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8月18日(火)_02
部屋に戻って、自分のタスクを作る。
楽譜の裏に箇条書きに書いていく。
・小さいバイオリンの弓を作る。
・21日 高原に行く。
・23日 演奏
・31日 東京
まずは、小さいバイオリンの工程を書いてみる。
やする→毛を張る→渡す
今日圧着させたから…運良く乾いていれば明日にはやすれるかな…
早く瑠唯さんに弾かせてあげたい…
楽譜の譜読み進行を書いてみよう…
渡された楽譜は9曲分。
環境音楽みたいに弾きっぱなしになるのは、そのうち3曲。
合奏は4曲。
チェロと1曲。
チェロ、フルートと1曲。
弾きっぱなしの2曲…この内の1曲は弾いた事が無かった。
あと、合奏の4曲はこの規模で弾いた事が無かった。
だから、もっと練習しないと…ダメなんだ。
まずは曲を聴き込もう…
そうだな…合奏の曲から。
頭の中ですべての楽器を把握して流れて行くぐらい、聴かないとだめだ…
俺はヘッドホンを付けて、楽譜を読んだ。
何回も、何回も繰り返し曲を聴いて譜面を読む。
しばらくするとまもちゃんが部屋に戻ってきた。
俺の散らばした楽譜を見て、愕然としている様子だ。
傍らに置いたままのプリンを手に取ると、まもちゃんは冷蔵庫にしまった。
俺はひたすら譜面を読み込む。
頭の中のプレイヤーにインストールするみたいに、全ての楽器の音符を把握する。
一発本番の演奏で、へまなんかしたくない…
だから、必死に覚える。
背中をトントンされて、ヘッドホンを外す。
「北斗、お風呂に入って?」
そう言われて、俺は浴室に向かった。
頭の中に音楽が再生されて流れる。
そのまま譜面を目の中に思い出して、ぼんやりしながら歩いて行く。
「北斗…こっち」
まもちゃんにサポートされて、浴室に向かう。
「あ…」
曲が途中で途切れる。
まだ完全に掴めていないんだ。
シャワーを浴びて、頭の中でもう一度再生させる。
さっきよりも手前で曲が切れてしまった…
覚えられるのかな…
不安になる。
シャワーから出ると、まもちゃんが待っていたみたいにタオルで体を拭いてくれる。
「どうしたの…」
そう言いながら俺を抱きしめるから、俺は裸のまま楽譜の裏に書いたタスクを見せた。
「この曲を弾いた事がない…もっと聴かないと…練習しないとダメなんだ…」
俺の書いたタスクを見てまもちゃんが言った。
「こんなの全部、急に弾ける訳、無い!」
俺の髪を乾かしながらまもちゃんが怒って言った。
「寝る間を惜しんだってこの数日の間に、これを完璧に出来る人なんていない!」
だから俺は言った。
「でも、これが弾けなかったら俺はしょぼいんだよ?しょぼい北斗になるんだ。分かる?俺が上手に弾けるのは、必死にこうやって覚えて来たからなんだよ?今それが出来なかったら、俺はしょぼい北斗になるんだ…」
俺はそう言ってシクシク泣き始める…
怖い…失敗して、さっちゃんに笑われるのが…怖い…
両手で顔を抑えて泣く俺を、まもちゃんは優しく抱きしめて言う。
「北斗…キャパシティーオーバーなんだよ…どれか減らしてもらおうよ…」
嫌だ…負けたみたいで…嫌だ…!!
首を横に振って泣く。
「まもちゃんだって、しょぼい北斗より、かっこいい北斗の方が好きだろ?俺だって、しょぼい北斗は嫌だ…!負けるみたいで嫌だ!俺は負けない!」
そう言って裸のままヘッドホンを付けて譜面を読み始める俺に、まもちゃんは諦めたように下着を履かせる。俺は泣きながら譜面を読んで覚える。
負けたくない…!
まもちゃんがベッドに横になっても俺は譜面を読んだ。
彼が俺をベッドに運んでも、隣で本を読んでも、俺を枕の様にして寝転がっても、スヤスヤと眠っても、俺はひたすら譜面を読んだ…
流れを確認できるようになって、頭の中で再生させてみる。
全ての楽器が揃った音が流れて、譜面通りの音楽が鳴り響く…
来た…やっと来た…!!
自分の演奏する部分を頭の中で再生させる…
奏でるメロディーを探して、追いかける。
では、ここはもっとこう弾く様にしよう…
自分の中で演奏の注意点をあげておく。
実際に弾いた時に実践するために。
うっすらと目を開けて、俺の前髪をまもちゃんが撫でて指ですくう。
彼に微笑んで言った。
「一曲、出来た…」
俺がそう言うと、彼は嬉しそうに笑って、俺にキスした。
明日朝、弾いてみよう…
ヘッドホンをやっと外して、彼の傍に身を寄せて温まる…
ベッドの周りにはベロンと広がった楽譜が散らばる。
明日…片付けよう…
まもちゃんは大きな腕で俺を包んで抱き寄せると、抱え込むようにして抱きしめる。
彼の体温の温かさで、疲れ切った脳みそが溶けていく…
「北斗、頑張ったね…お休み。」
そう言うまもちゃんの声に返事出来ないくらい…頭が疲れた。
俺は目を瞑って、そのまま、彼の体の中で眠った…
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