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第33話 お出かけ用
くどいようだけど、すごい田舎者なんだ。
「は? 帽子なんてない」
だから、お洒落とは無縁というか。帽子をおしゃれアイテムとして活用したことがないんだ。日除け用とか、学生時代の赤白帽、防寒用のニットキャップ。記憶している限りで帽子なんてそのくらいしか被ったことがない。もちろん、小学生時代。
「スーツにしたい……」
カフェとかもあまり行かない。
それがオープンテラスともなればお洒落の極みみたいな気がして、自分には縁遠い場所だと思っている。
そんなだから服装だってあまり気にせずにいる。大学の友人と飲む時だってそんなの気にしたことがない。類は友を呼ぶ、というやつで、お洒落に疎い奴らだから。基本、仕事後に飲むとかだったからスーツが多かったし。だから――。
「……困ったな」
デートに使えるようなお洒落な服を持っていない。
仕事はスーツ、日々の生活は仕事と自宅の往復ばかり。そういう生活をしていれば必然的にお洒落とは無縁になっていくだろう? ほら、よくお出かけ用みたいな服があるけれど、そういうのを一着二着持ってれば十分な生活だったんだ。そう頻繁に大学の友人と飲むわけじゃないし。せいぜいニ、三ヶ月、季節ごとに会うくらい。それでも多い方だ。
ワンセットでも持っていれば十分なんじゃないかと思い始めていたくらい。
だから、つまり、その「お出かけ用」の服は昨日までの一泊二日懇親旅行に採用してしまったばかりなんだ。
それをここで着るのはどうかと思うし。
「……」
と、思いつつ、すでに、ベランダで五月の風にそよいでる、昨日、旅行から帰ってきて夜のうちに洗濯しておいた洗濯物の様子を確認した。
もちろん、当たり前だけれど濡れている。
若干だけれど。
じゃあ、着れるんじゃないか? 平気かもしれないだろう? そう思って立ち上がり、そっと一枚、Tシャツを手に取った。もちろんしっとりはしているけれど、着てみれば、そう乾いていなくたって気になんて――。
「……」
無理だった。全然、冷たかった。ちょっとだけ「ひゃ」って声が出てしまった。
ようやく日差しが洗濯物に当たり始めた程度なんだ、乾いてるはずもない。
日にちがあれば買いに行くとかできたのに。昨日の懇親旅行の帰り道、急に正嗣が言い出すものだから。デートしませんか? なんて。日程をずらしてもらおうか。明日にしてもらって、一日掛りで準備をすれば。
「……ぇ、雨」
けれど、明日の天気予報を見ると雨だった。今日はこんなに晴れているのに、どうしてそんな急変するのか、八十パーセントの高確率で雨マークがついてる。
それじゃあ明日にデートを延期してもらうのは申し訳ない。
「うーん……」
それに、俺も会いたいと思ったから。
デート。
「……」
してみたいなって、思ったから。
待ち合わせは向かいの道路のところ。
「ぼ、帽子!」
「あ、最上さーん!」
その向かいの道に出ると、ちょうど正嗣が部屋から出てきたところだった。
今年の春コーデのサイトに載っていたのと似ている帽子を被った、正嗣が。俺からしてみたら、お洒落上級者のアイテムで、どうしたって使いこなせそうにないそれを被った、二十二歳。かたや、考えに考え抜いた結果、淡い色のズボンに淡い色のパーカーを羽織るっていう、普通の格好をデートにしてきた二十九歳。
「すみません。待たせて」
「い、いや……」
うわぁって、思った。
この会話、すごくデートっぽくて。
「じゃあ、行きましょうか」
「あ、あぁ」
デートっぽいのに、俺の服装だけが、ちょっと駅前でお買い物程度の感じで、少し不釣り合いな気がしてしまうけれど。
「最上さーん!」
「あ、ああ! ごめんっ」
なんだかチグハグすぎやしないかと思うけれど。いつの間にか歩き出した正嗣を慌てて追いかけた。正嗣が帽子が飛ばされないよう手で抑えると、向かい風にリネンの、帽子と同じ紺色をしたシャツが風に背中を膨らませた。
「最上さんの私服、また見れた」
こんなのいくらでも、そこら辺で見られる。
「さ、行きましょう」
この前だってこの格好でスーパーに行ったし、決してレアなんかじゃない。正嗣の方がよっぽど。
「晴れて、よかったですね」
よっぽどデートっぽくて、それに、かっこいい。
「あぁ」
ドキドキしてしまうくらいに、すごく、かっこいい。
連休のど真ん中、電車は混雑しているかと思ったけれど、そうでもなかった。もしかしたらもう、この大型連休をどこか観光地で過ごしたいと都内よりも地方に皆出向いてるのかもしれない。満員になることもなくそれぞれスペースを空けて座ることだって可能なくらい。ゆっくり、のんびり人を電車が淡々と運んでいる。
「あ、この映画4DXがあるっぽいですよ」
「へぇ……」
大学の友人と飲むくらいしか都心に用事はないから、こういうデートのようなことには疎いんだ。そもそもしたことがないのだから疎いも何もないけれど。
なるほど、観客集めに頑張っているんだな。最近は映画もただ観るだけのものではなくなっているらしい。
「……感じる映画館」
というスタイルもあるらしい。正嗣が何を観ようかと上映スケジュールを調べている電車の中、隣に座りながらそのスマホの画面を覗き込んでいた。盗み見てるとかではなくて、正嗣も、俺が見やすいように少しスマホの画面をこっちに向けているから。
「……最上さん」
「ぇ? あ、す、すまない」
見ていいのかと思ったんだ。けれど、すごい俺のことを凝視してくるから、スマホを見てはいけなかったんだろう。ルール違反だと。
「それ、ルール違反……最上さんが言うと、エロい」
「んなっ! 何、言ってっ」
慌てて謝ろうと思ったら、馬鹿げたことを言っていた。別にそういう意味じゃないし、そこに書いてあるだろう? って、言って、スマホの画面を指差すと、笑ってる。
「わ、笑いすぎだ」
「だって、そりゃ……」
そりゃ、なんだ。
「デート、ですもん」
そう言いながら、また笑っている正嗣はとても、楽しそうだった。
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