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第2話
優輔と寛也の出会いは高校一年の時だ。だが、その時は隣のクラス同士何となく顔を知っているという程度だった。
それが二年になると同じクラスになる。
藤岡優輔 と藤田寛也 。苗字が近かったおかげで一学期最初の席順は前後になり、すぐに打ち解けた仲になった。元々二人共人見知りしない性格が幸いしたのかもしれない。
まだ幼さを残し、時折中学生に間違えられていていたが、寛也はその頃から女子に人気があった。
可愛らしい顔立ちと、人懐こい性格で誰とでもすぐに仲良くなれる寛也。女子に人気はあったが、それはどちらかというとマスコット的な人気であった。
その点女子から異性として見られていたのは、優輔の方だ。
中学の頃から地元のラグビーチームに入り、高校でもラグビー部に所属していた優輔。優輔の高校は県下でも常勝校だった。だからレギュラー争いは熾烈だったが、その中でも一年の内からレギュラーに選ばれる程の活躍をしていた。
試合があれば他校の女生徒からも声を掛けられる優輔を寛也は時として冷やかし、そして羨ましがった。
この頃はまだお互いを友達だと思っていた。
だから女子と付き合う事もあったし、恋愛相談を持ちかける事もあった。
親友だと思っていた寛也を、恋愛対象として見るようになったのはほんの些細な事からだった。
しかし、あの一瞬から全ては始まった。あの瞬間から、寛也を友達と思えなくなった。
三年もまた同じクラスになった。高校三年間は長いようで短かった。
春が過ぎ、暑い夏が終わると優輔は部活を引退した。秋になり進路の事を考えた。
冬になりきる前に優輔は大学が推薦で決まり、寛也は専門学校への進学を決めていた。
春が来れば離れ離れになる。だが、それは仕方ない事だ。
たまには合って旧交を深めるのもいいだろう、優輔はその程度にしか考えていなかった。それは寛也も同じかもしれない。
均衡が崩れたのはほんの一瞬。
進学が決まっていた優輔は、放課後暇だろうと言う担任から資料整理を手伝わされていた。それが終わって教室に帰ってくると、教室には寛也がいた。
その時何故寛也が残っていたのかはもう忘れてしまったけれど、あの時寛也がそこに居なければ今の関係の自分達はなかったかもしれないと時々思う。
寛也は机に腕を投げ出し、その上に頭を置く形で居眠りをしていた。右側を下にして、寝顔を見る事が出来た。
教室には暮れかける夕日が差し込み、朱色を落としていた。
オレンジ色に染まる白い肌は、女子が噂するように毛穴がない程すべやかに見えた。
長い睫、柔らかそうなぷくりとした唇。そういえば、まじまじと寛也の顔を見るなんて事なかったと思った。
可愛いと賞される事の多い寛也。本人がその容姿を密かにコンプレックスに感じている事を知っていたので、可愛いと寛也に言った事はなかった。
だけど、確かに寛也は可愛い顔をしている。それを意識した事もなかったけれど、こうして見てみると納得出来る。
優輔は何気なくその柔らかそうな頬に触れてみた。
マシュマロみたいな感触に驚き、直ぐに手を引っ込める。だけどまだ指先に残る感触が忘れられず、優輔はまた寛也の頬に手を伸ばした。
すっと頬骨の辺りを一撫でして唇の辺りまで指先を下ろす。
寛也が起きないのをいい事に、熟れたように血色のいい唇に触れる。
ここにキスしたら気持ち良さそうだ。
そう思ったと同時に体が勝手に動いていた。机に手を突き、寛也を覗き込むようにして顔を近づけた。
寝顔を見たことはなかった、その幼い寝顔に心臓の高鳴りを止める事が出来ない。
あとほんの数センチで唇が重なるその寸前、寛也の瞼がぴくりと動いた。
優輔はぱっと顔を離し、緊張した眼差しで寛也を見下ろした。起こしてしまったかと危惧したが、それは杞憂に終わった。
規則正しい寝息が途切れる事はなく、優輔の愚挙が寛也に勘付かれる事もなかった。
その後逃げるように教室を去り、その事は忘れようと思った。
だけど寛也とは毎日顔を合わせる、忘れられる訳がなかった。
未遂で終わったけれど、何故あんな事をしようと思ったのか。
寛也は可愛い、だけど男だ。寛也は親友だ。キスしようなんて普通思わない。気の迷いだ。
そう思おうとしたがダメだった。
あの時の寝顔が頭から離れず、更にキスしていたらと想像すると男相手なのに、萎えるどころか在らぬ所が興奮する始末。
自分がおかしくなったんじゃないかと思った。
いくら寛也が可愛いくても、相手は男だ。男に興味なんてなかった筈なのに。
寛也で抜いてしまった時は地の底まで沈むような自己嫌悪に陥った。
そして気付きたくも無い事に気付いてしまった。
自分が寛也に抱いているのが恋愛感情なのだと。
でも気付いたからといってそれを口に出せる勇気は優輔にはなかった。
本当はその細い体を抱きしめて、この胸の裡を明かしたい。
そう思っていた、だけど親友という関係を壊す事は出来なかった。
親友として一番側にいられればいい。そう言い聞かせて自分の気持ちをずっと閉じ込めていた。
だけど、それにも限界があった。
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