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8月6日(木)_02
風呂上がりの星ちゃんが、リビングでソファに座って、アイスを食べながら寛いでいる。
俺は星ちゃんの膝に正面から座ると、彼が手に持つアイスをペロリと舐めた。
「北斗…泣いてるの?」
「…ん~ん、泣いてない…」
俺の頬に手をあてて、涙をすくうと俺に見せて言う。
「ほら、涙が出てるよ?」
だけど、俺は、知らないふりをしてアイスを舐める…
「歩が俺の事…邪魔くさいって…言ってたの…聞いちゃった。」
そう言って、星ちゃんの体に抱きつく。
暖かくて、ちょうどいい大きさの星ちゃん…。
「ヘッドホンが無くなった時の俺…あれが俺の本質だって…言ってた…」
悲しいよ…友達にそんな事言われて…今日、あの女に言ってた事だって…本心に決まってる…
星ちゃんはしくしく泣く俺の背中を撫でてくれる。
「…北斗、お前には分からないかもしれないけど…歩は葛藤してるんだよ。春ちゃんがお前に構うから…嫉妬してお前を憎む気持ちと…お前を弟みたいに思う気持ちと…葛藤してるんだ…だから、許してあげよう…」
そう言って俺の髪の毛を撫でて、髪を上げる様に俺の顔を撫でる。
目と目が合って…星ちゃんの目の奥が揺れている様に見えて、そっと覗くように顔を近づける…
「星ちゃん…もうしないって言ったけど…ちょっとだけ、チュウしたい…」
俺がそう言うと、星ちゃんは俺の顔を見て、困ったように黙ってしまう…
いやなんだ…
胸がチクッと痛んで苦しくなる。
彼の体に頭を落として、顔を背けて涙を落とす。
「うっ…うう…うっ…」
声が漏れて、体が揺れる…
星ちゃんに拒否された。
これで…2回目だ。
いくら楽器が出来ても…春ちゃんに好かれても…オジジに気に入られても、星ちゃんに2回も拒否された俺は、とても悲しかった…
「北斗、アイス食べよう…ほら、溶けちゃうから、舐めて…」
俺の体を起こして、アイスを口元に運んでくるから、俺は泣きながらそれを舐めた。
「星ちゃんが、俺にチュウしないなら、俺は他の人とするの?」
アイスを舐めながら、涙が出る目で彼を見て聞く。
「それは…お前の自由だよ…」
そういって、星ちゃんは、俺の髪の毛を撫でる。
「こ、こんなに…優しいのに…なんで、なんでダメなんだよぉ…」
彼の手を掴んで、泣きながら、アイスを舐めて、聞く。
「はは、本当にお前は…面白いな。」
そう言って笑う星ちゃんは、どこか悲しそうで…可哀そうだった…
俺と星ちゃんがアイスを食べていると、渉と博が来て、指を差して言った。
「コレがイチャイチャだよ。」
俺は涙をポロポロ落として言った…
「違うやい…全然、イチャイチャしてないやい!」
星ちゃんの口端に付いたアイスのコーンを舌で舐める。
こんな事しても、彼は俺に欲情しないんだ…
だから、これはイチャイチャじゃないんだ…
「うあんうあん…」
そう言って泣いて最後のコーンを食べる。
「星ちゃん、今日も一緒に寝ようね…」
「良いよ」
彼の答えを聞いて、安心して彼の体にもたれる。
普通ならこんな風に向かい合って抱き合っていたら…それはイチャイチャなんだ。
でも、そうならないのは、星ちゃんが違うからなんだ…
男じゃ…いや、俺じゃダメなんだ…
悲しい…
歩の言った言葉が頭の中をこだまする。
全部自分の思い通りにする…
どこがだよ…
どこが…思い通りなんだよ…くそっ!
星ちゃんにしがみ付いて、彼の背中を撫でて、項垂れる。
こんなに好きなのに…
そのまま目を瞑って、彼の息を聴く。
「北斗、どうしたの?」
春ちゃんがリビングに来て、星ちゃんにべったりくっつく俺を見る。
「ちょっとおセンチなんだよ…」
星ちゃんはそう言って、俺の背中を撫でる。
おセンチなんて…おかしな言い方…
星ちゃんの隣に座って、春ちゃんは、俺の顔を覗いて来る。
お前がそんなんだから、歩が俺に嫉妬するんだ…
そもそも、わき見をするような男がいけないじゃないか…
どうして、怒りが俺に向くの?
