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8月11日(火)

8月11日(火) 「北斗、帰ろうか」 星ちゃんの手に連れられて、病院を後にする。 俺は疲労と雨のせいで熱が出たそうだ。 曖昧だろ?医者がそう言ったんだ。 なかなか熱が下がらなかったのは、呪いのせいだな… 「星ちゃん、俺、お金持ちだからタクシーで帰ろう?」 そう言って、バス停に向かう星ちゃんを引き留める。 タクシーに乗って、別荘まで戻る。 「まもちゃんさんには、今日退院するって言ったよ。」 そうなんだ… 彼はきっと興味ないと思うよ… 俺の事なんて。 「ねぇ、何でお金持ちか知りたくなぁい?俺ね、稼ぐ方法を理久から教えてもらったの。あのね、おととい、おばあさんの所に演奏に行ったんだ。そうしたら、お礼にお金をもらったの。」 俺は星ちゃんにパトロン論を話して伝える。 「でもさ…罪悪感しか無くて、そしたら理久が言うんだ。自分の演奏に価値がないなんて思うなっ!って…俺の記憶だと、そんな事言う奴じゃなかったのに…何かあったのかなぁ~?」 俺がそう言うと、星ちゃんは俺の顔をじっと見て言った。 「すごく、安心していたよ。」 そう… 俺は星ちゃんを見て、笑うと言った。 「このお金の話は星ちゃんだけに教えるね。だってお金が絡むと人は変わるから!」 いつも両親が言っていた。 目の当たりにしたことは無いが…そういう経験を経たうえでの助言だったんだろうか。 別荘の前にタクシーを停めて、お金を払って降りる。 「結構遠くの病院だったんだね、星ちゃん何回も来てくれてありがとう。」 俺は彼にお礼を言って、手を繋ぎながら帰還した。 「北斗~!熱出し~!」 春ちゃんが俺をギュッと抱きしめてオイオイ泣くから、俺は笑って言った。 「点滴に怪しい栄養の入ったものを注入された、だからこれから俺はもう熱は出さない体になったんだ…これは秘密だよ?話すと、消されるからね…?」 そう言うと、春ちゃんは俺を冷めた目で見て来た。 そうだ。それくらいがいい。 歩に甘えてゴロゴロと喉を鳴らす。 渉と博は喧嘩でもしたのか、少し雰囲気がぎこちなかった。 痴話げんかは犬も食わないんだっけ? 俺はバイオリンの元に飛んで行って、ケースから出した。 美しいあめ色の体は、傷もついていない… 「ごめんね…寂しかったでしょ?愛してるよ…」 そう言って、バイオリンを持って外に出ようとすると、歩に手を掴まれて止められる。 「北斗、今日は大人しくしてて!」 マジか… 沢山心配をかけてしまったので、大人しく言う事を聞く。 妥協案として、俺はベランダで演奏することにした。 星ちゃんが椅子に腰かけて本を読んでいるから、念のため断りを入れる。 「星ちゃん…ここで、演奏しても良い?」 俺がそう聞くと、彼は笑って言った。 「良いよ。」 俺は早速、姿勢を正すとバイオリンを首に挟んで、弓を美しく構えた。 そして、華麗に返り咲いた自分の為に弾く。 ツィゴイネルワイゼン…! 弦を弾きならして、ピチカートして…技巧を沢山使って弾くこの曲は… ある意味気合が入る… オペラ歌手の様に細く高音を伸ばして弾いたかと思うと、指で弦を弾いてリズミカルに弾く。 良く飛ぶ音を高速で弾きあげる最後は、息つく間もない位にテンポが速い。 そんな、堪らなく演奏の変化に富んだ曲。 それを弾いて、自分のポテンシャルを確かめる。 どこまで弾きこなせるか、測る… 一種の定規の様な物… 最後まで弾ききって、まだまだ自分が上手に弾けると実感すると安心する。 