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8月13日(木) 花火大会_02

お昼ご飯は仕出し弁当だ。 俺は直生と伊織の傍の丘に、星ちゃん達を連れて行って皆で食べた。 とっても見晴らしがよかったんだ。 「ピクニックみたいだね~!」 俺がそう言うと、博が言った。 「このお弁当、高い所のやつだ!」 そら、金持ちだからな。こういう所で見栄を張るのさ。 「星ちゃん、たけのこ~、要らな~い。」 俺は苦手なたけのこを星ちゃんにあげる。 でも、星ちゃんは心ここにあらず…だ。 彼の笑いのツボは直生と伊織のようで、さっきから俺の考案したヘアスタイルのままでいる彼らを見ては、吹き出して笑っている。これって、星ちゃんがよく言う“失礼だろ”に当たるんじゃないの? あまりに笑うので、可愛そうになって…俺は二人の髪の毛を元に戻してあげた。 お座敷の方から、元ちゃんが俺に手を振っている。 俺も元ちゃんに手を振り返す。 「ほくと~!」 大きな声で呼んでくるから、俺も大きな声で元ちゃんを呼んだ。 「精神年齢が同じなんだな…」 春ちゃんがしみじみとそう言って、みんなが頷く。 良いんだ。 だって、可愛いじゃないか…無垢で。素直で。純真で。 汚い大人も昔はああだったんだ… まもちゃんも… 俺は汚くなりかけの…思春期だ… 綺麗なままで大人になる事は、不可能なのかな… 直生と伊織は午後も演奏会をするようだ… 俺達が丘の上でゴロゴロしていると、レジャーシートを畳んで、下に降りていく。 「北斗、後でな…」 そう言われて、手を振る。 演奏を一曲頼まれていた筈だった…それはさっちゃんの伴奏のみに変わった。 直生と伊織は、午前と午後の短めの演奏会と、さっちゃんの演奏の後の締めの演奏を頼まれていた。 演奏の機会を無くした俺は、その締めの演奏の枠を頂いた。 そこで、彼女の鼻をへし折る算段だ… 「あの女、何の曲弾くのかな…」 まもちゃんの奥さんのバイオリンで…何を汚く弾くつもりなのかな… 頼まれた演奏の時間は午後5:00 その頃に、この前、お茶会に居た長老がここに来るらしい。 さっちゃんの…孫娘の演奏を聴いて、花火を見て、帰るんだとさ。 つまり、ここに集まってる俺たちは、あの女の演奏を聴くために居るって事。 強制的に聴かされて、褒めなければいけないんだ。 拷問だな。 「んふ~!眠い!」 お腹がいっぱいになって俺は眠たくなった。 隣に座って本を読む星ちゃんにごろにゃんして甘える。 「星ちゃん?星ちゃん?膝枕してよ~!」 星ちゃんの膝を倒そうと、ぐいぐいすると星ちゃんが怒って言った。 「北斗?俺はね、まだ少し燻ってるんだ!だから、今はまだ膝枕してやんない!」 なんだよ~!謝ったよ? 「俺ちゃんと謝ったもん~、星ちゃん~、お膝してよ~」 俺は食い下がっておねだりする。 頑として聞いてくれない星ちゃんに、体をもたれさせてウソ泣きする。 だんだんと本当に眠たくなってきて、星ちゃんの背中から体が落ちていく。 「北斗?お座敷で少し寝て来たら…?起こしてあげるよ?」 歩さん!良い事言いますね! 「うわ~い!畳~!ひゃっほ~!」 俺はそう叫びながら丘を走って降りた! 頑固者の星ちゃんより、涼しいお座敷で昼寝だ~い! 「ほくと~あそぼ~」 丁度のタイミングで、元ちゃんが俺の所に遊びに来た。 俺は靴を脱ぐと縁側から座敷に上がって、座布団を何枚か一列に敷いた。 そこに寝転がって、元ちゃんを呼ぶ。 「元ちゃん、一緒にお昼寝しよう?」 「ん~、あそぼ~?」 「ここにおいで、ここで遊ぼう?」 元ちゃんは渋々俺の隣に寝転がった。 両手を上に上げて、元ちゃんに見せる。 「グーチョキパーでグーチョキパーで何作ろう?何作ろう?」 「クスクス、知ってる~!」 俺が歌いだすと、元ちゃんが上を見ながら、喜んで真似する。 「右手がグーで、左手はパーで、お茶どうぞ~、お茶どうぞ~」 「んふふ!」 そうやって、手遊びをしていると、あっという間に元ちゃんは寝た。 子供って凄いな…こんなに秒で寝れるなんて…羨ましい。 俺はあったかい元ちゃんにくっついて、体を丸めるようにして目を瞑った。 静かな室内と、外から聞こえる風の音が心地よくて…俺も秒で眠りについた。 背中に触れた、温かい人肌の熱を感じて、気持ちよくなる。 目を瞑ったまま、誰が来たのか考える… 大抵は星ちゃんだ…彼が俺の隣でつまらない本を読んでいるんだ… そっと俺の髪が揺れて、おでこに手のひらを感じる。 手を伸ばして、一瞬触れたその手に、火傷の痕を感じて、心が跳ねる。 まもちゃん… 俺はそのまま寝たふりを決め込む。 静かな室内… 心臓の鼓動だけが内側から鼓膜を揺らす。 俺の頬を撫でて、指の腹でそっと唇に触れられる。 「北斗…」 そう呟く彼の声が…泣いている様に悲しく聞こえる。 俺はそのまま寝たふりを続ける。 俺の髪をすくう様に何度も撫でて、肩を撫でる手があったかい… そのまま腕を撫でられて、手のひらまで彼の手が滑ってくる。 そっと手のひらを握られて、指を俺の指の間に入れて、強く握る。 俺に覆いかぶさる様にして、まもちゃんが俺のすぐ傍にいる… 触れて感じる体の温かさと、彼の息遣いが聞こえてくるから、見なくても分かった。 彼の息を耳のすぐ傍で感じて、目を開けてしまいそうになる。 でも、俺が起きたら…彼が行ってしまう気がして… そのまま寝たふりを決め込んだ。 「北斗~?あっ!叔父さん…」 歩の声がして、まもちゃんの手が俺の手からゆっくり離れる。 でも、こんなに傍に居たら、どうやって取り繕うの? 「北斗は…よく、寝ているみたいだよ…」 「叔父さん…北斗に何してんの…?」 