もう…歩なんて…嫌いになりそうだよ…
俺は、じっとこちらを見てくる春ちゃんの顔を、そっと手で撫でた。
「北斗、泣いてるの?」
そう言う春ちゃんの口に、指を入れると、彼はそれを舐めて咥えた。
エッチだ…
そのまま指を出し入れする。
大人しく言う事を聞く彼に、口元が緩んで笑いかける。
「北斗、もう大丈夫?」
星ちゃんに声を掛けられて、俺は春ちゃんの口から指を抜いて、体を起こした。
「大丈夫じゃないけど、もう自由にしてあげるよ?」
「本を持ってくるよ。」
そう言ってソファから立ち上がる星ちゃんを見送る。
そのまま、鞍替えする様に春ちゃんに馬乗りになって、星ちゃんにしたように向かい合って座る。
抱きついて、鼻をスンスン言わせて体にしがみ付く。
星ちゃんより、締まった体…星ちゃんの方が骨太なのかな…
「北斗…まずいよ…見られたら…」
「そんな事ない…星ちゃんにしてても、誰も何も言わなかった…」
俺はそう言って彼の勃起しかけたモノの上に座ると、少し腰を動かした。
「あぁ…まずいって…」
「なんで?」
そのまま抱きつくと、星ちゃんにしたように背中を撫でながら頭を項垂れて甘える。
良いじゃないか…別に誰と何をしたって…
俺の自由なんだろ…?
星ちゃんが戻って来て、俺の様子に舌打ちする。
俺の両脇に手を入れて春ちゃんから退かす。
「春ちゃん、ごめんね。」
そう春ちゃんに言って、俺を自分の隣に座らせて、ヘッドホンを俺の耳に付けた。
そのまま自分の膝に俺の頭を落として、眠らせて、本を読み始める…
何だよ…それ。
俺はヘッドホンから聞こえる美しいアルトの歌声を聴きながら、解せない思いを抱いてぼんやりした…
さっきは俺の自由って言ったじゃないか。
そんな風に突き放しておきながら、結局自分の所に俺を置きたがる星ちゃんがほとほと分からないよ…。
眉間にしわを寄せながら、目を見開いて解せぬ思いを表情で表現している。
春ちゃんはいそいそと立ち上がると、俺の足をポンポンと叩いてどこかに消えた。
玄関の方から歩が帰ってきて、俺と星ちゃんを見る。
「仲良いね…まるでカップルみたいだ…。」
俺は歩から視線を逸らして、星ちゃんの膝を指で撫でる。
どうせ思ってるんだろ。
自己中で粗暴な北斗が、星ちゃんを無理やり言う事を聞かせて、膝枕してるって…
思ってるんだろ。
「お風呂になったら起きる…」
俺はそう言って、体を横に丸めた。
俺のドロドロした気持ちと裏腹に、ヘッドホンから流れる合唱は美しく耳の奥を揺さぶる。こんな美しい音色…楽器じゃ出せないな…。
星ちゃんが、分かった。と、返事したのを口元で確認して、目を瞑る。
バイオリンが弾きたくなくて、星ちゃんに泣いて縋った…
チェロが弾きたくなくて、星ちゃんに泣いて縋った…
一人が怖くて、星ちゃんに泣いて縋った…
全てが嫌になって、死にたくなって…星ちゃんに泣いて縋った…
あまりにも縋りすぎて…嫌になってしまったのかな…
いや、そもそも男に欲情する方が特異なんだ。
どんなに抱きついても、どんなにぶりっ子しても…彼は俺にはなびかない。
きっと、女の人が好きなんだ。
小学校6年生の頃、学校からの帰り道。突然、死にたくなって…発作的に一人で高層マンションの階段を上っていた…ここから落ちたら死ねると思って…階段で屋上まで一人で上っていた。
屋上に上がると、ランドセルをしょったままの星ちゃんが居て、俺を見て言った。
「北斗、一緒にパフェでも食べない?」
「いや、やめとく…」
俺はそう言って、彼がいない方に足を向かせて歩く。
「北斗…じゃあ餃子、食べに行かない?」
「行かない…」
俺は走り出して、ビルの淵に…向かう。
星ちゃんが俺を止めようとしてる…。
それは馬鹿な俺にも分かった…
「北斗!やめろって…!!」
俺の体を掴んで、一緒に倒れ込むと、俺の上に覆いかぶさって言った。
「もし、お前が死ぬなら、俺も一緒に飛び降りる!」
「嫌なんだ…!何もかも!親は家に居たって、俺の事を無視する!ただ、バイオリンを弾けと言って、チェロを弾けと言って…命令だけはしてくる!誰と遊べ、誰と遊ぶな!勉強はしろ!成績は下げるな!音大に行け!海外に行け!こうなれ!ああなれ!って命令ばかりする!」
