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第23話 甘くてつめた〜い缶コーヒー
キスで唇に触れた時、ガサガサだなんてありえない。二十代の女性の意見、だっただろうか。
キスの時は柔らかぷるん、な唇じゃないと……二十代後半会社員の意見。
リップも塗った。
舌の鍛錬もしてる。
そしてついに、今日がやってきた。
新人職員歓迎会を兼ねた、懇親会。一泊二日のバーベーキュー旅行。
旅行といっても電車で片道一時間半。去年もここで一泊二日の旅行だった。その時の、子育て促進課に男性職員は俺一人で、合同となった市民課も男性職員は偶数人数いたから、良いのか悪いのか、俺は一人部屋で悠々自適だったっけ。市役所集合は少し目立つのでなし。俺と、そして樋野の場合は、市役所経由のいつものバスに乗り、集合場所となっている駅へと向かう。
バス移動じゃないのは、喫煙派と非喫煙派の終わらない闘争勃発を防ぐため。喫煙可のバスなんてありえない。もちろんバスは禁煙。けれど喫煙者にしてみたら、バスの中の禁煙は理解できるけれど、途中の休憩所でくらいは吸わせて欲しい。ただ、非喫煙者や小さな子どもも同伴している職員にしてみると、その休憩後のバスの中に漂う煙草の匂いも苦手な人もいて……という終わりのない抗争を防ぐため、交通手段は公共交通機関、そのため距離も短く、ということでバーベキュー一泊二日旅行が定番だ。
途中までは普通の電車だから、旅行っぽさがないのだけれど、山へ向かう急行に乗り換えると、向かい合わせに座席ができる列車になるからちょっと旅行気分が増す。
現地に到着したら、買い出し係は近くのスーパーへ。食料調達係は買い出し後、食材のカットと下準備、火起こし係はその少し後だろうか。一緒の係が良かったけれど、そう人数が多い部署ではないから、仕方がない。それに部屋は子育て促進課の男性職員同士ということで同部屋になれたんだから、一緒にいられる時間ならたくさん――。
「樋野君、大人気ねぇ」
時間ならたくさんあると、思ったんだけどな。
「あ……橋本さん」
急行に乗り換えると、樋野は同期で入った女性二人と一緒に向かい合わせの四人席に座った。もう一人分空いた席には代わる代わる他の職員がやってきて、忙しなく賑やかだ。一緒に並んで旅行気分なんて味わえそうもない。
でも、急行に乗る前なら、そうだったけれど。
「そうですね」
急行に乗る前の電車でも、それから市役所経由のバスの中の中でも樋野は終始あまり話さなかった。今日の懇親会楽しみだな、と話しかけても「……えぇ、そうですね」なんて言ったっきりだったし。去年の旅行の様子や、どうして電車とバスなのかを説明しても反応は薄かった。そして集合場所となっている駅についたらもうそこからは二人の時間なんてない。
人当たりが良く、顔も良い。一緒にいると楽しいだろう。みんな樋野と話したいから、周りはいつも人だらけ。仕方がない。
でも部屋は一緒なんだ。今くらいは。
「おや、橋本さんと最上君」
「あらぁ、山内課長じゃない」
「二人でのんびりですか?」
急行列車の中、俺は橋本さんと二人で向かい合わせの席に座り、のんびりと山ばかりに変わっていく景色を眺めてた。新緑の季節だから、緑色が綺麗なんだ。
「そちらの子育て促進課の新人職員はどうです? 今はそんなに忙しくない時期だから、そちらの課に入るのはちょうどいいのか」
「えぇ。市民課は」
「年がら年中繁忙期だよ」
そう言って、缶ビールをくいっと飲んだ。
「あらあら、今年は珍しく昼間から飲んでるの? そっか、今年はお子さん連れてこなかったのね」
「えぇ、まぁ」
山内課長も窓の外へと視線を向けた。木々から溢れ差し込む陽ざしが眩しいのか目を細めて、なんだか笑ってるように口元をほのかに緩ませて。
橋本さんはもう長く勤めてる方で、市民課の山内課長よりも勤続年数だと上だ。市民課のしかも課長相手にフランクに楽しそうに話してる。
「だからって昼間から飲んで、大丈夫? 夕方酔い潰れないようにしないとよ?」
「大丈夫ですよ。火起こし係には最上君という有能な人材がおりますから」
「いえ、俺は、こういうのあまりしたことないので」
田舎出身だからバーベキューもよくやってはいたけれど、基本、親類達が仕切ってしまうから俺たちは食べてるばかり。友人とは……あまりそういうの参加しなかったな。
だから火起こしなんて。
「俺もだよ。あははは」
大丈夫だろうか。俺と山内課長にその仕事を任せてしまって。俺たちが火を起こせないと一向に食事にはありつけないのだけれど。
「最上さん、コーヒー飲みます?」
「!」
頭上からいきなり声がした、と思ったら、俺と山内さんの間に缶コーヒーがスッと入ってきた。
「これ、橋本さんも」
「あらあらいいの? ありがとうね」
「いえ……と、すみません、市民課の課長がここにいると気が付かず、今、持ってきますね」
「あー、いやいいよ。俺はこっちを飲んでしまっていたから」
そう言って、山内課長は席を立つとヒラヒラといつの間にか空になった缶ビールを見せた。そして、別の席へと歩いていった。
「あの、ありがとう。缶コーヒー」
「……いえ」
甘い缶コーヒー。それを二つ、俺と橋本さんに手渡すと、樋野は自分の席へと戻っていった。
「冷えてて美味しいわ。今日はお天気がいいからちょっと暑いものね」
「……えぇ」
なんとなく、怒っているのかと思っていた。普段はもっと話すはずの樋野が行きのバスの中、あまり話さなかったから。普段のバスとは違って、連休初日のバスは静かでのんびりとしていたから、そのせいかもと思ったりもしたけれど、でも、口がほんのわずかにへの字になっていた気がしたから。だから、怒っているのかと、思ったんだけれど。
「本当だ。冷たくて美味しい」
コーヒーを樋野がくれた。
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