特にバイオリンから離れると、不安になるから…こういう物で安心させる。 これはもう…強迫観念だな… 曲を弾き終えて、美しく弓を弦から離すと、俺は湖の向こう側にお辞儀をした。 「ブラボー!」 ベランダの下から声がして、俺は手すりに掴まって顔を覗かせた。 なんと、直生と伊織がこちらを見上げて笑っているではないか。 ひっ! 「星ちゃん…変態ロココが遊びに来た…」 俺はそう言って、星ちゃんに知らせる。 星ちゃんは本を置くと、一緒に下を見下ろした。 「北斗、降りて来い。」 「嫌だ~!お前たちが呪いをかけるから、俺はさっきまで入院していたんだ!悪霊退散だ!塩をかけるぞ!」 俺がそう言って舌を出すと、直生が笑って言った。 「お前は面白いやつだ。」 「北斗、…何か弾いてくれ。」 伊織の声が聞こえる。 チラッと下を覗いてみると、階段の下に置いてあるテーブルに2人で腰かけて、俺の演奏を待って上を見上げている。 その様が妙におかしくて笑えた。 間抜けな、変態ロココめ… 俺はしばらく考えて、バイオリンを首に挟むと弓を構えた。 そして、ロシアのカチューシャをマーチにしてバイオリンで弾いた。 イントロを聴いただけで、階段の下で2人が笑っている声が聞こえる。 その声がとても楽しそうで、どんな顔をしているのか気になって、階段を降りていく。 階段の真ん中あたりで止まると、笑ってこっちを見る直生と目が合う。 彼がおいでと手招きするので、最後の一段まで降りていく。 ギリギリの境界線まで行くと、2人の顔がよく見えた。 変態ロココの笑顔は意外に可愛くて、こちらまで笑ってしまった。 一緒にロシア語で歌い始める直生に、この前会った時の雰囲気とのギャップを感じて、笑いのツボが発動する。 なんだ、こいつ。 振り幅半端ない… おかしすぎて、笑いすぎて、弓が止まりそうになる。 陽気になった二人に、警戒心が薄れていく。 いや、警戒心は元から存在する。 でも、この危険な二人に興味があるんだ。 あんなチェロ…どうして大事に持ってるの…? そして、どうして俺に弾かせたの? 気になるだろ? 「北斗、もっと弾いて」 そう伊織に言われて、俺はとうとう地面に降りて弾き始めた。 バイオリンを首に挟んで、弓を美しく構える。 そして、右足でタンタンとリズムを刻んでみせた。 俺は…フィンランド民謡のポルカを軽やかに弾いた。 それを踊りながら弾くと、伊織と直生がパーカッションの様に手や机を叩く。 それが楽しくて、一緒に笑って、踊って、弾きならす。 何だこのスッと落ちるような雰囲気の共有は…! こんな事…今まで一度もない。 それはまるで、“あ”と言えば“うん”と返す様な…自然で、当然の様に、息の合ったもの。 誰かと演奏してこんなにも楽しく感じることなどない…! 彼らの軽快なパーカッションは俺の心をがっちりと掴んだ。 違うポルカをメドレーで繋げて演奏して、楽しく三人で盛り上がる。 俺の歩く先を見通している… まるでそう感じてしまうようなパーカッションのリズム。 やばい… この人たちは俺よりも、たくさん知ってる… そして、俺よりも、卓越していて、俺よりも、演奏が何たるかを知っている。 凄い人たちだ…! 彼らの手拍子で盛り上がって、ポルカの曲を歌う二人を笑って見つめる。 知ってるんだ…この曲を、知ってる。 「あははは!最高じゃないか!」 俺は最高潮まで盛り上がって、一緒になってポルカを歌って踊る。 