怒った様な歩の声に、友情を感じて胸が熱くなる。 「…叔父さん、北斗の事が好きなんでしょ?最初から、そうだったんでしょ?初めてお店に行った時から…ずっと、そうなんでしょ?」 そう言った歩の言葉の後、しばらく沈黙か続いて… ため息を吐くようにまもちゃんが小さく、気の抜けた様な声で話し始めた。 「歩…大人は汚いんだ…俺みたいに、汚くて、自分の事しか考えていない、そんな奴ばかりだ…北斗には、そんな大人には…ならないで欲しいな…」 そう言って俺の頬をもう一度撫でると、まもちゃんは俺の髪にキスして、俺の傍からいなくなった…。 …なんでだよ。 呆然として、考えが追い付かなくて、隣で眠る元ちゃんの呼吸の音を聴く。 整った呼吸音が耳の奥に届いて、自分の呼吸も落ち着く。 てっきり、もう…思われていないのかと思っていた。 そんな…気持ち、そもそも、持っていないんだと思っていた。 彼は俺の事を… でも、状況が変わった訳では無いんだ… だから 俺は、このまま…何も、知らなかった事にする。 子供の俺では、こんな状況を乗り越える術なんて持ち合わせていないし… なによりも、もうこれ以上、傷つきたくなかった。 身を焦がすような、痛みは、もう嫌だった。 「北斗…起きて?」 体を揺すられて、歩に起こされる。 俺はまるで眠っていたかの様に演技して、深い眠りから起きるふりをする… 「ん…、眠い…」 体を起こす俺の正面に座って、歩が言った。 「北斗…起きて、そろそろ準備をするよ?」 伴奏の準備って何ですか…? 「うん…元ちゃん、元ちゃん、お母さんの所に行こう?」 なかなか起きない元ちゃんを抱っこして、お母さんの所まで運ぶ。 寝起きのせいか、ボサボサ頭になった俺を見て、通りすがりの博が笑う。 笑えばいいさ。 準備ってやつをすれば、きっと俺はイケメンに戻るんだから! 「元ちゃんのお母さん。さっきまで一緒に寝っちゃっていたの。まだ起きないから、連れて来た。」 そう言って眠る元ちゃんをお母さんに返す。 「あらま!ごめんね…お兄ちゃんも、凄い…寝癖が、プププ…」 奥さん…それは言いっこ無しですよ。 「ほくと~、ほくと~やだ、やだ~!」 お母さんの腕の中で目が覚めたのか、元ちゃんが俺に両手を伸ばしてしがみ付く。 元ちゃんの元気な泣き声に、室内の注目を浴びる… だめだよ…俺、今寝癖が酷いんだ…見ないで… 「元ちゃん、ほくとは演奏の準備があるんだよ~。だから行くね~?」 「やだ~やだ~!ほくとが良いの~!ほくとと一緒がいいの~!」 そう言って元ちゃんの声量は勢いを増していく… もう、笑うしかない。 ぼさぼさ頭のまま、元ちゃんにしがみ付かれて、お母さんに謝られる俺を、周りの大人が笑って見る。カオスだ。 そのうちの一人にまもちゃんがいて、俺の様子を笑って見てる。 さっきは死んじゃうくらいに弱々しい声だったのに…大人って、凄い嘘つきなんだな。 しばらくそうしていると、元ちゃんは落ち着きを取り戻して、俺を解放してくれた。 「お兄ちゃんの子供かい?若いのに大変だね~。」 知らないおじさんにそう言われて、タジタジになる…。 だって、俺はまだ童貞だからな! 元ちゃんと別れて、歩と一緒に準備とやらをする。 「準備って、何するの~?」 俺が聞くと、歩が言った。 「さっちゃんが、伴奏者に正装させろって…言ったみたいでさ…」 歩はそう言って俺を見ると、申し訳なさそうに言う。 「ほんと、お嬢様でさ…わがままで…自己中なんだ。こんな事に付き合わせちゃって、ごめんね、北斗…」 お前が悪い訳じゃないのに… 「良いよ…気にしてないもん。」 俺はそう言って、歩に抱きつくと仕上がりの予想を伺う。 「どんなふうに変身させてくれるのかな~?」 「メタくそのイケメンにしてやるよ~!」 「フォ~!!」 俺は喜んで奇声を発した。 俺の様子に歩が爆笑する。 伴奏者にもこんな心遣いがあるなんて…なんてさっちゃんはカインドネスなんだ…! 自分の後ろで弾くやつが、ダメージジーンズのぶっかいTシャツなのはお気に召しませんか…フン! 布団が沢山積まれた小さな部屋に連れて来られて、スーツを渡される。 「まず頭をどうにかしないとね…」 そう言って歩は俺を洗面所に連れて行く。 「北斗、そのスーツはなんだ…」 トイレから出て来た直生に声を掛けられて、俺の…伴奏者のステージ衣装だと伝える。 「…もっと良い物を、貸してやろう…」 待っていろ。と言うと、直生は足早に玄関の方に歩いて行った。 「変態だから、コスプレの衣装、いつも持ち歩いてんのかな?」 俺がそう歩に聞くと、歩は俺の頭を手で下げて、上から水を掛けた。 「北斗5秒!」 5秒…我慢…!! 水を5秒我慢して、髪の毛を全て濡らされる。 タオルでごしごし拭かれて、寝ぐせがとれる。 ドライヤーで乾かしながら流れを手で作ってセットする。 「歩、スタイリストさんみたいだね~」 俺がそう言うと、にっこり笑って、俺の頬に少しチークを入れた。 唇にも何かベタベタする物を付ける。 「北斗!持ってきたぞ!」 息を切らせて、満面の笑顔で直生が持ってきた洋服を見る… 「変態だな…本当に中世コスプレの変態なんだ…」 俺はそう言って、その衣装を受け取った。 軽く化粧をした俺の顔を見て、直生が少し惚けて言った。 「北斗…可愛いな…」 はいはい。 直生はそう言うと、俺の体を抱きしめて、腰をにじり寄せてくる…その様子に歩が赤面する。 そらそうだ!こんないやらしい事、中学生にしたら、だめだからな! 「直生さん…演奏の途中です…」 イベント係にそう声を掛けられて、後ろ髪をひかれながら、直生はステージに戻って行く。 「そ、す、すごいね…じゃあ、これをあっちで着てみようか?」 