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8月9日(日)_02

「お股がスースーする…」 そう星ちゃんに言いながら、みんなの居る部屋に戻る。 「北斗、コスプレだ。」 博に指を差されて、その指をへし折ってやりたくなる。 「可愛いじゃないか。良く似合っている。」 ソファに腰かけた変態ロココの片割れが、俺を見て、身を乗り出して笑う…俺は視線を合わせないで、星ちゃんにくっついて、身の危険を回避する。 「その姿でバイオリンを弾いてみろ。」 ソファに座って、俺を見ながら命令してくる長髪の男。 「嫌だ、弾かない!」 俺はそう言って、顔を膨らせる。 「ふふふ、可愛いじゃないか。」 そう言って笑う前髪の長い男。 俺はすっかり変態ロココ達のおもちゃになって、ソファに座ってちょっかいを掛けてくる彼らの話しを、全否定して、笑わせてやった…星ちゃんは初めこそハラハラして見ていたが、そのうち飽きて、博と渉と外を眺めていた。 身の危険を感じてピリピリしていた俺も、変態ロココ達にだんだんと慣れてきて、周りを見て回る余裕が生まれた。 ソファから動かないのを確認して、俺は壁を見て回る。 異国のタペストリーの様な物…動物の頭…古時計…誰のか分からない絵画… そのうちの一つ。 壁に掛けられた弓を見て、指を差すと聞いた。 「これは?」 「それは…チェロの弓だ」 長髪の男がそう答える。 セロ弾きなのか… 「チェロを弾くの?」 俺は弓を見ながら、二人の内のどちらかに尋ねた。 「聴きたいか?北斗…」 そう聞かれて振り返ると、目の前に長髪の男が迫ってきていた。 俺を見つめるその顔が…まるで少女漫画に出て来そうなくらいの美形顔で、ワイルドな王子様…と瞬間的に思ってしまった… 「いや、良い…」 俺はそう言って弓を手に取って外すと、振り返って彼に言った。 「俺が弾こう…」 俺のバイオリン恐怖症の渉がそれを聞いてごねる。 「うるさいんだもん、外で弾けよ…」 俺はそれを無視して、弓の反りを見ながら長髪の男に言った。 「チェロを、貸してくれよ…」 彼は嬉しそうに笑うと、俺の頭を撫でて、奥の部屋に消えて行った。 いつの間にかソファから立ち上がっていた前髪の長い男が俺の傍に来る。 俺の手をそっと握って、一緒に弓の反りを確認する様に、顔を近づける。 「おじさんたちは兄弟なの?」 弓の先を見ながら尋ねると、俺の腰に手を伸ばして言った。 「北斗は、どう思う?」 俺は彼の質問返しを無視して、弓に張られた毛の確認をする。 松脂の匂い…ちょうどいい張り具合。 「おじさん達の名前は?」 そう聞いて、そっと俺の腰を抱く、前髪の長い男を振り返って見つめた。 「私が伊織(いおり)。兄は直生(なおい)。お前の言う通り、兄弟だ。」 ふぅん… 「伊織…かわいい女の子みたいな名前だね。」 俺はそう言うと、後ろの男にもたれかかって、体を預けた。 どうしてそんな事をしたのか分からない。 ただ、体の大きさが…俺の腰に触れる手の大きさが…あの人に似ていたから… まるで、まもちゃんの代わりをさせるように… 彼に甘えてしまった… 「北斗…?」 後ろで星ちゃんが俺の名前を呼んで、我に返って体を離した。 伊織は俺を見て微笑むと、おいで。と言わんばかりに手を広げた。 俺はそれを無視して、直生が帰ってくるのを待った。 奥から直生によってチェロが運ばれてくる。 この体格だと、チェロがさほど大きく見えないんだな… 開けたスペースに置かれたチェロに近付いて眺める。 「なんて、美しいチェロだ…」 そう言ってチェロの体を指で撫でる。 あめ色のチェロ…こんな色味のチェロ…俺は初めて触る。 木目が美しくツヤツヤと光るボディはまるで琥珀の様だ。 