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8月7日(金)_1
8月7日(金)
「北斗…早いよ。まだ4時だよ…」
「目が覚めちゃった…散歩に行って音楽を聴いて、運動してくる…」
そう言って星ちゃんの眠る温かいベッドから出ると、スウェットに着替えて、パーカーを羽織ってヘッドホンを付けた。
「7時くらいには戻るよ…」
「分かった…気を付けてね。」
そう言って、星ちゃんは、またうつ伏せに眠る。
俺はその寝顔を見に戻って、彼の髪の毛にキスをする。
愛する人は俺を抱いてくれない~
抱いてくれる人を愛してしまいそうだ~
だけど~その人も~俺なんて愛してないだろう~
頭の中で即興で歌を作って、自嘲気味に笑う。
渉と博の部屋の扉に、注意書きを書いて張った。
“エッチするならもう少し周りの迷惑考えてください!喘ぎ声がうるさくて眠れませんでした!By.星太郎”と書いてやった。
キッチンにも張ってやる。
“結局みんなゲイだった…By.星太郎”
そして、みんなの集まるリビングにも張ってやる…
“一番まともなのは北斗って本当?By.星太郎”
フン…星ちゃんが責任を負えばいいさ…
俺は玄関を出て、朝の澄んだ空気を吸って、深呼吸する。
湖を見て、ネッシーに呼びかける。
「ネッシー?…友達がみんなゲイだったよ…まるで乱痴気騒ぎだ。毎日セックスの声を聞かされるの…?本当にうんざりだよ…ネッシー、もう皆殺しにしてよ…」
「物騒だよ?」
突然声を掛けられて、かなり驚いて振り返る。
「まもちゃん…びっくりさせないでよ…」
そこにはトレーニングウェアを着たまもちゃんが立っていて、タオルで汗を拭きながら、俺を見て笑っていた。
「全部聞こえたの?」
「聞こえたよ。ネッシーに呼びかけてたね…」
止めてくれ…
俺は視線を湖に向けて言った。
「どうせ、ネッシーも俺の言う事なんて聞いてくれないさ~」
そう言って前屈して、体を伸ばした。
「北斗は体、柔らかいね。」
そうなんだ。俺の特技は床にべったりくっつく前屈と、開脚だ。
「まもちゃん、みてみて~?」
そう言って、体を反らしてイナバウアーからの、ブリッジからの、バク転を見せてあげる。
「綺麗だね。体がしなやかだから…すごくエッチに見えたのかな…」
まもちゃんはそう言うと、俺の方に手を伸ばした。
俺はそれを見ながら笑って言う。
「星ちゃんがまもちゃんを気にしている。あまりベタベタしないで…」
「そうなの?」
そうだ…星ちゃんは勘が鋭い。
「どこか遠くに行こうよ。そして、俺とエッチして…?」
そう言って、道路の方に向かうとまもちゃんは後ろをついて来た。
「昨日のピアノ、最高だったね…コントラバスなんて、持ち主が驚いてたよ?こんな弾き方が出来るのか~?って…北斗は天才なの?」
「違うよ…血と汗と涙の結果だ…」
そう言って、まもちゃんを見る。
「まもちゃんだってそうでしょ?初めから料理が上手かった訳じゃないでしょ?一人で頑張ったでしょ?何かに秀でる人は羨望のまなざしと妬みを買う…。そこに行きつくまでの努力も考え至らない人間がそれを妬む…才能なんてない…犠牲の上の結果だ。」
俺がそう言うと、まもちゃんは驚いた顔をして俺の頬を包み込んだ。
「本当に北斗なの?」
そっか…まもちゃんは俺がまともに話すの、見た事ないのか…
「そうだよ…この暗くて陰キャなのも俺なんだ…嫌いになった?」
自嘲気味に笑ってまもちゃんを見ると、首を横に振って言った。
「北斗が愛おしいよ…」
止めてくれよ…
そんな嘘…どうしてつけるの…
俺はどうしたら良いのか分からなくなって、まもちゃんから視線を外した。
彼と手を繋いで、お店の方に歩いて行く。
「湖に霧がかかって、綺麗だ~」
俺がそう言うとまもちゃんが言った。
「向こうの方まで見える時もあれば、こうやって霧が立ち込める時もあるんだよ…その時の気温とか…湿度によって、全然見え方が違うんだ…」
俺はそれを聞いて言った。
「俺みたいだね。」
すると、まもちゃんは吹き出して笑った。
「確かに、北斗みたいにミステリアスだね。」
彼の部屋に着いて我が物顔で玄関を上がる。
そして、ヘッドホンを首から外して、まもちゃんにキスする。
舌を絡めて、熱くて長いキスをする。
「まもちゃん…コントラバスみたいだね…」
ずっとしたかったキスに痺れて、うっとりして彼の顔を見る。
彼は俺の口に何度もキスして、笑う。
俺の髪を、優しく掻きあげて、おでこにキスして瞼にキスする。
「北斗…可愛い…抱きたかったの…北斗の事、触りたくて仕方が無かったよ…」
そうなんだ…俺も触りたかった…
彼の汗ばんだ体に手を伸ばして、シャツの下を触る。
そのままベッドに腰かける彼の上に跨って座る。
まもちゃんの服をめくり上げて脱がせる。
綺麗な体にうっとりしながら、手を這わせて、俺を見る彼の唇にキスする。
俺の腰を撫でて、服の中に大きな手が入ってきて、背中を撫で上げていく。
腰が震えて…キスした口から吐息が漏れる。
「まもちゃん…俺ってエッチに見えるのかな…」
そう言いながら、彼の背中を撫でて、おでこを付けて甘える。
俺のパーカーを脱がせて、Tシャツをめくると、胸元に舌を這わせてキスしながら彼が言う。
「北斗は…そうだな…雰囲気が、すごく美しいんだよ…」
俺はまもちゃんの髪の毛を触って、彼の顔を覗く。
「美しいの?」
笑ってそう聞くと、彼は俺の唇を舌で舐めてキスをする。
あぁ…気持ちいい…
彼に触られると、腰の奥が疼いて、堪らなく抱かれたくなる…
まもちゃんが俺の腰をキツく抱きかかえて、勃起した自分のモノをあててくるから、俺は緩く腰を動かして、彼のモノを股間で撫でる。
おっきいい…もうこんなにおっきくなってる…
その事に興奮して、顔が熱くなって、息が荒くなっていく…
彼のズボンを脱がせて、立ち上がる大きなモノを見て、手で撫でる。
「口でする?」
四つん這いになって俺が聞くと、彼は首を横に振る。
「北斗にしてあげる…」
そう言って、俺をベッドに寝かせると、ズボンとパンツを一緒に脱がせる。
そして、半勃ちした俺のモノを愛おしそうに手で撫でると、ペロリと舌で舐め上げる。
「ん…、あっあ…」
すぐに気持ち良くなって、顔を覆って喘ぐ。
俺のモノがグングン大きくなって、まもちゃんの口の中に入って行く。
温かくて、舌のぬるぬるした感触に敏感に反応して、腰が震える。
背中が反って、快感に足が震える。
「あっああ…まもちゃぁん…ん、きもちい…はぁはぁ…」
股間で動く、まもちゃんの髪の毛を撫でて、襲ってくる快感に身もだえする。
俺の勃起したモノが彼の口の中でビクビク震えて…限界を迎える。
「まもちゃん…らめ、イッちゃう…んん…!きもちいっ…イッちゃいそう…!」
彼の枕を掴んで、快感に耐えると、まもちゃんはそっと俺の乳首を撫で始める。
体が震えて、鳥肌が立つ。
