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8月21日(金) 高原_02

「オジジ!ちゃんと支えてよ!」 俺はオジジに手を繋いで貰いながら、入り口の池に浮かぶ岩に飛んで行った麦わら帽子を取ろうと奮闘してる。 「北斗…ダメだ…お爺ちゃん…血圧が…はぁはぁ」 そう言って、俺の手を離して、体をプルプル震わせるオジジ… 信じられない!俺はがっかりだよ! 「もうちょっとなのに、オジジが使い物にならないから!取れないじゃないか!」 俺はそう言って、オジジの体をパシパシと叩いて奮起させる。 ちょい悪オヤジを躾ける美少年のご主人様だ!官能的だろ? 「どれ…」 どこからともなく、まもちゃんが現れて俺の手を繋いだ。 そのまま池の縁まで一緒に歩く。 俺はまもちゃんの顔を見上げる。 彼は俺を見下ろして、にっこり笑う。 俺は頑張って、麦わら帽子に体と手を伸ばした。 「あ……取れた!取れた!」 俺がそう言うと、まもちゃんは俺の手を引っ張って、抱き寄せる。 そして俺を見下ろして、言った。 「この麦わら帽子にはゴムを付けた方が良い。いつも飛んでばかりだよ?」 だから、俺は彼を見上げて甘えて言う。 「じゃあ…まもちゃんが付けてよ?」 俺がそう言うと、嬉しそうに笑って、俺の鼻と自分の鼻を付けて言った。 「良いよ…」 俺はその答えを聞いて、満足して笑った。 口元を緩めて笑う彼の顔が間近に見える…彼の息が俺の唇に触れる。 まるでキスしてるみたいだね…まもちゃん。 彼の腕の中から抜けると、オジジの隣に行ってふざけて言った。 「オジジに成せない事を、俺は成し遂げたぞ~!」 オジジは俺を見て大笑いして喜んで、まもちゃんの隣のさっちゃんを見て笑顔を消した。 そして俺の頭を撫でると、頬にキスして帰って行った。 息子のバイオリンと、仕事道具を両手に持って帰っていった… 俺を見るさっちゃんの目が、怒りに震えていた… 彼女はまもちゃんのお父さんを知らない様子だった… こんな風に人をいびるために、わざわざ連絡を取り合って、連携プレーしているくせに…意外と知らない事が多いんだね… そして、これも知らないだろ? …まもちゃんはあんな事しちゃうくらいに、俺にはとっても甘いんだ… そして、寂しがりで、泣き虫で、弱いんだ… 俺しか知らない。 俺のまもちゃんだ。 悔しいよね… 「北斗~!さっきバイオリン弾いてた?」 星ちゃんが丁度いいタイミングで美術館から出て来た。 手には沢山の袋… 「美術館で買う物なんてあるの~?」 俺はそう言って笑う。 「ねぇ、さっき弾いてたろ?上手だった。あれ、北斗だろ?」 星ちゃんはまもちゃんに気付いて、一礼すると続けて言った。 「バイオリン、持ってないのに、何で弾いたんだよ。すごく良い音だったよ?」 そうだろ?だってあれは特別なバイオリンなんだ! 「まもちゃん、じゃあね。」 俺はそう言って星ちゃんと手を繋ぐと、美術館を後にする。 わざとなの?それとも利き手なの? さっき、まもちゃんと繋いだ手が、俺の大好きな彼の火傷のある左手だった… 少し触れて、心が浄化されたように落ち着きを取り戻す。 「さっちゃんさん…凄い顔して、お前の事見ていたね…」 星ちゃんが心配する。 「そう?見て無かった。」 俺はそう言ってとぼける。 わざと見せつけた。 俺のまもちゃんを、わざと見せつけたんだ… 俺も大概だよね… 「最後はここ…教会なんだ。」 