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スポデイ頑張る編 5 スパイ橋本の情報網

「紙相撲ですか……なるほど」 「ど、でしょう」  早速、提案してみたんだ。広報課は子育て促進課とは離れているから、ちょっと話すタイミングがなかったんだけど、ちょうど目の前を高梨さんが通ったから、思わず捕まえてしまった。 「良いと思います。それなら市民センターの二階にある会議室がまだ一つ空いていたので、そこで開催しましょう」 「! あ、ありがとうございます」 「いえ、こちらこそありがとうございます。車椅子の人でも楽しめるし、ルールもシンプルでわかりやすい。そして何より、相撲なら国技になるような有名スポーツですから」  やった。  橋本さんにも伝えよう。出してもらった案が採用されましたって。他にもたくさん、意見をもらったんだ。昨日の夜に自宅で試してみたら、けっこうちゃんと紙相撲が出来ましたって言ったら、みんなも自宅で試してみたって。小さなお子さんのいる職員さんが楽しかったって言ってた。紙で作る力士も色々持ってきてくれて。ほら、うちの課って子育てに関わることが多いせいか、工作とか好きな人もけっこういて。俺は不器用だから無理だけれど、みんな楽しそうにいろんなアイデアをくれた。 「ありがとうございます。課でこの案を出してくれた職員さんにお礼、言っておきます」  よかった。きっと喜ぶと思う。橋本さんにまずは伝えて。正嗣にもこの案が採用されたよって、報告したい。あぁ、そうだ、主任にも。 「それじゃあ」 「あ! そうだ! あの、最上さん!」 「?」  皆さん、三時の休憩の際に出るお菓子の箱は捨てずに取っておいてくださいねって伝えないとって、自分のデスクのある子育て促進課に戻ろうとしたところで、キキーッて、急ブレーキをかけると。 「今日って、受付時間延長日だけど、この時間にいるってことは早番ですよね」 「? えぇ」  はい。まだこの時間だと遅番の人は、来ていない、ので。 「俺も今日延長対応じゃないんです」  そうなんですね。 「そしたら、ちょっと、付き合ってもらえますか?」 「え?」 「仕事の後に」  そして、高梨さんがにっこりと昨日のように笑っていた。 「えええええ! なんですかっ! ソレっデートの誘い! 断ったんですよねっ!」 「デートなわけあるか。ただの視察だ。視察だから断らない」 「今ですか? 今、視察するんですか! スポデイ、再来週ですよ? しかもなんでっ! 受付延長日にぃぃ?」  それは……知らないけれど。  そう、スポーツデイは再来週だから、この視察はその催し物を採用するとかしないとかじゃなくて、採用は決定しているけれど、どんな使用感なのかを体感するための、視察。なのだそうだ。実際にやってみないと、小さな子どもや、ご高齢の方がチャレンジする時に、注意するポイントとかがわからないからって。勉強熱心ですごい人だなぁって思った。 「なら、自分の課のとこの人とやればいいじゃないですか。なんで、荘、最上さんとっ」 「仕方ない。広報の人たちはスポデイの準備で大変なんだ」  遅番でやってきた正嗣と休憩時間を一緒に過ごしてた。  正嗣にとってはお昼休憩としての休憩時間。俺には午後の小休憩としての休憩時間。もうすでに昼食を終えた正嗣のところに座って話をしていて、ちらほらと、正嗣と同じ遅番の職員がいた。だから、荘司、じゃなくて、「最上さん」。 「じゃあ、その広報の人たちと視察に言って、最上さんが広報の仕事の方やれば良いじゃないですか。同じ執行役員なんだから」 「わざわざ業務引き継ぎする手間取るより、視察を担当しちゃったほうがスムーズだろう?」 「えぇ……」  実際、合理的じゃないだろ。俺が広報の人の仕事を担当、広報の人が視察に、とするためには、「引き継ぎ」っていう業務が一つ増えることになるのだから。 「それに、その」 「じー」  それに、だ。 「だから、その」 「じぃぃぃー」  つまりは、だ。 「お、おおおおお、俺たちの関係、というかパパパパパートナーってことはみんなも知ってるのだから」 「高梨さんはつい先月こっちに来たじゃないですか」  そうだっけ? 「高梨浩介(こうすけ)、二十九歳」 「!」 「大卒、彼女なし。離婚歴なし。趣味はジム通い。好きなものは油淋鶏と青椒肉絲」 「正嗣?」  中華が好きなのか。 「良い感じに脂の乗った男前」 「はいっ?」 「って、橋本さんに聞いた」 「なっ、橋本さんっ?」  あの人の情報網はどうなってるんだ? なぜ、一緒に食事をしたこともないし、課の配置では全く離れているのにどうして食べ物の好みをそんな詳細に知ってるんだろう。  あ、そういえば、さっき俺が休憩にと食堂に来た時、橋本さんとすれ違ったっけ。つい五分前くらい。  なぜか、親指立てて、「ぐーっ」ってしてるから、なんだろうって首を傾げたけれど。  きっとこのことだ。  はぁ、もう。橋本さんってば。  なんですか? 脂の乗った男前って、一体。  それに、どうやってそんな個人情報入手してるんですか。 「マダムたちの社交場で交わされる情報力はすごいんだそうです」  はい。確かに。スパイとかなれそうなくらいですよ。 「本当に、ただの視察。今日になったのは、イベント参加企業が設置箇所の現地確認のために今日市民センターに来るからってだけ」 「……」 「市役所から歩いて十分の市民センターに行くだけ。わかったか?」  耳もしっぽも生えてない、けれど。 「明日は俺も遅番だから」 「……」 「じゃあ、俺も視察が終わったら戻ってくるから」  耳も尻尾もシュンと落ち込んでしまっている気がする正嗣が可愛くて。 「遅番の後に、外でご飯にでもしようか」  その一言に、耳がピンとなったから、つい笑ってしまった。

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