「まもちゃぁん!だめ、イッちゃう!イッちゃうよ!あっあああん!」
俺は顔を覆いながら、体を跳ねさせて激しくイッた。
快感の余韻が引かなくて、体中を駆け巡る。
指の先まで痺れて、小さく震える。
俺の体を抱きしめて、優しくキスして、うっとりした目で俺を見る。
「北斗…すごく可愛い…大好きだよ…北斗…大好きだ。」
気持ちいい…すごく、気持ちいい…
嘘でも良い…誰かに”大好きだ…“なんて言われて、”愛しい“なんて言われて、まるで渇望していたみたいに、頭の中が喜ぶ…
麻薬みたいに…クラクラして溺れる。
俺は体を起こして、まもちゃんと向かい合うと、彼にキスして抱きついた。
「まもちゃん…もっと気持ちよくして…もっと、真っ白になる位…気持ちよくして…」
そう言って、彼の髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
まもちゃんは俺を横に寝転がすと、真後ろに体を付けて、俺の首筋を舐める。
妙に感じて、体が震える。
まもちゃんが後ろから俺のモノを握ると、緩く扱き始める。
「んん…まもちゃん…あっ、あっ…ああ…ん、きもちい…」
そのまま俺の足を持ち上げると、自分の膝に足を引っかけて足を広げさせる。
気持ち良くて、そのまま半分仰向けになりながら、彼の手に扱かれる。
後ろの彼にキスして、俺のモノを扱く彼の腕に手を絡める。
太くて…力強い腕にうっとりして、このまま殺して欲しくなる…
彼の胸板に頭を擦り付けて、猫みたいに甘える。
俺のお尻にまもちゃんの指が伸びてきて…そのまま中に入ってくる。
「あっああ…ん…はぁはぁ…あぁ…」
息を吐いて…彼の指を中に迎え入れる。
口の端から、よだれが垂れて…快感に背中が反っていく。
まもちゃんは、奥まで入った指を、何度も出し入れして、俺の中をゆっくり触って解していく。
「北斗…可愛い…」
まもちゃんが俺の背中にキスをして、舌を這わすと、仰け反った背中がビクンと震えて跳ねる。彼の大きくなったモノが太ももにあたって、その硬さに興奮する。
指が増えて、快感も増して、体がおかしくなってくる。
「まもちゃん…まもちゃん…はぁはぁ…挿れて…俺に挿れて…?」
後ろの彼におねだりするみたいに、甘ったるい声で誘う。
片手を後ろに回して、彼のモノを握ると扱いて、誘う…
「あぁ…北斗、欲しい?」
そう言って俺の首に舌を這わせると、軽く吸ってキスして焦らす。
俺は腕を後ろに回して、彼の頭を抱えると体を仰け反らせて、キスする。
そして、彼の股間に自分のお尻を付けて、誘う様に腰を揺らす。
「欲しい…欲しいよ…ちょうだい…俺に全部ちょうだい…」
俺がそう言うと、まもちゃんは自分のモノを扱いて硬くして、俺の穴にあてる。
そのまま腰をゆっくりと押し付けてきて、俺の中に入ってくる。
体がビクビク震えて、汗がじんわり滲む。
「あっ!あっああ…はぁはぁ…んん…」
違和感と腹の圧迫感に、呻き声にも似た声を出す。
俺の背中に覆いかぶさる彼の顔を見て、快感に歪んでいく表情を見て、俺を見つめるギラギラした目つきに…酷く興奮する。
ダメだ…そんな顔しないで…
頭の芯から気持ちよくなって、首を仰け反らせる。
半開きの口から、息を吐くたびに喘ぎ声が漏れる。
俺の中に根元まで入った、彼のモノがゆっくりと動く。
彼の手が俺の勃起したモノを扱きながら、こねて回す…
「らめ…らめぇ…!イッちゃう…イッちゃうよ…待ってぇ…まもちゃぁん…」
俺のモノを弄る彼の手を掴んで止める。
「北斗…気持ちよくしてあげるから…ね?」
そう言って、俺の手を退かすと、また扱き始める。
「イッちゃうの…すぐにイッちゃうの…だから、やなの…!」
俺はそう言って、彼の枕に顔を付けて、俺のモノを扱く彼の手を両手でつかんだ。
ふふっと笑うと、まもちゃんは俺の腰を両手でつかんで、腰を動かし始めた。
「あっ!んあっ!はぁっ!…まもちゃ…ん!」
腰を打ち付けられるたびに、腰の奥に強い快感が襲ってくる。
踏ん張る足がわなないて、震えているのが分かる。
奥まで届くように、まもちゃんが俺の中にモノを入れたままグッと腰を逸らす。
「んんっ!!…はぁはぁ、もっと…もっとして…」
腰を持つ彼の手を掴んで、握って、おねだりする。
もっと激しくても良い…あまり大切にしないで良い。
だって、どうせ、俺達は体だけの関係なんだから…
後ろから大きな腕で俺の腰から胸にかけて支えると、まもちゃんは、そのまま上に持ち上げて、俺の体を起こした。
反対の腕を俺の腰に回して、まるで抱きしめる様にしながら、腰をねっとりと動かす。
絶えない快感に身もだえしながら、後ろの彼に頭を持たれさせてキスする。
俺のモノがまた扱かれて…襲ってくる快感に、足が震えてくる…
ダメだ…イッちゃう…すごく気持ちよくて…おかしくなっちゃう…
「んんっ!はぁっ!あぁあん…だめぇ、あっ、あっ…あああん!!」
乳首を指先でこねて回して、弾かれて…腰を震わす快感に俺は感じて激しくまたイッてしまった…
四つん這いになって、腕に力が入らなくて、彼の枕に顔を埋める。
あ…まもちゃんの匂いがする…
ぼんやりそう思って、口元が緩む…
ギュッと枕を抱きしめて、匂いを嗅ぐ。
俺の腰をまた大きな手が伸びてきて、俺の中を刺激してくる。
立ち去ったはずの快感がまた戻って来て、口からよだれが落ちる。
「ん…まもちゃぁん…まもちゃぁん…気持ちい…気持ちいの…すごい…あぁあ…」
揺すられて、突かれて、撫でられて、敏感になった体がビクビク震える。
「はぁはぁ…北斗…イッても良い?」
後ろから切羽詰まった彼の声が聞こえる…
俺はその低い声を聞くだけで…頭が痺れて腰が震えるよ…堪らないんだ…まもちゃんの声が、堪らなく気持ちいい…
「良いよ…イッて…まもちゃん…俺の中でイッてよ…」
そう言って、俺の腰を掴む彼の手を握って、撫でる。
気持ちいい…沢山愛してくれる…堪らなく甘い…
まもちゃんの腰の動きが強くなって、揺られる俺の喘ぎ声も激しくなる。
俺の中が敏感になって、気持ちよくなる。
ダメだ…またイキそう…中が擦れて、気持ちいいの…
「はぁはぁ…まもちゃぁん…中、きもちい…またイキそう…また、イッちゃう…!」
後ろの彼が堪える様に呻き声をあげて、動きを止める。
それでも、俺の中は快感がまわって、何もしなくてもイキそう…
背中から震えて、腰が揺れる。
「ダメ…まもちゃん…イッちゃう!!」
動いていないのに…残り香みたいな快感に負けて、俺はまたイッてしまった…
俺がイクと、後ろの彼はまた腰を動かして中でガチガチに硬くなる。
「はぁん…はぁはぁ…んん…あぁああ…」
気持ち良くて頭が真っ白になる。
「あぁ…!北斗…愛してる…!」
まもちゃんがそう言って、俺の中でイク。
彼の大きなものが大きく暴れて、ドクドクと熱い何かが俺のお腹を熱くする。
その感覚に、言い知れぬ快感を感じて、また、俺はイッてしまった…
何回…イクんだよ…
これが…思春期なの?
