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第24話 一週間

 怒っているのかと……思った。  特に怒らせたつもりはないけれど、なんとなく口数が少なくて、不機嫌そうに見えたから。  でも橋本さんと俺に缶コーヒーをくれたから、そう怒ってはいないのかもしれないと、思った。 「やっぱり、怒ってるじゃないかっ!」  思わず、本日宿泊することになっているバンガローで一人叫んでしまった。  けれど、一人だから誰にも迷惑はかかってないだろ?  一人なんだから。 「はぁ」  バンガローは二、三メートルの間隔をおいて、一棟ずつ立っている。その一つに俺と樋野が宿泊することになっていた。  けれど新人職員は何かと忙しい。役所勤めだけれど、普通に課長はいるし、上司、部下の関係もある。だから新人職員は歓迎会を兼ねてると言われたところで、招待客のように悠々自適に懇親会を満喫していられはしない。  先輩方に気を使い、あれこれ手伝いをしたりとなかなか慌ただしいんだ。プラス、樋野はひっきりなしに人に呼ばれてあっちこっちで話しかけられていたから、俺はほとんど話せてない。あの缶コーヒーをもらった時くらいなものだ。  しかも樋野は買い出し係。  職場の中でも年長グループに属している橋本さんと、それから市民課の数名と一緒に買い出し係になっている。一旦荷物をここに置いて、それから年長者である橋本さんを迎えに行き、その後、市民課の買い出し係と合流。そこから少し歩いたところのスーパーへと買い出しに。  この買い出しが遅くなれば調理係が食材カットにかかるのが遅くなる。現地に着いたらすぐに買い出しに行かないといけない。  きっと今はもうその買い出しに向かっているんだろう。  俺が部屋に来た時はもういなかった。  そもそも急行を降りた時点で見失ってしまったし。  忍者なのかと思うくらいにあっという間に視界からいなくなってた。  けれど、部屋に行けば少しくらいは二人でのんびりとできるんじゃないかなって……思ったのに。荷物をドアのところに置いたまま、もう姿はなくなっていた。  本当は俺も買い出し一緒に行きたかったのに。  男手が足りないかと思ってとかなんとか理由をくっつけてさ。そしたら一緒に買い物がてら話ができるだろう? なんて企てていたのに。  なのに、もういないから会えなかったし話もできなかった。 「……樋野」  やっぱり怒ってるのだろうか。  今日まともに会話をしていない。  缶コーヒーはくれたけど。それっきりだ。  付き合うことになって、今日でちょうど一週間なのに。  樋野が右のベッドを使うのか、左のベッドを使うのか、それすらも訊けていないのに。 「もう……」  ひとつ溜め息をついて、とりあえず左側のベッドへと転がった。いないのだから仕方がない。不平不満、クレームは受け付けないことにする。  そう不貞寝でもしてしまうかと思いつつ、寝転がって、ふと、スマホで調べた。  ――キスまで 期間。  そう調べてみた。練習の仕方は調べたけれど、まだ、それをしていい期間までは調べていなかったから、どうなのだろうと思って。 「え?」  そして、そこに書いてあった数字に驚愕した。 「いっ……か……げつ」  キスまでの、期間。 「そっ……」  そんなに長いのか。  知らなかった。交際をしたことがないからわからなかった。  そんなに先のことなのか。  まだ付き合って一週間だぞ。  一週間ならちょうどいいと思ったんだ。むしろ、その一ヶ月なんていうのは、あっち、その先の、つまりはキスの先のセ……クスの方までの期間くらいかと。いや、そっちに関してはなんというかキスが上手に、初心者だとバレずにこなせてしまえたのなら、そのまま、流れに身を任せて……なんちゃって。  だ、だって、ほら、もうその「ソウ」として色々知られてるというか、見られてるから、別に。  って、早いのか! それこそ早いのかっ! 早くて、軽すぎるのかっ! こいつはただヤリたいだけじゃないかと呆れられてしまうのかっ! 神様どころかただのすけべじゃんって。  うつ伏せでごろ寝をしていた俺は慌てて枕で自分の頭をボンと押しつぶすように、上から叩いた。 「……」  叩いたら、案外痛くて。そのまま枕を背中に乗っけたままぽつりと呟いた。 「四……週間……」  いや、そんなぎちぎちの「一般論」に当てはめることもないとは思う。人それぞれだと、その人その人のペースで進んでいけたらいいと。仕事だってそうだろう? 誰もが同じスピードで仕事を習得していくべきだなんて思わない。それぞれの速さでしっかりと業務を覚えていくのが一番だと思う。だから交際だってそうだろう。人それぞれ、カップルそれぞれの速さで進んでいくのが一番だ。  でも、採用期間というものが世間にはある。  お試し期間。  その採用期間というものは、一般的に三ヶ月くらいか? うちの役所も本採用まで三ヶ月かかる。 「……」  キスまでが一ヶ月ならば、そちらに関しては三ヶ月くらいだろうか。本採用と同じくらいのタイミング。  じゃあ、やっぱり、キスまで一ヶ月は妥当。  一週間なんて、早い……のか?  でも、ソウは上級者って思われてるだろうから、早くてもいいのかもしれない。むしろここで、この一週間っていうタイミングでした方が「ソウらしい」と思われるかもしれない。ここでキスをした方が初心者かよと思われずに。  でも本採用が。  キスまでの期間は一般的には。  いや、ソウなら。 「どっちなんだ!」  キスのタイミングって。

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