その神々しさに体の芯が震えて、弾いても良いのか迷う。 弦の張りを指で押さえて確かめる。 手入れのされた…弓。美しいチェロ。弾力のある丁度いい硬さの弦の張り。 この人たちは、プロだ… 「直生と伊織はプロなんだ…チェロ奏者なの?」 俺はチェロを支える直生を見て、そう尋ねた。 「北斗、弾いて。」 圧を掛ける様にそう言って、直生は俺にチェロを差し出す。 急に怖気ずく。 プロの目の前で弾くことが怖いのか… この美しいチェロを弾くことが怖いのか… 俺は直生の差し出すチェロのネックを受け取って、後ろに回る。 用意された椅子に腰かけて、足を広げてチェロを支える。 直生が俺のうなじを指でそっと撫でる。 俺はそれを無視して、そっと一音、弓を弾いて鳴らしてみる。 空気を震わせた低い振動が体に伝わって骨を震わせる。 凄い…手ごたえと、伸びていく音のバランスに、心が乱れる。 「何だろう…俺ごときが弾いてはいけない気がする…」 俺はそう言って、俺の目の前で、しゃがんでこちらを見る伊織を見る。 彼は嬉しそうに俺を見て言った。 「北斗、何を弾く」 そうか…逃げるなってか… 俺は今朝から俺を支配する、あの曲を選んだ。 今日の締めに… 姿勢を正して、チェロを見下ろす。 弓を弦にあてて、呼吸をする様に優しく、自然に弓を弾く。 俺はシシリエンヌを弾いた。 良い弾力の弦を擦って、響く音に体を震わせる。 「…弾けるのか…北斗」 伊織が驚いた顔をして俺を見上げる。 俺はそれを無視して、集中して音を探す。 なんて凄いんだろう…癖が強いのに…ピンポイントですごく良い手ごたえを感じる。 素晴らしいチェロだ… 父の一番のチェロよりも、美しく響いて渡る低い音色に、頭がクラクラして、倒れそうになる。 こんな音色…美しすぎて、気がおかしくなりそうだ… 理性が飛んで、思う存分かき鳴らしたくなって、我に返り自制する… シシリエンヌの幻惑的なメロディと、誘惑するようなチェロの音色が、よくマッチする。 弓を弾いて鳴らした音色が、俺の耳の中にドンドン入って、浸潤していく。 それと同時に、体の芯が熱くなって、気分が高揚する。 極限に誘われるような…そんな危険なチェロだ。 弾き終わって、弓を離して戻す。 息が出来ないくらい興奮して、卒倒しそうだ。 「…すごく上手だ。お前はチェロも弾けるんだな。」 そう言って、直生が俺の体を後ろから抱きしめる。 「食べてしまいたい…」 魅惑のチェロを弾き終わって呆然とする俺を、直生は後ろから覆い被さる様にして抱くと、頬にキスして胸元に手を差し込んで、乳首を撫でてきた。 「あっ…ん!」 とっさに体を捩って嫌がって、椅子から立ち上がると、直生の頭を弓で叩いた。 「北斗!」 星ちゃんに怒られるけど、こいつが先に手を出した! 「次触ったら、怒るからな!」 俺はそう言って、チェロの弓を彼に向けて振り回した。 危険だ…チェロも、こいつらも… 虜にするような音色を出すこのチェロにも…この変態ロココ兄弟の、囁くように話す低い声にも…惑わされそうになる… 俺は…君子危うきに近寄らずという言葉を信じて、チェロと、変態ロココ兄弟から離れた。 目が合うたびに手を伸ばしてくる、前髪の長いパーマのかかった髪の伊織。目を覆う長さのうねった前髪から、時々覗く目が、優しそうに垂れているのにもかかわらず、眼光は決して優しそうでは無かった。これ見よがしに胸元の開いた白いシャツを着て、ベージュのズボンを履いている。 俺をギラギラとした目で見て、今にも襲い掛かりそうな直生。セミロング程の長髪を皮の紐で結んでいる。おくれ毛が両端に流れて垂れる。黒い長袖のTシャツを着てジーンズを履いている。そして、あの下はノーパンだ。 俺の読みでは、2人はプロのチェロ奏者。 