そのまま枕に突っ伏すと、彼のモノが入ったままの状態で声を出して笑う。
「んふふ、俺…イキ過ぎて…カラカラになっちゃう…」
俺がそう言うと、後ろのまもちゃんも吹き出して笑った。
「カラカラ…何それ…おっかしい。」
まもちゃんのせいだ…
こんなに気持ち良くするから…
俺はカラカラになった…
「イキ過ぎると死んだりする?」
「ふはは、死なないよ…」
向かい合って座って、キスしながらめちゃくちゃ甘える。
お尻の下にティッシュを敷かれて、早くお風呂で洗いたそうにするまもちゃんを無視して、優しい大人にとことん甘える。
「北斗、おいで…ほら、お風呂に行こう…?」
「は~い。」
彼に抱きついたまま、お尻を綺麗にしてもらう。
「まもちゃん?いつも仕事して嫌にならないの?」
「ふふ、仕事しないと生きていけないよ…」
彼の胸板に頬を付けて、ぼんやりと彼の心臓の音を聴く。
目を瞑って、顔を流れるシャワーの水の道を感じる。
「北斗、体洗うよ?」
そう言って、俺の体に泡を付けて、綺麗に洗い始める。
こういうのって…やる前にするんじゃないの…
俺を泡だらけにすると、自分も体を洗い始める。
「まもちゃん…奥さん死んだの?」
俺が聞くと、まもちゃんは一瞬驚いた顔をした。
そして、俺から視線を外して言う。
「歩が言ったの?」
知られたくなかったのかな…
「嫌だった?…ごめんね…」
俺はそう言って彼の背中に手を置いた。
「嫌じゃないよ…ただ、罪悪感があるんだよ…」
そう言って、まもちゃんは俺の頭からシャワーを掛け続ける。
「あんなに大好きな人を亡くして…もう死んでしまおうかなって…思った時期もあったのに…また誰かを好きになるなんて…その事に罪悪感を感じるんだよ。」
俺は泳げない…だから、こんなに頭からシャワーを掛けられると…
「まもちゃん、怖いから…水、怖いから…やめてぇ…」
泣くんだ…水が怖くて…
息が出来なくなるから、怖くて…震えて泣いた。
「あぁ…ごめん、ごめんね。」
そう言って俺を抱きしめると、急いで顔の水を手で拭って、俺の顔を覗く。
「泳げないから…水が怖くて…泳げないから…顔にかかるのがダメなんだ…ちょっとなら平気なんだけど…ずっとかかると…苦しくなっちゃうんだ…」
泣きながらそう伝えると、まもちゃんは悲しそうな顔をして、何度も謝った。
良いんだ…星ちゃんは俺が泳げないの知ってて、湖にぶん投げて、笑ってるんだから…
「まもちゃん7時まで一緒に居ても良い?」
服を着て、彼の膝に寝転がって甘える。
「良いよ」
そう言って、まもちゃんは俺の髪の毛を乾かすように撫でる。
「あのスピーカーは生きてるの?」
彼の部屋に置いてある大きな古いスピーカーを指さして聞く。
「どうかな…しばらく使ってないから…今度聞いて見る?」
俺の頬をプニプニしながら、まもちゃんが笑って聞いて来る。
「うん。聴いてみたい…。あと、あのバイオリンは…可哀そうだから手元に戻した方が良い…。あんなに手入れの出来ない奴に渡しちゃダメだ…。」
ぼんやり微睡みながらまもちゃんに言う。
「バイオリンは美しい…管理のできない人に持たせちゃダメだ…」
「うん…」
低くて、良く響く声が心地いい…
でもその声色に…少しだけ悲しさが含まれている…
「まもちゃんの声は…まるでコントラバスの低音だ…最高に痺れる…」
俺は目を瞑ったまま笑うと、彼の膝を撫でた。
「北斗…大好きだよ…」
そう言って俺にキスを落として、まもちゃんは俺の体を撫でる。
なんて優しい大人なんだろう…
親で満たせなかった気持ちをぶつける様に、際限なく甘えてしまいそうで怖い…
割り切って…
ここに居る間だけ…
楽しんだって…
甘えたって…
良いじゃないか…
「まもちゃん…大好き…」
そう言って体を起こして、彼に跨ってキスする。
彼の体に自分の体を預けて、もたれる様に抱きついて、胸に顔を置いて項垂れる。
「ずっと…抱っこしててよ…」
離れたくないよ…
まもちゃんから離れたくない…
「良いよ…」
嘘つきだ…
でも、良い…嘘でも、ずっと抱っこしてくれるって…言ってくれるなら、それでいい。
俺の腰をギュッと強く抱きしめて、愛おしそうに撫でる手が好きだ…
安心する…
目の端から涙が落ちたけど、どうして出たのかは分からなかった…
きっと、極まったんだ…
低くて、良く響くこの人の出す音に…極まって泣いたんだ…
それとも…本気にしたのかな…彼の言葉を本気にして…泣いたのかな。
「またそのうち来るよ…」
俺はそう言ってまもちゃんのお店を後にする。
ヘッドホンを耳に付けて、音楽を大音量で流して、湖を見ながら別荘に戻る。
時間を確認すると、6:50
今頃、誰かが起きて、俺の張り紙を見たに違いない…
後ろを振り返ると、まもちゃんが道路の方まで出て俺を見送っていた…
その顔が…表情が…とても寂しそうに見えて…
俺は立ち止まってしまった。
この気持ちは何だろう…
揺れる激しい感情に、戸惑って、動揺して立ち尽くす。
足の向きを変えて、歩き出す、そのうち駆け出して、彼の元に走って戻る。
戻ってくる俺に気付いて、駆けよる彼に、抱きつく。
「まもちゃぁん、まもちゃん!」
俺の体を抱いて、髪を撫でて、ギュッと抱きしめてくれる…
離れたくない。
このまま死んでしまえたら良いのに…
星ちゃんの事も、両親の事も、将来の事も…
考えずに