歩に言われて、さっちゃんの用意した服じゃなく、直生の中世コスプレを着た。 テロテロのややベージュがかった柔らかいシャツは、胸元が結構開いている。 紐を締めて胸元を閉じる仕様だけど、歩がこれは開いたままの方が良いというので、俺はセックスアピール強めに、このまま着ることにした。 黒いズボンは前回同様、ウエストがブカブカなズボンなので、ウエスト上部から帯の様な物でギュッと締めて留める。今回、俺はちゃんとパンツの上からそれを履いた。 さらに今回は黒いベストもご用意されていた。 襟が広く開いたベストは背中ががらんと開いた作りで、前を紐で絞めて留める。 歩が紐を引っ張って留めて、完成だ。 「可愛い…高級なゴスロリっぽい!!」 歩がそう言って、携帯で写真を撮り始める。 みんな中世コスプレファンなんだな… 「だったら、もう少し色を乗せたい所だな…」 歩はそう言うと、俺の唇にピンクの口紅を付けた。 そのまま俺を見ると、悩殺した様に倒れて見せた。 「ほんと?目立つ?セクシーなの?」 俺が聞くと、歩が言う。 「北斗、しゃべらないで…そのまま、澄ました顔のままでいて!」 俺はハッとすると、お口チャックのモードになった。 理久のバイオリンを持って、ステージの袖に行く。 首を横に動かしてストレッチする。 「北斗~!」 俺を見た理久が大喜びで駆け寄って来る。 「可愛い!可愛い!北斗…北斗…!!」 そう言って、俺の背中をテロテロの服越しに撫でる。 手付きが意外と力強くて、驚く。 俺は理久の顔を見上げて尋ねた。 「彼女は何を弾くの?」 「愛のあいさつ…」 被ってる。 俺の選んだ曲と被ってる… 息の根、留めてやろう。 理久は俺を正面から抱きしめて、頬を寄せる。 随分と熱い抱擁に、戸惑いながら理久を見上げる。 彼はトロけた顔をして俺を見下ろすと、両手で頬を包み込んでプニプニする… そうしてる顔は前と同じなのに… 「ひどいよ…理久。俺の事…さっちゃんと一緒に意地悪して…嫌いになるよ?」 俺がそう言うと、理久のニヤニヤした顔が一気に真顔になる。 「お前には分からないんだよ…嫉妬がどれだけ恐ろしいか…」 ふぅん… それは俺の知ってる嫉妬よりも壮絶なのかな… ぼんやりする俺に、理久がそっとキスをする。 それは思った以上に繊細で、そして、熱を帯びていた。 ステージに上がるタイミングが来て、俺は理久を体に付けたままステージに出る。 「俺の北斗に触るな!」 好みの格好に着替えた俺に、すっかり興奮した直生が、珍しく声を荒げて、理久に怒鳴って言った。 俺は慌てて離れる理久に目もくれず、凛と澄ました顔を決め込む。 好きだろ?こういうの。 そう思って、直生と伊織を見つめる。 顔を紅潮させて、半笑いの彼らの笑顔は恐怖すら感じる… 目張りの位置に立って、主役の登場を待つ。 すっかり客席は俺の美貌にくぎ付けだ!フフン! どう?俺、可愛いだろ? 目で探してしまう彼を見つける前に、さっちゃんが向こうから現れる。 まもちゃんの奥さんのバイオリンを持って、意気揚々と自信に満ちた顔で… 水色の派手なドレスが安っぽく見えるね。 俺の方が…断然イケてる。 彼女は俺を見ると、悔しそうな顔をしてから、ほくそ笑んだ。 お前は元から負けてんだよ。 何から何まで、俺に負けてんだよ。 バイオリンを首に挟んで、弓を美しく構えて視線をさっちゃんに向ける。 主役のさっちゃんよりも、俺の方にお客の視線が集まる。 悪いね。 おれには変態のプロが付いてんだ… 彼女が弓を構える。 理久のピアノの伴奏が始まる。 俺は彼女の演奏を邪魔しない様、繊細に伴奏を弾く。 下手くそでも良い。 ピアノに合わせるから… 音が切れる。押し付けて弾くような音…。苛つく。 でも、俺は澄ました顔でやり過ごす。 ピアノの音に集中して…伴奏をこなす。 そつなく…美しく… 屈辱をひた隠して。 拍手喝さいを浴びて、さっちゃんは大満足の様子だ。 花束を持った、まもちゃんまで壇上に登場した。 俺に目もくれないで、彼女に微笑む彼は… さっき、こっそりと俺を触ってきたやつとは思えない。 胸が痛くなって、視線を外してしまいそうだ…そんなの、負けた気がして嫌だ! 「ここで、皆様に報告があります…」 さっちゃんが突然報告をするそうだ… 「私たち…結婚します。」 まもちゃんと腕を組んで、結婚報告をする。 とって付けたような拍手が沸き起こる。 幸せそうに微笑みあう二人… それを俺は後ろから見せつけられる。 あぁ…これがしたかったのかな… そう思って、俺は澄ました顔の仮面で耐えた。 心がドロドロに溶けるのを、ただじっと澄ました顔で耐える… 彼の横顔を見て、俺に触れた彼の指先を思い出して、乱れてしまいそうな感情を殺して…じっと心を石のように固くして、耐える。 客席に座る星ちゃんと目が合う。 彼の真摯な視線に、まるで俺を応援するような…見守ってるよって…言っている様な、そんな暖かい視線に勇気づけられて… 感情をひた隠しにして、すまし顔で耐えた。 茶番が終わって、丁寧にお辞儀をすると袖に退ける。 呼吸を整る。乱れるな。今はまだ、乱れるな。 控えていた直生と伊織が、俺を見て興奮する。 「北斗…めちゃくちゃ似合ってるじゃないか…」 「脱がしたいね。脱がしてみたいね。」 気が散ってちゃダメなんだよ…集中してほしい… 「今度、この格好で相手するから、今は集中してよ。じゃないと、ぶん殴るよ?」 俺はそう言って二人の頬を一回ずつ平手で軽くぶった。 「北斗…良いよ…」 何がだよ。 俺にぶたれて股間を抑えるの、止めてほしい。 どうして…そんなにイケメンなのに…最低だ。 本当に最低だ…。 袖に居たイベント係の人にマイクを貸してもらう。 