星ちゃん…とうとう、俺と? 色々すっ飛ばして…いきなり結婚とか…まいったなぁ。 「入ってみよう?みんな悪いやつじゃないだろ?」 俺はそう言って、星ちゃんと手を繋いで教会に入った。 中に入ると壁に設えられたステンドグラスが美しく目を引く。 それが日に当たって、木目の床に美しい色を散らして広がっている。 「幻想的だね…」 星ちゃんが可愛い事を言う。 「ん、もう…星ちゃんったら…そんな事言って…良いよ?結婚してあげても良いよ?」 俺はそう言って星ちゃんの方を向いた。 彼は教会の高い天井を見上げて、口を開けている。 俺も真似して天井を見上げる。 凄いね、天井にまで装飾が施されていて、まるで海外の世界遺産の様だ… 俺は最近毎日練習している“結婚行進曲”を口ずさんで星ちゃんと奥まで歩く。 星ちゃんが腕をクイッと曲げるから、俺はそこに腕を入れた。 「結婚行進曲だよ?星ちゃん。俺と結婚するの?」 俺が隣の星ちゃんに聞くと、彼は笑った。 それじゃあ、そうなのか…そうじゃないのか…分からないよ。 「ターンタッタター、ターンタッタター」 とうとう祭壇の前までやってきて、俺は星ちゃんと向かい合った。 何だか恥ずかしいけど、俺は星ちゃんと見つめ合って聞いた。 「星ちゃん…俺を、奥さんにすることを誓いますか?」 星ちゃんは俺を見つめて言った。 「誓います。」 え… ええ…? えええ…!? 「星ちゃん!冗談は……よし子さんだよっ!」 俺はそう言って、星ちゃんの体に抱きついた。 ドキドキする… まさか…そこで誓いますなんて言うと思わなかったんだ… いつもの様に華麗にスルーすると思ったんだ…!! ダメだよ…星ちゃん、俺には、まもちゃんがいるんだ… 「北斗、北斗も誓ってよ…」 あ、ああ、どうしよう…!? 星ちゃん、俺の事… 俺は星ちゃんの体に抱きついたまま、顔を上げる事が出来ないでいる… 視線が泳いで、口が乾く。 「北斗は、俺を、旦那さんにすることを誓いますか?」 星ちゃんが俺の体を起こして、自分と向かい合う様に手で支える。 俺は恥ずかしくて、顔を赤くして、目を伏せた… どうしよう…結婚したら、まもちゃんが… ボッチになっちゃうじゃん。 俺はゆっくり口を開けた… 「北斗…ごっこ遊びだよ?」 星ちゃんが俺にそう言って微笑む… 「本当にする訳じゃないよ?」 そう言う彼の目を見ながら、俺は言った。 「誓います。」 星ちゃんが吹き出して笑う。 俺があまりに真剣に言ったから… 吹き出して、笑い始める。 「星ちゃん…俺一生懸命、考えて返事したんだよ?」 少しムッとして俺が言うと、星ちゃんは俺に謝りながら笑った… 「じゃあ、指輪の交換をしよう?」 星ちゃんがそう言って俺の左手を取ると、薬指に指輪を通す振りをする。 その指が本当に指輪を通しているみたいで、目が離せなくなる… 差し出された星ちゃんの左手を取って、俺も指輪を通す振りをする… そして、見つめ合って、星ちゃんが俺の肩を掴む。 「星ちゃん…これ、ごっこ遊びだよね…?」 俺は動揺して彼に確認する。 だって、あんなに笑ったくせに、星ちゃんの俺を見つめる目は真剣で… 誓いのキスをする様に顔をどんどん近づけてくる… 「星ちゃん…待って、ダメだよ…。」 俺は体を背けて、星ちゃんのキスを拒否した… 俺の反応を見て、星ちゃんが笑う。 「なぁんだ、断られちゃったよ…」 そう言って笑う星ちゃんが、どう見ても、ごっこ遊びなんかに見えなくて、俺は言った。 