ただ、愛されて…死ねるのに…
「まもちゃん…もうお店に入って…見られてると、帰れない…」
俺はそう言って、彼から離れると、お店を指さして言った。
「まもちゃん!ハウス!」
俺の掛け声に笑顔を見せて、手を振ると、まもちゃんはハウスに戻って行った。
踵を返して、また同じ道を歩いて帰路に付く。
なんて可愛らしいんだろう…
でも、どこまで…本気か分からなくなって、惑わされる…
俺の事…愛してるって…言った。
そんな訳、無いのに…
交響曲第9番 歓喜の歌…
この前、まもちゃんと初めてエッチするとき、お風呂に入る時、頭の中で再生した…
それを今日は聴いて帰ろう…
喜んでいる訳では無い…この部分が好きなんだ…
合唱が途中、一旦終わると…俺の好きな部分が始まった…
ここが大好きなんだ…
このフレーズが好きなんだ…
その後にオペラ歌手がドイツ語で歌い始める…
俺はそれを真似しながら歌って帰る。
ちょうど別荘の前に着くと、合唱が一番盛り上がる箇所になる。
だから、俺はドイツ語で有名な個所を歌いながら別荘の中に入る。
そして、星ちゃんの眠るベッドに戻って、うつぶせて眠る彼に跨る。
俺の愛する人…キミが抱いてくれないから、外で済ませたよ…
でも、どんどん気持ちが向こうに持っていかれそうになる…
止められなくなったら、ごめんね…
星ちゃんの背中に体を落として、彼を圧し潰す。
「星ちゃん…ただいま…」
俺が言うと、星ちゃんはゴソゴソ動いてみせる。
何か言ったのか…分からない。
だって、俺の頭の中は今、絶賛合唱中だから…
彼から降りて、洗濯物を持って洗濯機に向かう。
「今日は俺が一番だ~」
自分の洗濯物を入れて着ていたスウェットも脱ぐ。
まるで証拠隠滅するみたいに、全て洗濯機に突っ込んで、洗剤を入れて回す。
そのまま浴室に行って、体を洗う。
まもちゃんの匂いが俺に残らない様に…泣きながら体を洗う。
頭も洗って、顔も洗って…全てリセットする。
そして浴室から出ると、体を拭いて、すっぽんぽんで歩いて、星ちゃんの部屋に戻る。
「星ちゃん…パンツ無くなったから貸して?」
俺がそう言うと、星ちゃんは体を起こして俺の姿をまじまじと見る。
寝ぼけてトロンとした目で見ると、俺のモノをちょっと触るから、ドキッとして彼を見る。
「何で…裸なの?」
「汗かいたからシャワーしたの。洗濯が溜まってたから全部洗ったの。そしたら、パンツが一枚も無かったの。だから星ちゃんのパンツ貸して?」
寝ぼけた星ちゃんにも分かる様に、分かりやすく説明する。
トロけた目が可愛くて…手を出してしまいそうになる自分を抑えて、ジッと彼の返事を待つ。
その間にも、俺のモノはカラカラになったはずなのに、むくむく起き上がる。
「星ちゃん…勃起して来ちゃうから、早く良いよって言って!」
俺がそう言って星ちゃんの体を揺すると、彼は少し笑いながら言った。
「良いよ…」
俺は星ちゃんの鞄の中から水色のパンツを出して履いた。
そして、彼の短パンを履いて、彼のTシャツを着た。
その恰好で星ちゃんの隣に寝転がる。
「もう7:30だよ。」
星ちゃんの鼻を触りながら言う。
「8:00になったら起きる。」
星ちゃんの匂いがする、星ちゃんの服を着て、星ちゃんの隣で横になってる。
「あ~!なんだこれ~!!」
部屋の外で渉の声がして、俺は星ちゃんの腕の中に隠れて布団をかぶる。
「こっちにも張ってある~」
博の声がする。
あの張り紙を見つけたんだ…うしし
いびきをかいて寝る星ちゃんの腕に守られながら、俺は静かに笑った。
俺達の部屋のドアが開く音がする。
「星ちゃん?」
渉の声がすぐ近くで聞こえる。
「寝てるよ…?北斗は?」
博の声も聞こえる…
俺は息を殺して、星ちゃんの陰に隠れてやり過ごす。
「絶対、星ちゃんはこんな事書かないよ…」
「北斗がやったんだよ。」
何で?By.星太郎って書いたじゃん。
「北斗を探して締めあげよう!」
そう言って二人は部屋から出て行く。
気配が消えて、俺は息苦しい星ちゃんの腕の中から這い出ると、布団の外に顔を出した。
「ぷはっ!うしし、うしし。」
不敵な声を出して笑っていると、頭を撫でられて驚く。
「北斗、渉たちに何した?」
目の前の星ちゃんが完全に目を開いて俺を見ている。
「ん~、何もしてないよ?」
俺はそう言って、星ちゃんに甘える。
ゴロゴロ喉を鳴らす猫みたいに、彼にお腹を見せて体を摺り寄せる。
「んはは!これ、なんだ~?」
春ちゃんの笑い声が外から聞こえてきて、渉たちが見つけそこなった張り紙を見つけた事に気付いた…。
星ちゃんは俺の顔をじっと見て、探ってくる。
目の奥まで見つめられて、俺は動けなくなる。
足音が近づいて来て、部屋のドアがまた開く。
「うお~い、星ちゃん、コレなんだよ。」
“エッチするならもう少し周りの迷惑考えてください!喘ぎ声がうるさくて眠れませんでした!By.星太郎”
その張り紙を手に持って、春ちゃんがやって来た。
「北斗?」
「しらない!」
俺はそう言って、布団から抜け出そうとした。
腰を掴まれて、布団に戻されて、星ちゃんが俺を体の下にホールドする。
顔が近くて、変な気分になるから止めて欲しい…
「だって、本当の事じゃん。昨日は凄くうるさかった!」
俺が言うと、星ちゃんは俺の顔を見て言った。
「うん…昨日はうるさかった…」
そうだろ?