「さぁ、ピアノを強制連行しようか…」 直生と伊織の紹介アナウンスが始まって、ステージに二つ椅子がセットされる。 拍手と共に二人がステージへ向かう。 俺は少し遅れて直生と伊織の前に行く。 さっちゃん、まもちゃんと腕組み出来て良かったね。 俺はステージの上から彼女に視線をあてて、にっこりと美少年の最高のスマイルで微笑んでやる。 俺の顔を見て、忌々しそうに顔を歪める彼女を笑顔で見つめる。 視線を移して、ステージの下で青ざめる理久の顔を見て、俺はマイクをオンにする。 そして、奥にいらっしゃる、長老に視線を向けて、話し始める。 「この度はお招きくださってありがとうございます。本日、大変おめでたいご報告を受けて、私どもも、喜んでおります。特に、幸恵さんのバイオリンの教師、理久先生は、ぜひ、幸恵さんの前途を祝してお祝いしたいと、お話しくださいました。先生の熱意に押され、本日は、特別にカルテットとして、お祝いの曲をお送りしたいと思います。では、理久先生。ピアノをお願いします。」 そう言って俺はマイクを置くと、一番目立つ場所に澄まして立った。 「北斗…?北斗…?」 挙動不審に理久がステージの下から声を掛けてくるけど、俺は無視してスタンバイした状態で待つ。 「…何、弾くの?」 「愛のあいさつ」 俺はそう小さく言って、バイオリンを首に挟んで、弓を美しく構えた。 俺が弓を構えると、後ろのチェロ二人も申し合わせたように弓を構える。 静かなステージの上、弓を構えてスタンバイする俺達を見て、お客さんの視線が理久に集まる。 そう、こうやって彼をピアノに無理やり座らせる。 注目を浴びた理久が、観念して、ピアノに向かう。 そして、さっきと同じようにピアノの伴奏が始まる。 俺が弾く愛のあいさつ… 最高のチェロ二人と、合わせるのが上手なピアノ… さっきの演奏と違う、奥行と幅を見せてあげよう。 俺の目の前で、まもちゃんとの結婚の発表がしたかったの? それに何の意味があるの? だって、俺は男で、そのうち東京に帰るんだよ? 本当に。馬鹿な女だな。 ホール全体に音が広がって、こだまするのが見える様に、跳ね返ってくる。 チェロの二人を見ながら、丁寧に美しく…繊細に弾く。 好みの格好をしているせいか、慈しむような視線で俺を見つめるの、止めてくれ… それにしても…最高の伴奏だな… 俺の主旋律に合わせるように奏でられる伴奏…チェロの低くて、響く音が体を痺れさせる。上手だ…そして、絶妙なんだ… ピアノの理久も、この曲の完成度に、次第にピアノの質が上がる。 そうだよ…お前は優れた奏者なんだ… 下んない所で、燻るなよ… 「はぁ…素敵だ…」 そう吐息の様に呟く、俺の言葉が聞こえたみたいに…口元を緩める直生と伊織。 演奏が終わって、俺は余韻を残して弓を優雅に弦から離すと、一番のお辞儀をさっちゃんとまもちゃんにした。 …まもちゃん、どんな気持ちなの? そんな顔して…一体どんな気持ちなの… 客席から終わる事の無い拍手を頂く。 星ちゃんが席を立って、俺に拍手を送る。 その顔は心なしか泣いて見えた。 俺は直生と伊織を振り返り、胸の前で小さくガッツポーズをする。 彼らは俺の笑顔に顔を赤くすると、にっこりと笑った。 これで夜ご飯が旨く食べられる!! 「あぁ…北斗、少しだけ…少しだけ…」 布団の置かれた部屋。 着替える為に入ったのに、後ろを付けてきた変態ロココに籠城される。 俺の体を後ろから羽交い絞めにして、ずっとキスし続ける伊織と、俺のズボンの上からずっと股間を撫でて顔を擦り付ける直生… ヤバイ…こんな所、人に見られたら、やばいよ… 「だめっ…だめ…直生、やだ、言ったじゃん…今度するって言ったじゃん…!」 俺は彼の頭を叩いて抗議する。 俺のシャツの開いた胸元から手を差し込んで、伊織が乳首をいやらしくこねてくる。 「あっ…あっ、だめ…まって、だめ…ん、んん…はぁはぁ…」 ダメだ…止まらない… 「北斗…可愛いの…我慢できないの…」 そう言って息を荒くする伊織に、俺は言った。 「一回で…済ませて…」 俺がそう言うと、俺の唇に深くキスして、俺の腰を掴んで自分の腰を緩く動かしてくる。 ダメだ…変態が極まってる…手が付けられないよ… シャツを破かれ、剥き出しになった乳首を指先で撫でられる。 俺の喘ぎ声が漏れない様に、直生がずっとキスをする。 俺の体がビクビク震えて、勃起したモノが、帯を緩められてずり下がるズボンからパンツ越しに見える。 「たまんない…めちゃめちゃ可愛い…」 そう言って直生が俺のモノを扱いて、さらに興奮させる。 伊織は俺の中を十分に広げると、俺の中に自分のモノをグッと押し付けてくる。 こんな所で、やるなんて… 伊織のモノが中に入って、俺の腰が震える。 「んんっ…!んっ、んん…ふぁっ…あん…ん」 ダメだ、めっちゃくちゃ気持ちいい…喘ぎたいよ…喘ぎたい… 俺は後ろの伊織のシャツを掴んで、体を反らして顔を彼の胸に寄せていく。 「北斗、声を出したらダメだ。」 そう言って俺の口を、後ろから伊織が手で塞ぐ。 直生が俺の前にしゃがみ込んで、ビクビク震える俺のモノを口で扱き始める。 「ん~~~っ!!」 腰が震えて、すぐに直生の口の中でイッてしまった。 信じられない… 伊織は気持ち良さそうに息を荒げながら、俺に腰を動かし続ける。 俺のモノはずっと直生の口の中で、イッた後も扱かれ続ける。 こいつら、いつも二人で寄ってたかって… 「北斗…イキそうだ…外に出すからね。」 もちろんだよっ! 俺の腰を両手で掴んで、激しく腰を動かし始めるから、声が漏れる。 「んっ、あっ、あっ…あっああ…」 直生が俺の口を手で塞いで、前に項垂れる体を自分の体に寄り添わせて、俺の乳首を撫でてくる。