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ハメ!撮り!編 5 わ、ぎゅー
三日間、君と離れたら寂しいと思った。
恋しくなると思った。
前までは誰かをこんなに想うことも知らなかったのに。こんなに焦がれるほどの気持ちも持っていなかったのに。今はもう、君がいない一日なんて、夜なんて、無理そうなんだ。
新人研修セミナー、頑張ってと言うつもりだったんだ。先輩職員として。先輩社会人として。
でも、内心、君とキスをしておやすみの挨拶を済ませなくちゃ、眠れそうにないなって思った。恋しくなるだろうから、三日間良い子で留守番をするために。だから――。
「だから、なくなっちゃったのよ」
子育て促進課課長が申し訳なさそうに、そう言った。
「二泊三日の研修セミナー」
ごめんなさいねととても残念そうに、そう言った。
「今のご時世、リモートセミナーっていう選択肢があって、今回、そうしようってことになっちゃったの。本当に申し訳ないけれど。なので、セミナーは五階会議室で三日間、朝から夕方まで実施、ということになりました」
「……」
「宜しくね。樋野君」
なくなったんだ。セミナー。そんなこと、あるんだな。リモートか、なるほど。今のご時世らしい。
「残念だったわよね。少し羽を伸ばす感じで楽しめるし、美味しいのよ。和牛が。すごく美味しいから楽しんで来れるわねって思ったんだけど。新人同士の交流会にもなるし」
「……」
そうなんだ。和牛御膳だったかな、すごく美味しくて、ほっぺたが落ちそうってまさにこのことって思ったのを覚えてるくらい。もちろん、食事の補助金額じゃまかなえなかったけど、あれは全然構わないって思ったっけ。
交流という意味でなら正嗣にはあまり必要のないことだとは思うけれど。どんな人とも親しくなれるし、誰からも好かれていて、もううちの市役所で樋野が言葉を交わしていない職員はいないんじゃないかと思うほど、臆せず誰とでも話せるから。それに楽しいと思う。新人同士で、数ヶ月働いてみた後に色々に気がつくこと、思う部分、何かと相談したり、相談されたり、話したいことだってあるだろうし。
俺もそのセミナーには参加して、意義のあるものだって知っているし。だから、うん。応援している。
「なので、何かその間だけはランチをこちらで用意しますから」
それなら、まだよかったじゃないか。
「和牛ってわけにはいかないけれど」
あぁ、それは残念。じゃあ、残念だから、夕食をちょっと奮発して和牛ですき焼きとかにしようか。
「あら……樋野君は和牛苦手なの?」
苦手なのか? あんなに美味しいのに? そっか、じゃあ、その間は何か他の、ほっぺたが落ちそうな料理をご馳走……しないと。
「そんなに嬉しそうに顔をして」
ご馳走しないとって思ったんだ。なのに。
「っぷ」
笑っちゃったじゃないか。
「樋野君」
課長の話が終わって、くるりとこっちへ振り返った正嗣の顔を見たら、つい、吹き出して笑ってしまった。
「そんなに嬉しそうな顔をして」
振り返った正嗣がすごくすごく嬉しそうに、ほっぺたが落ちてしまいそうなくらいに、にこーって、嬉しそうに笑ったりなんてするから、ついこっちも笑ってしまった。ほら、他の二人はやっぱり残念そうな顔をしているのに。正嗣だけが、セミナーで和牛を食べるよりもここで缶詰セミナーに満面の笑みを浮かべてるものだから。それを見たら、笑わずにはいられなかった。
「残念ねぇ。楽しみにしてたでしょう?」
橋本さんが眉毛を八の字にして、とてもとっても残念そうに、頬に両手をそっと添えて溜め息を零した。
「いえ! 全然!」
今は休憩中。ちょうど三人で休憩できたから、三人で、橋本さんからのお饅頭をいただいていた。
「まぁまぁそうなの?」
外は八月ももう終わるっていうのに夏真っ盛りの猛暑日が続いている。でも室内にある休憩所で一休みだからあまり暑さも気にならない。
去年までは一人で外で休憩を取っていたから。いくら建物の裏手で年中日陰でも暑かったっけ。
「和牛よりも缶詰でセミナー受ける方が嬉しいなんて変わってる」
「違いますって、和牛よりも荘司のいるここにいたいってだけです」
「バッ! なっ、何をっ! 今、ここ、橋本さんっ」
「まぁまぁ真っ赤になっちゃって」
「違っ! これは! あのっ」
橋本さんだけじゃなく、ここの職員の何人かは知っている。
「いいじゃないの。仲良しでとっても素敵だわ」
俺たちが恋人同士で、今度、家族としてパートナーとして生きていけるように、この、住んでる街に申請をしようとしていることを。
「ですよね? けど、荘司はすぐに照れちゃうから」
「ち、違っ! ここは職場なんだから」
「あら、仕事はちゃんとしてるわよ?」
「知ってます! あの橋本さんのことじゃなくて、俺は」
「俺も仕事ちゃんとしてますもんねー」
「ねー」
二人で顔を見合わせて、同じ方向に首を傾げて笑っていた。その様子がなんとも可愛くて、微笑ましくて、眺めながら頂いたおまんじゅうはとても甘くて、美味しかった。
「三日間、和牛御膳がダメになったからすき焼き、しゃぶしゃぶ、焼肉にしようか」
「えぇぇ!」
夜になると昼間は大急ぎでパートナーを探していたセミたちの大合唱ラブソングが終わり、ほんの少しだけ涼しい風が吹いていた。
「っていうか、そんなに和牛推しなんですか……課長、ほぼ、和牛の話しかしなかったし」
「あははは、それだけ美味しいんだよ」
「マジですか」
「行きたくなったか?」
楽しかったんだぞって、少しは残念そうな顔をするかと思ったのに。
「ぜーんぜん」
「……」
「どんなご馳走よりも、荘司の隣がいい」
「……」
「だから和牛じゃなくても、毎日ご馳走じゃなくてもいいです」
「……俺がいれば?」
「そ、荘司がいれば」
おかしいな。そろそろ九月。夜になれば、風は随分と涼しくなってくるのに。
「三日間、ご馳走食べまくって、貴方の動画で我慢するより、隣で貴方と毎日納豆ご飯食べてる方が幸せです」
「……」
頬が熱くて仕方ない。
「な、納豆ご飯でいいのか?」
「えぇ。あ! でも、貴方と和牛食べられたら最高です」
「っぷ、やっぱり食べたいんじゃないか」
「貴方と一緒なのが一番ですって」
たまらなく美味しかったんだぞ? 楽しかったし、和牛だぞ? わ、ぎゅう。
「じゃあ、あの動画は消すんだよな?」
「へ?」
「三日間、なくなったんだから」
「……」
「俺が隣にいれば大丈夫だろ?」
「あ、そうだ、今日って、あの映画、録画してましたっけ?」
「生身の俺が隣にいるんだ、あれを見る暇なんてないだろ?」
「録画予約したっけぇ?」
「こら、正嗣、そんな下手なはぐらかし方があるか」
「どーだったっけぇ」
「おい、正嗣」
やっぱり暑くて、熱くて。
「おい! 正嗣」
「どーだったかなぁ」
帰り道、繋いだ手もすごく熱くて、二人の間をすり抜けていく秋の気配混じりの風がとても心地良く感じられた。
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