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第2話
「今年はチョコレート、要らないから」
それを聞いた寛也は表情を消し、言葉を見失った。あまりにも突然の宣告、聞き間違いだろうかと真意を質そうと口を開く前に優輔は慌てたように、だけど寛也の欲しい言葉をくれた。
「でも、バレンタインはちゃんと空けておいて欲しいんだ……」
「……」
「だめか……?」
心配そうな顔の恋人を安心させるように、寛也は心からの笑顔を浮かべた。
「だめな訳ないじゃない……嬉しいな……期待してもいいの……?」
「期待……されるのはちょっと……」
「だめ?」
今度は寛也が聞き返す。ソファーの中で距離を詰め、既に腕は優輔の首に絡めている。
逃げられない距離で見つめられ、優輔は困ったように眉を下げた。
「……だめ……ではないけど……」
「……ふふ、嬉しいな……」
そのあとはいつものようにソファーで押し倒して優輔を美味しく頂いた。
これが三週間程前。
あの時は一瞬驚いたけど、自分からのバレンタインのチョコレートは要らない。というだけで、バレンタイン自体はいつも通り二人で過ごす事に変わりはないと思っていた。
いや、今だってそのつもりだ。優輔から予定変更と言われた訳ではない。
だけど、ここ最近優輔の態度が少しおかしい。
寛也はあり得ないと思いつつも、恋人の不貞を疑っていた。
毎年バレンタインデーには寛也からチョコレート(その年によりプレゼントは変わるが)を贈り、ホワイトデーには優輔がお返しを渡す。それが恋人になってからの二人の常だった。
あの時ちゃんと理由を聞けばよかった。
バレンタインは変わらず二人で過ごせると思ったので、寛也は特に気にも留めなかったのだ。
バレンタインまではあと二週間。
最近残業が多いのか、帰りが遅い優輔。仕事が忙しい、と言っていた。
今までも残業で遅くなる事はあった。だけど、どんなに遅くなっても夕飯は家で食べていた。だから一緒には食べられないとしても、優輔の夕食の支度を欠かす事はなかった。
食べて帰ってくる事がなかったとは言わないが、それでもほとんど寛也の手料理が食べたいからと言って腹ペコで帰ってきていたというのに。
それなのに、最近ときたら夕飯はいらないと言われる事が増えた。
それだけなら、付き合いもあるだろうし自分に気を使っているのかもしれないとも思える。
でも、優輔のスーツからは何だか甘い匂いがしたのだ。知らない香り。香水のような芳香ではなくて、お菓子のような甘い香り。
明らかに夕飯を食べて付くような匂いではない。一度惚けてそれを指摘したのだが、目を泳がせながらそんな事はないと優輔は否定した。
彼は嘘が下手だ。素直というより正直な性格で、嘘なんかつける筈がないのに。
それに昨日は帰って来て気付いたのだが、手がすべすべだった。
帰宅後の日課で手洗いしていたが、絶対にハンドクリームを塗った手だった。スーツからの甘い匂いに加えて、手からはハンドクリームの香りがした。
万が一優輔が自分でハンドクリームを買って塗ったとしても、絶対に選ばないような物だ。あの香りに覚えがあった。
百貨店などに入っている化粧品メーカーのハンドクリーム。お客からのプレゼントのお返しに贈った事のある物だ、だから知った香りだと思ったのだ。
残業と偽るのはどうしてだろう。どこでそんな甘い匂いをつけ、手にはきっと知らない誰かに塗られたハンドクリーム。
寛也は綺麗な顔に歪んだ笑顔を浮かべた。
「ねぇ、優輔、君が僕の恋人だってちゃんと思い出させないといけないね」
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