それがすごく…気持ちいい… 「可愛いよ。北斗。」 変態だ… ド変態なんだ… それなのに、演奏は一流なんだ… 伊織が俺の後ろで低く呻いて、俺の中から自分のモノを出した。 お尻に熱いものがかかる感覚がして、伊織がイッたと気付いた。 「さぁ、北斗…今度は俺だよ。」 そう言って直生は、俺を正面から抱きしめると、俺の口を覆う様にキスする。 そのまま俺の片足を持ち上げて、俺の中に自分のモノを沈めてくる。 「んっんん!!…ん、んん…ん!」 激しく突き上げるように腰を動かされて、中が気持ち良くなっていく。 彼の首にしがみ付いて、彼の髪の毛が自分の腕にサワサワと触れて興奮する。 与えられる快感をただ感じて、腰を動かす。 気持ちいい…ダメだ、おかしくなりそう… 直生が俺の髪の毛を撫でて、おでこを触る。 ただそれだけなのに、彼の目が俺を見て、それが素敵でイッてしまう。 俺がイッた所で彼の腰が止まる訳もなく、そのまま激しく腰を動かし続ける。 俺は俺で、あのチェロに抱かれている気になって、興奮が冷めない。 「北斗…イキそう…」 ひと言そう言って、俺の顔を見下ろす。 喘ぐのを我慢する俺の顔を見ながら、腰をねっとりと動かして表情を歪める。 次の瞬間俺の中からモノを出すと、俺の太ももに射精した。 終わった…終わった… 俺は疲れて、床にへたり込む。 この格好のままだと、また始まりそうで、怠くて疲れた体を奮い起こして、急いで着替える。 ズボンを履いて、Tシャツを着て、ボロボロにされた衣装を直生に返す。 二人が居なくなった後、1人、呼吸を整えて、布団の部屋を出る。 途中、洗面所に寄って、ヨダレまみれにされた顔を洗う。 キスマークが付いていないか確認して、星ちゃん達の所へ戻る。 道すがら、理久に会う。彼は少し怒ったような表情で俺に言った。 「北斗…酷いじゃないか…あんな、だまし討ち、しちゃダメだよ?」 「その言葉、そのまま理久に返すよ。」 俺はそう言って、理久の胸を撫でると、歩みを止めないで通り過ぎる。 「北斗…」 悲しそうな声で俺の名前は良く呼ばれるな… 俺の名前を呼んだ、理久の声を聴いてそう思った。 今の理久は、前の理久と違うって、思うんだ… そして、俺は今の理久の事が、よく分からない。 なぜ、あんなに彼のキスに熱がこもっていたのかも…よく分からない。 「お祝いしてくれてありがとう。あなたの事、誤解していたみたい。」 さっちゃんが俺の目の前に現れて話しかけてきた。 それは満面の醜い笑顔。 カルテットの演奏が終わった後、あんたが悔しがる顔を見たよ。 段違いの曲の完成度に、耳が腐ったあんたでも分かったんだろうね。 ざまあみろ… 「そのまま誤解していてくれて、構わないよ?」 俺はそう言って、顔を歪ませる彼女の脇を通り過ぎる。 そのまま、目の端にしか映らないまもちゃんの隣を通り過ぎる。 長い縁側を通って、星ちゃんの所に、やっと戻る。 「星ちゃん、星ちゃん…」 彼の体に抱きついて、やっと戻ってくる。 自分の場所に… 俺の頑張りを褒めてくれるみたいに、星ちゃんが強く抱きしめてくれる。 あんなものを見せつけられても、俺は美しく耐えることが出来たんだ。 偉いだろ…?星ちゃん… 星ちゃんの体のあったかさに癒される。 「北斗、あの人たち、とても上手だったね…」 星ちゃんが直生と伊織をほめる。 ふふふ、さすが、聴く耳をお持ちなんですね… 「あぁ…凄いんだ…でも、でも、変態なんだ…」 そう言って彼の胸に項垂れる。 さっちゃんを置いて来たの? 何でここに居るの…? 視線の先に見える彼の足を、じっと見つめて、眉間にしわを寄せて目を逸らす。 星ちゃんに抱きしめてもらう。 彼から守ってもらうように、星ちゃんの体に自分を埋める。 「夜ご飯は何が出るの?」 俺が聞くと、星ちゃんが言った。 「夜ご飯は、バーベキューだよ!」 俺は一気に元気になって顔を上げる。 「んふふ!お肉?」 星ちゃんの顔を見て聞くと、彼は頷いて笑った。 「そんなに目を輝かせるなよ…ほんと、卑しいんだよ。」 「ほくと~!!」 元ちゃんの声がして足元を見る。 可愛い俺の隠し子が、帰り支度をしている。 「元ちゃん、お家に帰るの?」 俺が聞くと、元ちゃんはコクリと頷いた。 「ほくと、バイオリン上手だった…!元気も、バイオリン弾く~!」 そう言って、俺の真似をしてエアバイオリンを弾く元ちゃん。 可愛くてメロメロだよ… 「大きくなったら一緒に演奏しようね…」 俺はそう言って、元ちゃんの頭を撫でた。 「ほくと、ばいばい~!」 次、会う時があるんだろうか… 多分二度とないだろう… でも、彼が、今日の出来事をきっかけに、バイオリンに触れるのなら、もしかしたら、将来…本当に一緒に演奏する日が来るのかもしれない… そうなったら、楽しみだ… 「北斗、またな…。」 変態ロココもご帰宅の様子だ。 「バーベキューはしないの?」 俺がそう聞くと、直生が俺の頬を愛おしそうに撫で始める。 もうあのコスプレの服は脱いだんだが… 「…ん、またね~!」 俺はそう言って、彼らの背中を押して強制的に見送った。 モタモタしていると、またお互い…盛り始めそうで怖かったんだ。 「随分、仲が良いんだな…」 そう言ったまもちゃんの声は、聞こえないふりをする。 だって、あなたには、関係ない事だろ… 「あっ!忘れてた!」 俺は伊織に借りたヘッドホンの事を思い出して、2人を急いで追いかけた。 「伊織~!ヘッドホン~!」 俺がそう言って声を掛けると、伊織が振り返って笑顔で両手を広げる。 それを見て、俺は面白くなって、凄いスピードで抱きついてやった。 「あはは、北斗は大虎ちゃんだ。」 