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第26話 そう、じゃない
宴もたけなわ、なうちにバーベキューは終わった。
最後には花火大会もしたかったと、どうして買ってこなかったんだーなんて、騒いでる人もいたくらい、もう少し騒いでいたい雰囲気の中で懇親会の目玉であるバーベキューは幕を閉じた。
「……」
幕を閉じてしまった。
「……あ、荷物」
部屋に戻ると荷物がドアのところにお互い置いたままになっていた。樋野はいつの間にか先に部屋に来て荷物だけ置いて買い出しに行ってしまったきり戻ってきてない様子だし、俺は少しベッドでゴロゴロしたあと、樋野の無口な原因が気になって外に出てしまったし。
荷物だけがただ部屋の中にぽつんと置いてけぼりになっていた。
「ベッド、最上さん」
「へ? え? あっ! あのっ」
交際を始めてから一週間、キスをするまでは四週間、ベッドインまでは調べてないのだけれど。今、一週間の時点では何もできそうな項目が。
「左の使うんですか?」
「へっ?」
「左」
「あっ」
右のに比べると確かにごろごろした後が明らかに残っている。
「じゃあ、俺、右ですね」
「えっ」
「先にシャワー使ってください。火起こしの係だったし、ずっと火の番してたから、煙くなっちゃったでしょ? 俺、次でいいんで」
「あ」
「あ、やば、水とか買ってこないとだ。俺、買ってきますんで」
「えっ!」
じゃあ、俺も一緒に行こう。
そう言いたかったのに。
「行ってきます」
あ、え、へ、しか言葉を発せられないうちに樋野は部屋を出て行ってしまった。
「……いってらっしゃい」
それさえもいえないくらいに、ささっと……出て行ってしまった。
あれだろうか。あの、つまりは、まだ交際を始めて一週間だから、二人っきりになるのも早いとか。まだキスもできない期間なのに、我慢できなくなったらどうしようとか? 二人っきり、個室で、夜で、ドキドキしてしまうから、とか?
「……」
なんて、ことはないか。
「……はぁ」
言われた通りに、先にシャワーを浴びた。滝行のように頭からびしょ濡れになりながら、足元に湯の雫と一緒に溜め息を落っことした。
そういうドキドキから外に出かけたのなら、あんな一日中しかめっ面になんてならないだろ? ほとんど話さないなんてことには、ならないだろ?
「……」
好かれて、ないんじゃないだろうか。
俺は。
ソウ、ではない俺は。
ソウのことを神様だと言っていた。若くて、ピチピチで、えっちなソウを。そういうことが上手なソウを。
でも、実際の俺は、田舎者で、小心者で、ただの初心者。それが一週間でバレてしまったのかもしれない。それでなくても樋野は巧みそうだから。恋愛事がとても上手だと思うから。あの、俺が恋人だと勘違いしてしまった友人だって、とてもモテそうだし、遊び上手な大人に思えた。そういう知人がいるのなら、そういう知人と肩を並べられる人なわけで。
本当は田舎者で、小心者で、初心者な俺とは全然違う。
それがバレてしまったのかもしれない。
そして、どうしようと後悔してるのかもしれない。
だって、ほら――。
シャワーを浴び終わって、ふと洗面台の鏡に映る自分を見ると不安が膨れた。
高校生じゃないし、二十九歳のただの役所勤めをしているサラリーマンだし。冴えないし。飲みに行った帰りだって迷子になるくらいだし。
きっと、樋野が知ってるソウは違うんだ。
ふと、あの当時言われた言葉たちを思い出す。
チヤホヤしてくれる言葉たちを。可愛いって持て囃してくれた言葉たちを。
でも実物はさ……。
「あ……」
風呂上がり、いつもの通りにリップを塗ろうとまだ開けてもいなかった鞄の中を見た。
「……忘れた」
リップ。出かける前に、よし! 今日は! なんて思って、丁寧にリップを塗ったのは覚えてる。塗って、さぁ行こう! と、外に出た時には手に持っていなかった。リップを玄関に置いてきてしまった。
「……あーあ」
けれど、いらない……か。リップなんて。キスはきっとしないんだろうから。ソウじゃない俺とは。
「っ」
そう思ったら、なんだか急に悲しくなってきた。ソウなんていう人間はいないことにしたくてたまらなかったんだ。消したくて仕方なかったのに。あの時、樋野がさ。
―― あの! ソウさんですか!
そう尋ねたんだ。俺がマスクを取って、缶コーヒーを飲んでるところで、俺の黒子を見て、そう言ったんだ。
だから俺じゃない。
俺じゃないんだよ。樋野が会いたかったのは、付き合いたかったのはソウで俺じゃない。
今の俺は、ソウじゃないし。
大人気なわけでもない。
そうじゃなくて、ソウじゃない。
「も、わけわからない……も、やだ」
半べそかきながら、荘司だから「ソウ」なんて、どうして曖昧で使い勝手の悪い名前を使ったんだと自分のセンスに文句をつけて、左側のベッドにぺちゃんこに座り込んでいた。
「最上、さん?」
「……えっ」
樋野が帰ってきていた。変なところを見られてしまったと慌てふためく俺に、ズカズカと歩み寄って。
「最上さん?」
放り出されてしまった水の入ったペットボトルがゴトンゴトンと大きな音を立てて、床に無造作に転がった。
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