それはまるで昔からの友達のように、息の合った演奏と、歌声と、手拍子だ。 大好きなポルカが自分好みに鮮やかに彩られて、軽快なリズムに体が跳ねる。 最高だ! 俺は思う存分沢山踊って、息を切らしながら、ポルカを弾き終えた。 しかし、やはり… 「もう一音…アコーディオンが欲しい所だ…」 俺はそう言って二人に項垂れてみせる。 「北斗…」 後ろで星ちゃんの呆れる声が聞こえて、我に返る。 「全く、遊んでやったんだ…病み上がりだけど、元気が有り余ってて…きっと点滴のせいだよ?あれに変な成分が入っていたんだ…多分。」 言い訳を星ちゃんにしながら階段を上がると、直生が後ろから言った。 「北斗!ブラボー!」 だから俺は、後ろを振り返って、丁寧にお辞儀をした。 「北斗!理久に言われただろ?」 そうだ、言われた… でも、ポルカのテンポをすぐにパーカッションで再現出来て、一緒に歌ってくれたのが楽しかったんだ。あんなの普通の人だと即興で出来ないだろうから… まるで伴奏用に頭の中で演奏している楽器が、音楽が、雰囲気が、同じ曲を共有しているみたいな、ストンと落ちる一体感を感じた。 それが、最高に、気持ち良かったんだ… ベランダに戻ると、星ちゃんが部屋の中に入れと言わんばかりに、スライド式の窓を開けて俺に首を振る。 「…ちょっと遊んだだけだよ…」 「自暴自棄になってるの?」 星ちゃんの言葉に、一瞬固まって彼を見る。 彼は俺を真剣な目で見て、何も言わないで目で話す。 何が…言いたいんだよ…! 「…そんなんじゃない。しつこいな…」 俺はそう言って不快感をあらわにして、星ちゃんの前を通ると、部屋の中に入った。 そしてリビングに行って喧嘩中の博と渉の間に座って、2人のやり取りを眺めた。 「だから、ちょっと思っただけじゃん…何でそんなに怒るの?」 「それは、お前があちこちに目移りするからだろ?」 お、何だ…浮気か? 俺はヘッドホンを付けると消音のまま、ソファに横になって、2人の会話を盗み聞きした。 「違う…ただ、すごくセクシーだと思って…」 おいおい…! 一体、博は誰をセクシーだと思ったんだい? 俺は勘づかれない様に、音楽を聴いているふりをしながら会話を聞いた。 「大人で、髪の毛が長いからって、どこがセクシーなんだよ?」 ほほ!お前は直生がセクシーだと思ったのか…なるほどね。 ああいう、ちょっと強く来るタイプが良いんだ。 命令口調っていうの?そういうタイプね。へぇ~。 俺はね、そういうのは嫌だ、甘いのが良い。 甘えて甘えて、チュッチュッチュ~が良いの。 そう、まもちゃんみたいな人が… 彼が…大好きなんだ。 「大体、あの二人の目当てはこいつだ!」 音楽を聴くふりをしている俺を指さして、渉が言う。 俺はチラッと二人に視線を向けて、ヘッドホンを外して聞く。 「何?」 「なんでもない!」 怒鳴られてヘッドホンを耳に戻して、またゴロゴロする。 「北斗を犯りたいですって目が言ってたろ?おまえなんて目の端にも入らないよ!」 酷い!! 俺は渉に怒った顔をして睨みつけると言ってやった。 「あのさぁ、そんな風に言う事ないじゃん。博の事が大好きで、他所を見られて悲しかったんでしょ?じゃあ、そう言えば良いのにさ、何でそんな…酷い言い方して傷つけるんだよ!だから、お前はいつまでたっても“ただの渉”なんだよっ!!」 俺はそう言って渉の肩をグーで殴った。 だって、好きな人と結ばれてるのに、それを無下にするから…悔しかった。 それはとても贅沢な事だ。 「北斗、聞いてたの?」 