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8月15日(土)_02 お祭り
「北斗~!」
俺の奮闘を楽しそうに見て、名前を呼んで笑う…いけずな奴らだ!!
星ちゃんもそんなに笑うこと無いのに…
俺は星ちゃんを恨めしそうに見る。
俺と目が合って、ひきつり笑いに変わって行く星ちゃんを見つめる。
彼の口が、あっ!と言って驚いた顔になる。
その後、微笑むような顔になって…なんだよ!
何でそんな目で俺を見るの?
「北斗、上手だね…もう覚えたの?」
後ろから声を掛けられて驚く。
顔を仰いで見ると、まもちゃんが俺を見下ろして笑っている。
そうか、これからこういうのにも積極的に参加しないといけないから、盆踊りにも積極的なんだな…
「テンポがめちゃくちゃだな…7拍子の音楽に13拍子の振付なんて、普通考えない。」
俺がそう愚痴をこぼす。
だって、全然感覚がつかめないんだもの。
「大丈夫、簡単な動きを繰り返せば良いんだよ。何も考えないで、掘って~掘って~」
その掛け声やめてよ。
掘って~掘って~また掘って~あチョン、あチョン、の下がって、下がって、押して~押して~押して~、開いてパパンのパン!
何それ!?
「北斗は黄色のブレスレットなの?」
俺の手首に揺れる、光るブレスレットを見てまもちゃんが言う。
「星ちゃんにはピンクを付けた。」
「じゃあ、三つ並ぶと信号機だな。」
つまんない事言った。
そう思ったけど、つまんない事がおかしくて、笑った。
「確かに、信号機の色だ~。」
俺がそう言うと、嬉しそうに後ろで笑った。
曲が変わって、向こうで和太鼓の音が聴こえる。
「あっちに行きたい。」
後ろの彼を見上げて、許可をもらう。
なんで、そうしたか分からないけど、彼の許可をもらう。
「良いよ。行こう。」
そう言って微笑むと俺の手を握って盆踊りの輪から抜ける。
二人で急いで和太鼓のステージの方へ移動する。
「すごい、振動…!!」
近付くにつれて、足元から心臓まで揺すられる!!
「あぁああああ!!まもちゃん!!凄い!!」
興奮して足を止めて、突っ立った状態で体を揺らす。
まもちゃんはそれを見て笑う。
体の芯まで痺れる!
人を分けて、背伸びしながら和太鼓を見る。
俺の真後ろにまもちゃんが居て、俺の脇を少し意味のない程度に持ち上げてくれる。
「あっ、凄い…あれが和太鼓なんだ…ティンパニーと違う…振動がすごい。ダイレクトに来る…ねぇ、骨が揺れない?」
真後ろの彼に聞く。
太鼓の音が大きくて、声が届かないみたいで、不思議そうな顔をしている…
だから、俺は顔を寄せて彼の耳元で、もう一度聞いた。
「凄い骨が揺れる!」
俺がそう言うと、彼は嬉しそうに笑って俺の頭を撫でた。
視線を戻して、和太鼓の演奏を見る。
凄い迫力だ…かっこいいな…空気が揺れる。
お囃子の篠笛(しのぶえ)がピーヒョロピーヒョロ雰囲気を醸し出していく。
わぁ…和楽もかっこいい…素敵だ…
小さなシンバルみたいなのが特に良い…
「お猿さんみたいで可愛いね~。」
俺はそう言って、後ろのまもちゃんに、小さなシンバルを叩く真似をして言う。
「あれは、何て言う楽器かなぁ?」
彼の顔に顔を寄せて聞く。
まもちゃんは答えないで、ただ俺の顔を見て微笑むだけだから、視線を戻してステージを見る。
大きな大太鼓が奥から運ばれてきた。
「あ~~~!!」
大興奮して跳ねる。
あれを叩くの?信じられない!!
「まもちゃん!見て!凄い大きい!!」
俺は大太鼓を指さして彼に伝える。
でも、相変わらず俺の方しか見ないから、俺は手で彼の頬を大太鼓に向けた。
恰幅の良い男の人が大太鼓の前に立って、大きなバチを回す。
かっこいい…!!
背中が、既に、かっこいいぃぃぃ!!
手首をしならせてその人がバチをふるうと、凄い振動と音が俺の体の骨を揺らす!!
「キャ~~~~!!」
失神しそう…
まるでアイドルグループのファンみたいにはしゃぐ俺に、笑いが止まらない様子のまもちゃん。
だって凄いんだ。ビリビリと揺れる空気を感じるぐらいの衝撃波。
これは…もう武器だ!