伊織はそう言って、俺を軽々と持ち上げると車に乗せようとする。 「いやだ、俺は肉を食べるんだ!」 そう言って拒否する。 そして手元のヘッドホンを彼に渡す。 「帰るんでしょ?これありがとう。」 「北斗にあげる。」 そう言って俺にキスすると、運転席の直生が言った。 「あの女はあんまり美人じゃなかった。北斗は美人だ。そして、可愛くて、演奏が一流だ…」 お前の唐突のヨイショは何なんだろうな… 俺は不器用な彼の賛辞の言葉に、お礼を言って手を振った。 「またね~!」 彼のいる部屋に戻りたくなくて、直生と伊織が居なくなった後も、お屋敷の外で、無音のヘッドホンを付けたまま、ぼんやり過ごした… ジュージューする音が聞こえてきて、玄関に戻って靴を脱いだ。 「ヘッドホン貰った~!」 そう言ってヘッドホンを見せびらかす。 音は最高に良いよ。でも線が邪魔なんだ… このジレンマは彼らに対する物と似ている。 素晴らしい演奏者なのに…尊敬するのに…ド変態なんだ… 「良かったね、高そうなヘッドホン、何個も持ってて!」 春ちゃんがそう言って俺の背中を叩く。 歩が何か言いたそうに、俺をチラチラ見てくる。 でも、俺はそれに気付かない振りをするよ。 だって、知った所で…俺には何も出来ないから。 中庭に用意されるバーベキューの支度。 「お金持ちのバーベキューは、A5ランクの肉しか焼かないって本当?」 俺は星ちゃんの顔を覗き見て、そう尋ねる。 彼は笑って首を傾げる。 「どうだろう…そうなのかな?」 長いテーブルに座ってお肉が焼けるのを、座って待ってる。 焼いたらお皿に乗せて持ってきてくれるんだって… 思ってたのと違う!! もっと熱いバトルが繰り広げられると思っていたんだ… 「お上品なんだよ。」 渉がそう言った。 ここのテーブルには子供たちが座ってる。 俺たち以外にも親と一緒に来た子が何人かいる。 みんな歩みたいに品があってお利口だ。 俺の隣には星ちゃんが居て、俺と顔を見合わせて笑っている。 「北斗君、僕もバイオリンやってるんだけど、君みたいに上手くなるにはどうしたら良いの?」 可愛い顔した男の子が聞いて来る。 「俺は親が演奏家だから…出来て当たり前って感じで…あまり参考にならないけど…毎日欠かさず練習を繰り返すしか…無いかな。」 「馬鹿北斗がまじめな事言ってる!」 博が俺をディスる… 「こいつ、馬鹿だから…あてにしない方が良いよ?」 渉も一緒になってディスる。 ディスりカップルだ!! でも、俺は気にしない。 だって、もうすぐお肉が来るから! 美味しそうなお肉が大きなお皿に乗って目の前に運ばれる… 「あぁ…星ちゃん…俺が頑張ったから、お肉が食べられるんだよ?」 「はいはい、いただきます。」 今まで食べて来たお肉が…嘘みたいに思う程…そのお肉は、柔らかかった… 「星ちゃ~ん!美味しい!」 俺は上機嫌でお肉を沢山食べた! 「北斗、ちょっとこっちにおいで。」 理久がそう言って俺を手招きして呼ぶ。 俺はまだお肉を食べたいから、断った。 「今忙しいから。」 そう言ってまた運ばれてくるお肉を食べる。 「ん~!美味しい!星ちゃ~ん!」 いちいち星ちゃんの名前を絶叫する俺に、お利口な子供たちが笑い始める。 「北斗、いつなら忙しくない?」 理久が食い下がるから、俺は教えてあげた。 「お腹いっぱいになったら。」 俺がそう言うと、理久が俺の席の真後ろに来て、耳打ちする様に話してくる。 「向こうで幸恵さんの演奏を聴いてるから、お腹がいっぱいになったら来て?」 俺は渋い顔をして理久に言った。 「知ってんだろ?俺は彼女に嫌われているから、行かない方が良い。」 「彼女のご指名なんだよ。」 そう言って理久は俺の方を見て言った。 「席に居るのは界隈では有名な人ばかりだ。お前にとっていい機会になるから、必ず来てね。」 あぁ~俺はこのパトロン信者から逃げた方が良いのかもしれない… とりあえず頷いて、彼を席から離す。 「理久は変わったよ…昔の面白かった理久じゃない…人の動向ばかり見て…」 うんざりした様に言うと、星ちゃんが言った。 「確かに…ちょっと頭でっかちになっちゃったね…昔は本当に風来坊だったのにね…」 そうなんだ…俺はあの頃の彼がとても好きだった… だから、少し悲しいんだ… こんな狭い世界で、あっちへフラフラこっちへフラフラしている彼を見るのが… 情けなくて、悲しかった… 「お肉~!」 いまはお肉のことだけ考えよう! だって、こんなに柔らかい肉、もう食べられないもん! すっかり肉にまみれた時間を過ごして、お腹がいっぱいになったみんなは、席を立って丘に向かう。 俺は理久に言われた通り、みんなと別れて、金持ちの集う席にやって来た。 下手くそな曲をさっちゃんが披露している。 まず、チューニングからしてくれ… 「北斗!やっと来たな…」 そう言って理久が俺を紹介する。 「この子は私の昔の教え子です。その当時から卓越した技術の高さを持っていましたが、情緒の表現もうまくなって、なかなか素晴らしい成長をしています。どうぞ、お見知りおきを。」 都合のいい時は自分の教え子と言い、都合が悪くなると、分かるだろ?と言って黙らせる。お前は汚い大人になったようだ… 「素晴らしい演奏でした。14歳とは思えない技巧恐れ入りました…」 「今度我が家にお招きして、演奏をゆっくり聴かせていただきたい。」 「お美しい姿に心が乱れました。どうぞ、お見知りおきを」 歯の浮くようなことを平気で言える世界が存在するんだな… 俺はいちいち澄ました顔で、微笑み返してその場をやり過ごす。 俺を自分の席の隣に座らせると、理久は満足げに俺を見る。 話題の子供の保護者でいることがお前の得になるのか…情けない。 