。お電話代わりました」  それって二十二歳のあいつがどっかで最近見かけたってことだろ? どこで? 俺が最近はもう探すこともしんどいからサボってた。エゴサして今更見つけてしまうのがむしろ怖かったから。 「はい。それではこちらの書類でお受けしますね」  っていうか神ってなんだよ。 「大丈夫ですよ。まだ受付しております」  神って。 「はぁ、今日は結構忙しかったですねぇ」 「えぇ」  チャイムと同時に隣のデスクにいる女性が背中をぐんと伸ばした。そして、それぞれが帰りの支度を始める。市役所勤めは時間管理がしっかりされているから、みんなチャイムと同時に動き出す。 「お疲れ様でーす」 「お疲れ様ぁ」  そしてゾロゾロと帰り始める先輩職員を見送るようにペコペコ頭を下げる新人職員。 「おつか、あっ……」  ちょっと、来い。 「えへへ」  笑ってる場合じゃない。こっちは気が気じゃなかったんだ。お前が。 「ご安心ください。手は洗いました」 「それはどうでもいいから」 「え、だって、先輩が洗えと、なので代わりにもう一回握手を、って、わぁぁぁぁ!」 「いいからっこっちへ来い!」  そのちゃんと洗ったらしい手をむんずと掴んで、職場を後にした。 「これは夢?」  馬鹿か? こっちは夢であってほしいと心底思ってるっつうの。  なんで俺をどこでどうして知ってんのかが気になって気になって、あの休憩後、仕事どころじゃなかったんだよ。

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