「だって、だって…今は…ダメなんだ…今は、ダメなんだ。」 そう言って、彼を見上げると、星ちゃんはいつもの様に微笑んで笑う。 俺は顔を赤くして、彼を見上げる。 「全く…北斗には冗談も通じないんだね。」 そう言って星ちゃんは俺の手を握って、祭壇の前から退く。 俺は彼の真剣な目を忘れることが出来なくて、言葉数が少なくなる… 「北斗、東京に帰ったら、一緒に餃子食べに行こう?」 そう言ってステンドグラスを眺め始める星ちゃんを見上げて、俺は言った。 「うん…餃子、食べる。」 心臓に悪かった… 星ちゃんのあれは…俺の心臓を貫いた… まだドキドキして心臓に悪い… いつからあんな高度なジャブをかますようになったの…? それは、まるで…本気に見えて… 俺の心を揺さぶったよ。 お土産屋に入り浸る星ちゃんを、外に置かれたベンチに座って眺めながら、俺は麦わら帽子を外す。 もう夕暮れだ… 心地よい風が高原全体を駆け抜けていく。 この麦わら帽子に…ゴムを付けるって…本当かな… 彼の言葉を思い出して、口元が緩む。 携帯にまもちゃんからメッセージが届く。 “我帰還する。気を付けて帰られたし…” そのメッセージを読んで、小さく吹き出して笑った。 「“了解で…候”」 声に出しながら入力して、彼に返信する… 俺もまもちゃんと一緒に帰りたいな… 彼の車の助手席に乗って…彼の運転で…彼の声を聴きながら…帰りたいな。 「北斗!見て、これ!」 星ちゃんに声を掛けられて、俺は荷物を持ってお土産屋さんに向かう… なにやら、面白いものを見つけたようだ… 「ご当地…プリント?」 それは小さな写真を撮る機械…ご当地ってことで、フレームに“軽井沢高原”と飾り気のない文字が付くようだ… 「北斗、これ撮ろう?」 マジか…星ちゃんって…本当に節操がないよ? 「星ちゃん、これはどこでも撮れるじゃん。ただ、この文字が有るか無いかだけだよ?」 俺はそう言って、星ちゃんを説得する。 「でも、ほら、ここ…こんなお花の奴もあるよ?」 タープに書いてあるサンプル写真を見ながら星ちゃんが食い下がる… お花のって…ただ、申し訳程度にお花が映ってるだけじゃん! もっとちゃんと仕事しろよ!ご当地担当者! もっと撮りたくなるようなフレームを用意しろ! 「ね?北斗一緒に撮ろう?」 「ん~、もう…」 俺は仕方なしに星ちゃんと一緒に写真を撮った。 なに、同じだ。 よくある小さい写真を撮る機械と同じ。 違うのは美白機能が付いていない事と、可愛くないフレームしかないって事だけ。 「北斗、半分あげるね。」 そう言って星ちゃんが、機械に着いたはさみで、出来上がった写真を切り分ける。 俺はそれを財布に速攻で入れた。 「あはは、北斗。何で、何で…こんなムスくれてんの?」 そうだ、俺はご当地担当者の怠慢に、腹を立てている様子を写真に収めたんだ。 「じわる!」 星ちゃんがそう言って俺の写真をみんなに見せる。 俺はそれを無視して笑い声を浴びた。 「じわじわ来るな、北斗のこの表情は…じわじわ来る…!」 春ちゃんがそう言って、俺の写真を欲しがった。 「星ちゃん!誰にもあげちゃダメだからね!」 俺はそう一言言って、夕焼けに染まった空が、青い夜空に代わる境界線を眺めた。 帰ったら小さい弓のやすりを掛けて、明日ホスピスに行ってみよう… 紫の空を見て瑠唯さんを思い出す。 