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第8話 筍は皮を剥くと案外小さくなる
樋野の部屋はアパートだからなのか、俺の部屋よりも少しだけ小さくて、少しだけ外を走る車の音が聞こえてきた。
能天気そうで、少し適当な印象があったけれど、部屋はいつも綺麗に整理整頓されていた。
ずっとしたかった一人暮らしだし、今はまだその嬉しさと、一人暮らしを始めて日が浅いから、掃除を頑張ろうって思ってるだけですよ、と笑っていた。もう来年にはボロが出てゴミ屋敷になってるかも、なんて。
でもきっとそうなることはないと思う。
第一印象は軽い感じがした樋野は、話してみると、朗らかだけれど礼儀正しく、ちゃんとしている奴だったから。
「うわぁ、筍ご飯っすか」
「あぁ、今日、橋本さんからいただいた」
もう五十は超えているだろう、同じ子育て促進課の職員の方で、季節の野菜をよくくれるんだ。
「お前はもらわなかったのか? 筍」
「あー、いや、どう調理していいのかわかんなくて。ほら、筍ってなんかどこまで皮を剥いていいかわからなそうっていうか。灰汁とか抜かないといけないんじゃなかったですっけ。それに」
「?」
この間、豚汁とガレットにしたジャガイモも、今しか食べられない季節のものだからと、春の新ジャガイモをたんまりくださったのも橋本さんだった。
「最上さんの手料理でいただけるかなぁ……なんて、思ったりして」
「……」
そして、その新ジャガイモがきっかけで、橋本さんから野菜をいただく度に調理して、こうやって、お裾分けを持って樋野の部屋にお邪魔するのが恒例になっていた。
「あっ! ほら、今回の筍、あんまりたくさんじゃなかったじゃないですかっ。あ、いや、それはそれで言い方が失礼ですよね。けど、筍、女性職員のみんなが嬉しそうにしてたから。俺は、最上さんの手料理でいただけるから大丈夫ーって思ってみたりして」
「……」
「そ、そしたら、一つ、だけですけど、女性職員の取り分が多くなるじゃないですか。って、取り分って言葉が失礼だな」
今回は筍だった。
頂いて、すぐに考えたのは三つ。
一つは、筍の皮ってどこまで剥くんだろうっていうこと。
それから、灰汁の抜き方を調べなければということ。
「いや、いいんじゃないか? 取り分。女性スタッフすごい勢いで橋本さんのところに駆け寄ってたし」
もう一つは。
「あ、っていうか、玄関ですいません。どうぞ、上がってください」
「……お邪魔します」
どう料理したら樋野は喜ぶかなぁってことだった。
「うっまい!」
「それはよかった」
「めっちゃ美味いです!」
とりあえず筍ご飯は正解だったらしい。
「ナンスカ、これ」
「なんでカタコトなんだ。ただの筍ご飯だよ」
「これは、金、取れます」
「だから、なんでカタコト」
クスクス笑いながら、俺も一口いただいた。実は味見してないんだ。と言っても、ただ調味料合わせて炊くだけだから、生米食べても……って感じだし、生の鶏肉入れてるから、調味料は味を確認できなかったし。そもそもみりんと醤油ってそのまま口にしても美味くないから。調理途中は味見できないままだった。で、炊き上がったのをすぐに持ってきたから。
「……美味い。案外上手にできたな」
自画自賛してしまった。
けれど本当に美味かったから。
これはなかなかに……なんて思いながら、再度、樋野の口にはあっただろうかと顔をあげると目が合った。
「あ!」
その途端に、何か思いついたように、パッと視線が冷蔵庫を見た。
「あ、そうだ。ビール買っておいたんです。一杯どうっすか?」
「あ、いや……」
「酒、ダメでしたか?」
「あ、いやっそうじゃないんだ」
なんだか、ビールまでいただくと。
「いただこうか、な」
お裾分けレベルを超えてしまうかなと思ったんだけれど。
でも、ビール……少しいただきたいなぁって、もう完全にただの夕食になってしまうけれど、そう思ったから、つい頷くと、冷蔵庫の前で樋野が目元をくしゃりとさせて笑った。
「りょーかい。あ、あと、テレビつけてもらっていいっすか?」
「あぁ、何か見たいのか?」
「あー、はい」
電源をオンにすると、クイズ番組がやっていた。たまに見かけることがある。
「あ、チャンネルはそのままにしといてください」
樋野はこのクイズ番組が観たかったのか。
「ビール、どうぞ」
「あ、あぁいただきます」
樋野がグラスに注いでくれて、俺が次は注ごうと手を伸ばしたら、いえいえと遠慮して手酌で済まされてしまった。
「うっま! 仕事の後のビール! 買っといてよかったっす」
ビールを飲んだら、二口くらいでくらりとした。あまり得意じゃないから、酒は。けれど、少し飲むと、すぐに樋野が継ぎ足すものだから、グラスの半分のラインを超えることなく、ほら、また注がれてしまった。
これじゃ、ずっと飲むようじゃないか。
「にしても、これ、初めて作ったんすか?」
「あぁ、実家では良く食べてたんだ。ほら、田舎だって教えただろ?」
春先になるともう勘弁してくれってくらいに筍をあっちからもこっちからもいただいて、ほぼ毎日筍が食卓に並ぶ。それを少しでも想像してもらおうとテーブルの大きさを自分の両手を広げて教えた。
「いいじゃないっすか」
「良くない。お前なぁ。毎日だぞ」
筍ご飯に、筍の天ぷら、後半になるとレシピに変化をつけるためにサラダなんかにも忍ばせられる。それから酢豚、中華炒め。指を折って、その料理の数を伝えながら、途中、またビールを飲むと、ほら、な? また注がれた。
「煮物に関してはお供する具材の変化のみのバリエーションだ」
「っぷ、お供って」
「鶏肉なのか、豚肉なのか、牛なのか」
「いいなぁ。なんか、最上さんのうちだったら、すっげぇ毎日食べるの楽しそう。家族、多いんですか?」
そうか?
「あー少なくて、多いよ」
「どっちなんですか」
樋野は目元をクシャッとさせて笑いながら、テレビの中に視線を移した。
「俺は一人っ子だったけれど、二世帯になってて、食事の時だけ大勢になるんだ」
テレビの中ではクイズ番組がそろそろ佳境を迎えていた。
俺は少し居心地悪かったよ。
たまに近所の従兄弟たちも来るともう、なんか……ぎゅうぎゅうに茶の間が混み入ってさ。
「俺は……」
それが苦手だった。従兄弟はみんな「普通」だったから。ここでは俺は多分「異端」なのだろうと思うと、な。
「それにみんな酒癖悪いし、酒飲みだすと長いから」
「へー、そうなんすか。じゃあ、最上さんも酒強いんすか?」
「どうかな。そうでもないと思う。あんまり飲み慣れてないから」
実家にいたのは十八まで。それからは一人暮らしだったし。
「飲み会とか、あんまりいかなかったからな」
あまり外には出歩かなかったんだ。
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