そして、まもちゃんの居た、長老のお茶会の客… あの家の人なのか…それとも、あの場に居たパトロンに付いて来た奏者なのか… ジッと俺を見て目を離さないでいる様子に、星ちゃんも気味悪がる。 俺はみんなが怖がるので、一人少し離れた場所で、彼らに視姦され続けた。 「北斗、もっと聴かせて…」 そんな言葉を掛けられても、俺はもう怖くて弾きたくなかった… 理性が飛びそうなくらいに…美しい音色を出すチェロに。 恐怖を感じたんだ… 「誰か来るよ?」 窓から外を覗いていた渉の声に、一同動揺する。 また変態ロココが増えるのではないかと、ドキドキして扉を凝視して待つ。 ノックの音がして、博が勝手に玄関を開ける。 「おや?」 外から入ってきた人物は、玄関にたむろする中学生を見て、そう一言、言った。 「理久!理久!」 俺は理久に抱きついて喜んだ。 こんなキャラの濃い人たちの前では、お前が一番常識人だ! 理久を見上げると、彼はとても苦しそうな表情をしていた。 「…あぁ…直生さん、北斗に会ったんだね。」 理久がそう言って、優しく俺の髪を撫でる。 「彼の方から来た。」 直生がそう言って、伊織と並んで、理久を見る。 まるで昔見た吸血鬼の映画の吸血鬼みたいな立ち姿だ…。 「北斗、どうしてここに居るの?帰りなさい。」 怒ったような声色に驚いて、理久の体から離れると、彼の表情を仰ぎ見た。 「すみません、お世話になりました~!」 星ちゃん達が直生と伊織にお礼を言って、玄関から外に出て行く。 居心地の悪さと、不気味な雰囲気に耐えかねてみたいで、逃げる様に出て行く。 俺は理久の手を掴んで、あめ色のチェロの前に連れて行く。 「理久?このチェロが…」 彼もチェロを弾く。 だから、教えてあげたかった… この魅惑のチェロの存在を。 「これを、この子に弾かせたんですかっ?」 チェロを見て…俺を見て…直生を見て、理久が少し語気を強くして言うから、俺は驚いて固まってしまった。 彼のらしからぬ姿に驚いて、戸惑った。 俺はてっきり、うっひょ~!と言って、喜ぶと思ったんだ… 「北斗が弾きたいと言った。」 直生は理久にそう言うと、俺の方を見て微笑んで言った。 「北斗、またおいで。チェロのデュオを聴かせてやろう。」 「直生さん、この子に興味を持たないでよ。放っておいてくれ。」 理久は俺と直生の間に立って視線を防ぐと、俺に言った。 「車の中で話しただろ?危ない所。それがここだよ?良いね。もう来ちゃダメだよ?」 「でも、チェロが…」 俺はそう言って、あの怪しく輝くあめ色のチェロを指さした。 「あれが…本当に凄いんだ…ねぇ、理久も弾いてみて?」 俺がそう言って理久を見ると、今まで見た事もないような怖い顔で言った。 「あれは、彼ら以外、誰も触ったことの無いチェロだよ。俺も今、初めて見た。」 そうなの…普通に持ってきたけど? 俺は直生に視線を合わせて聞いた。 「ねぇ、これは、特別な物なの?」 「北斗…」 理久は舌打ちをすると、俺を抱き上げて、問答無用で外に連れて出した。 玄関の扉を閉めて俺を下に降ろすと、めちゃめちゃ怒って言った。 「北斗!ここにはもう二度と来ちゃダメだ!分かったか!」 俺は怖くて、理久の顔を見れなくなって、俯いた。 怒鳴られる俺に星ちゃんが近づいて来て、理久に言う。 「そんなに大きな声、出さなくても大丈夫です…どしゃぶりの雨が降って、立ち往生した俺達を探しに来たんです。わざとじゃない…だから、そんなに怒らないで…」 俺は星ちゃんに抱きついて、しくしく泣いた。 放蕩の理久はどこへ行ってしまったの…? 「…とにかく、もう来ちゃダメだ。北斗…良いね?」 俺は理久のその言葉に、黙って頷いた。 俺の頭をいつもより荒く撫でると、理久は直生と伊織の待つ部屋に戻って行った。 