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第72話 いつもどおりの朝
市役所勤めをしていて、とても良い事がいくつかある。もちろんその反対に嫌なこともあるけれど。良い事の一つ、それが土日の休みが確定していること。カレンダーの通りに休みがやってくること。
つまり、今年のクリスマスが土曜日で。
「ゴミ、持った。エアコン、消した、あとは……ぁ、電気」
土曜日だから、仕事は休みだということ。
出かける前の確認を済ませ、電気も消して、いつもどおりの朝、いつもどおりに出勤をする。
外に出ると思わず肩を竦めてしまうほど冬の風が冷たくて、マフラーの中に顔を半分突っ込んだ。いつもしているマスクが丸ごと隠れるくらいまで。今日はまた一段と寒くなるらしい。山沿いのあたりじゃ雪がちらくつかもしれないと天気予報で言っていた。
もしかしたら今年のクリスマスはホワイトクリスマスになるかもしれないですねとお天気お姉さんが言っていたけれど、それは望み薄なんじゃないだろうかと思っている。大概、そういう予想は外れることが多いから。いつもどおり、ホワイトにはならないクリスマス。
でも別にホワイトでもホワイトでなくても気になったことはない。特に何かがあるわけじゃない普段と変わらない。いつもと何も違わない普通の一日に「クリスマス」という名前がくっついているだけのことだった。
だから、クリスマスの天気を気にしたことなんて今までなかったけれど。
「おはようございます」
「お、おはよ、正嗣」
いつもどおり、道沿いにあるゴミ置き場で正嗣に「おはよう」を言う朝。
「今日は寒いですね。って、なんかすごいですね。網が。五重? あ、カバン持ってます」
「ありがとう。なんだか、猫かカラスか、最近ゴミがよく漁られてるらしくて、それを防止する用のネットが……すごくて……」
暗証番号を合わせて鍵を開け、ネットの下にゴミを置くと、ぎゅっと押さえつけるようにネットを上から被せる。野良猫なのだろう。もしくはカラス。とにかく今週、ゴミが朝すごい事になっていて、管理人さんがゴミ出しを朝の数時間に限定して、ネットで散らかりを防ぐ対応をしてくれた。
「今まであまりなかったんだけどな。正嗣のところは被害にあってないのか?」
「えぇ、とりあえずは」
「そうか、よかったな」
持っていてくれた鞄を正嗣から受け取り、いつもどおりバス停へと向かう。
「うちの方のマンションのゴミのほうが猫かカラスにとってご馳走が多いのかもな」
同じ道沿いにゴミ出し場所が設置されてるのに、正嗣のアパートの方は無傷らしい。もしくはそのうちそっちにまで被害がいくのかもしれない。ここに住んで長いけれど、今まで散らかしの被害は免れていたから。
「もしくはすごく乱暴者の猫かカラスなのかもしれないな」
ギャングみたいな。猫ギャングとかカラスギャング。
想像するとおかしくて、コミカルで、ゴミの散らかしは管理人さん的にも迷惑な話だけれど、少し笑ってしまった。
「昨日はまた美味いものを食べちゃったからな。海鮮鍋」
いつもどおり、一緒に夕食を食べている。毎日だ。八代君にもその我慢はしなくていいとアドバイスをもらったから、我慢することもなく。翌日が休みの時以外は、寝るギリギリまで一緒に過ごしていた。
「最近、正嗣の部屋に行ってない」
「あったかくなったら、にしましょう」
「寒い部屋に帰せない?」
「えぇ」
「過保護すぎだ」
冬は冷える。だから、夜に部屋に戻るとキンキンに冷え切っている。それでは寒すぎるだろうということらしい。寒さが急に厳しくなった先週末くらいから寝る直前まで正嗣がこちらの部屋に滞在している。
「たまにはそっちの部屋にも行きたい」
好きなんだ。正嗣の部屋。落ち着く。抱き合う時にする正嗣のシャンプーの香りがする枕をぎゅっと抱えるのとか。それからいまだになんだが、二本並ぶ歯ブラシとか。まぁ、それは俺の部屋でも見られるんだけれど、正嗣の部屋にもあるっていうのが、また、なんというか。
「だから、今週末……とか」
人気者で友達も多い正嗣だけれど、その日、独り占めは叶うのだろうか。難しいかな。でもクリスマスだから。いや、どうだろう。海外ではクリスマスは家族で過ごすものらしいから。別に正嗣が海外っぽい暮らしをしている感じはなかったけれど、でも、クリスチャンだったりしたら――。
「荘司」
「んー?」
返事をしながら、脳内でクリスチャン正嗣を想像していた。
「あの、今週末なんですけど」
「あぁ」
デートかなって、期待にパッと顔を上げた。どうやら一緒にいられそうな予感がすると。そしたら、正嗣の部屋にお泊まりが。
「レストラン予約してます」
クリスマスで、週末だから、お泊まりデートをしたいなって。
「なので、空けておいてください」
そう思ったんだ。
「は、はい」
毎週末しているお泊まりデートを。
「りょ、了解……」
そう思ったけれど。
正嗣の顔が心なしか赤かった。寒さのせい、ではないみたいで、そして、今年はいつもと違うクリスマスになるんだと思うと、俺も、心なしか顔が赤くなってしまった。
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