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第34話 体感しすぎ映画
体感する映画――というものらしい。4DXだからこその興奮が味わえる傑作! らしい。スパイが世界を救うのだそうだ。それを体感できるなんて! ってことだそうだ。
「!」
甘く見てたんだ。
「っ!」
もっと、こう。
はいはい、なるほどね、あぁ確かに動いてる動いてる、みたいな程度だと思ってたんだ。ほら、よくあるだろう? コンビニで「激辛」って書かれてる弁当を買って、どうしよう、食べられないほどの辛さだったらどうしようって、ドキドキしながら口にしたら、全然、俺でも食べられるくらいの辛さに拍子抜けしてしまうのって。元々、辛いのはそんなに得意じゃないからそうないことだけれど、たまにあったりする。疲れてる時とか? わからないけれど、ちょっと辛いものが食べたくなる感じ。
つまりはそういう感じ。
激辛だって言ってたけど、そうでもないじゃん。俺でも食べられるじゃん、みたいな。そういうのだと思っていた。
「!」
甘く見てた。
「おっと!」
失礼、声が出てしまった。
「!」
だって、本当にジェットコースターみたいに席が揺れるから。よかった。これ、ポップコーン食べてる最中だったとしたら、どこか遠くにポップコーンが飛んでいってしまうんじゃないか?
「?」
と、思ったら、シーンが一転して、元スーパーモデルの女優さんが妖艶なドレス姿でレッドカーペットの上を颯爽と歩いてく、と同時に、どこからか仄かに甘い香りがする。これ、ポップコーンから? な訳ないか。これも「体感する映画」の一部なのか? あの女優さんの香水の香り?
――君があの時の女スパイなんだな? その香水、あの時もつけていただろう?
――うふふふ。
うふふふ、じゃないだろう? 女スパイなのに香水つけてスパイしてたらダメだろう? 身元がほら、主人公にバレてしまってる。それなのに、悠長に笑ってる場合じゃないし、こんな甘い香りがさせてたらダメだろ?
――だったらどうだというの!
いや、スパイ業を営むのなら気にするべきだ。
「おっとっと」
油断した。また声を出してしまった。急に女スパイが主人公に飛びかかるものだから、やはり席は揺れて、飲もうとしてたコーヒーで大惨事になるところだった。
――危ない!
ありがとう。主人公。指摘してくれて。
――クッ、どうして、私を……。
コーヒーを溢さないように飲むことに注視していたら、いつの間にか女スパイはビルの窓から落ちそうになっていて、それを主人公が手を伸ばして助けてた。
「!」
あぁ、危ない。高層ビルなんだ。ほら、すごい風が思い切り顔に直撃してくる。確かに高層ビルに身一つで投げ出されたらこんな感じに風に煽られるんだろう。
――どうして? そんなの決まってるだろう?
――?
――君の甘い香水の香りが俺は結構気に入ってるんだぜ?
なぜだ。
――アレックス。
なぜ、この強風の中で香水の香りがするんだ。確かに今、風の中に優しい甘い香りが混ざってるけれど、これがその強風の中で本当に感じるものなら、香水つけすぎだ。
――さ、俺にしっかり捕まりなっ!
「あわわわ」
あろうことか、高層ビルの一角にぶら下がっている女スパイ諸共飛び降りた拍子に、またガタガタと揺れ始めた座席にまたもや声を出してしまった。
「っぷ、あははははは」
あの後、アレックスこと主人公のスパイは女スパイを抱えたままパラグライダーで高層ビル群をすり抜けて難を逃れてた。
「そんなに笑うことないだろ」
もちろん、その間は座席が左右にゆっくり揺れるものだから、ポップコーンを食べられなかった。
「だって最上さん、めっちゃ反応してるし」
「そ、そりゃそうだろう! 感じる映画なんだから! こ、ここまでとは知らなかったんだっ!」
「うん。ですよね」
おかげでポップコーンを映画の上映の間に食べきれず、かと言ってこのバスケットを持って歩くのもどうかと思うので、今、その映画館にあるベンチに座り、他の上映予告版を眺めながら、食べているところ。正嗣がふわりと微笑んで、三つもポップコーンをいっぺんに口に放り込んだ。
「あ、この映画も面白そう」
げ……。
「これも4DXあるのかな。あ、この後あるって。しかもゴールデンウィーク限定スペシャル4DXってなんだろ」
この後あるって、って、映画二本立て続けだぞ? しかもどちらも4DX。
正嗣は少し興味があるのか、その予告編に視線を向けた。
無理。
無理な予感しかしない。
ホラー映画であれを体感なんてとんでもない。ど、どうするんだ。そんな血がいっぱいのシーンで何やら不穏な臭いがしてきたら。座席から音声も出るんだぞ? お化けのうめき声とかが、座席のすぐ後ろから聞こえていたらどうするつもりだ。
飛び上がってしまう。
「あ……すいません。電話だ……ちょっと出ていいですか?」
「あぁ、構わない」
「すみません。もしもし? ……」
これは止めておこう。ホラー映画の4DXは。ポップコーンを溢してしまうし。
「……あー、今? 今は……は?」
怖いの、苦手だし。
「やだよ」
そうそう、やだよってちゃんと言おう。
「?」
正嗣が電話をしながらこっちを見たから、なんだろうと首を傾げた。
「あー、あの」
なんだよ。
「この後、最上さんに会いたいって奴が」
「?」
「この前の、ネットの削除をした奴なんですけど、最上さんに会いたいって」
「! も、もちろん」
それは挨拶しないといけないってずっと思ってたんだ。
お手数おかけしただろうから。仕事ではないのに請け負ってくれたんだろう?
「全然構わないよ」
本当は人見知りだから、ちょっと緊張してしまうのだけれど、でも。
――ぎゃああああああ!
あの映画をこれから4DXでってするより、断然いい。
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