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第17話 ぐるぐる迷子

「避けてはいない……って」  いう態度じゃなかっただろ、俺。  避けてないって言っておきながら、木曜日の帰りは本当に歩いて帰ったし。しかもバスのルートから歩いている俺が見えないように遠回りをしたから、ヘットヘトに疲れたし、本当に運動不足だと実感してしまったし。そして金曜日だって逃げ回って一言も会話をしなかったし。誰がどう見たって避けてるとしか思えない態度だろう。 「おーい! 飲んでるかー!」  けれど、金曜日の夜も帰りが別ルートなのは、避けてるわけじゃなくて本当の本当に、今日は、帰りに大学の友人数名で飲みに行くことに。 「あ、珍しい! 最上も来てる!」  本当はなっていなかったけれど、いつもならたまに参加する程度なのだけれど、この前も参加したばかりで、今回も参加してるけれど。 「なんだよー! お前、たまにしか出没しないんだからさー! ほらほらもっと飲め!」  そしたら、帰りはどうしたって一緒にならないから。俺たちがいつも乗ってるバスは駅へ向かうバスなのだけれど、自宅と市役所そして駅へ向かうルート。帰る時は駅から反対方向のバスに乗る。朝は駅に向かうバスに乗って途中で下車。  けれども今日は飲み会に参加するため家とは逆の駅へと向かう。  そういう予定だったから。避けてるわけではなく。  なんて、胸の内で一生懸命に言い訳を言ってる。樋野には聞こえないのに。樋野にしてみたら急に避け出した感じの悪い職場の先輩ってだけだろうに。嫌われたくはないから、胸の内でだけ嫌われないようにそんなことを呟いてる。 「ほれほれ、最上ー!」 「あはは、ありがと」  大学の友人に酒を注がれながら、どうにもあまり上手に酔えなくて、ずっとそんな事ばかりがぐるぐると脳内を巡っていた。 「さて次はどこに行こうか」  外に出ると心地良かった。マスクをつけていても、カラッとした空気がアルコールで赤くなってるだろう頬にわずかでも触れると気持ち良くて、自然と頭の中もクリアになっていく気がする。  でも友人たちはまだ飲むらしい。 「あーごめん、俺はここで帰るよ」  けれど、俺はここで帰ろうと思うんだ。俺は今日はあまり楽しく酔えないだろうから。 「そっかぁ?」 「あぁごめん」  きっと友人たちは二軒目、もしかしたら三軒目まではしごするんだと思う。全員まだまだ独身組だから気楽な朝帰りが可能なんだ。 「そしたら、じゃあ、気をつけて帰れよー!」 「またな!」 「次も来いよー!」  そう手をぶんぶん振りながら、友人たちは、そして俺も、少し足取りが怪しい感じにフラつきつつ、繁華街の中を反対方向にそれぞれ進んでいった。 「……」  普段なら二次会くらいまでは参加するんだ。三次会までついていくと、翌日、頭が痛くなるから帰るけれど。友人たちも俺のテンションがあまり高くないのを分かってたんだと思う。そうしつこく二次会に誘うわけでもなかったから、気分転換でもしたかったのかもと思ってくれたんだろう。 「さて、と」  あまり気晴らしになってくれなかったのは残念だけれど。 「……」  樋野に嫌われたくはないと思う自分と、樋野を嫌ってるのかと疑いたくなるほど避ける自分に困惑してた。なんでだろう。これはなんなんだろう。そうぐるぐると考えてばかりいた。答えは出なくて、でも、頭の中はそのことばかり考えていて。  ぐるぐると。 「……」  巡るばかりで。 「……? あれ?」  気がつけば、本当に迷子になってしまっていた。 「えっと……」  どこだ。ここ。  どこか曲がるところを間違えたのかもしれない。飲み屋がまだ並んでいる。そろそろ来る時に目印にと覚えていた駅前の大きな薬局があるはずなのだけれど。一向にその薬局が見当たらない。  辺りをぐるりと見渡したけれど、やっぱり知らない通りだ。行きには見かけたことのない店ばかりが並んでる。  これは道に迷ってしまったと、スマホで現在地を調べようと思った時だった。 「道に迷っちゃった?」  声をかけられた。 「あ、いえ」  茶髪で今風の、ピアスをつけた男性に。背が高くて、頭上から聞こえる声に顔を上げると、にっこりと微笑んでいる。 「おにーさん、道に迷ったんでしょ」 「い、いえっ」 「道、教えてあげるよ。スマホ貸して?」 「いえ、あの、大丈夫なので」  見ず知らずの人にスマホをはいどうぞって渡すわけないだろ?  慌ててスマホをしまうと、首を傾げて、またにっこりと笑った。  駅への道はわからないままだけれど、迷子だと思われないように適当に誤魔化してしまおう。どこかその辺の店にでも入ってしまえば。 「そ、そこのカフェに行こうと」 「え、そうなんだ。奇遇。俺もだ」 「え! あ、いや、あのっ」 「お、季節限定のコーヒーあるじゃん。おにーさん一緒に飲もうよ」 「いや、あのっ」 「だってここに入るんでしょ? 俺も入るとこだったから一緒じゃん。ほらほら」 「いえ! ここじゃなくて」  なんなんだ。これ、一体。なんで、この男性は俺に。 「えー? 違うの? じゃあ、どこに行くの?」 「えっと」  少し飲みすぎたのかもしれない。樋野のことで頭の中がいっぱいだったから、気がつかずに飲んでたんだ。さっきよりもフラフラする。 「結構酔ってる? 少し休んだほうがいいかもよ?」 「や、休むなら一人でっ」 「そんなマスクなんてしてるから余計に酔うんだって」 「あの、大丈夫ですから。本当にっ、俺はっ」  親切心からなのだろうけれど、マスクのことを指摘されて思わず後退りしようとした。これを取られたらと、一歩下がろうとすると、あろうことかそのピアスの男性は目を細め、確かにマスクへと手をのばして来て、そのことに俺は驚いて、手で男性を押し退けようと――。 「俺と待ち合わせしてたんで、お構いなく」  その手を、掴まれた。 「ぇ……え?」  樋野に。 「ッチ、んだよ、男付きかよ」  ピアスの男性は、びっくりするほど思い切り舌打ちをしてその場を離れた。 「え、なんで、樋野」 「……何、してんですか」  背後に樋野がいて、俺の手首を掴んでて、それで溜め息を吐かれた。 「最上さん」  手が大きくて、掴まれた俺は手首がどうしてか熱くて、驚いていた。

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