この空みたいに綺麗な人だ… 早く喜ぶ顔が見たいな… 帰りのマイクロバスも同じ人が運転手の様で、俺を見て言った。 「バイオリンの子、帰りは喧嘩しないで大人しくしてるんだよ。」 だから、俺は言ってやった。 「は~い。」 鼻にかかった唸るような声で、誰かさんの物まねだ。 星ちゃんが俺の脇腹をどつく。 俺はそれを無視して、後ろの窓側の席に座った。 「星ちゃん、星ちゃん!」 星ちゃんを呼んで、隣に座ってもらう。 靴を脱いで、正座して座ると、星ちゃんの膝の上に体を乗せて寝転がる。 頭の上で星ちゃんのお土産の袋が、ガサガサうるさいけど、俺はそのまま彼の膝枕で微睡むと、目を瞑った。 「北斗着いたよ…」 星ちゃんに起こされて、俺は目をこすりながら体を起こす。 靴を履いて、荷物を持って、星ちゃんに連れられてマイクロバスを降りる。 一列に並んで、運転手にお礼を言って、別荘に戻る。 「星ちゃん…なんか眠い…」 俺はそう言って、星ちゃんにしなだれかかって歩く。 「何だよ、起きるタイミングが悪かったの?」 そう言って星ちゃんは俺を抱っこしてくれる。 そのまま歩の別荘に連れて行って、ソファに寝転がす。 うつ伏せに寝て、頬をソファに付ける…冷たくて気持ちいい… 「北斗、ちょっと寝たら、起きるんだよ?」 そう言ってガサガサ袋の音を立てて、星ちゃんは寝室へ向かったようだ…。 眠い…すごく眠いよ… 携帯が鳴って、微睡みながらモゾモゾとポケットから携帯を取り出す… 携帯を耳に置いて、電話に出る。 「ん…ん~ん、ねむ…ん…ん…」 ほとんど何を言ってるのか、自分でも分からないくらいに眠たくて… そのまま切って、自分の顔の横に携帯を置いたまま寝た。 まるで眠りの森の魔法にかかったみたいに…瞼が重い… 「北斗~、今日はここで寝るの?」 春ちゃんの声がして、俺の頭の上が沈んだ… 俺の顎を指先で撫でて、唇に指をあてる…グリグリと俺の歯をこじ開けて、中に入ると、俺の舌を優しく撫でて触る。 「北斗…あいつと…どんな事してるの…?」 耳元で囁かれて…鳥肌が立つ。 春ちゃんが俺に変な気を起こしてる… ヤバイ、ヤバイ… 俺は微睡みながら体を起こすと、フラフラする頭のまま立ち上がろうとする。 すぐに春ちゃんに掴まって、彼の体にもたれる様に抱かれる。 「はるちゃ…ん、や、やだ…」 俺がそう言って彼の手を退かそうとすると、春ちゃんはもっと興奮して俺の首に顔を沈める。 「あいつにやられる前に食べちゃえばよかった…あの時、食べちゃえばよかった…」 俺の耳元でそう囁いて、春ちゃんの手が俺のシャツの中を弄る。 体に這う様にして手を滑らせて、俺の乳首に繊細に触れてくる。 体が震えて、仰け反ってしまう。 「んん…やぁだ…だめ、やぁ…ん」 首を振って嫌がっても、春ちゃんの手が止まる事はない… 「ん、めっちゃ可愛い…北斗、めっちゃ可愛い…」 そう言って俺の首を吸うと、両手で乳首を弄り始める。 「あっ…あっん…やぁ、だめぇ…はるちゃん…んん、だめぇ…」 興奮した春ちゃんの息が首に当たって、息遣いが鼓膜を揺らす… 俺の股間に手を伸ばして、ゆっくり服の上から俺のモノを撫でる。 ダメだ…こんな事…したくないよ まもちゃん… コンコン 玄関の扉からノックの音がする。 俺はあれが誰か知ってる… 春ちゃんも知っているようで、俺の口を手で押さえると、彼は俺を押し倒して足の間に体を入れて来た。 「北斗…ごめんね。もう我慢できないよ…」 そう言って、春ちゃんは俺のズボンを脱がせる。 