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スポデイ頑張る編 6 意外な一面
一般終業を知らせるチャイムと同時に席を立った。
待ち合わせに遅れたら申し訳ないというのもあるけれど、テキパキ、早く行って早く済ませれば、早く、戻って来れるかなって。もちろん俺にとっては就業時間外だから仕事としては手伝えないけれど。早く帰れば不要な心配をしている正嗣の、その不要な心配を少しくらいは減らせると思うんだ。
「あらあら、もうこんな時間なのね」
「あ、橋本さん、俺、上がりますね」
「はいはい。うふふ、視察頑張ってね」
にっこり笑って、楽しそうにウインク、してるし。そして、視察のことをすでに知ってるし。どんな情報網を持ってるんですか。
「橋本さん! 視察、ですからねっ。樋野に変なこと教えないでくださいねっ」
「うふふ」
もぉ、絶対に橋本さん楽しんでるでしょ。今、俺はマスクをしているけれど、その目元の表情で考えてることだって読み取れてしまう橋本さんをじっと見返した。
「がんば!」
「もぉ、がんば、じゃないです。とにかく行ってきます。あ、それと樋野」
「!」
絶対に聞き耳を立ててただろ。カウンター近くで橋本さんと立ち話をしていた。ちょっと離れたところにあるデスク群の中、モニターがいくつも並んでいる。その一角から、ぴょん! って、顔を出した正嗣の頭から耳が立ち上がったように見えた。
「八時十五分には職員出入り口のところにいるから」
「!」
「延長受付頑張って」
「はい!」
もちろん、そのピンと立ち上がった耳は見えないけれど。ちょうど一般受付が終了して、フロアには誰もいない。そっと歩み寄って、正嗣のデスクに飴玉を二つ置いた。今日、一緒に延長対応になっている職員さんと二人でどうぞって。
「じゃあ、行ってきます」
「あ、最上さん」
「?」
「行ってらっしゃい。頑張って」
そうなんだ。
「うん。頑張る」
昔の自分なら断っていたし、きっと主任も俺に任せようとは思わなかったと思うこの仕事を、頑張りたいんだ。ちゃんと、しっかり、自分のできることを頑張りたいって。
駆け出して外に行くと、もうすっからかんになった来庁者用駐車場の端にポツンと黒のロングコートを着た高梨さんが立っていた。
ちょっと待たせてしまった。
「お、お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です。すみません。今日は急遽で」
「いえ」
背、高いな。やっぱり。
そっか。全然気が付かなかった。最近入った人だったなんて。でも確かに、正嗣と同じ長身の人はいたら目を引くだろうし、「あ」って俺も気がついてそうだ。
あ、正嗣と身長同じくらいの人だなぁって。
先月からうちの市役所に勤めてる。の割に、もう馴染んでそうなところもすごい。俺だったらもっと何やるのも右往左往してしまうというか、まず、そんなに打ち解けられてないだろうな。今でこそ、橋本さんや他の人と休憩を取るのが日常になってるけれど、前までは一人でポツンと休憩取ってたし。
人見知りというか。
人とは距離を取っていたんだ。
「最上さんって、人見知りです?」
「え? あ……すみません」
「あ、じゃなくてっ、こっちこそすみません。いつも子サポ課でみんなと楽しそうにしてたし、今回のイベントでも率先して色々取りまとめしてくださるし、まとめるの上手いなぁって。だから場慣れというか人と関わるのが上手な人なんだなぁって」
そんなことちっともない。
むしろ、人と関わるのが苦手で、怖くて、下手だと思う。ううん。思う、じゃなくて、人と関わるのが下手です。苦手なんです。
怖いのは、少しずつ、今、減らしている最中です。
正嗣のおかげで。
もっと減らしたい。正嗣みたいに。
「だから、今、緊張してるっぽいのが意外というか」
「! すっ、すみません」
「いえ、意外な一面が見れて嬉しいですよ」
「!」
意外な、一面だって。
「? 最上さん?」
「あ、すみません、笑ったりなんかして」
別に、その、高梨さんのことを笑ったとかじゃないです。真面目に話してくれているのをちゃんと聞いてます。ただ、人と話をする、ほうの俺の方が、本来はきっと意外な一面だったから。けれど高梨さんにはそう見えていなかったのなら、ちゃんと俺は変われてるんだなって嬉しかったんだ。
「ふふ」
おーい、そう呼びかけた。
今頃、きっと受付カウンターでソワソワしていそうな子育て促進課の樋野くん。
君のおかげで成長できてるぞって、心の中からメッセージを飛ばした。
「……」
そっと振り返って、もう建物が見えなくなってしまった五百メートルほど後ろにある市役所建物に向けて。
「子育て促進課の皆さんが話しやすいんです」
「そうなんですね」
「今度ぜひ寄ってください」
「……ありがとうございます」
「あ、そうだ。そんな子育て促進課のみんなが考えた紙相撲なんですけど」
「はい」
たくさん力士作ったんで。それから空の紙箱もみんな捨てずに取っておいてくださいって話してあるんで、と伝えた。
「あとですねっ」
「はい」
とにかく。
「あ、今日の視察って」
みんなもすごく頑張ってるのでって、ちょっと前のめりで伝えておいた。
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