俺は星ちゃんの首に手を回して甘ったるい声で言う。
「俺、うるさくて寝られなくて、4時に起きちゃったんだよ…可哀そうだよ…」
星ちゃんは俺を体に付けたまま起き上がると、俺の顔を見て言った。
「本当に寝られなかったの?」
コクリと頷くと、星ちゃんは俺の頭を撫でてくれた。
「それは可哀想だ…後で渉達に話しておくよ。」
ピーピーと洗濯が終わる音がして、俺は星ちゃんから離れると洗濯機の方に行った。
「あ、北斗!」
洗面所に居た初体験を済ませたであろう渉に見つかる。
「んはよ~」
そう言って、洗濯物を回収する。
「お前って、そういう目で見ると、途端に魅力的だよな。」
何だと?
「どういうこと?」
俺は仁王立ちして両腕を汲んで渉氏に聞いた。
「だから、お前って性の対象としてみると、魅力的だって言ったんだよ。」
お前…博ってやつがいながら…
「どこら辺が?」
俺は何でも良いから褒められたくて詳しく話を聞いて見る。
「例えば…お前の舌足らずなしゃべり方とか…すっげぇ、エロい。」
俺の方ににじり寄ってくる渉氏は完全にオオカミモードの様です。
「星ちゃぁん!怖い!渉が俺を性の対象として見始めてる!!」
そう言って洗濯物を抱えて、星ちゃんの居る部屋目がけて逃げる。
「冗談だって!」
知ってるよ!でも、俺はそれを無視して、乙女になって内股で逃げる。
廊下を逃げて回っていると、春ちゃんに掴まって、壁ドンされる。
「この張り紙は…北斗が書いたのかな~?」
俺は視線を外しながら言った。
「違う…星ちゃんが書いた。」
壁ドンされる俺を見て、通りかかった歩が嫉妬する。
「何で朝からそんなに元気に絡んでるの?」
俺は歩が言ったことを引きずっていた…
邪魔ばかりする…俺の本質はヘッドホンが無くなって粗暴になってる時と同じ…
すねて自分の思い通りにする…
それらの言葉を許せないでいた…
そんな風に見られていた事も、思われている事も、とても悲しかったんだ…
だから、わざと春ちゃんを煽って見せた…
「春ちゃんは、俺の事が大好きなんだもんね~。」
そう言って春ちゃんの体に頬を摺り寄せる。
「北斗~、こらぁ~!」
デレる春ちゃんの壁ドンを解除して、洗濯物を持って移動する。
「星ちゃん、干すの手伝って?」
通りがかりに星ちゃんに声を掛けて、洗濯物を手伝ってもらう。
歩がどんな気持ちかなんて、知りたくもない…俺の気持ちを踏みにじったんだ…なぜ俺だけ、相手の事を考えなくちゃならないの…
その一心で、わざと意地悪くした…
ベランダに用意された何本もの物干しに、洗濯し終わった服を掛けていく。
今日もお天気だ。
夕方には乾きそうだ。
「北斗?歩の事だけど…」
「星ちゃんは……俺の事…意地悪だって言いたいの?」
強い口調で、星ちゃんの話をぶった切って言う。
そして、俺のパンツを持って、こちらを見て固まる星ちゃんを睨んで話す。
「俺だって、傷ついた…俺だって悲しい…でも、俺は歩を許さなきゃいけないの?それをしないと、意地悪だと、俺を虐めるの?」
ふてくされた様に、口を尖らせて話す俺に、星ちゃんは黙って視線を逸らすと、静かに首を振って言った。
「いや…そうじゃなくて…わざわざ春ちゃんを煽るのは違うと思う。」
おかしいよ…傷ついた方が何故無条件で相手を許す事を求めるの?
そんな勝手な話…あってたまるかよ…
しかもそもそもの発端は、彼の嫉妬心だ…
そんなの、納得できない…
「もう、この話は嫌だよ…」
俺はそう言って、黙る。
どうしてか…感情がコントロールできなくて、激しく乱れる。
取り繕う様に、星ちゃんに笑って聞いた。
「星ちゃん、今日は何して遊ぶ?」
俺の問いに、星ちゃんは黙って答えずに、パンツを干していた。
まるで、聞き分けの無いガキを無視するお母さんみたいだ。
良いよ…別に、意地悪だと思うなら、そう思えばいい…
それこそが意地悪なのに…人は見たいものしか見ないし、自分がいつも正義だと思って、他人を批判するんだ…
当事者でも無いくせに…どちらが悪いなんて…ジャッジするなよ…
気分が悪い…
「北斗…?」
俺の名前を呼んでも、聞こえないよ。
だって、俺はヘッドホンを付けたから。
もう何も聞きたくない。
誰にも大事にされない、愛されない俺は、どうして誰かの話ばかり、要求ばかり聞かなきゃダメなの?
知らない…もう、知らない。
洗濯を干し終わって、俺は一人遊びに出かけた。
「北斗、ご飯は?」
星ちゃんが俺に言ってくるけど、俺はヘッドホンを付けてるから聞こえないよ…。
玄関に向かって、外に出る。
歩は俺に対してプリプリしてる。
上等だよ…
繋がれたボートに乗って、ロープを外す。
俺は泳げない。
水がとても怖い。
でも、ボートに乗って、湖に向かった。
頭に来たんだ…頭に血が上ったんだ…
俺ばかりいつも怒られて…星ちゃんは俺に多くの反省を求める。
ボートが岸から離れていく。
慌てて俺を追いかけて来た星ちゃんが立ち尽くしてる…
星ちゃんが、俺を見て、何か叫んでる。
ヘッドホンを付けてるから…聞こえないもん…
湖のどこまで来たのか…もう岸は見えない。
陸地が見えなくなってから、怖くて震えが止まらない。
ヘッドホンを外して、チャプチャプ…と水の音を聴いて震えあがる。
恐怖でパニックになりそうだ…
心臓が苦しくて、揺れるボートから降りたい…
でも周りは水しかない…
絶望だ。
ヘッドホンを耳に戻して、目を瞑ってうずくまって座る。
音楽を大音量で流して、恐怖から目を逸らす。
「ここは、陸地だよ…紐でつながれてる…だから、落ち着いて…」
自分に言い聞かせる様にして心を落ち着けさせる。
一歩間違うと、パニックになる…
確実に溺れて死ぬ…
目を閉じても、耳を塞いでも、揺れるボートが教えてくれる…
ここは水の上だって…
怖い…怖い、怖いよ…怖い!