俺の目の前には、まもちゃんが座っている。 俺と目が合うと、にっこり笑うから、俺はそれを無視して目を逸らした。 「北斗君。君の演奏…とても素晴らしかったよ…なんとも美しくて、うっとりしてしまった…それにチェロとの相性も抜群だったね。癖のある人たちだけど、大丈夫だった?」 紳士的な人が俺に話しかけてくる。 「ありがとうございます。チェロ奏者は確かに癖が強いですが、奏者としては卓越された演奏を含め、見習う所が多くあり、尊敬しています。」 俺がそう言うと、紳士は嬉しそうに笑って言った。 「食べちゃいたいくらい、キミは可愛いね…」 俺はオジジにモテるんだ… 金持ちは男を抱くのが主流なの? 恥ずかしげもなく、隠すこともなく言ってくるんだね。 遠くで花火の上がる音がする。 俺は天に顔を向けて花火を探す。 「あっちの方向だよ?」 隣の紳士が俺に顔を寄せて教える。 「ほら、見えるでしょ?あの丘が邪魔で、ここからだと少ししか見えないんだ…後で一緒に行ってみる?」 「ふふ、結構です。」 俺はそう言って笑って、理久の足を触る。 理久がこっちを見た瞬間、俺は変顔をして、オジジのセクハラを抗議する。 理久は俺の頬に手を置いて、にっこり笑って見なかった事にする… オジジ達の会話は政治から、野球まで多岐にわたる。 その間ずっと下手くそな演奏が聞こえる。 「理久、チューニングを何故しない?」 俺が小さい声で尋ねると、理久が言った。 「北斗、やめなさい…」 俺は何で、ここに座ってるの? 馬鹿みたいだ。 「失礼、僕はそろそろ向こうに戻ります。」 そう言って席を立った。 とっさに理久が俺の腕を強く掴む。 今のお前なら、パトロンが求めれば俺を簡単に売りそうだ… 「北斗君…すまない。君に何か弾いて欲しいんだ…」 長老がそう言って、さっちゃんに言った。 「幸恵。バイオリンを貸してあげなさい。」 さっちゃんのバイオリン… マジか… 俺はさっちゃんの方を向いて、両手を差し出した。 まもちゃんの奥さんのバイオリンが、彼女の手から俺の手に移った…! 彼女はとても不満げな表情だ…でも長老は絶対の様で、彼女は俺を睨みつけながらバイオリンを渡した。 俺は、まもちゃんの奥さんのバイオリンを手に取って、すぐさまコンディションを確認する。 指板が反って曲がっている…ここを持って振り回すんだ… 駒が傾いて来ている…強く押して弾くんだ… ペグがスカスカだ…これではチューニングしても緩んでしまう… 俺は応急処置として、ヘッドホンのコードを束ねていた直生の革ひもを鞣して、緩いペグに巻いた。 手ごたえの良くなったペグを絞って耳でチューニングする。 まもちゃんが俺の事をじっと見ている… そんな真剣な顔して見たって、お前なんか嫌いなんだ!フン! 俺の様子を興味津々に見て、あーだこーだと話し始める金持ちの紳士たち… うんちくを言ったって、弾けなければ意味は無いんだ。 変なやつら… 渡された弓のチェックもする。 反りを確認して、毛の状態を見る。 左に沿った弓に、まだ松脂が足りていない弓毛… こんなので押し付けて弾くから駒が倒れるんだ… 「理久、弓を貸してくれ。」 俺は彼女の痛めつけた弓を使いたくなかった。 椅子の下に置いたバイオリンケースから弓を出すと、理久は俺に渡した。 「美しいな…こんなに手入れできるのに、お前は一体どうしちゃったんだろうな…」 彼の渡した弓と、彼の顔を交互に見てそう呟いて、バイオリンを持って席を立つ。 「まもちゃんの奥さん…俺に弾かせてね…」 バイオリンに小さくそう呟く。 バイオリンを首に挟んで、弓を美しく構える。 俺の美しい姿勢に、男色家が息を飲む。 オナニーでもしてろ、変態どもが。 さぁ…どんな音色だ… 俺は弓を引いてチューニングしながら音を出す。 「悪くない…」 少し霞む印象なのは駒が倒れてきて弦が揺れるからだろう… 弓を弦から離して戻す。 少し離れた所に移動して、長老の方を向く。 「整いました。何を弾きましょう…?」 俺は長老に尋ねる。 彼は俺の方を見て言った。 「君の赴くままに…」 俺は会釈すると、弓を美しく構えて弾き始める。 スラヴ舞曲… あぁ…良い音色じゃないか…さっきのバイオリンとは思えない。 可哀想に…乱暴にされたんだね…こんなに頑張ったのに… 結局まもちゃんはあの女と結婚するんだ。 美しく流れるような旋律を縫うように辿って、繊細に音色をコントロールする。 悪くない手ごたえに驚きを隠せない。 なんだ、このバイオリン… 花火の音が聴こえて、上を見上げる。 向こうの空が色づいて、輝くのに、こっちの夜空は暗いままだ… 俺はスラヴ舞曲を弾き終えて、弓を弦からゆっくり離す。 テーブルに座る紳士たちは感嘆の言葉を口にして、拍手を俺に浴びせる。 俺はその中の1人をじっと見つめる。 さっきから、俺を見つめるこの男の目を、逃げないでじっと見つめる。 馬鹿な男だ…どうして手放したんだ… このバイオリンも…俺の事も… そして、要らないものばかり掴んで…空しくて泣くんだ… 馬鹿な男… 「北斗君…素晴らしい…さっきと同じバイオリンとは思えない…」 正直者の紳士が、さっちゃんの一番言われたくない言葉を口走る… お褒めの言葉に、俺は丁寧にお辞儀した。 体を起こして、そのままツィゴイネルワイゼンを弾く。 強烈な弾き出しに、しっかりついて来るこのバイオリンに、バネのある粘り強さを感じて、笑う。 良いバイオリンだ…まるで淑女だ! 理久が俺を見て極まり始めるから、俺は彼を見つめて、弾き続ける。 ピチカートして弦を鳴らすと、彼はおもむろに立ち上がって放心する。 俺は笑いを堪えながら体を返して弾き続ける。 さぁ、まもちゃんの奥様、一緒に奏でましょう…クライマックスです。 