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第32話 思ってたんと違う

 セックスってなんだか思っていたものと違ってたな。  もっとこう、なんというか、もっとジメジメしていて淫猥な感じがしていた。気持ち良くなるための行為で、怒涛のように容赦なく快感ばかりが絶え間なく攻めてくるような、そんなものだと思ってた。 「……」  いや、怒涛のように快感ばかりが絶え間なく攻め立ててはきていたけれど。  すごく気持ちいい行為だったけれど。 「…………っ」  そう気持ちいい行為だった。気持ち良くなるための行為、というのとはまた少し違っていて。 「うー……」  なんて言うのだろう。うつ伏せで、顔をシーツに埋めつつ考えてみる。  ――可愛い、最上さん。 「……っ」  ――エロいです、それ。 「…………」  ――最上、さんっ。 「っ、っ、っ」  言葉は同じなのに、動画越しにソウへ向けられた言葉と違って聞こえた。正嗣がくれるそんな褒め言葉全部が優しくて、気持ちよくて、そして少し恥ずかしかった。  うん。  なんだか恥ずかしかった。  あの時は、裏垢で、ソウとしてそういうのを言われると喜んでいた。もっと言ってって思ってた。  けれど、正嗣に言われるとどうしたらいいのかわからなくなって、身体は熱くなるし、顔はきっと笑ってしまうくらいに真っ赤になってるだろうし、もうストップと何度も思った。  でも止めてくれない正嗣に意地悪するなって怒ったら、笑ってたっけ。  笑った顔に胸がギュッてなったっけ。  その度に抱きついて、その度に答えるように正嗣が抱き締めてくれて。  なんて言うのだろう。  確かに怒涛のような時間だったんだ。  自分のキスの顔がどうだなんて気にしてられない。ベロの鍛錬なんてことも気にならなくなる。途中で泣いてしまうくらいに感極まったり、正嗣がかっこいいって思っては悶絶したくてたまらなかったり、不安になる時もあったし、自分の辿々しさにかき消えたくもなったけれど。ものすごく忙しくて、あっという間だった。 「っぷ」 「? あ、お前、起きてっ」  寝ていると思っていたのに、急に吹き出して笑い始めた正嗣に慌ててのけぞると。 「ぷははは」  それを阻止するように抱きしめられた。 「だって起きるでしょ、なんか最上さん、もじょもじょ動いてるんだもん」 「んなっ、人を芋虫みたいにっ」 「い、痛い痛い、普通そこ引っ張ります? 髪、抜けちゃう。鼻とか耳とか、抜けなさそうなとこにしてください」 「だって」  正嗣が目を細めて、優しく笑って、ほら、ただそれだけで気恥ずかしくて俯いてしまう。 「…………どこも、痛くないですか?」 「! だ、大丈夫」 「……おはようございます」 「お、おはよう」  正嗣が俺の瞼をそっと指で触れて、俺は自然と目を閉じる。そしたら、ゆっくりキスをくれた。 「最上さんの寝顔、めちゃくちゃ可愛かったです」 「……」 「眼福です」 「……え? おま、お前、今起きたんじゃっ」 「違いますよー。結構早くに起きてました。正直あんまり寝てないんですよ。嬉しすぎてテンション高くて」 「んなっ」  思っていたのと違ってた。 「だって、最上さん、可愛いから」  思っていた以上に、セックス は怒涛のように容赦なく気持ちよくてあったかくて、その後もしばらくずっと、絶え間なく、くすぐったいものだった。  少し眠くて、できることなら食べる時間も惜しんで寝ていたいと思いつつ、朝食を済ませて二度寝を我慢した。しっかりしろと心の中で自分を鼓舞しながら、満腹感に根負けすることなく、チェックアウトは午前十時には集合場所へと向かった。さすが時間にきっちりしている市役所職員だ。受付前の集合場所、昨日はバーベキューに盛り上がった広い場所には、すでにほとんどの人が揃っていた。  だから眠かったけれど、早めに動いて良かったと思った。まぁ帰りの電車の中で眠れるだろうしって。 「…………」 「…………」  そう思ったんだけれど。  正嗣に至ってはほとんど本当に寝ていなかったようで、多分今、本当に本気で熟睡している。もちろん、俺も眠い。だからここで睡眠不足を解消、するはずだったんだ。 「あら、仲直りできたようよ。山内さん」 「あぁ、本当だ。良かった良かった。ね、橋本さん」 「えぇ本当に」 「いやぁ、昨日は二人が心配で花火に誘ったんですよ。けど寝てたみたいでね。まだ眠いようだ。疲れたのかもしれないですね」 「そうねぇ」  眠れそうもない。二人の会話と今の自分達の状況に。  これ……今、正嗣の着ていたジャケットを膝掛けがわりにしたその下で手を繋いでるんだ。  行きは大半の人が起きてこの懇親旅行を楽しんでいた。その分、帰りの電車の中って言うのは大概静かで。皆昨晩の寝不足をここで解消するべく眠りについていることが多い。  だから、まぁいいかと思ったんだ。手を繋いでたってこうして隠しておけば大丈夫。他のみんなも寝ているし。そう思って油断していた。 「…………」  失念していた。 「ぐっすりなのねぇ」  忘れてたんだ。 「良かったねぇ」  この急行列車が席をくるりとすれば向かい合わせになると言うことを。 「あ、山内さん、お茶飲む?」 「あ、いただきます」  あぁ、寛いでる。橋本さんと山内課長が向かい合わせで眠っている俺たちをきっと微笑ましく眺めながらお茶を飲んで寛いでしまっている。 「はぁ、あったまるわぁ」  俺はただただ今のこの状況に緊張し、目がギンギンに冴える中、この長い道のりを狸寝入りで過ごすことを一生懸命頑張っていた。

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