恐怖に負けて、湖を漂いながら泣きじゃくる。
誰も助けてくれない…
自分で望んで一人になったのに…
「うっうう…怖いよぅ…怖いよぅ…」
両手で何度も涙を拭って、一人、泣きじゃくる。
自業自得なんだ…
泳げないのに、ボートに乗って、何も考えないで来てしまった。
呆れるくらいの馬鹿なんだ…
でも、やっぱり俺は歩が許せない…
だから、怖くて泣いても…誰にも縋らない…
「北斗~!」
遠くで俺を呼ぶ声が聞こえるけど、姿の見えない相手に幻聴を疑う。
ヘッドホンを外して、ボートの床に置く。
じっと、耳を澄まして聞いて見る。
「北斗!見つけた!」
星ちゃんが違うボートに乗って俺を追いかけてくる姿が見えた。
俺は追いつかれたくなくて…こっちに来て欲しくなくて、手でボートを漕ごうとする。
手に触れる底の無い水に恐怖して、悲鳴を上げる。
パニックになって、ボートの上で立ち上がる。
立ち上がった反動で、ぐらつくボートに恐怖して、目の前が真っ暗に染まる。
「北斗!落ち着いて!」
星ちゃんの声が俺を余計に焦らせて、パニックになった俺は後ずさりしながら、湖に落ちた…。
放っておいてよ…もう一人になりたいんだ…
体が重くなって、沈んで行く…
まるで自分の頭の中みたいに暗い湖の底…
息が苦しい…
あぁ、我慢すること無いのか…
このまま溺れてしまえば良いんだ…
意識が無くなって、目の前が暗くなる。
気が付くと、湖の上で星ちゃんが俺を抱えて、ボートに乗せようとしてる。
口に入る、際限のない水…足が付かない水の中…目が回って、クラクラして、悲鳴を上げて暴れる。
「北斗、暴れるな…」
そう言う星ちゃんの声も聞こえないくらい、水が怖くて、我を忘れる。
「星ちゃん、北斗を…」
ボートに乗った誰かが星ちゃんに声を掛ける。
低くて…安心する声…
星ちゃんが俺をボートの淵に連れて行くと、誰かが軽々と持ち上げてボートに乗せる。
その後、星ちゃんを引き上げる背中が見えて…それが誰だか分かった…
「まもちゃん…」
そう言って俺は暗転して気絶した。
「俺がいけないんです…北斗を追い詰めて、こんな行動をとらせてしまった…」
気が付くと、星ちゃんの声が耳に聞こえた。
タプタプ…と水の音が近くに聞こえて、怖い…
「何があったのか知らないけど…俺を呼びに来てくれて良かった…子供だけでは無理だったかもしれないね…特に、パニックになってる人の救助は危険だからね。」
まもちゃんの声がして、酷く安心する…
ボートの木目を見ながら、静かに黙ってぼんやりとする。
また…怒られるのかな…俺だけ…
「北斗は…水が怖いんです…小さい頃、怖い目に遭って…」
「溺れたの?」
「いや…バイオリンを弾きたくないってごねた北斗を、お母さんが浴槽に沈めたんです…」
星ちゃんの話を黙って木目を見ながら聞き流す。
「はぁ?」
信じられない…と言った所だろうか…まもちゃん、俺の親はそれをやるんだ…そして言うんだ。これがお前の為だと…
「それで…プールにも入れなくなって…お風呂は、あったかいから平気みたいで…この…底の無い水が…怖いんです。シャワーも溺れそうになるから、すぐに顔を逸らして浴びて…」
だから…と繋げて星ちゃんが言う。
「そんな怖い水にボートで向かって行ったって事は…母親への逆襲?俺への逆襲?かなって…思うんです…。どうしても、気になって…正しい事をして欲しくて、偽善を押し付けて、彼を追い詰めたから…こうやって怒ったんでしょうね…こいつはいつも無鉄砲で…綺麗な顔して…無茶苦茶で、怒ると…手が付けられないんです…」
星ちゃん…
俺は体を起こして、ビチョ濡れの星ちゃんを見る。
「星ちゃん…ごめんね。でも、俺は歩に謝らないし、歩を許さない…」
「分かったよ…ごめんな。」
それだけ聞いて、まもちゃんに手を伸ばして、彼に抱きつく。
言葉は要らない。
ただ彼に抱きついて、頬を付けて、目を瞑る。
岸に着いて、星ちゃんがボートを降りる。
俺に手を伸ばすけど、俺は震える足で一人で降りる。
そのままへたり込んで、両手で顔を覆って泣く。
星ちゃんはまもちゃんにお礼を言って、彼を帰そうとする。
「北斗、今日は俺のお店に来て、手伝うか?」
まもちゃんが俺にそう言って、手を差し伸べる。
俺は頷いて、まもちゃんの手を握って、ビチョ濡れのままフラフラと歩く。
星ちゃんを置いて、まもちゃんと行く。
もう、うんざりなんだ…
うんざりだ…
「俺はひどい大人だ…」
そう言って、自分のTシャツを脱ぐと、俺の顔を拭いて髪を拭いてくれる。
「お前を彼氏の前から連れ去った…」
そう言って笑うから、俺はまもちゃんに抱きついた。
もう何も聞きたくないよ…
聞きたくない…
「もう、その話はしたくない…」
俺がそう言うと、彼は俺の髪の毛を触りながら穏やかな声で言った。
「北斗が無事で良かった…本当に良かった。」
まもちゃんの部屋に戻って、シャワーをまた浴びて、星ちゃんの服から、彼の服に着替える。大きくて…落ちてくるズボンをベルトで止めて、裾をまくって履く。
「お客さんを席に案内して、注文を聞いて、俺に教えて?料理が出来たら、お客さんに運ぶの。北斗、出来るかな?」
「出来る」
乱痴気騒ぎのあそこに戻る位なら、労働した方が良い。
お店は11:00からオープンなんて…何てゆっくりした店なんだ…
「ランチが終わったら、3時から休憩が入って、6時からまた開くよ。」
「まもちゃん、そんなに緩くて、お店、続けられるの?」
俺が心配して聞くと、まもちゃんは声を出して笑った。
「うちは夜のお客さんがメインだから、後、あんまり欲を出しても…俺一人しかいないからね…このくらいが丁度良いんだ。」
俺の頬を撫でて持ち上げると、キスしてうっとりする。
「あぁ…本当に俺は最低な大人だ…」
そう口で言うくせに、目を嬉しそうに細めて笑う。
「まもちゃんは最低な大人だ…」
そう復唱して、ピアノに座る。
「開店するまで弾いていても良い?」
「嬉しいな…頼むよ。俺は奥で仕込みをしてくるね…」
そう言って俺の頭を撫でてキスして、厨房に行く。
俺はそんな彼の背中を見送る。
目の前の鍵盤を手のひらで撫でて、心なしか嬉しい自分に驚く。
何か弾きたかったのかな…
サティを弾く…
お前が欲しいなんて厳つい題名の癖に…曲は軽やかでウケる。
時計を見ながら、何曲も弾く…
いつの間にか、隣にまもちゃんが座って、俺のピアノを聴いている。
「まもちゃん準備したの?」
俺が聞くと、大きな体を俺に持たれさせて、頭を付けると言った。
「北斗…素敵だ。俺と結婚しないか?」
驚いて、笑いかけたが、俺はまもちゃんの顔を見て言った。
「まもちゃんは最低な大人だ…」
彼はそれを聞いて、笑うと、そっと俺の唇にキスした。
「最後に何かリクエストを聴こう~何が聴きたい?」
俺がそう尋ねると、まもちゃんは首を傾げた。
パっと思いつかないみたいだ…
奥さんが、バイオリンを弾いていたなら、この曲は知ってるかな…?