泣きながら、彼に言った。
「星ちゃんが一緒に死ぬって言っても、俺は死ぬ。躊躇わないで飛び降りて死ぬ!」
そう言って、手を繋ぐ彼もろとも高層階から飛び降りようとした。
星ちゃんは…何も言わずに俺と一緒にビルの淵に向かって走った…
どうかしてるよ…
どうかしてる。
ギリギリで立ち止まって、飛び降りを止めるふりをして、不意打ちで、俺一人。ビルの淵を飛んだんだ…
そしたら、星ちゃんは俺の手をとっさに掴んで、一緒に飛んだ。
そして、そのまま二人で落ちた…
それは防護ネットによって阻まれた自殺未遂だった…
でも、星ちゃんは、本当に俺と飛んだんだ…
こんな事されたら…
好きになる以外に選択肢なんてないだろ…
「北斗?北斗?お風呂の順番、来たよ…」
俺の髪をかき上げて、おでこをペチペチと叩いて起こす。
目を開けて、星ちゃんの顔をぼんやりと見る。
「星ちゃん?あの時、どうして一緒に飛んだの?間違えたら死ぬ所だったよ?」
星ちゃんは俺の言葉に、すぐにあの時の事を思い出したようで、苦笑いしながら言った。
「お前が居なくなったら、つまらなくなるから…だから…」
彼の頬を撫でて、愛おしく思いながら、叶わない思いに、胸が苦しくて死にそうになる…
「…これは友情なの?」
「…そうだね。俺はそう思ってるよ。」
俺の髪を撫でてそう言うと、愛しそうに俺を見つめるのに…これは友情…なんだ…。
星ちゃん…だったら言うよ…
「じゃあ星ちゃんに言ってない事、話すよ…」
俺の言葉に驚いたような顔をして、何?と聞いて来る。
胸がドキドキする。
「俺…歩の叔父さんと…」
「北斗!起きたか~!」
突然春ちゃんが乱入してきて、俺の腹の上に顔を付けてこしょぐってくる。
「あっ!あはっ!あはははは!!だ~~~!やめて!春ちゃん!だはは!」
俺は逃げる様にソファから立ち上がると、タオルセットを取りに部屋に戻る。
「まて~!北斗~!」
すごい、春ちゃんがしつこくてウケる!
「あはは!春ちゃん!ばか~!」
そう言いながら部屋に入って、扉を閉めようとすると、春ちゃんは簡単に部屋に入ってきて、扉を閉めた。
「おいおいおい…!」
俺が慌てて扉を開けようとすると、春ちゃんが言った。
「あの男との事、絶対、星ちゃんに言うな。何があっても言うな!」
俺の肩を掴んで、扉に押し付けると、春ちゃんは真剣な顔で言った。
「星ちゃんはお前の事が大好きなんだ…。そんなの…言わなくても分かるだろ?全て受け入れてもらって、全て許してもらって…どうして疑うんだ?」
「そんなの…知らないよっ!俺が抱いて欲しい時に抱いてくれないなら、それは愛じゃない!それに、星ちゃんが言った。これは友情だと、さっき言ったんだ!」
そう言って、体を捩る俺に春ちゃんは言った。
「俺がこの前、焼きそばの後、お前にキスしてた時…星ちゃんが来ただろ?あの時、お前が居なくなってから、言われたんだよ。星ちゃんに…。」
そう言って、俺の目を見て春ちゃんが言う。
「いつもの星ちゃんじゃない雰囲気で。ドスを利かせた様な声で…俺の北斗に手を出すなって、ハッキリ言われたんだよ…。だから、絶対あの男の事は言うな!」
俺は驚いた。
そんな事があったんだ…
俺の北斗…なのに、友情と彼は言う。
良く分からないよ…
これはもう迷宮、ラビリンスだ。
星ちゃんの頭の中はラビリンスなんだ…。
でも、春ちゃんの狼狽えぶりから、まもちゃんの事は言ってはいけないと分かった。
「分かった…言わない。」
俺はそう言って、春ちゃんの腹にキックをした。
「いたっ!」
「あはは!春ちゃんのばか~!」
そう言って、扉を開けて、春ちゃんを煽る。
なぜこんな事してるかって言うと…俺と春ちゃんが二人きりで部屋に入ったのを星ちゃんは見たから…変な心配させたくなかった…
神妙な顔で部屋から出たら、変に勘繰ると思って…
俺はそうやってふざけ倒した。
「北斗~!内臓がつぶれたぞ!」
んな訳無い!
