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第3話
卒業を間近に控えた2月。
久しぶりの登校日、確か一緒に帰ろうと誘ってきたのは寛也からだった。
寛也は自転車通学、優輔は電車通学なので一緒に帰れるのは駅までの10分程の距離。
寛也は自転車を押しながらゆっくりとした歩調で歩く、優輔もその隣を急ぎ足にならないように歩いた。
「優輔、最近付き合い悪いよな」
拗ねたように唇を尖らせる幼い仕草で寛也が愚痴る。
寒がりの寛也は首にマフラーをぐるぐるに巻き、コートの下には制服の他にもセーターも着込み着膨れている。自転車通学は寒いとよく溢していたのをふと思い出す。
そうやって思い出に変えていけばいい……。
2月になり数える程しか登校しなくなってからというもの、優輔はバイトに明け暮れてた。
まだ受験の終わっていない友達もいたし、その頃は極力寛也と二人きりで会う事を避けていたので、バイトに行く位しか優輔にはやる事がなかった。
「……バイトが忙しくてさ……」
「バイトか……」
「寛也だってバイトしてるだろ……?それに、彼女……亜里沙 ちゃんと」
「亜里沙とは別れた」
「え……?」
思わず足が止まってしまった。寛也はそんな優輔を見上げ、小さく苦笑して呟きを洩らした。
「……ホントは……相談したかったんだけどさ……何かお前忙しそうだったし……」
「……」
その寂しそうな横顔を見て、優輔は罪悪感に駆られた。確かに寛也からは何度か遊ばないか、という誘いのメールが届いていた。
会えば気持ちが溢れ出してしまいそうで、バイトを理由にずっと断っていたのだ。
寛也が悩んでいたのに、相談に乗る事もせずオレは自分の事しか考えてなかった……。
寛也の恋の相談に乗るのは辛いが、それでも寛也の心の負担を軽く出来たかもしれなかった。それなのに……。
「ごめん……」
「あ、謝るなよ、別に優輔は悪い事してないじゃん……僕の方こそごめんな、何か愚痴っちゃったな……」
「オレ……自分の事ばっか考えてた……」
「優輔?」
自分を見上げてくる寛也はぱちくりと瞬きをして不思議そうな表情だ。思いつめた優輔をどうしたものかと思っているに違いない。
「オレ……寛也が好きなんだ……」
「え……?」
「寛也の事が好きだ」
「……優輔……」
吃驚したのは何も言われた寛也だけではなかった。言った本人である優輔も心底吃驚していた。
言った後で猛烈に恥ずかしさが込み上げてきて、優輔は寛也を置き去りに一人駅までダッシュで逃げてしまった。
唐突な告白。だけど、その後二人は付き合う事になりこうして同棲するまでに至る。
あの時、教室に寛也がいなければ。
あの時、一緒に帰ろうと寛也が誘ってくれなければ。
そして、寛也が自分を受け入れてくれなければ。
偶然が重なって、今二人が一緒にいる奇跡がある。
「……ん……ゆうすけ……?」
寝ていた寛也が目を覚ましたようだ。
その声に釣られるように、優輔は回想の世界から引き戻された。
「起こしちゃったか?ごめんな……」
「んーん、お帰り、優輔」
寝たままで両腕を伸ばし、抱っこをせがむ。優輔は頬を緩めながらその要求を聞き入れた。
ぎゅっと抱きしめて、寛也の肩口に顔を埋めその匂いを嗅ぐ。寛也が側にいてくれる事に安堵し、体の力が抜ける。
「ただいま……寛也……」
「優輔、お腹空いてるよね、夕飯温めるだけになってるから用意するね」
「いいよ、疲れてるだろ?先に休んでていいよ」
「大丈夫、今日休みだったんだもの、優輔は先に風呂入ってきちゃいなよ」
「……あぁ……」
腕を緩め正面から見つめ合う、もう眠そうな顔はしていないが、まだ疲れは残っているように見える。
