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第69話 おはよう、おやすみ
不思議だ。
快楽ってもっと貪欲でもっと浅ましくて、もっと欲しがりなものだと思ってた。
どんどん膨らんで、どんどん色が濃くなっていって、底なし沼みたいにズブズブとどこまでも深くなっていくものだと。
直接的なんかじゃなくても言葉の端からはみ出す「もっと」っていう要求。
それは少しずつ深くなっていく。エスカレートしていく。ゆっくり、けれど確かに過激になっていくものだと思ってた。
SNSへ投稿する写真に、たとえば手を載せる。そうすると綺麗な手だねと褒められる。次は脚を載せる。やっぱり綺麗な脚をしているって騒いでもらえる。「やっぱり」って。その言葉にはどんな子なんだろうって想像した相手の欲がはみ出ている。そうやって少しずつはみ出て見える要求に応えていけばいくほど、行為はゆっくりけれど必ずエスカレートしていくんだ。
実際、俺だって、最初、自分と同じ同性愛の人がいると分かっただけで満足していた。そして男同士でキスしている写真を見て、なんだかホッとして、次はもっと過激な画像を見て、もっとホッとして、そして、そして……ほら、自分の中の「欲」は確かに過激になっていった。
そして、結果、俺は馬鹿げたところまでいってた。
あんなところまで進んだんだ。あの日、カラオケ屋であんなことがなければ、俺はどうしてたんだろう。そう考えると怖くて。
底無しなのか。底があるのか、あったら、その底に辿り着いた後どうなるのか、怖がりな俺にはさ、どっちにしたって怖いことだったんだ。でも――。
「荘司」
「あっ……ン」
くちゅりと布団の中で甘い音がする。
「あぁ……ん」
ずるりと抜けかけて、そこからゆっくり中を擦られて、激しくない動きなのにとても気持ちがいい。
「んっ」
「荘司、寒い? 暖房、つけます?』
「へ、きっ」
ブルリと震えたのを寒さのせいだと思った正嗣が布団を肩にかけてくれた。おやすみなさいと言ったのに、抱きついて、キスをしたら止まらなくなってしまったんだ。唇が触れ合うだけのキスからゆっくり深くなって、ゆっくり舌を絡め合って、ゆっくり触れて、寝る前に戯れつく子どもみたいに抱き合ったら。
正嗣とセックス がしたくなった。
正嗣も俺とセックス がしたくなってくれたから。
「寒く、ないっ……あっ、っ、や、俺がっ動く、のにっ」
「ごめん。だって、可愛くて」
「や、あっ……ぁっ」
「怒らないでください」
「?」
「ソウさん、騎乗位あんま上手じゃないのかもって思ってた、から」
ディルドを使う時は寝転がってする方が上手だった。下に置いて腰を振るの、あまり上手くできなくて。見たことのある動画みたいにできそうにないから。
「あんまたくさんそういうのは上げてなかったでしょ? レアだったから、むしろ印象残ってます。って、全部、俺にとっては印象に残るけど。でもその数少ない動画観ながら、ダンスとかあんま得意じゃないのかなって思ったから」
「そ、そんなこと、思ってたのか」
「そりゃ、ソウさんの大ファンだったから」
実際、ダンスとか下手だったよ。田舎で毎年開かれる盆踊り、そのくらいならできたけれど、学校の運動会とかの演舞は大の苦手だった。
「だから、怒らないでって言ったでしょ? それに」
「わっ! あっ……んっ」
急に正嗣が起き上がって、中がまたグリリとその切先で撫でられる。
「あっンっ」
「それにあまり上手じゃないけど一生懸命ですごく可愛かったです」
「あ、んっ、おっきくしたっ」
「だって、観てた時はどんな顔してるかわからないでしょ?」
見えるのは口元だけ。不器用に、辿々しく腰をくねらせながら唇を噛む仕草は知っているけれど、その瞳がどんなふうに潤んでいたのかは知らない。どんな眼差しをしていたのかは見えなかった。
「俺しか知らない……そう思ったら、でかくなります」
「あっ、あっ」
「それに、中がきゅうきゅうしてくるんです」
「あ、あ、あ、だめっ」
「たまらない」
「ンンんっ」
自分の体重と、抱き締めてくれる強い腕に深く、ペニスが奥まで届く。そしてその気持ち良さに仰け反る身体にキスをされて、愛撫にぷっくりと膨れた乳首を舌に可愛がられて。
「だって、気持ち、い」
きゅうきゅうしてしまう。
「荘司……」
「あン」
正嗣が布団をかけてくれる。寒くないようにって俺を布団ごと抱き締めて。
「正嗣が、寒いっ……背中っ」
「平気」
俺は背中を布団で覆ってるから寒くないけれど、正嗣は布団ないじゃないか。背中ががら空きだ。
「貴方の中があったかいから」
「あ、バカ、なことっ」
「すごくあったかいです」
「あ、あ、あ、あっ」
快楽は膨らんで果てしなく底深くなっていくものだと思ってた。セックスはどんどんエスカレートしていくものなんだと思ってた。けれど。
「? 荘司?」
「背中、寒い、だろっ、だから」
抱きついて、背中に手を伸ばして、足を絡めて。
「あっ……ン」
「好きです。荘司」
またおっきくなった。
「ん、俺も」
また、きゅぅんってなった。
「すごく、好き」
セックスは挨拶みたい。おはよう、おやすみ、いただきます、ごちそうさま、好き。
「大好きだ」
セックスは正嗣にだけする特別な挨拶。好きっていう挨拶だなって。それは日々交わすことで、エスカレートするわけじゃなく、深く、どんどん沈んでいくわけでもない。ただ、明日も明後日も交わす「好きです」って言う。
「正嗣」
君とする優しくて甘い挨拶みたいだ。
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