「声が大きくて、嫌でも聞こえてきたの!」 俺はプンプンしながらベランダの星ちゃんの所に戻った。 「星ちゃん!」 そう言って、本を読んでる彼の上に跨る。 そして抱きついて甘える。 「渉が酷いんだ…博に酷い事言った…だから、俺が怒った。」 そう言って、彼の体に抱きついて、スンスン鼻を鳴らす。 さっきはムスくれて星ちゃんを睨んだくせに…おれは本当に現金だ… そんな俺の頭を撫でて、優しく抱きしめてくれる。 星ちゃん…こんなに優しくしてくれるのに… どうして君は俺を愛してくれないんだろう… 「星ちゃん…俺としてくれる?」 彼の頬に自分の頬を擦り付けて聞いてみる。 「友情だよ…北斗。」 「友情で俺は抱けないの?」 食い下がって聞く俺に、星ちゃんは困った様子で言う。 「じゃあ…抜いてあげるよ。」 「…嫌だ。挿れてよ…元はと言えば、星ちゃんが…」 「ん?」 俺はその後の言葉を言い淀んだ…だって それは、俺がまもちゃんを好きだって事を、言う様な物だから… 仕方ないので、星ちゃんに抜いてもらう。 彼の前に座って、ズボンの中に手を入れてもらう… 「星ちゃん…ん、はぁはぁ…あっ…ん…はぁはぁ…きもちい」 体が仰け反って、足が震える。 星ちゃんの手が俺のモノを丁寧に扱いて、大きくする。 俺はなるべく彼を感じたくて、仰け反らせた体を彼の体に付けて、頭を擦り付ける。 「星ちゃん…気持ちい…はぁはぁ…もっとして…」 そう言って腰を緩く動かして、快感をもっと味わう様に理性を飛ばす。 「あっああ…ん、イッちゃう…星ちゃん…イッちゃう…」 彼の顔を見て…紅潮した頬に頬ずりして、キスする。 舌を絡めてキスをする。 「北斗…」 警告するみたいに名前を呼ばれて、唇を彼から離す。 俺は下半身を出したまま、星ちゃんに向かい合わせに座ると、自分のTシャツをまくって乳首を見せる。 「星ちゃん…友情だと…どこまでする?」 自分の乳首を触りながら、喘ぐ俺を見る星ちゃんは、どう見たって…興奮してるじゃないか…なんで抱かないの? その鉄壁の自制心を崩壊させてやろうか… 俺は星ちゃんに乳首を向けておねだりする。 「星ちゃん…舐めて…ねぇ、舐めてよぉ…」 俺の腰に手が回る。 俺は彼の腹に腰を擦り付けて、いやらしく動かして喘ぐ。 そのまま仰け反って空を見上げる。 青い空…白い雲…こんなに良いお天気なのに…俺は嫌がる親友に跨って、無理やり発情して、腰を振っている。 まもちゃん…抱いてよ…あなたに愛されたくて…おかしくなりそうだ… 星ちゃんに抱いてもらえなくて…まもちゃんとしたのに… 今では、まもちゃんに会えない寂しさを、星ちゃんで紛らわそうとしてる… 涙があふれてくる…こんな事…したって、彼は戻らないのに。 両手で顔を抑えて、星ちゃんの上でシトシト泣く。 「北斗…聞いて…何で、俺がお前としないのか…ちゃんと聞いて…」 星ちゃんはそう言うと、俺の両手を掴んで、顔を見た。 歪んで、酷い顔になった俺に、優しく笑うと軽くキスしてくれた。 「北斗…もし体の関係になったら…恋人になったら、いつか別れる時が来るよ…でも、友達のままなら…おじいさんになっても一緒に遊べるかもしれない。俺だって、お前が大好きだよ…でも、別れる時が来るのを思うと、怖くてできない。」 俺は真摯に話してくれた星ちゃんの目を見つめる。 もう、どうにかなってしまいそうで…自分が抑えられなくて… 助けてほしくて、縋る気持ちで…彼に全てを…話した。 「星ちゃんに嫌がられて、泣いた。