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8月13日(木) 花火大会_03
「コテージ行こうぜ~」
春ちゃんの掛け声とともに、俺達は大移動する。
お屋敷を後にして、来た道を降りていく。
ゾロゾロ列になって降りていく。
まもちゃんは今日はあそこに泊まるみたいだった。
家族になるんだ。
そら、そうだ…
俺はこのバイオリンをさっちゃんから取り返した事で、胸がいっぱいだった。
やっと、手にする事が叶って、弾く事が叶って、自分の物に出来て、感無量だった。
なぜこんなに欲しがったのか、自分でも分からない…
でも、この人が…このバイオリンがどうしても、欲しかったんだ…
手の中のバイオリンを見る…
「素敵なケースを買ってあげよう…」
そう呟いて、ボディを撫でる。
「北斗、それ…」
歩が隣に来て、バイオリンを覗くと俺に聞いた。
「それ、叔父さんの奥さんのバイオリンだよ…?」
だから俺は言った。
「今日から、俺のバイオリンになった…」
そう言ってギュッと抱きしめて鼻歌を歌う。
そんな俺を見て、歩が言う。
「北斗…叔父さんと何かあった?今日だって、あんなに殴ったのには…理由があるんだろ?」
「何もないよ?」
俺はそう即答して歩に言った。
「殴ったのは、まもちゃんがムカついたからだ。だって、バイオリンのケースをこうやってグイ~ってやるから…それで怒っただけだ。」
そう言う俺の話なんて聞いてないみたいに、歩は眉間にしわを寄せて続ける。
「もうずっと前からさっちゃんと婚約していたんだ。それなのに、お前に何かしていたら、僕は許せない。僕の友達を傷つけていたら…許せないんだ。」
優しい歩に涙が出そうになるけど、俺は彼にこの事を話すつもりはない…
歩はまもちゃんと、これからも親戚として付き合うんだ…
俺が黙っていれば、誰にも知られない…
何も起きないんだ。
「そんな事してないのに…歩は決めつけすぎる。ただ…喧嘩するくらい…仲良くなっただけだ…」
そう言ってバイオリンを掲げて走った。
「うお~!自由だぞ~~!!」
「あっ!北斗、ズルいぞっ!一番は俺だ!」
馬鹿な渉が一番を競って走り始めた。
俺はそれに乗っかって、足が遅いのに、頑張って走った。
歩、ごめんね。
こんな事、お前は知らなくても良い。
すぐに終わって、忘れていくような事なんだ…
俺は簡単に渉に抜かれて、二番目にキャンプ場に到着した。
「はぁはぁ…しんどい…しんどい…」
「わはは!お前はお爺ちゃんみたいに足が遅いな。爺だな。北斗ジイだな。」
渉がそう言って俺の周りでジジイの歌を歌う。
後ろから来た博に注意されて、歌を止めた。
お前らも、少しはまともなカップルになって来たんだな…
「星ちゃ~ん!」
寂しくなって星ちゃんを呼ぶ。
「なぁんだよ…」
後ろから来た星ちゃんに抱きついて、一緒にコテージまで向かう。
だって、俺はコテージの場所を知らないから…
「ゴキブリ出そう?」
鍵を開けて、室内に入ると、俺は星ちゃんの後ろに隠れて、そう聞いた。
「出ないよ…」
自信なさげにそう言って、星ちゃんが、部屋の隅々をチェックしている。
「おっ!ダッチオーブンがある!」
博大先生が何か見つけて騒いでいる。
「これ、焼き芋も作れるんだよ?」
マジかよ…
鉄の鍋にしか見えないそれは、相当万能の様で、博大先生によると、何から何まで作ることが出来るそうだ…
「ふんふん…その中なら、パエリアが食べてみたい。」
俺はそう言って、博に言う。
「明日、朝作ってよ。」
「簡単に言うなよ。材料が無いし、火を起こさなきゃダメじゃん。俺達は安価に寝るためにここを利用してるの。キャンプがしたいなら、他の機会に行こうぜ。」
悲しいよ…
あんなに沢山料理名を上げて、俺の胃袋を刺激しておいて…
突き放すんだ…しくしく
「北斗、どこで寝るの?」
しょげていると春ちゃんにそう聞かれる。
「星ちゃんと一緒に寝る。」
俺はそう言って、ベットらしき場所を見る。
「狭っ!」
それは本当に、人ひとり分しかないスペースだった…
「星ちゃん…重なって寝てみる?」
俺がそう聞くと、星ちゃんは言った。
「対角線上の位置で寝たら、顔を見ながら寝れるよ。」
「いやだ、体が離れるじゃないか!」
これはまた揉める…
みんながそう思った時、救世主が現れた。
歩のお父さんだ!
