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第65話 冬が来た
秋は市で行う運動会に、産業祭り、でも、この産業祭りは基本、花火の時と同じで観光課が主催になるからほとんど何もしないのだけれど、それから子育て促進課が一年で二番目に忙しくなる時期でもあった。学童、保育園への入園、入所の手続き、及び、継続申請のための書類の受理等が始まる時期だから。
種類に不備はないかを確認し続けなくちゃいけない。問い合わせの電話も増えるし、対応も増えるから、かなり忙しい。
本当は紅葉でも観に行きたかったけれど、それはまた来年にでもって、話したんだ。
正嗣と。
今年は忙しくて、旅行を決められなかったから。
また来年って。
季節が秋に変わっても、毎朝同じバスで職場へ向かい、一緒に帰って、二人で夕飯を。橋本さんからいただける野菜の面子も変わった。ナスやトマト、きゅうり、から南瓜、きのこ、さつまいも。そうやって秋を二人で過ごして、季節はまた変わる。秋から冬へ。
「はぁ……寒い」
スーパーで買い物を済ませて外へ出ると、思わず背中が丸まる。そして、背中を丸めたまま、マフラーの中に鼻先まで突っ込んで、自宅へと向かった。
今日は、正嗣が飲み会でいなかった。
大学時代の友人たちと忘年会なのだそうだ。
とても楽しそうじゃないか。たくさん遊んできたらいいと送り出した。
せっかくの金曜日なのだからと。
そしたら、俺も、一人の時間をのんびり過ごすよって笑って。
だから、今日は、すごく久しぶりに一人で夕食を、そうだ、何か映画でも見ながら食べよう、なんて思っていた。ここのところずっと自炊ばかりだったから、この際手も抜いてしまおうと、今、スーパーでお弁当を買ってきた。
お弁当に缶ビール、それから映画。最高のぐーたら金曜日を過ごそうって。
「あー寒い寒い」
部屋の中は冷蔵庫並みに冷えていた。まだ丸まった背中はそのままでエアコンをつけて、コートをハンガーへ。ジャケットもハンガーへ。ネクタイを緩めてから、今度は風呂をつけた。時計を見ると、七時をすぎている。
「……」
正嗣は待ち合わせが七時と言ってたっけ。都内で飲むから、俺とは正反対の方向へと向かった。
そろそろ始まった頃だろうか。
「さてと……」
時計から視線を外し、俺は風呂が沸くまでテレビでも観て過ごそうとソファに腰を下ろした。
実家にいた時は、騒がしい食卓が苦手だった。
一人暮らしを始めて、気兼ねしないで済む一人の食事がとても心地よかった。
「ふぅ、ごちそうさまでした……」
今は少し、持て余す。
「……」
こんなだったっけ。一人の夕飯って。
このお弁当、こんな感じだったっけ。
――うわ、この唐揚げめっちゃ美味い。
――油淋鶏だ。案外簡単に作れる。
もっと、この前、正嗣と食べた時は美味かったように思ったのに。
そうでもなかったな。
なんて、作ってくれた人にはとても失礼だけれど。
でも、やっぱり少しこの前の方が美味しかった。ビールは少し、苦い気がした。
そして、少しだけどれもこれも予想と違ってる。
毎日正嗣と料理をして食べてたから、今日はもう楽をとにかくしようと思ってたのに。楽なはずなのに、食べ終わったお弁当を片付けるの少々億劫で。
「……」
お弁当にビールに映画。とても楽しい一人の時間を過ごすはずだったのに。なんだかとても、退屈で。
なんだかちょっと、寂しいなんて。
「……」
予想と違ってる。
チラリと時計を見るとまだ十時前だ。まだ正嗣は飲んでるんだろう。なにせ明日は休みだし。まだ十時前だし。けれど俺は寝てしまおうか。十時前だけれど特に何かやりたいことがあるわけでもないし。
――ピンポン。
「!」
その時、少し遠慮がちにチャイムが鳴った。実家ではよく回覧板が回ってきたけれど、ここは回覧板制度がないから、それじゃない。お隣さんから醤油、味噌、砂糖、塩の類を借して欲しいと尋ねられたことはないから、それでもない。
「は、はい!」
だからきっとこのチャイムは。
「はいっ!」
「……あー、こんばんは」
ドアを開けると正嗣がいた。
まだ十時前だ。
「一次会で帰ってきました」
苦笑いを溢す正嗣が。
「一人で過ごす週末はもう満喫されましたか?」
「……」
「まだ過ごしてる最中だったら申し訳ないんですけど、お邪魔しても」
「どうぞ」
手を伸ばして頬に触れるととても冷えていた。
「そろそろ、お開きにして寝てしまおうかと思っていたところだから」
今夜はとても冷えるらしいから。俺も帰ってきた時、寒さに背中が丸まって仕方なかったんだ。
「上がっていって」
だからその背中を温めるように抱きついた。
「かまわ、……ン、あっ」
齧り付くようにキスをされて、外気に冷えた唇がみるみる熱くなっていく。
「楽しかったか? 忘年会」
「そうですね」
「それはよかった」
「荘司はどうしてるかなって思いながら」
まだ寒いだろうか。
「外、すごく寒かっただろう?」
「えぇ、しかもバスがあんま来なくて、駅前のバス停で歩こうかどうしようか、めっちゃ迷いました」
そういう時、待ちきれずに歩いてしまうと案外次のバス停に辿り着く前にバスがやって来たりしてしまうんだよ。
「歩いたのか?」
「いえ、待ってました。絶対に次のバス停に辿り着く前にバス来ると思って」
同じことを言う正嗣に少し笑って、それからもっとぎゅっと身体を預けるように重ねた。
「だからずっと待ってて、寒かったです」
「じゃあ……」
ぎゅっと身体を重ねて。
「あったまらないと……」
そう言いながら、すでにあったまった唇に今度は俺からキスをした。
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