その後、まもちゃんに触られた…そしたら気持ち良くなって…そのまま最後までしてしまった…。最初はエッチをするだけだったのに…だんだん、まもちゃんが好きになっていって…おかしくなった。最近、まもちゃんはさっちゃんの婚約者だと知った。今は諦める様に…努力している…」 包み隠さず、星ちゃんに教えた… 誰にも言わなかった事を、親友に吐露した。 「そうか…そうだったんだ…」 星ちゃんはそう言うと、俺の顔を撫でて言った。 「辛かったね…ごめんね…北斗」 そう言って涙を流す星ちゃんに抱きついて、一緒に泣く。 辛かったのかな…もう、よく分からない… ただ、感情に振り回されて、激情に身を焦がした。 激しすぎて、身を滅ぼしそうな激情が、俺の中にあることが分かった… 俺はズボンを直して、星ちゃんの上に抱きついて、焦点をぼかしてぼんやりとした。 「俺はおじいさんになるまで、生きていない気がするよ…」 俺がそう言うと、星ちゃんは笑って言った。 「そういう人ほど長生きするんだよ…」 そうなのかな… 俺は体を起こして、星ちゃんの顔を見る。 日に焼けた肌が少し剥けてきているの? まだらになった部分を指でなぞる。 「いつか…抱いてくれるのかな?」 そう言って星ちゃんの目を見つめる。 彼は俺の目をじっと見つめて微笑んで言う。 「いつか…落ちそうな気がするよ。」 俺もそう思うよ…でも、今は違うんだね。 俺も、今は…星ちゃんよりも、彼の方が好きなんだ… そのまま抱きついて、抱きしめられて友情を深める。 いつか、この日の事が笑い話に出来る日が来るんだろうか… こんなにつらい気持ちも、こんなに消えてしまいたい気持ちも… 時間が経てば、良い思い出なんて… 呼べる日が来るんだろうか… 「北斗…」 後ろから呼ばれて、振り返る。 そこには渉と博が立っていて、俺に頭を下げて来た。 「悪かったよ…お前の言う通りだ…だから、ありがとうな…」 そう言って渉は俺に詫びた。 博は俺の事を見て、テヘペロしていた…。 俺は二人に笑うと、言った。 「いいよ。仲良くしてね。」 そうだ…仲がいい方が良い… 喧嘩するよりも、仲良くしてくれた方が、嬉しい。 お熱い二人を見送って、俺はベランダに立って湖を見る。 綺麗だな…本当に… 星ちゃんの元から離れて、階段を降りていく。 さっき変態ロココが座っていたテーブルを手でなぞって、湖まで歩く。 日の光を浴びてキラキラ光る湖面を見る。 昨日はあんなに大荒れしていたのに…今日は、まるで何事も無かったみたいに、澄ましている…。 俺みたいなやつだ… 近くに寄って、波打ち際にしゃがみ込む。 手のひらをそっと水につけてみる。 冷たくて…まろやかな水。 ネッシーの油がしみ込んだ水… 近くの岩に上って、ズボンの裾をまくり上げる。 岩の淵に座って、足を入れてみる。 「…ん、冷たい」 水の中の幾重にも歪んで見える足を揺らしてみる。 このまま、消えてしまいたい… 対岸にあるであろうまもちゃんの店の方に視線を向けて、ジッと眺めて過ごす。 ヘッドホンを付けて、音楽を流して、じっと彼の方角を眺める。 隣に誰かが座って、俺と同じように足を水に入れて来た。 手を伸ばして、長い髪の毛を分けて、顔を覗き込む。 目が合って、俺が笑うと、その目も笑った。 そのまま、体を戻して、湖の向こうの遠くの彼を想う。 まもちゃん…今、何してるの? 俺は、危ない人が隣に座っていて、その状況を少し、楽しんでいるよ… おかしいよね… どんどん堕ちていくみたいでさ… でも、不思議と音楽の感度は強くなっていくんだ… 諸刃の剣みたいだね… 水面を揺らす足に、大きな足が絡んで来る。 