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第66話 クリスマスに青い空
十二月に入ると、街は途端にクリスマス仕様に変わる。
音楽も、店内のディスプレイも、売っている商品も。
「ジャーン! こういうのどうです?」
正嗣が手に取って広げて見せたのは真っ赤なクリスマスカラーが眩しいマフラー。
「これ、ストール!」
「……橋本さんにだぞ? もう少しシックな色合いにした方が」
「えー、そうかなぁ」
マフラーじゃなかった。ストールだった。本当にファッションには疎いから、そんな布の面積の違いで名称が変わるなんて知るはずもない。よかった。口に出して言わなくて。
「あ、荘司、今、これのことマフラーだと思ったでしょ?」
な、なぜそれを。
「そんで今、なぜそれがわかったんだってびっくりしてる」
「!」
「荘司はすぐに顔に出るから言わなくてもわかる」
そう言って、クシャリと笑い、俺の鼻を摘んだ。
そうなんだ。
「じゃあ、どうしましょうね。橋本さん、自転車寒いって言ってたし」
俺の鼻を摘んだんだ。
今日は、マスクをしていないから。
その、デートだから。
橋本さんにクリスマスプレゼントをあげようって話になって、それで。本当にいつもいつも野菜だけでなく、最近はどこかに出かけるとお土産を買ってきてくれるから。この前は舞台を観にお友だちと出かけたそうで、そのお土産にとってもハンサムな俳優さんのドアップがプリントされたタオルをくれた。顔を拭くと、ほら、つまりはその俳優さんのドアップで……っていう、なんとも珍妙なタオル。もちろん、タンスにそっと仕舞わせていただいた。顔は拭かなくても、それで手を拭くっていうのも申し訳ない気がするし。かといって、他に罪悪感なく使える場面が思いつかなくて。雑巾になんて到底できないし。
そんなふうに橋本さんには可愛がってもらっているから、またプレゼントを渡すにはちょうどいい時期だからと、二人で買い物に来ていた。
そして、普段しているマスクは、今日はしなかった。
デート、だったから。
「あ、じゃあ、こういうのは?」
「……」
次に正嗣が手に取ったのはふわふわの毛皮の……輪。輪っかの形をしている……から、多分、はらま――。
「腹巻ではないです」
「!」
「これは、す、が最初に付きます」
じゃあ、ストールじゃないか。輪っかバージョンのストール。
「ストールじゃないですよ」
違うのか! じゃあ、えっと、「す」がつくもの。「す」がつく。
「さて、なんでしょう」
好き。
って、バカなのか? のぼせたバカップルみたいなことを考えるな、自分。布の製品で「スキ」なんて名前のものがあるわけないだろうが。何を、正嗣の顔を見ながら考えてるんだ。考えなしか俺は。
「っぷ、あははは、荘司、可愛すぎです」
「んなっ」
「これはスヌード、首に巻くだけだから簡単でしょ? 色もシルバーっぽいグレーだし」
スヌード、なんだか、あれみたいだ。ほら、あの、目覚ましとかで一回止めても五分後になる、あれって、えっと。
「それはスヌーズ」
「!」
また俺の頭の中を読み取った正嗣が笑って、また俺の鼻を摘んだ。とても嬉しそうに。だからなんだから俺もとても嬉しくて。
「あれ? 樋野君?」
正嗣に声をかけたのは、女性だった。若い、女の人。
「あ」
「うわ、すごい偶然。この間の忘年会楽しかったね。でも、樋野君すぐに帰っちゃうから……て、あ、ごめん」
彼女は俺の存在に気がついて、パッと会話を止めてしまった。
「デート中だったのね。ごめんごめん。こんにちは」
「あ、いえ、こんにちは」
「それじゃあ、またね」
「うん。また」
その女性は俺にも会釈をするとその場を立ち去ってしまった。
「さて、そしたらどうします? 自転車で寒そうだから防寒グッズがいいと思ったけど……うーん」
「正嗣! あのっ、今の」
デート中って言ってた。俺が一緒にいるのを見て、すぐにデートだと。普通、男同士で買い物をしているだけでデートって思わないだろ? あれじゃ、まるで。
「普通、男同士でもなんでも、恋人同士で買い物してたらデートでしょ?」
「……」
「俺は今みたいな時にちゃんとデートって言いたい。好きな人のことを友だちって誤魔化したくない。ただそれだけです」
「……」
「大丈夫、言いふらしたりはしてないですよ。親しい何人かにしか話してないです。で、この間の忘年会で付き合っている人がいるのを話したから、それで察したってだけです。安心して。それを荘司にもして欲しいとか思ってないですから。無理してほしいわけじゃないんです」
俺なら隠してる、同性と付き合っていることを。
もしも今、大学の友人に俺が遭遇したら、慌てながら、友だちと買い物をしていたんだと言うだろう。嘘をつくだろう。そしてきっと胸の辺りが苦しくなる。いつもみたいに、苦しくて、窮屈で、とても、居心地が悪かっただろう。いつも、いつだってそう感じてたから。けれど、今。
今感じてるのは。
「あ、りがとぅ……」
「荘司?」
「その、少し……えっと、嬉しかった」
なんだろう、この胸のところを爽やかな風が走り抜けていくような、そんな感じ。
「あ! いや、少しじゃない! とても、だっ」
爽やかな。
「好きな人と言ってもらえてっ」
「そりゃ、だって」
青い空のような、そんな気持ち。クリスマスに、胸の中には青空が広がった。
「大好きですから」
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