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第11話 感電

 晩飯は駅ビルを出て、適当に見つけた和食の居酒屋にした。  からあげに焼きうどん、シーザーサラダに揚げ出し豆腐。季節の料理で筍ご飯があったけれど、樋野はあの筍ご飯が食べたくなるからと注文しなかった。  あの筍ご飯というのは、俺が作ったのを言ってる……んだと思う。 「あ、この揚げ出し豆腐うまい!」 「あぁ」  普通の筍ご飯だったろ、と謙遜ではなく言うと、いやいや……と、柔らかく否定して、口元を綻ばせてた。 「昨日、テレビで見たんですよ。野菜を最初に食べるといいって。太らないって」 「そんなの気にすることないだろ。樋野は」 「ありますよー、なので、サラダを」  そう笑って、シーザーサラダをトングでごっそりと俺の皿にも乗っけてくれた。もちろん自分の方にも乗せて、大きな一口でレタスもきゅうりも平らげていく。 「次は何を食べようかなぁ」 「……よく食べるな」  久しぶりだな、と思った。この話しながらの食事が。久しぶりで、そして楽しいと。 「久しぶりですから」 「?」 「最上さんと食べるの」 「……あぁ、たしかに」  静かじゃない食事、樋野との夕食。それを楽しいと。 「……よかった」 「え? すまない、樋野、今、なんて?」 「いえ! なんでもないです! それよりタコカラ食べません?」 「さっき揚げ物食べただろ? しかも揚げ出し豆腐も揚げ物だ」 「! ホントだ!」  樋野は屈託なく笑うと視線をメニューに落とした。樋野はよく食べる。水泳やってたから、だろうか。 「うーん、何にしようかなぁ……」 「……」 「あ、これ美味そうじゃありません? どう思います? 鰤の柚子胡椒ソテー」 「ずっと学生の頃から水泳やってたのか?」 「…………」  よくしゃべる樋野がぽかんと口を開けたまま、その鰤の柚子胡椒ソテーを指さしたまま、フリーズしてしまった。 「あ、あの……」  訊いてはダメだっただろうか。わからないけれど、俺はあまり自分の事を訊かれるのが好きではないから、もしかしたら樋野もあまりプライベートを訊かれたくなかったとか、だったのか? いや、でも、前にはよく話してくれたような気が……どうだろう。嫌々だったのかもしれない。 「す、まない」 「あっ、いえ、びっくりしたんです」 「?」 「あー、いや、最上さんに初めて尋ねられたから」 「……」 「俺のこと」  そう、だった、だろうか。 「水泳は大学でやってたんです。その前、高校の時はバスケ、中学の時は囲碁将棋」 「囲……」 「あははは、すごいびっくりしてもらえた」  だって、びっくりするだろ? この明るく社交的な性格をしているの樋野のことだから、水泳、バスケ、となったらあとは、中学の時にやっていたスポーツはそのどちらか、もしくは、また新しい別の、けれど何かしらのスポーツだと思うじゃないか。  なのに、囲碁将棋だっていうから。  なんとなくだけれど、申し訳ないが本当に一方的なイメージだけれど、もう少し、その真面目というか、大人しい感じの人がやる気がしていたから。囲碁将棋。だから、その。 「中学の時に感電して、性格が変わったんです」 「ぇええええええ」  少し大きな声を出しすぎた。驚きのあまり上げた声は騒がしい居酒屋の中でもうるさくて、視線が集まってしまったような気がして、慌てて口元を押さえつつ俯いた。  感電、なんて物騒なことを言うものだから。 「ビリビリーって」 「……」 「ソウさんの動画を見て」 「!」  感電なんて、とても大変なことを言うから。 「神様だって、言ったじゃないっすか」  感電なんて、大袈裟なことを言うものだから、なんだか急にいつも隠していた口元が見えてしまっていることも気恥ずかしくて、口元を見えないよう誤魔化すための手をずっと、しばらく退かせられないでいた。次の、チューハイがやってくるまでは。 「けっこう、遅くなっちゃいましたね」 「……あぁ」  店の外に出ると頬に当たる風が心地よかった。適度に空調は効いていたから、店内が暑かったわけじゃない。ただアルコールに浸って火照った頬に心地良い。  少し飲みすぎたかもしれない。 「久しぶりだから」 「……あぁ」  久しぶりの夕食だったから。  樋野はあの後たくさん話してくれた。囲碁将棋はとても難しかったこと。俺の、その、あの動画を見て、感電したような衝撃を受けてからは、何か急に自分を変えてみたくなったこと。地味な自分を総取り替えしたくて、高校は少し遠いところを選んで、高校デビューを成し遂げたこと。  今のところどハマりした趣味みたいなものはあまりないこと。  映画はなんでも好きだけれど、文学的なのはちょっと不得意なこと。  料理は俺の作ったのがとても美味くて。 「明日も仕事っすね」  また食べたいって思ってること。 「あ、遅番、いつだったか確認し忘れた。あ、冷凍ケーキ大丈夫かな……大丈夫だった。まだ保冷剤ガチガチだ。これ、俺が預かってていいっすか?」  また食べたいと思われてるんだと。 「最上さん?」 「! ぇっ? あ、何」 「最上さんっ!」  考え事をしながら歩いてたんだ。あまり周りを見ていなくて。二歩先を歩いていた樋野の背中ばかりを見ていて周りをちゃんと見てなかったから、車道のところで歩道が一旦途切れ、レンガ一つ分段差になっていることをわかっていなくて、足を踏み外した。 「っぶね」  けれど転ばなかった。 「大丈夫すっか? 最上さん」  振り返った樋野が手を伸ばして、俺を受け止めてくれたから。 「ギリギリセーフっすね」 「……」  びっくりした。 「最上さん?」 「あ、あぁっ、あの、すまない」  樋野の手が大きくて。樋野の胸板が、その、なんだか、あれで、びっくりした。 「すまないっ」  頬でも今、ぶつけてしまったのかもしれない。 「助かったっ」  頬のあたりが不思議とマスクをしているのに、なんでか、ビリビリしていたから。

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