そう思って俺は“愛のあいさつ”をピアノで弾いた。
隣のまもちゃんがこみ上げた様に泣き始めて…俺は察した。
奥さんとの…思い出の曲なんだ…と。
だから、丁寧に優しく弾いてあげる。
今でもこんなに泣いてしまうくらい愛していた奥さんの為に。
そして、一人になっても生きているまもちゃんの為に。
愛を込めて、弾いた。
「あのバイオリン、取り戻したら…俺が弾いてあげる。」
そう言ってピアノの蓋を下ろす。
隣で大きな体を屈めて、泣いているまもちゃんを抱きしめる。
「偉いね…頑張ったね…」
俺がそう言うと、俺の体を強く抱きしめて、声を上げて泣く。
大人になっても、悲しいものは悲しいんだ…
悲しくても時は過ぎるから…半ば強制的に生きることを再開しなくてはいけなかったんだ…忘れる様に…思い出さない様に…
その内…心から受け入れられる日が来るのかな…
なんて…強くて、可哀想な人なんだろう…
「まもちゃん、お店開く時間だよ?」
俺のセットしたアラームが鳴って、開店の時間をお知らせする。
「すぐには誰も来ないから…良いの。」
緩いんだ…
そう言って俺の事を抱きしめて離さない、まもちゃんを不覚にも愛おしく思った。
「あれ~?アルバイト雇ったの?」
お客さんが来て、俺を見てそう言う。
「甥っ子の友達なんだよ。」
まもちゃんはまだ赤い目元で笑って答えると、俺の方を見て微笑む。
「どこに座る?」
俺がそうお客さんに聞くと、お客さんが大笑いする。
「これは、まもちゃん大変だぞ~。バイトの指導でヘトヘトになるぞ~!」
そうお客さんに言われて、まもちゃんは大笑いする。
「その子のやり方で良いさ…失礼したら、俺が謝るよ。」
そう言ってまた俺を見て微笑むから、胸がキュンとした。
お客さんが座りたいところに座らせて聞いた。
「何食べる?」
「違う。ご注文が決まりましたらお呼び下さいっていうの。良い?言ってごらん?」
お客さんから指導を受ける。
「ご注文が決まりましたらお呼び下さい…」
そうそう!と言って、その常連のお客さんは俺に指導を続けた。
「まず、お客さんが来たらなんて言うの?」
「いらっしゃい」
「ませ!ませ、まで言って?」
「いらっしゃいませ…」
その時は笑顔で言うのがポイントだそうだ。
後、何人で来たのか確認して、お水を運ぶ。で、注文を受けて、まもちゃんに伝える。
「じゃあ、初めからやってみて?」
そう言うと、その常連のお客さんは入り口に戻って入り直す。
「いらっしゃいませ」
ニヤニヤしながらまもちゃんが椅子に座ってその様子を眺めている。
「笑顔が足りないけど良いね。」
「何名様ですか?」
「一人です。」
一人の客は…あっちの席に誘導するんだっけ?
「こちらにどうぞ。」
俺はそう言って常連のお客さんを誘導する。
席に着いたお客さんに、メニューを手渡しして言う。
「ご注文が決まりましたらお呼び下さい。」
そして、席から離れて、水を運ぶ。
「小悪魔ポークソテー、一つ下さい。」
お客さんの注文をこのメモに書いて…
「はい。少々お待ちください。」
お客さんの席から離れて、椅子に座ってニヤニヤするまもちゃんの所に行ってメモを渡して、言う…
「小悪魔ポークソテー…一つ…」
「良くできたね。偉いね。北斗。」
そう言って微笑むと、俺の頭を撫でる。
「甘いよ?まもちゃん、ランチは戦争だよ?そんな事言ってられないよ?」
「脅さないであげてよ。初めてお手伝いしてくれるんだからさぁ…」
俺はお客さんの所に戻って、ランチのメニューを見る。
「俺は…ハンバーグが良いな…」
そう言って、お客さんに笑うと、お客さんが笑って言った。
「何か…この子、可愛いね…」
俺は最近、美人と言われたけど…可愛い要素も確かにあると思う。
「ほら、お客さん来たよ!さっきの練習の成果を見せてくれっ!」
窓の外に新しいお客さんが見える。
俺は慌てて入り口に向かう。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
言われたとおりに笑顔で挨拶できた。
良かった…。
まもちゃんのお店に来るお客さんは、常連さんが多くて、俺はミスしても怒られないぬるま湯でランチの時間を過ごした。
星ちゃんの元にも帰らず、ここで時間を潰した。
「北斗はお昼何食べる?」
お客さんがまばらになった2時頃…まもちゃんが俺に聞いて来る。
「俺は…ハンバーグ食べたい…」
それを聞いて、まもちゃんは俺の頭を撫でて、微笑むと厨房に戻ってハンバーグを焼き始める。
お客さんが来て、俺は入り口を見て言う。
「いらっしゃいませ。」
「え…何で…どうして、あなたが…ここに居るの。」
所謂、さっちゃんが来た…
「何名様ですか?」
笑顔でそう言うと、さっちゃんは俺を押し退けて、嫌悪感を前面に出して言った。
「私…お客じゃない…ヘラヘラと笑って馬鹿みたい。護に会いに来たのよ…あなたには関係ないの。」
そう言って俺を睨みつけて、口元を歪める。
この感じ…歩にそっくりだ…
嫌なやつ。
「どうして護にしつこく構うの?嫌だ…もしかして、あなた彼の事が好きなの?アハハ!気持ち悪い…男の癖に…だからそうやって舌足らずな話し方しているの?」
「違う…」
俺はそう言って、彼女の嘲笑うような視線から逃げる。
残っているお客さんに、お水を注ぎにテーブルを回る。
厨房に入って行くさっちゃんを視界の端に見て、嫌な気持ちになる。
「北斗ちゃん、お会計して~。」
すっかり名前を憶えられて、可愛がられる。
「1、280円になります。」
「北斗ちゃん、明日も居る?ずっといる?また会いたいよ~?」
気持ち悪いおやじに絡まれても、俺はおやじキラーだから、いなせる。
「どうかな。また来てみて確かめてみてよ。ありがとうございました~」
そう言って、入り口のドアを開けて、変態を追い出す。
そして、気付くと誰も居なくなった…
厨房に、さっちゃんと俺のハンバーグを焼く、まもちゃんがいる。
「休憩になったら、遊びに行こう?」
「ん~、夕方の仕込みがあるから、ちょっと無理だな~。」
「え~!何で?」
そんな会話が漏れて聞こえる。
まもちゃんがあいつと話しているのを聞いて、胸が痛くなる。
