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ヤキモチの仕方編 2 君が漫画化されたなら
少女漫画というのは恋の話、ばかりが載っているのだと思っていた。
正嗣が借りてきた漫画は、少女が保護犬とのコミュニケーションの中で成長し、頑張る姿を描いた感動の一作だった。
一つ、大きく深呼吸をしながらベッドの脇に置いてあるティッシュボックスへと手を伸ばす。
「うぅ……」
思い切り鼻を噛んで、今読み終わったばかりの漫画の表紙に目をやり、このいたいけな少女の頑張りや努力、それから健気だったところを思い出したら、また、じんわりと涙が出てきた。
「うぅっ……」
「すごい、よかったんですね。はい、コーヒーです」
「あ、りがとうっ」
これが実話を元にした漫画だとは。ということは、どこかにこの少女は存在するってことなんだろう。今でも頑張っているのだろうか。
「すごいですよね。自分のことが漫画になるとか」
「あぁ」
「けど、俺らのことも漫画になっちゃえそうなくらい、ドラマチックだと思いません?」
正嗣はそう呟いてから、お揃いのマグカップでミルクの入った砂糖なしコーヒーをそっと口にした。
「しがない市役所職員を題材にしたって面白くないだろ」
「えぇ? 俺にしてみたら、ものすっごい劇的ストーリーになると思うんですよね。神様に出会えたんだから。はぁ、もしも漫画になったら絶対に買う! 一冊は保存用で、一冊は読む用、あ! あとおすすめようにも!」
「…………っぷ、そんなに買うのか? でも、確かに、そんなこと言ってたっけな」
思い出して、笑ってしまった。
あの時の正嗣の必死な顔ときたら、今思い出すと笑えてしまうほどだった。だって、普通は窓から落ちるほど身を乗り出したりなんてしないだろう?
「俺の神様です、なんて」
「……」
「俺、あの時、仕事、辞めるしかないなって思ったっけ」
自撮りのやらしい動画をまだ何も知らない子どもの頃とは言え、ネット上にアップしてたんだ。そんなの知られたら、クビ。クビにならないとしても、もう居た堪れなくて仕事どころじゃなくなって、辞職するしかない。
「そうか……そう考えると少しドラマチックかもしれないな」
よくよく考えれば、確かに。無知な自分がネットにあげた動画を見て、自分の生き方に確信が持てたなんて。そんな二人が偶然同じ市役所に勤めることになり、偶然住んでるアパートが真向かいで……なんて。
それに、人一人の人生を変えたんだから。
正嗣の、ではなく、俺の……人生。
過去のことが重石になって胸にいるせいで、ずっと顔をまともに見られることのないようにしてた。俯いてばかりで、人との関わりを極力避けていた。そんな俺が、今、こうして――。
「正嗣に出会わなかったら、今の俺は」
いないわけだから。
そう言おうとしたのだけれど。
「……」
キス、するから。
「やっぱ、俺らのことをコミカライズ……読みたい!「
正嗣が首を傾げて、下から甘えるように口付けをくれる。唇の柔らかさと温かさと、心地良さを教えてくれたのは正嗣だった。
「でも……荘司の可愛いとこ、知られちゃったら、困る」
「……ン」
触れ合うことの幸福感を教えてくれたのも、正嗣。
「何、言ってるんだ」
「荘司の笑った顔、むちゃくちゃ可愛いんで」
ずっと一人だと思っていた。動画をあげていた頃に覚えたのは画面越しの甘い言葉も酔っ払った儚い高揚感だけ。好きな人と触れ合うことがどんなものなのかは知らなかった。
「ぁ……」
首筋へのキスにキュッと爪先が丸まる。
「ん……ぁ」
そのキスが今度は襟口のところに触れて、それと同じタイミングで服の中に正嗣の手が忍び込んでくると、心臓がトクトクと小気味いい音をさせながら踊り出す。
「正嗣」
「……」
「あぁっ……ん」
胸のとこ、小さな乳首をその長い指で撫でられて。
「やぁ……ん」
つねられて。
気持ち良さに身悶えながら正嗣のルームウエアにしがみついた。
「それに……」
「? 正嗣?」
「コミカライズされたら、こんな荘司の顔も見られちゃうのか」
「……ぁ、ン、あぁっ、でも、永久保存もできるぞ」
「それは素敵です!」
ゾクゾク、が、止まらない。
「可愛くて」
乳首にキスをされると気持ち良くて、下腹部がキュンってするんだ。
「綺麗で」
奥が正嗣のことを欲しがって疼くから。
「やぁ……ん、指っ」
「やらしいとこ」
「あ、あ、あ、あ」
その奥を早く満たして欲しくて。
「あ、ン……正嗣」
そっと足を開いた。自分から、そっと開いて、指で柔らかくしてもらった身体の奥を曝け出す。物欲しそうに指にしゃぶりつく、やらしいそこを。
「早くっ……ン、あっ」
「荘司」
「あっ……ぁ、挿って……」
開いた脚、膝を正嗣の大きな手がもっとって押し広げてから、そこに熱くて硬い先端が触れた。触れて、ぬぷりって――。
「やぁ……ン、太いっ」
「っ」
指よりもずっと太いそれが入ってきて。
「あぁ……あ、あ」
満たされる。身体も気持ちも。
「あ……ン、正嗣」
「っ」
どれもこれも君と出会わなかったから知ることなんて一生なかっただろう幸福感。
「俺も、俺たちの漫画、読んで、みたい」
「……」
「そしたら、一人の休憩時間も楽しい、から」
自分なんて面白味もないし、綺麗でもカッコよくもなくて、ただの普通の市役所職員だけれど。でも、漫画になったら正嗣を休憩時間にも見てられる。あの時のこととか、その時のこととか、たくさん読めて、きっと幸せな気分になれるから。
「あぁ、もぉ」
「わっ……んんっ! 奥っ」
ベッドの中に沈み込むように押し倒されて、正嗣が覆い被さるように俺を抱きしめながら、深く口付ける。濃厚で、舌先がとろけてしまいそうなほど、絡まり合う口付け。
「そんな可愛い顔で、そんな可愛いこと言ったらダメでしょ」
「あ、あ、あっ」
「寝るの遅くなっちゃいますよ」
「あ、それは、ダメっあ、あっ、あぁ、や、イッちゃうっ」
でも、本当に漫画になったら読んでみたいな。
「あ、正嗣、イっちゃうっ」
「っ、俺も」
「あ、あぁっ」
だって、そしたら。
「ン、正嗣っ、キス、して」
「っ」
「……ン」
こんなかっこいい顔の正嗣ベッドで読みながら寝るなんて……素敵だろ?
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