「ん~、ん、ん~~」 俺の中に指を入れて、広げる様に慣らしていく… それは全然気持ちの良い物じゃなくて…ただただ嫌悪感と恐怖が俺を襲う。 「ん…ん、んん!」 俺は怒って春ちゃんの頭を殴る。 彼は俺の体に舌を這わせて興奮してる。 塞がれた口からよだれが落ちて、顎から首に垂れていく… 「ちょっとまだ早いけど…堪んないんだ…ごめんね…」 春ちゃんは俺にそう言うと、うっとりした目で俺のお尻に大きくなったものをあてた。 「ん~~~!!」 俺は首を振って嫌がるけど、彼の耳には届いていないみたいだ。 グッと押し込まれそうになって…体を捩って嫌がった… 次の瞬間、春ちゃんが吹っ飛んだ。 それはものの見事に…放物線を描いて、床に吹っ飛んだ… 一気に体の自由を得た俺は 体を起こして、パンツとズボンを慌てて履いた… そして、春ちゃんが吹っ飛んだ理由を知る。 「まもちゃぁん!」 彼の体に抱きついて、鼻をスンスン言わせて甘える。 後ろにいた歩が、床に項垂れる春ちゃんを、バシバシぶん殴っている。 俺はまもちゃんに抱っこされて、別荘を後にする。 息が荒いのは怒っているからなの…? 大好きだよ… まもちゃん。 微睡んだ目も覚めて…夜風が冷たい… 「春ちゃんは…やりたがりなんだ…」 俺はまもちゃんの肩に顔を置いて、そう呟いた。 彼は何も言わない… だって怒ってるからね。 俺が襲われて、怒っているから…何も話さないんだ。 「もうちょっとで危なかった!」 俺はそう言って、まもちゃんの顔を覗き込む。 彼の顔は険しくて、眉間にしわが寄っていて、オジジにそっくりだった… 「んふふ、オジジだ。オジジにそっくりだ!」 俺がそう言って笑うと、まもちゃんは俺を見上げて言った。 「あいつに近付いちゃダメだ!俺は怒ってる!」 知ってるよ…でも、それは俺にじゃないだろ… 彼の肩に手を置いて、ゆっくり滑らせて背中に下ろす。 「あぁ…まもちゃん…このまま、ずっと一緒に居たいね…」 そう言って、彼の肩に顔をもたれさせて脱力する。 暗い湖を月が照らして、湖面に嘘の月が浮かんでいる… まるで…まもちゃんみたいだ。 俺の言った言葉に返答がないのは…予想していた… だから、良いんだ。 良いんだ。 「帰ったら弓をやすりたいな…そして、明日ホスピスに行きたい…ねぇ、まもちゃん、送ってよ…」 俺がそう言うと、彼は言った。 「良いよ。一緒に行く。」 まもちゃんが道路を渡る。 お店に着いたんだ。 階段を上って、玄関の鍵を開ける。 ドアを開いて、俺を下ろして、靴を脱ぐ俺に肩を貸してくれる。 俺はそのまま彼のくすんだピンクのシャツを脱ぐと、ズボンを脱いで、シャワーを浴びに行く。 まもちゃんは今日は付いて来ない。 その理由を俺は知っている。 きっと泣いてるんだ。 1人で泣いてるんだ。 靴を脱ぐとき、肩を貸してもらった。 その時…彼の俯いた顔が少し見えた。 それは、とてもとても悲しそうな表情をしていて…今にも泣きそうだった… だから、俺は1人でシャワーを浴びて、彼の慟哭が落ち着くのを待つんだ。 彼は泣くのを知られたくないみたいに見えて… 俺はそうした。 「まもちゃ~ん、俺の下着ちょうだ~い?」 浴室から大声で言う。 そろそろ出ますよって…彼に教える。 わざと音を出して、彼に俺がシャワーから上がる事を教える。 浴室のドアを開けると、いつものまもちゃんが、俺をタオルでくるんでくれる。 