休みの日位ゆっくりして欲しい。だが、それでも世話を焼いてくれようとする、その事を有難く思いそして愛しく思う。
「……ありがとうな、寛也……」
「え?別にお礼されるような事してないよ」
「……してるよ、いつも……側にいれくれるだけで……感謝してるんだ……」
「なんだよ、改まって……」
くすぐったそうな顔をして照れたように笑う寛也。きっとこんな顔は仕事場であるホストクラブでは見せないだろう。
白い頬に手の平を添え瞳を覗き込む。しっとりと黒く濡れた瞳には自分が写る、今までもそうだったように、きっとこれからも。
「寛也……」
顔を近づければそれが当然であるように寛也は瞼を落とし、優輔の為に唇を開く。もう何度したか分からない口付け、そして抱擁。
だけど、気持ちが色褪せる事はなく、ときめきが薄れる事もない。
恋を自覚したあの時から、いや、あの時以上かもしれない。
「好き、だ……」
恋人として早10年近くを共に過ごすというのに、こんな台詞がいまだ日常的に出てくる事に少なからず驚く。
「寛也が……オレの事を好きになってくれてよかった……好きになってくれて、ありがとう……」
「……優輔」
「思い出してたんだ、お前を好きになった時の事を……お前に告白した時の事を……」
「ふふ……懐かしいね……」
優しい笑い皺が出来て寛也の瞳が細まる。その穏やかな瞳を見つめ、優輔も同じ気持ちで目を細めた。
告白をした時はもう友達には戻れないのだと覚悟した。
だけど、寛也は……。
「……多分、僕は……ずっとっと優輔に恋してたのかもしれない……」
「え……?」
「背、高いし、男らしいし優しいし……かっこいいなって、自慢の親友だって思ってた、憧れてた……優輔が僕の事好きって言ってくれて嬉しかった……嬉しくて、それ以外の事なんて考えられなかったよ」
そう言って、恥ずかしそうに照れくさそうに笑った寛也を優輔は思い切り抱きしめた。
初めてキスした時はファーストキスの時よりも緊張した。
好きと言う度に心が震えた、そんな恋は初めてだった。
「懐かしいね、あのね、僕こそ感謝してるんだ……」
遠くを見つめていた寛也は表情を改めると優輔を見つめた。じっと見つめていると、その中に吸い込まれそうになる。
「きっと僕は優輔が好きだと言ってくれなかったら……この恋を自覚する事はなかっただろうから……そしたら……きっと僕の人生こんなに幸せじゃなかった」
きっぱりと寛也は言い切った。今の人生以外にないと信じて疑わない事がその瞳からも伝わる。
隣に居るのが自分以外の誰でもないと、言ってくれる事が嬉しくて、そしてその気持ちは自分も同じで。優輔は抱きしめていた腕に力を込め、ここにある大事な存在の意味を改めて感じた。
鼓動と熱が密着した肌からじわりと伝わる。それをもっと、直に感じたいと思ったのは何も自分だけではなかったようだ。
「優輔……お腹空いてるのにごめんね……どうしよう、僕、我慢出来ないかも……」
悪戯っ子のような邪気のない笑顔を向けながら、寛也が下半身を押し付けてきた。お互いのそこは溢れ出る気持ちと同じで、熱く昂ぶっている。
「寛也……」
唇が触れると、どちらからともなく舌を絡め合った。飲みきれない唾液が顎を伝い零れても、唇を離す事が出来ない。
荒くなる息遣い、一ミリでも離れたくなくて互いを抱きしめ合い、互いを脱がし合った。離れた唇の隙間を唾液の糸が結ぶ、それが明りに反射していやらしく光る。
「……ひろ」
理性を捨てて、獣になろうとしている。だから、その前に。きっと抱き合ってしまえば言えなくなってしまうから、もう一度優輔は同じ台詞を口にした。
「……寛也……好きになってくれて、本当にありがとう」
完
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