俺には関係のない事だと…切り離して、割り切って…真面目に労働する。
お皿を片付けて、コトンとカウンターに置いていく。
「北斗、後藤さん帰った?」
まもちゃんが俺に変態の客の事を聞いて来る。
さっちゃんはまもちゃんの腕に絡みついて、体を押し付けている…
俺を見る目がドヤってる…
でも、それは…俺の被害妄想。
「ん、さっき、帰ったよ。」
そう短く答えて、テーブルを拭きに戻る。
まもちゃんは、これを一人でやってるんだ…
大変だな…生きていくって…
窓際の席に腰かけて、厨房の声が聞こえない様に鼻歌を歌う。
「護…ねぇ、良いでしょ?我慢できないの…」
「今、あの子が居るから…」
「じゃあ、上で待ってる。」
そんな会話…聞きたくなかったな…
下手に耳が良いと…こういう時、聞きたくない音まで耳に入ってくるんだ…
話の内容に察しがついて、俺は突然びんたを食らったみたいに…
衝撃を受けて…呆然とした…
「はいどうぞ。今日はよく働いてくれたね。偉かったね。」
そう言って俺の座るテーブルにハンバーグが置かれる。
「ライスは大盛にしたよ?」
そう言って俺の頭を撫でると、厨房に戻って行く。
さっちゃんは、まもちゃんに目配せして、入り口を出て、すぐ裏の階段のある方へと消えて行った。
愕然としたまま固まって動けなくなる。
そんな心情とはアンバランスに、テーブルの上のハンバーグが良い匂いを出してる。
「どうしたの?疲れすぎたの?」
そう言って、俺の向かいの席に座って俺のほっぺをつんつん突く彼に聞く。
「まもちゃん…あの人と…これから何するの?」
俺の問いに、まもちゃんは呆然とした表情を浮かべる。
でも、その後、俺から視線を外して自嘲気味に笑った。
彼の口が歪んでいって、見たくない表情を作る。
そして、突き放すように俺に言った。
「俺が何をしようと…お前には、関係ないだろ?」
その言葉に…声色に…心が張り裂けていく。
分かり合えたと思ったのは俺の思い違いだったみたいで、大人の彼と自分では感覚が違った様で…俺が夢中になっていただけだったみたいで…
初めから、綺麗な始まり方をした訳じゃないじゃないか…
愛する人に拒絶されて…持て余した肉欲を…ぶつけた。
思春期の若く猛々しい性欲に負けて…彼とセックスしただけなんだから。
そこに…愛や、恋なんてものは…
初めから存在しなかったんだ。
惑わされて…気が付かないうちに…勘違いし始めてしまっていたんだ…
大人のセックスには愛情なんて要らない事も、”愛してる”なんて言葉は、ただの相槌と同じくらい…価値の無いものだって事も…すっかり忘れて…
鵜呑みに信じてしまっていた。
俺だけが。
勘違いをしていたみたいだ…
俺は席を立つと、まもちゃんに言った。
「3時まであと1時間あるけど、もうお客さんは来なさそうだ…俺は帰るよ…」
「北斗…ハンバーグはどうするの?」
「要らない…」
そう言って、お店の出口に向かう。
「北斗…ご飯、食べてから帰りな…ね?お願い…」
そう言って俺を後ろから抱きしめる手に心が潰される。
「まもちゃんは…本当に…悪い大人だ…俺をからかって楽しい?」
こんなに胸が痛いのに、涙は出ない…
不思議だ…もっと泣けてくるかと思ったけど、悲しすぎると…
頭が追い付かないみたいで、泣くことを忘れてしまうみたいだ。
「北斗…もう少し、一緒に居て…」
「嫌だ」
俺は彼を振りほどいて、後ろを振り返らず歩の別荘へと向かった。
何だ…簡単な事じゃないか…彼は割り切って俺と寝ていたんだ…
大人はよくそういう事をするでしょ?
好きでも無い人と寝たり、割り切って付き合ったり…
ただ、俺が、ガキ過ぎて…そんな価値観に付いて行けなかっただけなんだ。
「ただいま…労働して来た。頭冷えた。ごめんなさい。」
俺はそう言って星ちゃんの座るソファにつんのめって倒れる。
「働いたの?北斗が?」
星ちゃんは驚いたように声を出して、俺の髪をグシャグシャと撫でる。
「もう働きたくない…」
俺はそう言って、ソファの上で丸まった。
「繁盛してた?」
「常連さんが多かった…」
「そうなんだ…やっぱり地元に密着しないと、観光地と言えど、商売できないんだね。」
そういう物なの?
俺は星ちゃんに言った。
「あのヘッドホン、どこ行った?」
ボートに置きっぱなしだったヘッドホンの所在を確認する。
「ベッドに置いておいたよ。北斗?あの人、やっぱりお前のことが好きみたいだね。」
唐突だね…星ちゃん…それは、ついさっき終わったんだ…
「んな訳無い…俺は3時まで働く予定だったけど、さっちゃんて、やな女が来て、二人でしけこんだんだ…俺の事が好きだったら、女じゃなくて男を抱くんじゃないの?」
そう言って笑うと、星ちゃんに言った。
「俺は星ちゃんにも拒否られて、優しくしてくれた大人にも相手にされない、ロンリー北斗だよ…今日も渉と博のエッチの声を聞いて…悶々として寝れなくなるんだ…」
そう言ってソファに寝転がって、まもちゃんの服を脱ぐ。
「大きくて動きづらかった…」
「北斗、全部脱ぐなって…」
大人ってコエェな…
すっかり騙された…いや、騙してなんかいない…
俺が勝手に夢中になってしまっただけなんだ…
ダサいよね…
全裸になった俺に慌てて、星ちゃんが着ている服を脱いで俺にかぶせる。
「ちょっと待ってて…いや、こっちに来て。」
そう言って、俺の手を掴むと寝室に連れ込む。
「ふふ、とうとうその気になったのか…!」
ふざけて俺が言うと、星ちゃんは俺の乾いたパンツを差し出した。
「ほら、乾いたから取り込んでおいたぞ。履いて。」
あぁ…そうか、忘れていたよ…星ちゃんは違うんだよね…
俺はパンツを履いて、星ちゃんの短パンを貸してもらった。
「お昼、みんなは何食べたの?」
「今日は別行動だって、俺はお前の事を待ってたの。」
優しいね。だから馬鹿な俺は勘違いしてしまうんだ…
みんな、もう俺に優しくしないでよ…
すぐに勘違いして、その気になって…求めてしまうんだ。
愛してって…求めてしまうから。
もう…一人になりたいよ…。
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