俺はそれをそのままにして、彼のいる方角を眺め続ける。 ヘッドホンから聞こえるフルートの音に耳を澄ませて、その美しさにトロけそうになる。 そっと俺の肩に手が伸びてきて、体を抱きかかえられる。 俺はそれもそのままにして、彼のいる方角をぼんやりと眺め続ける。 寄り添って触れた体が熱くなっていく。 抱き寄せられた手に、誰かを重ねて胸が苦しくなる。 自暴自棄になっているの… 星ちゃんの言葉が頭をこだまする。 そうなのかな… 確認する様に隣に体を寄せる人を見上げる。 風になびく長い髪から甘い良い匂いがして、うっとりする。 俺が見上げると、彼は俺を見下ろした。 見つめ合って、彼の目の奥を覗く… 俺の顔に顔を近づけて、そっとキスをする。 そのまま舌が入ってきて、俺の唇を食むようにしてキスする。 窒息しそうなくらい荒くて熱いキスに、すぐに頭が痺れてくる。 彼の手が俺の股間に伸びてきて、俺のズボンの中に手を入れるとそっと手の甲で撫でてくる。 まもちゃん…怖いよ そのまま緩く扱かれて腰が震えてくる。 キスする舌は力強く、俺の舌を絡めて吸う。 勃起した俺のモノをねっとりといやらしい手つきで扱いて、まるでそれが楽しいみたいに、口端を上げて彼はキスをする。 気持ち良くて、抵抗なんてしない… 彼の体にもたれて、仰け反る体を預ける。 されるがままに絶頂を迎えて、息が荒くなる。 彼は俺のヘッドホンを首元にずらしていく。 「北斗…気持ちいいの?」 耳元で囁かれて、耳の奥が感じて、腰が震える。 「ん…はぁはぁ…あっああ…!」 彼の胸に頭を付けて、イッてしまった… 手に付いた俺の精液を湖で洗うと、俺を押し倒すようにして体に覆いかぶさってくる。 「直生さん…止めてください。北斗は昨日、高熱で入院したんです。」 星ちゃんの声が頭の上からしても、直生は俺の目を見続ける。 こんなに美しい顔なのに…感情を読めない目に、心が奪われる。 そっと彼の頬を触って、撫でる様にして、指を口に入れる。 彼は俺の指をしゃぶると、口端を上げて笑った。 「似合わない…下品な笑顔だな…」 俺がそう言うと、吹き出して笑う。 そして、やっと俺の上から退いた… 「北斗は、本当に面白い…」 そう言って立ち上がると、俺の方を見下ろして言った。 「後でおいで…」 行くと思うの…? 星ちゃんににっこり微笑んで肩をポンと叩くと、直生は帰って行った。 俺はヘッドホンを耳に戻して、また湖の向こうを眺める。 彼の残り香が体について、鼻を突く。 「北斗、部屋に戻ろう…?」 星ちゃんが、しゃがんで俺に聞いて来る。 「良いんだ…もう少し、ここに居たいんだ…」 彼との物理的な距離が縮まる気がして…湖のぎりぎりで、彼を想って眺め続ける。 まもちゃん…知らない奴に抜かれたけど、気持ち良かったよ… 俺はどうやら誰でも良いみたいだ… こうやって他の男に抱かれたら、あなたの事を忘れて行けるのかな… ねぇ…まもちゃん… 教えてよ… このまま…泡になって…消え去りたいよ… 「もう少ししたら部屋に入ろうね。病み上がりな事、忘れちゃダメだよ?」 俺はそう言う星ちゃんに頷いて答えると、湖の湖面を足で蹴った。 耳の奥で鳴り響くスカの音楽みたいに、グチャグチャになりながら形を保つ。 ドロドロに溶けながら、自分を見失う。 スカもジャズも最後は主題のメロディに戻るんだ… きっと、俺だって… 「今日の夜ご飯は、博の作ったあんかけ焼きそばだよ~!」 