タオルセットを持って、キッチンに向かう星ちゃんに守ってもらう。
「星ちゃん!春ちゃんが俺をしつこく追いかけて、こしょぐる!!」
「北斗…さっきの話の続きは?」
俺の体を抑えて、星ちゃんが聞いて来る。
その目はさっきの話を聞いたせいか、どことなく真剣に見えた。
だから、俺は星ちゃんの顔を見て、ちょっと言い辛そうに言った…
「…怒んないで…あの…この前、ヘッドホンを取りに行った時、歩の叔父さんと、まもちゃんと一緒に…すき焼き食べたんだ…」
「はぁ?ズルくないか?」
春ちゃんが怒るふりをする。
俺は星ちゃんの顔を見る。
「…牛の種類は?」
様子を見る様に星ちゃんが聞いて来るから、俺はモジモジしながら言った。
「A5ランク…」
俺がそう言うと、星ちゃんは俺の頭をバシッと叩いた。
「俺はおやじキラーだから、A5ランクの肉が食べられるんだい!」
そう言って、星ちゃんに抱きつく。
「星ちゃんもオジジになったら、俺の良さに気付くのにね。」
そう言ってわはは!と笑うと、お風呂に走って向かう。
「星ちゃん、まだ寝ない?」
立ち止まって振り返って、彼に聞くと、まだ寝ないと言った。
だから俺は、そのままお風呂に行った。
星ちゃんは…俺の事を…どう思っているんだろう…
まもちゃんの事を知ったら、どうするんだろう…
体を洗って、湯船につかりながら悶々と考える。
春ちゃんに凄むなんて…星ちゃんらしくないけど…ある意味、星ちゃんらしい。
知らない所で、いつも俺が安全な様に…色々先回りして、助けてくれているんだ。
なよなよした俺が虐められそうになると、次の日にはからかわれなくなったり。
お弁当登校の日に俺の分まで作って来ていてくれたり。
だから、あながちその話も…嘘とは言えなかった。
俺の北斗…なんて、俺の目の前で言ってくれたら…
俺は、よそ見なんてしなかったのに…
肉欲まみれじゃない…純愛のまま
ずっと前から…好きだった人と結ばれたのに。
お風呂から出て、部屋に洗濯物を持っていく。
沢山溜まったから、明日洗濯しよう…
そう思って、洗濯物の山にドサッと放り投げる。
そして、リビングに居るであろう星ちゃんの元に向かう。
「え…キスだけで良いだろ?」
「もっと…触りたい…」
そんな声が聞こえて足を止める。
そっと隣の部屋の前に行って、ドアに耳を付ける。
「ん、何か変な感じする…でも、気持ちいい…」
やっぱりな…渉と博が性交渉してる…!
良いな…俺は相手にしてもらえないのに…
みんなホモのゲイで、カップリングされてるのに…
俺だけ外注だ。
フン…
裸足の足で、冷たい床をひたひたと歩いて階段を降りて、星ちゃんの居るリビングに向かう。
今の気持ちと同じように、下を見て…つま先を見る。
リビングに着いて彼を探して見渡す。
ソファに座って本を読む星ちゃんの丸まった背中…
まだ俺には気が付いていないみたいだ。
ゆっくり近づいて、そっと背中を撫でる。
「星ちゃん…眠い…寝よう…」
そう言って彼と手を繋いで寝室に行く。
隣の部屋からバタバタ騒がしい音がする…
「咥えるだけで良いから…?」
「やだ…もっとしたい!」
そんな甘ったるい声を聞きながら、俺と星ちゃんは寝室に入る。
布団をかぶって、ちょっとだけ星ちゃんに重なって寝る。
「今日、ピアノ楽しかったんだ…」
「上手だったね…見てたよ。」
星ちゃんは俺のピアノを聴いていてくれたみたいだ…
嬉しい。
「コントラバスは?」
彼の顔を覗いて聞くと、俺の髪の毛を撫でながら言う。
「もちろん見たよ…」
「上手だったろ?オジジが恋に落ちるコントラバスだよ?」
俺が笑ってそう言うと、星ちゃんは俺の頬を撫でて言った。
「あながち…間違っていないかもね…」
意味深だね…
まもちゃんの事言ってるの?
俺は星ちゃんの目の奥を見つめて言った。
「星ちゃん…お休み…」
彼の腕に頬を付けて、目を瞑る。
隣の部屋で喘ぎ声を出し始める渉に苛ついて来る。
俺もしたい…
涙がこぼれて、星ちゃんの腕を濡らした。
俺だけ…俺だけ愛されていない…
そんな思いに打ちひしがれて、涙が落ちる。
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