すっかり夢中になってステージから目が離せなくなる。
俺の脇を支えていたまもちゃんの手が、前に伸びてきて、俺の腰を掴む。
俺はそれに気が付いたけど、気付いていないふりをする…
お拍子と篠笛が美しく日本特有のメロディを奏でる。
美しいな…
まもちゃんの体の熱が俺の背中を温めて、じんわり汗ばむ。
熱い位の周りの観客の熱気と合わさって、ジンジン体の奥まで熱くなる。
このまま、ここで、彼としたくなる…
「北斗!」
名前を呼ばれると、まもちゃんの手がスッと俺から離れる。
助かった…理性が飛んでしまいそうだったから…助かった…
声の主を見ると、春ちゃんが立っている。
「そろそろ帰るぞっ!」
そう言ってまもちゃんを睨むと、春ちゃんは先に行ってしまった。
「あ、じゃあ、まもちゃんまたね。」
俺はそう言って春ちゃんの後を追いかけようとした。
「北斗、明日バイオリンの工房、覚えてる?」
腕を掴まれて、まもちゃんがそう言う。
だから、俺は立ち止まって彼を見上げて言った。
「覚えている。ずっと楽しみにしている。」
俺の頬に手を添えて、うっとりした顔になってまもちゃんが言う。
「明日迎えに行くね。10:00に行くから支度しておいてね。」
俺は頷くと、彼の手を解いて春ちゃんの方に走っていく。
やめてくれよ…
そんな顔しないでよ…
俺はあなたを諦めたんだから…
そんな顔しないでよ。
好きとか…嫌いとか…もう、うんざりなんだ。
勝手に傷つくのも、もう、うんざりだ。
涙が落ちて浴衣を濡らすけど、汗と混じって分からない。
遠くで星ちゃんが手を振って待っていてくれた。
「星ちゃん!和太鼓がすごかった!」
俺は心の動揺を彼らに気付かれない様に、いつもの様に騒いだ。
バスを待っている間も、バスに乗っている間も、大太鼓の振動の真似をした。
バス停を降りて歩いて別荘に帰る。
草むらで鳴く虫の種類が秋めいて来た…
もう秋か…
「あ~れ鈴虫が~鳴いている~」
星ちゃんと手を繋いで、鈴虫の歌を歌う。
「北斗、盆踊りマスターしたね?」
星ちゃんがそう言って笑うから言った。
「無茶苦茶なテンポで脳みそがかき乱される。スカみたいだ!」
俺はそう言って、星ちゃんにも教えてあげる。
「掘って~掘って~また掘って~…こうやってやるんだ。星ちゃんも今夜中にマスターしてよ?」
俺がそう言って特訓すると、星ちゃんは意外と根気よく練習した。
そうか。
彼は伝統とか、そう言うのが好きだったな…
だったら、一緒に踊ればよかったのに…
恥ずかしがりなんだ。
別荘に着いて、星ちゃんは一番風呂に行った。
俺は寝室で水笛を取り出して眺める。
可愛いな…
その内の一羽を手に取って、洗面所に行って水を入れる。
そっと口を付けてゆっくり優しく息を吹き込む。
ヒョロロロロ~と綺麗な音で鳴く水笛の音に感激する。
「これは絶対、喜ぶはず!!」
そう言って、みんなにも水笛の繊細な音を聴かせて歩く。
「なんか、鼻水すすってる音みたい…」
この品の無いコメントは春ちゃんだ…ほんと、教養って大事なんだね。
「可愛い小鳥のさえずりに聞こえる…」
ほら、まともな感性があれば、こんな素敵な事が言えるんだもん。
歩はさすが、育ちが良いんだ。
星ちゃんがお風呂から上がって布団の上の小鳥達を見る。
「こんなに沢山…どうするの?」
彼が聴いて来るから教えてあげた。
「まず、このつがいは俺の個人的なお土産だ。そして、この二つは直生と瑠唯さんにあげようと思っている。」
そう言って、つがいの小鳥の水笛を手のひらに乗せて、星ちゃんに見せてあげた。
星ちゃんは驚いた顔をして俺を見る。
「北斗…そんな事まで考えていたんだね。ちょっと感動したよ…」
俺はやるときはやる男だよ?
「つがいの鳥なんだ…とってもいい声で鳴くよ?」
そう言って、手のひらの2匹の小鳥を見つめる。
「きっと喜ぶよ。」
そう言って、少し涙を落とした星ちゃんは、何で泣いたんだろう…
「星ちゃん、明日は10:00にお迎えに来るってさ。ちゃんと起きてね!いよいよ!俺の彼女が復活するんだから!!」
楽しみ過ぎて、興奮する!
明日一日で終わるのかな…
いつも家に来る両親の御用聞き職人に任せていたから、俺はバイオリンの修理のかかる日数と、料金の相場を知らない…
でも、俺はお金持ちだから!何とかなるだろう!
そうだ、この前おばあちゃんがくれた10万円が俺にはある。
あと、まもちゃんの店でもらったチップも3000円残っている。
凄いお金持ちだ!!
バイオリンを拭きながら想像して悶える。
美しい駒を付けたい。
可愛いケースを買いたい。
上等な毛を付けてやりたい。
まるで彼女に投資する男みたいに、美しく飾り立てて、上等なもので囲いたい。
星ちゃんは頷いて答えると、俺の顔をじっと見つめてくる。
「なぁに?」
不思議に思って聞いて見る。
彼は吹き出して笑うと、俺に言う。
「早くお前のバイオリンが聴きたい…中毒症状が出てきそうだ。」
嬉しいね。
「明日になったら、聴かせてあげられるよ~!」
俺はそう言って星ちゃんに抱きつく。
まったく、なんだかんだ言ってみんな俺のバイオリンが大好きっこじゃないか!
「早く鳴らせてあげたい…」
そう言ってバイオリンを抱きしめて大事に撫でた。
洗面所にみんなの脱いだ浴衣がまとめて置かれている。
俺は帯を外して、ヨレヨレになった浴衣を脱ぐ。
軽く畳んでまとめて置くと、浴室に入った。
体と頭を洗って、顔を洗う。
スッキリして湯船につかると、このまま眠ってしまいそうなくらいの睡魔に襲われる。
今日はあちこち行ったから…疲れたんだな~
明日は気合を入れないといけないから、風呂に入ったら寝よう…
早めに湯船から出て、着替える。
星ちゃんの待つベッドに直行してすぐに横になる。
「疲れた~眠い~」
そう言って星ちゃんの腕にスンスン鼻を鳴らしてしがみ付く。
「星ちゃん。明日10:00だよ?俺はバイオリンの為に頑張るから、一緒に来てね?」
俺がそう言うと、星ちゃんは俺の頭を撫でて頷いた。
明日は戦いだ!!
俺は彼女の為に頑張るぞ!
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