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第91話

 スポーツデイ。  市民センターを拠点に、各地で、身体を動かすイベントを開催する。参加費無料。  地元市民なら誰でも使うことのできる市民センターや、市の施設をフル活用することで、この町にはこんな施設があるんだと知ってもらうきっかけにすることも大事にしている。  やっぱり今流行のジムの設備に比べれば、ちょっと古ぼけてきてはいるけれど、トレーニング器具だってそれなりに充実してる。そんな機器を使用した自主トレイベントも開催。例えばランニングマシンで持久力測定をしてみたり。  同じ施設にはダンスレッスンできるフロアがあるから、そこでは初めてのフラダンスレッスンが一時間毎に開催される。  テニスコートのある施設ではテニスコーチを招いた初級者レッスンを開催。  そうそう、ちょっと面白い催し物もあって、バーチャルバトル、っていうのが。  特殊なメガネを装着、バーチャルで楽しむチャンバラバトル、だそうで。ちょっと、子どもっぽいかもしれないけど、やってみたいなって思ったりもした。他にもヨガ教室、ダーツ大会、自転車サイクリングシミュレーション、などなど。  小さな子どもから高齢の方まで。  できる範囲で、安全に、楽しく身体を動かす、のが目的のイベント。 「最上さーん、広報からスポデイのことでちょっと確認してもらいたいそうです」 「あ、はい!」  開催は春。  寒さも和らいできて、外で運動をし始めるにはちょうどいい季節。  それに、ちょうどこの季節は学校が新しくなる子たちもいる。保育園から小学校へ。小学校から中学校へ。もちろん、卒業、入学が関係ない子タチにしてみてもクラス替えがあったりと季節と一緒に、自分の状況も変わる頃で。ちょっと戸惑ったり、足踏みをしてしまうこともある季節でもあって。  だから、身体を動かしてリフレッシュだったり、何か、もやりとした悩み事を少しでも発散する機会になればって。  特に子どもは親にも友だちにも相談しにくい悩みを抱えてる場合もあるかもしれないから。  昔の、俺のように。 「今、行きますっ、って、あ、あの、これ、今年の卒業式、入学式の日程をまとめないと」 「あ、それ、俺やりますよ」 「!」  声をかけてくれたのは正嗣だった。  子どもたちに健やかな成長の手伝いをする、のは、子育て促進課にとってとても大事なことだから、このスポデイには意欲的に参加してる。けれど、運動、たいして得意じゃない俺は、特に参加活動に意欲的な方じゃなかった。  そんな俺に課の代表として参加してみないかって言ってもらえた時は少し驚いた。  毎年、このイベントが開催されてるのは知ってるけれど、でも、参加したことなかった俺が、まさか、催事に関わることになるなんて思ってなかったから。 「ありがとう」 「行ってらっしゃい」 「ぃ」  ――最上くん、スポデイの催事担当、私の代わりに今年、やってみない?  そう、主任が言ってくれた時はとてもびっくりしたけれど。  嬉しいとも思ったんだ。  任せてもらえたのはすごく嬉しかったから。 「行ってきます!」  任された仕事、ちゃんとやり遂げたいなって思うんだ。 「あー、すみません。お忙しいところ呼びつけてしまって」 「ぁ、いえ」 「広報の高梨(たかなし)です」 「あ、子育て促進課の最上、です」  すごい。背、高い人だ。正嗣くらいありそう。 「? あの……」  その高梨さんが俺をじっと眺めてから、ニコッと顔を綻ばせた。  なんだろう。 「いえ、いつもマスクしてらっしゃるから、お顔があまりちゃんと見たことなかったので」 「ぁ……すみません。受付に立つことも多いので、マスクはいつも」 「あ、いやいや! このご時世、マスクしてるしてないは自由ですし、受付に立ってたら、逆に必須ですよね」  にこやかで話しやすい人、だなぁ。  広報、の人だからかな。 「……それに」 「?」  人当たりがいいというか。  そんな高梨さんがじっとまた俺の顔を見つめた。 「あの、何か」  あまりじっと見つめられるのは好きじゃないんだ。昔の「ソウ」をどこかから見つけられてしまいそうな気がして。  やっぱり、まだどこかに不安が砂粒ひとつくらいでも残ってるんだと思う。「ソウ」のこと。正嗣があんなに助けてくれたけれど、俺だってもう克服というか、あの過去のことは解消できているって思っているけれど、それでもどこかに――。 「いや、ちょっと話を聞いたことがあって。子サポ課にすごい綺麗な職員がいるって」 「え、あ、いや」  そんなわけ、ない。  よかった。 「ソウ」のこと知ってるわけじゃないようだ。 「あ! 怪しい人じゃないですよ? ただ本当に綺麗だったから」 「い、いえっ、俺は全然」 「マスク越しでも綺麗な人はわかります。目元でって、これハラスメントになっちゃうか。失礼しました」 「ぁ、いえ」 「えっと、お忙しいですよね。すみません。確認してもらいたいのはですね」 「は、はい」  そうだ。  そうだった。  スポデイのことで確認したいことがあるって言われたから、ここに伺ったのに。「ソウ」のことを気にしてても仕方がないだろう? ほら、ちゃんと高梨さんの話を聞かないと。  そして、話に集中しようとマスクの内側で表情を引き締めると、高梨さんはまたにっこりと微笑んで。その確認してもらいたい問い合わせに関して、とタブレットを開いてくれた。

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