「どうしてあんなに、怒るんだよ…」 俺は俯いて呟いた… 確かに怪しい雰囲気の二人だが、プロの奏者と感じた。 手入れのされた楽器と道具… その様子から、俺は彼らを認めた。 俺にとったら、さっちゃんと呼ばれる女の方がよっぽど危険だ… 道具の手入れも出来ない…大事に出来ない奴なんて… 楽器を演奏する資格すら無い… 雨が少し弱まった。 俺の濡れた靴は、星ちゃんが既に持っていた。 「履く?」 そう聞かれたから首を横に振った。 どうせ、びちゃびちゃになる… 星ちゃんのウインドブレーカーを着せてもらい、俺は裸足のままみんなと危険な家を後にした。 「まだつかない?」 「結構遠くなんだよ…だから、北斗1人で雨の中、良くここまで来れたなって…」 俺は足が冷たくなって痛くなってきた。 「北斗、おんぶする。」 そう言って俺に背中を向けて、しゃがんでくれる星ちゃん…優しいな。 俺は彼の背中に乗って、おんぶしてもらった。 「変態だったね…」 星ちゃんがそう言って笑う。 「変態じゃない…変態ロココだよ…」 俺はロココ調を強調したかった。 「北斗は、まるで中世ヨーロッパみたいな服、着せられたね。」 そうなんだ…しかも、ノーパンなんだ。 「何かのプレイ用の服だよ。」 渉がそう言って、笑う。 あながち…いや、しかし…う~ん 「理久の言う通り、もう行かない方が良いね…」 星ちゃんがそう言って、俺をよいしょッと持ち上げて抱え直した。 俺は星ちゃんの背中で、コクリと頷くと彼の背中に顔を埋めた。 まもちゃんに似ていた…あの手 もう触れてはもらえないだろう、彼を思うと… 危ない男だと分かっていても、代用したくなってしまうのかな… まもちゃん…今日はお店、開けたの? 雨がすごいよ…俺は怖い目に遭ったよ… 俺の事、心配してくれた…? まさか…ね そんな事を期待する自分が情けなくて…笑える。 「北斗、そろそろ着くよ?」 星ちゃんの声に、俺は彼の体から降りて、自分で歩いた。 途端に、頭がガンガンと痛み始めて… 足がふらついて、転ぶようにしてぶっ倒れた。 「北斗をあっためて…」 「雨の中、ずぶ濡れで来たんだ…」 「お風呂に入れる?」 みんなの焦った声が聞こえて、俺はソファの上で体を起こした。 「北斗、ちょっと待って…」 体を起こすと、ガンガンと頭が痛くなる… 頭を抑えて、星ちゃんを探す。 「星ちゃん…」 「北斗、着替えたから…少し横になって、温まろう…」 そう言って俺を抱きかかえると、寝室に運ぶ。 状況が分からなくて、混乱する。 「何で…?何でこんな事するの…?」 俺は、ぼんやりしてのぼせる頭を星ちゃんに付けて、思ったように出ない声を出して尋ねる。 「熱出てる…しかも凄い高いんだ…」 呪いだ… その瞬間、そう思った。 あのチェロの呪いだと思ったんだ… 「ロココの呪いだ…」 俺がそう呟くと、俺をベッドに降ろしながら星ちゃんが笑った。 「雨の中ずっと外にいたから、体が冷えたんだ…呪いじゃない。」 暖かい室内に俺はバイオリンを心配して、起き上がった。 「待って、ここにあったバイオリンは…どこに置いたの?」 「大丈夫、ケースに入れてリビングに置いてあるから…」 「盗まない?」 「…俺が見てるから。」 そう…と呟いて、俺は体をベッドに落とした。 そのまま潤む目で星ちゃんを見る。 「星ちゃん…星ちゃんも体が冷えてるよ…お風呂に入って…?」 そう言って彼の腕を撫でる。 ずっと俺をおんぶしたから…きっと、とても疲れてる。 「俺は…大丈夫だから…お風呂に入って…」 そう言うと、意識が薄くなってきて、俺は眠りに落ちた。

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