渉の掛け声に俺は耳を疑った。 何だと!俺の大好物だ! すっかり仲直りした渉と博が、みんなの為にあんかけ焼きそばを作ってくれた。 「ふっふ~!」 俺は嬉しくて箸を持って、お皿が来るのを待った。 「星ちゃんが残したら、俺が食べてあげるね?」 そうやって星ちゃんにけん制しておく。 言い訳じゃないけど、子供の頃からろくな物を食べて来なかったせいか、食い意地が卑しい位に、張っているんだ。 「わ~い!美味しそう!美味しそう!」 俺は目の前に出された、あんかけ焼きそばを見て、昇天しそうになる。 頂きますして、一口食べる。 「あぁ…これ、博の家のお店の味だ…」 ニヤけてトロける両頬を、止めることが出来ない! 通い詰めた俺が言うんだから間違いない…! あ~あ…まもちゃんのハンバーグ…食べておけばよかった… 急に、不意に、そんな思いが込み上げて、驚いて箸が止まる。 「北斗、喉に詰まったの?」 俺の顔を覗いて、星ちゃんが聞いて来る。 不思議だな…変なタイミングだ。 俺は星ちゃんの顔を見て、首を傾げて言った。 「変なタイミングで、全然違う事を考え出して、びっくりしていた。」 俺がそう言うと、みんな笑って、俺も笑った。 なんでこんな事、今思うんだろうな…。 とうとう、頭がおかしくなって来ちゃったのかな… 今日、湖で直生に抜かれた時だってそうだ… もう、どうでも良くなってしまって…風に揺られる木の枝みたいに…受け入れた。 そう、もう、どうでも良くなったんだ。 ただ、まもちゃんの傍に居たくて…彼の事しか考えていなくて… もう会いに行ってしまおうかな 俺が、傷つかなければ良いんだ。 たった、それだけの事なんだ… ただ、それが出来る程、自分が大人じゃないってだけなんだ… 「博のあんかけ焼きそば、すっごくおいしいね!」 俺はそう言って、パクパク食べた。 もちろん、星ちゃんが残した分も、俺は綺麗に食べてあげる。 もったいないからね。 そして、じゃんけんに負けてお皿を洗って、戸棚にしまった。 「薬飲んでね。」 星ちゃんに用意された薬を飲む。 喉がまだ少し痛い。 「ゲホゲホって咳は出ない…でも、チクッとする。」 俺は症状を星ちゃんに説明する。 彼は頷いて、あったかいお茶を入れてくれた。 「アイスの食べ過ぎだよ。」 星ちゃんはそう言うとリビングに行ってしまった。 俺はそれを、うそだ。と思った… 星ちゃんに言われて、今日はシャワーだけって言われた。 まもちゃん…病院へ連れて行ってくれたの? 俺を抱いて…ひどく心配してくれたの? 頭から浴びるシャワーに、彼との思い出がよみがえって、笑いながら泣く。 どうしてこんなに苦しいんだろう…もう、嫌だな… 水を怖がる俺の顔を慌てて拭いてくれたね… 「はぁはぁ…まもちゃん…!」 苦しいよ…胸が痛いよ…どうしたら良いの…? 会いたいよ… まもちゃん… 大好きなんだよ… シャワーから上がって、いつもの様に星ちゃんの眠るベッドに入る。 「星ちゃん?…まもちゃん…安心してた?」 俺がそう聞くと、星ちゃんは俺を見て笑って答えた。 「良かったって…ホッとした様に言っていたよ。」 あぁ…そうなんだ… その言葉に心がじんわりして、少しだけ満たされる… 星ちゃんに少しだけ重なって眠る。 薬のせいか、すぐに微睡みだして、星ちゃんの呼吸を聴きそびれる。 「せいちゃん…おやすみ…」 俺はそう言って、すぐに眠ってしまった。

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