「みんな、せっかくだから、テントで寝ようか~?」
そう言って俺達のコテージに入ってくると寝袋を床に置いた。
「わ~!テント!テント!」
俺は喜んで、歩のお父さんの置いた寝袋を触る。
「あっちで護君が立ててくれてるから、北斗、この寝袋持って行って。」
嫌だよ…まもちゃんとは一緒になりたくない。
「僕が一緒に持っていくよ。」
そう言って歩が俺と一緒に寝袋を運ぶ。
「意外と重いね?」
俺はそう言って寝袋を一つしか持たなかった。
だって、片手にはあの人がいるんだもん…持てないよ。
「それ、置いて運べよ。」
春ちゃんがそう言うから、俺は言った。
「こんな汚い所に置いたら可哀想だ。ふわふわの場所を作って、そこに寝かせてあげる。」
歩のお父さんの後を追いかけて、テントを張るまもちゃんの所まで行く。
もう辺りは暗い。
今からテントって張っても良いの?
まもちゃんは手際よく細い棒を布に通して、丸い屋根を作っていく。
「お~、凄いね。さすが慣れてる人は違うね。あっという間に形が出来る。」
歩のお父さんがそう言ってまもちゃんを褒める。
慣れているんだ。
キャンプが好きなのかな。
俺はみんなが置いた場所に寝袋を置くと、疲れたからその上に座った。
働き者のみんなを見ながら、休憩だ。
「北斗、テント入ってみる?」
後ろから声を掛けられて、テントの方を見る。
いつの間にかテントを張る彼と二人きりになってしまっていた…。
まもちゃんによって開かれたタープの向こうは真っ暗で怖かった。
俺は彼を無言で一瞥して、顔を戻すと、立ち上がって星ちゃんの元に向かう。
お前とは遊ばない…
「北斗、それ持ってんなら何か弾いてよ。」
どうした?渉!お前はバイオリン恐怖症だったんじゃないのか?
星ちゃんの所へ向かう途中、寝袋を運ぶ渉に言われる。
あいにく弓は無い。
高価なバイオリンはもう理久に返してしまった。
だって、俺にはこのバイオリンがあるから…
でも、あの渉がリクエストしたんだ。弾かない訳にはいかない!
俺は聖者の行進をピチカートで弾き始める。
軽く弾む音は、俺の心をすぐに楽しくさせて、脚が自然と踊り始める。
「北斗は…あれだ、吟遊詩人だな…」
そう言って、歩のお父さんが額に汗をかいて俺達のリュックを運んでいる。
俺はその隣をピチカートでバイオリンを弾きながら、スキップしてすり抜ける。
「北斗も働けよ~!」
春ちゃんに怒られるけど、これも仕事の内だ。
みんなの士気を高めている。
ここに直生と伊織がいれば…もっと素敵に出来るのに…
彼らの伴奏を想像しながら、スキップして星ちゃんの所に行く。
「星ちゃん!頑張って!」
俺がそう言うと、星ちゃんが笑う。
「何で北斗は、運ばないの?」
「俺は、リクエストを受けて、演奏している!」
これで最後の様で、星ちゃんはコテージの鍵を閉めると、4個のリュックをまとめて抱えた。
「わぁ!力持ち!かっこいい!イケメン!」
俺はそう合いの手を入れて、聖者の行進をピチカートで弾く。
ヨロヨロしながら運ぶ星ちゃんの後ろから、俺はバイオリンを弾いて応援する。
「北斗、最低だ!」
みんなに言われる。でも俺はこうやって応援しているんだ。
まもちゃんが慌てて駆け寄って、星ちゃんの荷物を手伝って運ぶ。
俺は二人の後ろから、バイオリンを弾いて応援する。
このバイオリンを弾くと、なんだかとても満たされるんだ…不思議なバイオリン。
俺は踊るだけじゃ足りなくて、伴奏から入り直して、聖者の行進を歌い始める。
間奏にソロで即興して、歌って、踊った。
でも、演奏が終わっても、誰も拍手してくれなかった。
おかしいな。
寝袋を展開するみんなを座って眺めて、俺は空を見上げた。
「北斗は星ちゃんの隣で寝るの?」
寝袋を持った、まもちゃんが聞いて来るけど、俺はお前とは話さないよ。
バイオリンを首に挟んで、視線を落として、ピチカートでまた弾き始める。
きらきら星。
「北斗、もう寝られるよ。」
星ちゃんがそう言ってテントのタープを開く。
中に懐中電灯が灯って、オレンジに光る。
「うわ~!」
俺は演奏を止めて、テントに入ると星ちゃんの隣の寝袋に潜った。
「んふふ。フワフワしてる。」
フワフワの寝袋は、なぜか少しだけ、まもちゃんの匂いがした。
頭の上に歩の脱いだパーカーを敷いて、バイオリンを置く。
まだみんな寝ないみたいで、テントの中に居るのは、俺と星ちゃんだけだった。
「星ちゃん、寝る?」
微睡みながら聞くと、まだ寝ないと言った。
それでも、俺はとっても疲れていて、もう眠りたかった。
「この寝袋…気持ちいい…もう、眠い…」
俺は星ちゃんにそう言うと、瞼が落ちて…すぐに眠ってしまった。
だって、フワフワした感触と、良い匂いが、とっても心地よかったんだ…
何故かまもちゃんの匂いがして…彼を感じて、安心したみたいに、眠ってしまった。
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