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第53話 スーパーデート

 ほぼ毎日一緒に夕飯を食べるようになった。  特にルールみたいに決めたわけではない。だから、交互に互いのうちで食べるとか決めているわけでもなく、なんとなくどちらかの部屋で食べている。道を挟んだお向かいさんなんだ、ちょっとお醤油を借りにいくついでに食事も一緒にするような感じ。  食事を一緒にするのだから、そりゃ、夕飯の買い物も一緒にするわけで。 「あ、セロリが安いぞ! 二本で百円! 一本にしたら五十円!」 「……へー」 「二本買ったら悪くなってしまうだろうか」  夕飯を一緒にするようになると食材の減理が倍になるけれど、代わりに、二本まとめてセールの時や大入りのものを買う時には助かる。二本のセロリ、大入りの方が割安なじゃがいもに玉ねぎにニンジン。 「えー、えっと、セロリはなくてもいいじゃないですか?」  ほら、昨日、橋本さんにもらっただろう? トマト。紙袋いっぱいに。あれと合わせて、チキンでも、ここで焼くだけになっているハンバーグを煮込んだらとってもいいと思う。 「なんでだ? そうだ、チキンのトマト煮に入れよう」 「えっ!」  美味いんだ。セロリを入れると風味が変わって。実家にいた時は、夏は大量のトマトがあっちのうちからこっちのうちからってやってくるから、トマトソースにしてしまうこともあるんだけど、セロリを入れると毎日でも食べられるくらいに飽きない。 「実家の定番料理なんだ……って、正嗣、セロリ苦手なのか?」  なんだかとても困った顔をしていた。 「あー、いや……あのー」  ほら、とても困り顔をしている。 「ダメだぞ。とっても身体にいいんだ」 「あ、なんかすごいおにーさん顔」 「おにいさんだろ。七つも」  そして今度は少しむくれ顔。 「でも、いいですよ」 「正嗣?」 「貴方が作ってまずかったものなんて一つもないし」 「あ、あるだろっ、この前作った煮物は味薄かったし、その次の日に作った味噌汁はその逆に濃かったし。正嗣が作った晩飯の方がずっとお洒落で美味い」 「一つもまずかったものなんてないよ」  言いながら、正嗣がセロリを二本買い物カゴに入れた。 「荘司」  そして、今度はとてもかっこいい顔をしながら、俺の名前を呼んだ。  一人で夕食を済ませていた頃は買い物も帰り道も面白おかしいものじゃなかった。楽しい、とは思わなかった。 「な、なんだか、真っ直ぐ歩くのが長くないか?」  さっと買って、ささっと帰るだけだった。 「ないない。気のせいです」 「本当に? どこに向かってるんだ?」 「うちですよ」 「いや、だからそれにしては真っ直ぐ歩くのが」 「気のせいですってば」  今は、買い物をしている間も、帰り道もどちらも楽しい。 「! 正嗣! 悪戯するな! びっくりするだろう!」 「えー、してないですよ」 「した! 今、鼻のてっぺんに触った!」  今日は俺が目を瞑って、正嗣が手を引いて帰る遊びをしている。 「触ってません。虫じゃない?」 「虫じゃない。正嗣の指だ」 「してないですもん」  怖がりな俺は目を瞑って歩くなんて、もちろん怖くてできない。けれど。 「した! 正嗣の手だった」 「……虫ですって」 「虫は俺は怖くないっ」 「うわぁっ! ちょ、すごいでかい虫が! ちょ、わっ、荘司やばいい!」  けれど、正嗣が手を引いてくれるのなら、大丈夫。ちっとも怖くない。 「荘司ってば! ほら、そこにっ」  鬼気迫る感じ。繋いだ手は離さないでいてくれるけれど、その繋いでる手をブンブン振って、虫から逃げ回っているようだ。 「なんの虫だ」 「え?」 「なんの虫?」  ほらほら、言ってみろ。名前を。虫の名前を。  虫が苦手な正嗣はどの虫だって「虫」なんだ。 「あるだろ? 緑色をしてるとか、黒いとか、模様があるとか」  そして、見つけたらもっと暴れるのも知ってる。  この前、この時期だからな、虫なんてこの辺りでさえも出没する。部屋で突然叫ぶから何かと思ったら、小さな虫が侵入してきてた。それであんなに大騒ぎなのに、今、そんな俺の鼻先に確かに触れたとわかるくらいの大きさの虫なんかが近くに来たら、もうそれはそれは一大事のはずだ。 「鼻のてっぺんに何か触った時、正嗣の匂いがした。ハンドクリーム。橋本さんがくれただろう? 手荒れは大敵よって」  たくさん出しちゃったって言って、半分、俺のところに寄越したじゃないか。手をマッサージするようにハンドクリームを俺の手にも一緒くたに馴染ませていった。あのクリームと同じ匂いがした。 「それで? なんの虫だっけ?」  今、どんな顔をしているだろう。一生懸命に虫の名前を絞り出そうと難しい顔をしているだろうか。 「とっても悪い虫です」 「へぇ、毒があるのか?」 「あるかもしれません」 「へぇ」 「それででかいです」 「なるほど」 「……ほら」  今度は、鼻のてっぺんじゃなく、唇に触れた。 「……悪い虫」  驚くほど柔らかくて、優しい。 「なんだ、全然悪い虫じゃないじゃないか」  今の彼の顔が見たくて、そっと目を開けた。日も暮れて暗くなった帰り道、優しい、まるで挨拶のようなキスを屋外でもナチュラルにする正嗣がいた。 「すごく、良い虫だ」  今はとても優しい顔をして、目の前にいる俺だけをじっと見つめていた。

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