目元が少し赤くなっていて…可哀そうだった。 「んふふ、ねぇ、今日さ、凄い面白かったんだ…」 俺はそう言いながら、彼が持ってきてくれたパンツを履く。 そのまま歩いて小さい弓の乾燥具合を確認して、テーブルに持っていく。 「そしたら、星ちゃんが、ジンギス・かんたろう…なんて言うんだよ。おかしいよね?センスがさ…秀逸で、脱帽しちゃうよ。」 俺がそう言うと、まもちゃんも俺の隣に座って、笑って言った。 「俺だったら、ジンギス・かんじろうにする。」 馬鹿だね。 「かんじろうにしたら次男みたいじゃないか!長男なのに、次男みたいじゃないか!そういう所だよ?まもちゃんの足りない所!」 俺はそう言って、短い弓を彼に向けてユラユラ揺らした。 彼はそれを止めると、俺にキスをした。 「妬けちゃうよ。」 そう言って舌を入れてキスをする。 俺だって…妬けたんだ… 俺は弓をそっとテーブルに置いて、まもちゃんの体に跨って、彼を抱きしめる。 「俺も嫌だった…まもちゃんがあの人と居るの…見るだけで嫌だった…。ねぇ、なんであの人は俺にマウントをとるの?どうして…わざわざ…あそこに来てまで…俺に見せつけるの?」 悲しそうに目を歪ませるまもちゃんの瞳を見ながら、彼の頭を両手で支えて、愛おしく髪を撫でながら聞く。 「俺が…北斗を大好きだからかな…」 そう言って、精一杯の答えを俺に言って、まもちゃんはキスをせがむ。 だから俺は彼に熱くてむせ返るようなキスをしてあげる。 「まもちゃん…嫌だよ…やめなよ…結婚なんてしないで…俺と一緒に居ようよ…」 そう言いながら彼に何度もキスする。 今日はやけに聞き訳の悪い事ばかり言っちゃうんだ… 俺が帰り道で言った…“このまま、ずっと一緒に居たいね…” その言葉で…あんなに隠れて泣きたがった彼に心がざわつくんだ。 嘘つきの彼の事だから、嘘でも“そうだね”と返すと思った…。 そんな嘘も付けないくらいに揺らいでるの…? 俺の読みでは…彼は復讐を遂げたら自殺するつもりに思えたんだ。 それ程までに彼は他との距離を取って…欺いて、刹那的に生きてる気がした。 今まで…その為に自分を殺して頑張って来たんだ…止められないって思ってた。 でも、それが揺らいでる様に見える。 だったら、俺は…止めたいんだ!! 向かい合いながら、お互いの髪の毛を撫でてイチャついてる。 まもちゃんは、俺の前髪をくるくると指先で丸めるのが好きみたいだ… 「北斗のサラサラな髪の毛を、天パにする計画を立ててる…」 そう呟きながら、微笑んで、俺の前髪を指に巻き込んでいく。 おっかしい… 「今日ね…オジジと遊んだんだ。譲さんのバイオリンで、ラ・カンパネラを弾いた。」 彼の髪をサワサワと指で解かしながら、彼の兄の名前を言う… 一瞬、驚いたような表情になって、まもちゃんの笑顔が消える。 「北斗…嫌だ。その話はしたくない。」 明らかな拒絶反応を受けて、俺は笑う。 「どうして?譲さんは、ラ・カンパネラが最後まで弾けなかったんだって…確かに、あれは超絶技巧だ。俺だって大変だったもんね。でも、オジジが言ったんだ。このバイオリンで弾いてくれてありがとうって…俺はそれを聞いて、嬉しくなったよ。」 俺はそう言って、固まった彼の顔を解す。 「…もう嫌だ。」 まもちゃんはそう言うと、俺を体から離して廊下の奥へ姿を消してしまった。 どうやら、まもちゃんは、自殺したお兄さんの事を…俺に言われたくなかったみたいだ。 