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第4話

「寛也、あのな、何か誤解しているみたいだけど……あれは汚しちゃって……」 「何で」 「なに、って……」  湯煎で溶かしたチョコレートがワイシャツに付いて汚れたので、泉にシャツを借りたのだが、正直に話せず優輔は口籠る。 「見た事ないワイシャツだし、優輔からも知らない匂いがする……僕に言えないの?」 「え?に、におい……」 「今はちゃんと落ちているみたいだけど」  風呂に入れと言ったのは、匂いを落とさせる為だったのかと思い当たる。では、あの時から気付いていたのか。それならば。 「寛也、具合は悪くないんだな、本当に」 「……」  感情のない寛也の瞳が一瞬揺らぐ。優輔は、よかったと表情を崩した。 「……ねぇ、質問に答えてないよ?」 「え……あ、それは、あ、ワイシャツは泉さんに借りたんだ、知っているだろ?」 同僚の北町泉を以前寛也の店に連れて行った事があるので、面識はある。 「……ご飯も泉さんと?」 「あぁ」 「……ならなんで最初に言わなかったの?」 「……え、あ……いや、それは……」 「まだ僕に隠している事ある……?」 じっと見つめてくる寛也に対し、負けじと優輔も見つめ返す。ここで、反らしたら隠していると言っているのと同じだ。隠し事はあるのだが。 「ないよ」 「嘘」 間髪入れずに反論された。 本当は包み隠さず話したい所だが、サプライズなのだ。寛也を驚かせたいのに、今話す訳にはいかない。 「泉さんに確認してもらってもいいし……」 「……じゃあ、今日は泉さんと一緒にいたとして、他の日は?」 「え?」 「最近、仕事忙しいって言ってたよね……僕の優輔に触れたのは誰?なんで、僕以外が触るのかな……?」 優輔の手を取り、手の甲に円を描くように擦る。そこに込められた意味など分からずに優輔は問う。 「誰にも触られてなんていないよ?どうしてそんな事を……」 「……本当に?」 「あぁ」 頷く優輔を疑うような視線で見ていた寛也だったが、突然笑顔を浮かべた。 「……そう……」 あまりに穏やかに笑うので、誤解が解けたのだと優輔は思った。 だが、ほっと息を着いたところで。 「?!」 「……ねぇ、なんで本当の事が言えないの?」 「寛也?!」 手の甲を優しく擦っていたと思ったら、突然もう片方の手と一緒にネクタイでぐるぐると巻かれてしまった。 あまりにも突然過ぎて思考が追い付かない優輔は、自分の腕に巻かれたネクタイと寛也の顔を見比べた。 「寛也?」 もう一度名前を呼ぶ。 「……お仕置きしないといけないのかな?」 「え?!な、なんで?!」 「優輔が分かってないからだよ」 ころりとベッドに転がされてしまうが、それでも抵抗らしき抵抗は出来ない。恋人の戯れ、と片したいが寛也の目は本気だ。 「寛也!誤解だ、オレはなにも」 「……確かめさせて」 「え……な、なにを?」 身長差も体重差もある、手首を縛られたとしても優輔が思い切り体当たりでもすれば寛也に力負けする事はないだろう。それは優輔自身分かっていた。だけど、今そうする事が正しいとは思えない。 だから話し合いで誤解を解きたいのに。寛也は聞く耳を持たない。 「優輔が誰のものなのか、ちゃんと確かめて……分からせないとね」 静かな怒気を感じる。それと同じ位哀しみを湛えた瞳に、優輔は何も言う事が出来なくなってしまった。 信じてくれないのも悲しい、だけど寛也も信じられない自分を哀しいと感じているのだろう。そんな顔に見える。 「……寛也……」 「……」 「分かった……分かったから、せめてこれは外してくれ」 これ、と言って胸の上に縛られた手首を突き出し。寛也は憂いを帯びた瞳を細め、口許をきれいに歪めて笑った。 「……お仕置きって言ったよね?」 「ひ、ろ?!」 手首を掴まれ、そのまま力任せに頭上に伸ばされる。万歳をするような格好だ。 「え?いや、待ってくれ、何も疚しい事はしてないんだ!」 「じゃあ、お仕置きプレイを楽しむといいよ」 「は?ぷ、プレイって、そんなの楽しめる訳ないだろ?!本気だろ?!」 「……うん、本気……本気で怒ってる、優輔に触った事と……容易く優輔が触らせた事」 「は???ひ、ひろっ!!ちょ、ま、まて!まっ……んんっ!」 いつもより乱暴にトレーナーの裾を捲り上げられ、素肌が外気に晒される。エアコンの付いていない寝室の空気は冷たく、ぞくりと鳥肌が立つ。 「寛也……」 体の両脇に腕を起き半身を倒した寛也は、いつもだったら優しいキスから初めるというのに。そう言えば今日はまだキスがない。 「……寛也……」 甘噛みなんて可愛いものではなく、首筋に歯を立てられ痛みの為に体が強ばる。 「……ひろ」 情けなく弱々しい声で呼ぶが、寛也は無視したままだ。首筋に、肩に噛み痕が幾つも付いていく。 抵抗出来ぬまま、優輔は寛也の全てを受け入れる覚悟を決めた。

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