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第22話 火起こし係
「樋野は買い出し係だったな」
「……えぇ」
「橋本さんが一緒だって喜んでた」
「……えぇ」
橋本さんは樋野をとても可愛がっていたから、一緒だわって嬉しそうにしていた。
向こうから四人、うちの子育て課から二人。買い出しと食材調理のところが一番人が多く、そして新人職員が配属されてる。新人さんはここで色々話して職場に打ち解けてください、みたいな意図なんだろう。
帰り道、今日は受付がなんだか忙しなかった。特にこれと言って特別何かあるわけじゃないと日だったけれど、連休前だったからかもしれない。ずっとコンスタントに受付には人がやってきていた。そのおかげで樋野と話したのは朝、職場に行く時以来だった。
「最上さんは市民課の課長とですよね」
「そうなんだ。俺も山内課長も火起こしなんてしたことないからなぁ」
「……嬉しそうですね」
「そうか?」
そりゃ、嬉しいさ。
今日は成功したんだ。
俺は休憩時間になる度に飴玉でベロの鍛錬をしていた。
お昼休憩はみんなバラバラに取る
他の市町村の市役所がどうなのかはわからないけれど、お隣の市に住んでいたはずの市民課、山内課長のところの市役所は確か昼休み休憩があるって言ってたっけ。ちょうどその時間にご自身の出したい書類があって行ったら、昼になったばかりで受け付けてもらえず、昼休みが終わるまで待たされて、職員としてはありがたいけれど、市民の立場になると少し不便だなって笑っていた。
うちはその昼休憩を固定にしていないから、休み時間はバラバラだ。だからその時間を使って、ベロの鍛錬に勤しんでいた。
「なんか……機嫌良いですね」
「そうか?」
そりゃそうだ。今日は飴玉を口の中で落とさなかったんだから。
「ふふふ」
機嫌も良くなるに決まってる。
「頑張らないと」
「最上さん」
「! あ、あれだ! 火起こし! したことないから! 頑張らないと!」
ベロの鍛錬をしてるなんてバレてしまったら、初心者なのも知られてしまう。慌てて、ポロリと溢れた本音を掻き消した。
「そ、それじゃあ、俺はこっちだから」
「……」
「楽しみだなっ、そのゴールデンウイークも、バ、バーベキューも」
あと数日だ。そしたら一泊二日の社員旅行でバーベキューで。
「……」
樋野との相部屋で、俺は樋野と――。
「おやすみっ」
きっとキスをするんだろうから。
ほら。
「……」
ほらほら。
「……ン」
できたー!
「……」
飴玉での鍛錬、上下左右ワンセットを五セット、一度も飴玉を口の中に落っことさずにできた。これならもしかしてあの都市伝説も達成できたりして。頼んでみようか。メロンソーダ。そう思って、社員食堂のカウンターの中をじっと見つめた。
あれにはさくらんぼが必須だろう? だから、あれを頼めば今すぐにさくらんぼの軸が手に入る。
「……」
まだ無理かもしれないけれど、でも、物は試しだ。できないに決まってるって思っていた都市伝説級の鍛錬に挑戦してみようって思った時点でかなりの進歩な気がするし。
うん。
ここは一つ。
意を決して立ち上がると食券の自販機へと向かった。頼んだのは。
「す、すみません、これを」
「はいはーい」
うちの市役所の食堂は一般にも開放されている。打ち合わせ等で各事業所がやってくる時に利用したりもするし、市役所の最上階にあるから景色も良く、それに価格も安いから、普通にランチをしにやってくる市民もいて、メニューもランチセットの他にデザートや飲み物もあった。
もちろん、メロンソーダだって。
その食券を手渡して、しばらくすると、緑色のジュースの上に赤々としたさくらんぼが一つ乗っかって出てきた。
「おや、最上君も今、休憩かい?」
「あ、山内課長」
「なんだか珍しいものを頼んでるな」
「あ、いえっ、これはっ」
「あはは、いいんじゃないか? 美味しいよな。メロンソーダ」
朗らかに笑うと、斜め前に山内課長が……座ってしまった。これじゃ、練習ができないけれど。
「そのさくらんぼ、うちの息子が大好きでね」
「息子さん、今、小学六年生でしたよね?」
「……あぁ、来年中学……だが」
ふと、山内課長が視線を展望良しとうたっている窓に向けた。
「山内課長?」
「! あ、悪い悪い。なんでもないよ。それ、さくらんぼの軸を口の中で結んで息子をびっくりさせたことがあったっけ」
「えっ! できるんですか? それっ!」
「あぁ」
あの、都市伝説を? できる人がいるのか? 本当に?
「小さい頃はそれをやると息子が魔法だって驚くから、よく」
「あ、あのっ」
いや、本当に魔法レベルでできないと思うんだ。あんなこと、ベロだけでできるって、ほぼ別の生命体レベルのベロじゃないと。
「あのっどうやるんですか?」
「へ? あ、え? さくらんぼの?」
「はい!」
もしもそれができたら上級者どころじゃなく。達人レベルになれると思う。そしたら、それこそ、どんと来いだ。キス初心者だなんて思いもしないだろう。
できるようになってみたい。
「是非!」
だって、明日には。
「教えてください!」
明日には親睦会の一泊二日、バーベキュー旅行がやってくるんだから。
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