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第59話 露出狂と変態、現る
海岸線沿いの道路に入った途端ものすごい行列が永遠、先の先の方まで続いている。
「すごいな……ほら、あっちの方まで続いてる」
「今、お盆休みでピークだから」
海への一泊二日の旅行。こんなに朝早くに? ちょっと、まだ夜じゃないか? みたいな時間に出発したおかげで高速道路での渋滞はまだ始まっていなかった。けれど海岸線沿いの道路はもうすでに混雑が始まっていた。
「でも結構渋滞中も進むんですよ」
「あぁ、都内の完全に足が止まるのとは違うんだな」
「信号少ないですしね。それに結構、楽しい、あ! ほら」
正嗣が指差したのは前の車。なんだろうとその車の中をじっと見つめると、スモークガラスでシルエットくらいしかわからなくなっているけれど、けれど、でも、確かに。
「キ、キス、して」
車内でイチャイチャしてる。
「はわ……」
すごいな。あれって、その前の車からは丸見えなんじゃないか? フロントガラスはスモークないんだから。と、思って、ちらりと自分たちの後続車をバックミラーで伺うと。
「は、はわ!」
「? おー、すごい、後もだ」
「なっ、何して」
「あっちもキス長いですね。ほら……まだしてる」
そんなところ感心しなくていい。確かに、すごく長いけれど。
なんて車たちに前後を挟まれているんだと、ドキドキしてしまう。
それにしてもこんなに混むなんて知らなかった、と、話を急展開させて別の方向へと向かわせた。あの、よくある映画のラブシーンを家族で見ていると、お父さんは新聞を読んで、お母さんは蜜柑を食べてと、視線を別方向へと持っていくように。
「……」
「ど、どうしたんだ。正嗣」
何か変なことを言っただろうか。いや、言ったか。目を丸くして、人様のキスを目撃したリアクションにさえも困る色々不慣れな男子中学生のような俺をじっと見つめてる。
「……いえ」
と思ったら、ほわりとお湯に溶けるモナカのお吸い物みたいに、表情を柔らかくして。あるだろう? 少し高いそうな、お上品なお吸い物。旅館なんかで出て来そうな。
「海への旅行とかも初めてなのかなぁって」
「! そ、そんなのっ」
初めてに決まってるだろう。恋人がいたことがないんだ。友人たちと海へ、なんてことをしてまで夏を満喫するような性格には見えないだろう? だから、海への旅行も、海岸線のこの信じられないくらいの車行列も初めてだ。
「そ、そっちは、慣れてるっぽい。で、でも」
わかってる。
「正嗣が、俺との旅行が今までで一番楽しみだって、思っていてくれたら嬉しい」
そうぽつりと呟いた。ただのヤキモチだし。しかもとても小さなヤキモチだったし。
「もう、あの、まだ車の中なんで、あんまり煽らないでください」
「あ、煽ったつもりはっ」
「あー、押し倒したい」
「そっ、……」
車の中でキスをしてしまった。
「なっ、何して、ここは車のっ」
「大丈夫。前も後ろもイチャついてて気が付かないから」
「そういうっ」
「それに、これでビンゴ」
三台全部イチャイチャ海旅行のビンゴ、大当たりだ、って笑って。
「何をっ、……ン」
そして、また前後のカップルにも負けないくらいに長い長いキスをした。
少し忘れてた。そして、今思い出した。
「な、なんっ……」
あのあと渋滞は解消されることなく旅館のあたりまでずっと続いていた。いくつかあるビーチ付近になると急に渋滞して、海岸線の何もないところにやってくると車がスイスイ進む、を二回ほど繰り返した後、今日宿泊する宿へと到着した。ちょっと、いや、奮発したんだ。部屋食がいいと思って。夕刻まで部屋には入れないのだけれど、更衣室なら使って構わないし、ラウンジにはドリンクバーもあるからと、快く荷物を預かってくれた。そして、海水浴を楽しむべく、水着に着替えたわけだが。
「なんか……」
忘れていたんだ。正嗣が大学で水泳をやっていたことを。
女性たちが好む、ほら、女性誌の表紙にたまにいるだろう? イケメン俳優がヌードとかで表紙を飾ってるの。あれと同じような引き締まった身体が。
「そ、それであっちこっち歩き回るのか?」
「あの……人を露出狂みたいに言わないでください」
「だって」
その筋肉美であっちこっち歩いたらダメだろう。
「だって、ベッドの中でなら見慣れてるから余計に……それで歩き回るのは……って、なんで俺にパーカーを着せるんだ」
暑いじゃないか。長袖だし。
「そんな乳首であっちこっち歩き回らないでください」
「んなっ! 人を露出狂どころか物凄く変態みたいに言うな!」
「ダメなものはダメです」
「Tシャツでいいだろう!」
「はい? 乳首がダメなんですってば。Tシャツじゃ透けちゃうでしょう?」
「じゃ、黒いTシャツ……持ってきてはいないけれど」
「黒でもダメです」
「なっ……ン、んっ」
黒なら透けないじゃないか、っていう抗議はキスで遮られてしまった。
「んっ……」
「乳首、可愛いからダメ」
乳首乳首って、本当に、変態みたいに。
それに、気がついてるか? なぁ、正嗣。
「それに……」
マスクをしていないんだ。この旅行に、マスクは置いてきた。していないんだ。隠してない。素顔をそのまま。
「マスクしてないから」
楽しみたいって思ったんだ。初めての海旅行を、正嗣とたくさん楽しみたいから。
「だから、余計にダメ……」
そう呟いて、また深くキスをしながら、パーカーのチャックを首のところまでしっかり締められて、恋しさにキュンとした胸の辺りが苦しくて、くすぐったくて、ドキドキした。
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