高速で弓を動かして的確な高音を弾き出していく。 飛んでいく音を確かに弾いてテンポを速める。 「ブラボー!!」 歓声が上がる。 テンポを上げて、ピチカートして、弦を弾いて、メロディを奏でる。 本当の彼女は、こんなに美しい音色を出すんだ! まるで変貌した様に、バイオリンが嬉しそうに音色をあげる。 なんて素敵な音色なんだ…!! 曲を弾き終えて、弓を弦から離して戻す。 俺はおもむろに、首から外したバイオリンを自分に向けて、まじまじと眺める。 テーブルに座る紳士達も、理久も、まもちゃんも、その様子を不思議そうに見ている。 俺も不思議だ。 なんだか、このバイオリンを弾くと、とても楽しくなる。 俺を受け入れてくれている様に、感じる。 俺の事が…好きなの? 何故か、口元を緩めてバイオリンに微笑みかける。 可愛いやつだ。 俺はまたバイオリンを首に挟んだ。 そして弓を美しく構えると、理久を見て微笑む。 「一緒にどう?」 そう尋ねて、死の舞踏を弾く。 俺がメロディを弾き始めると、理久が自分のバイオリンをケースから慌てて出して一緒に弾き始める。 人の演奏を聴くと、楽しくなるだろ。 一緒に歌ったり、踊ったり、弾きたくなったりするだろ? きっと、それが音楽なんだ。 理久と一緒に怪しげなこの会にぴったりな曲を弾く。 俺は理久とアイコンタクトしながら弾きあげる。 細かい音を一音も漏らさずに、的確に、軽やかに弾いて、死の舞踏の見せ場を彩る。 「理久、気持ちいいね?」 彼の顔を見ながらそう言うと、彼は極まりながら頷く。 お前はその方が面白いのに。 ピチカートが響いて、ゆったりと流れる旋律に変わっていく。 美しい…!! 「まもちゃん!これが、この人の本当の音色だよ!どうだ!美しいだろ?」 俺は嬉しくなって、飛び切りの笑顔で彼に言う。 まもちゃんはすごく嬉しそうに笑って、俺を見て頷く。 どんなに高価なバイオリンでも、こんなに角の取れたまろやかな音色は、すぐには出せないだろう…なんて美しいんだ! 「あぁ!大好きだ~!お前が欲しい!」 俺はバイオリンに向かってそう言うと、ワルツの様にクルクル回って演奏した。 曲もクライマックスを迎えて、理久と一緒に合わせて力強く弾く! そして最後はまるで死んでいくみたいに静かに弾き終わるんだ…。 感情の余韻が引くのを待って、俺は弓を弦から離した。 「あ~、すっごい…イキそう…」 俺はそう小さく言って、隣の理久にもたれた。 その様子を見ていた長老が立ち上がって言った。 「ブラボー!!」 そうだろ? 我ながら凄いキテた演奏をした。 きっと変態とセックスしたからだ… さっちゃんに返すのが惜しい… いや、返したくない。 これは、俺のバイオリンの様に感じて、離れることを躊躇した。 俺は長老の顔を見て言った。 「このバイオリンを…私に譲っていただけませんか?」 「北斗…」 理久が俺の発言に戸惑ってアワアワし出す。 「どうして…欲しいんだい?」 長老が理由を聞くから丁寧に教えてあげた。 「まず、幸恵さんが弾いていた時と、私が弾いていた時の音色を聴いていただけたら、意味は分かると思います。」 俺がそう言うと、さっちゃんは激高して俺の所に詰め寄ってくる。 俺はバイオリンを持って長老の方に歩いて逃げる。 「私なら、この人を苦しませないで、愛してあげられます。」 長老の真ん前に行って、そう言うと、もう一度聞く。 「私に、この人を譲っていただけませんか?」 俺は真剣だ。 今、この人をさっちゃんに返してしまったら、二度と会えなくなる… しばらく沈黙が続く… 俺はずっと長老の返答を待っている。 さっちゃんがゴニョゴニョ長老に言い始めるが、彼の耳には届いてはいないだろう… 「分かった…君に譲ろう。」 長老がそう言って、俺に手を差し伸べる。 俺はその手にそっと自分の手を乗せる。 グッと掴まれて引き寄せられる。 そして息がかかる位顔を近づけると、長老が真剣な顔で言った。 「これは…私の娘だ。」 だから俺も言った。 「とても素敵な淑女です。この人を、愛しています。」 俺がそう言うと、長老は大きく笑って俺を抱きしめた。 俺はこのバイオリンを譲ってもらえてうれしい気持ちでいっぱいだった。 自分の席に座り直して、鼻歌を歌う。 弓に付いたさっちゃんの毛を全て外して、弓の反りを見る。 「ねぇ、理久?軽井沢でバイオリンのメンテナンスが出来る工房は、どこにある?」 隣に座る理久にそう尋ねる。 彼は俺の取った行動に衝撃を受けているのか…放心して返答が遅い。 「一度オーバーホールしたい…」 そう言って、ボディの指板の歪みを確認する。 「良い所、あったら教えて?」 そう言って笑った。 彼は項垂れて笑うと言った。 「後で連絡する…」 「星ちゃん!見て?さっちゃんのバイオリンを貰ったよ?」 長老の会から解放されて、俺は走って丘を登った。 そして、バイオリンを星ちゃんに見せびらかした。 「えっ!どういうこと?」 戸惑う星ちゃんにかいつまんで教えてあげる。 「長老に直談判して、譲ってもらった!」 俺がそう言うと、星ちゃんが大笑いして膝を抱える。 俺はまもちゃんの奥さんのバイオリンをゲットした!! 「ひゃっほ~!」 彼女と一緒に、今日一番の特大の花火を下から見る。 もうお前を悲しませたりしないよ…! もう絶対雑になんて扱わないよ…!! 俺が死ぬその時まで、一緒に居てくれ…! 腕に強く抱きしめて、大事に温める。 俺の到着と共に花火は終わってしまったけど…俺の心にはでっかい花火がいくつも上がり続けている。

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