でも…今の機会を逃したら…俺は彼から聞く機会を失う… 一度踏み込んだお兄さんの事…無かった事になんか出来ない。 このまま進むしかないんだ…北斗、逃げるな。 立ち上がって、彼の逃げて行った方へ歩いて向かう。 怖くなんて無いのに…体が震えてくる。 ベランダの開き窓の前で、突っ伏して泣く彼の背中を見てそのまま背中を抱きしめる。 「…嫌だ!」 そう言って、腕で振り払われて心がズキンと痛くなる…。 激情を放出する彼にたじろいで、体の震えが大きくなって声まで震えてくる。 「ま、まもちゃん…」 そう言って彼の背中を触ると、それすら拒絶するみたいに体を俺から離して彼は悲痛な声で言った。 「お前には分からないだろ!もう詮索するな…これ以上、俺の事を…詮索するな!」 怒りに任せた形相で、彼に怒鳴られて…俺は呆然とした。 「ご、ごめん…まもちゃ…」 そう言って、フラフラと立ち上がって、彼を残してテーブルに戻った。 そして、小さな弓を手に持つ。 震えて仕方のない手で…小さな弓を持って、やすりを掛ける… 「うっ…うう…うっ、ちくしょう…」 涙がポタポタ手に垂れて、汚く弓を汚す。 あんな彼の姿を見て…怖くなった。 自分を拒絶する彼の目を見て…怖くなった。 人の激情に触れて…恐ろしくなった… 俺みたいなガキが口を挟んで良い事じゃなかった。 俺は全ての弓をやすりに掛けると、歯磨きをして、まだ戻って来ない廊下の奥を見て言った。 「まもちゃん…寝るよ…お休み…」 返事は当然ない。 俺は彼を傷つけた。 土足で、彼の知られたくなかった領域を踏み荒らしてしまった。 1人、彼のベッドに横になって目を瞑る。 彼が来てくれることを信じて、待つ。 彼は俺にそんな事は求めていないんだ… ただ、甘ったるくて…快感を共有して…馬鹿みたいに笑うような…そんな癒しを…求めていただけなのに…。 出しゃばった俺は、彼の踏み込んではいけない場所に入ってしまったんだ…。 だって…死んでほしくなかったんだ… 涙があふれて頬を伝う… 向こうから足音が聞こえて、コトンと俺の小さな弓を手に取る音が聴こえる。 俺は目を瞑って… 彼に気付かれない様に…涙もそのままに寝たふりをする。 歯磨きをして、電気が消されて、室内が暗くなる… 俺はうっすらと目を開けて、背後に体を横にする彼を感じる。 俺の体を抱くこともなく、背を向けて眠る彼に言った。 「まもちゃん!抱っこして寝てよ!」 つい言った…いや、怒鳴って言ってしまった。 寝たふりして、穏やかにしようとしたのに… 彼が俺を抱かないのが…嫌だった。 まもちゃんはため息をついて、俺の体の方に寝返りをすると、俺の体をいつもの様に後ろから抱いて、俺の髪の毛に大きな音を立ててキスした。 俺は寝返りをうって、彼の胸に体を寄せて鼻をスンスン鳴らした。 そして何も言わないで、彼の胸の鼓動を聴きながら目を閉じる。 まもちゃん…もう聞かないよ…二度と、聞かないから。 俺を嫌いにならないでよ… 湖面に映った月を掴もうとしたら、波紋が広がって、月が粉々になるみたいに… 俺の前から…俺から離れて行かないで… 怖くて、体の芯が揺れる。 でも…そうしたら、彼を止められない… 止められなくなるんだ。 どうしたら良いの…星ちゃん そのまま目を瞑って…彼の鼓動を聴く… …死んでほしくなかったんだ…

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