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8月22日(土)_02

「北斗…鍵開けて…」 まもちゃんから鍵を受け取って、一足先に階段を上る。 玄関の鍵を開けて、ドアを開けておいてあげる。 そのまま俺はベッドの上に座って、大人が荷物を運ぶのを眺める。 「下で飲めば良いのに…」 俺がそう言うと、まもちゃんが口を開けた。 「そうか…」 そうかじゃないよ! これで、俺は部屋を追い出されなくて済んだ。 明日の燕尾服を壁に掛けて、彼らは下のお店にしけ込んだ。 俺はバイオリンのメンテナンスをする。 明日の晴れ舞台…お前にも頑張ってもらわないとね… 弓を綺麗に拭いて、バイオリンとケースにしまう。 蓋を閉じて、ベッドに寝転がる。 暇だし…今朝、湖で死にかけたし…寝ようかな… そう思ってうとうとしていると、下の階から大笑いする大人の声が聞こえる。 まだ夕方の5時なのに… 二人しかいないのに…凄い盛り上がり方だ… その声の中にジンギスカンが聞こえて…ドキドキしてくる… 階段をゆっくり降りて、お店のドアの前に行く… 「凄い肉の量で、ジンギスカンしてさ…こうやって、踊ってるんだよ?信じられる?」 「ダハハハ!やばい!やばい!北斗、やばい!」 やだ!俺の事言ってる!! お店のドアには鍵がかかってる… 何だよ!俺の事笑って!フン! 二階に上がって、まもちゃんに携帯でメッセージを送る。 その間にも聞こえてくる声に“ジンギス・かんたろう”と“ジンギス・かんじろう”のワードを拾って戦々恐々とする。 “まもちゃん、俺の事笑ったらヤダ。違う話して!” 俺はそれを送信して返信を待った。 しばらくぼんやりしていると、下から大笑いが聞こえる。 「ほら~、まもちゃ~ん!ヤダって、言ってるのに~!も~!」 そんなのりちゃんの声がする… 携帯に返信があって、俺は視線を携帯に落とす。 “めんご、めんご” 何これ…!? めんごってなに!? 早速、携帯で検索する…めんご 死語の所に出てきて、腹を抱えて1人で笑う。 死語を使ってる時点で立派なおっさんだな… ふぅん…“ごめん”のことを“めんご”って言うんだ… 逆から言えば、“んめご”なのに…なんで“めんご”何だろう… そんなどうでも良い事をひたすら考えて時間を過ごした… 「北斗~」 外から名前を呼ぶ声が聞こえて、階段を降りて行く。 「直生!伊織!」 ケルト神の二人が車でやって来た。 背後のお店から大爆笑が聞こえてくる… 「何事だ…?」 直生が訝しげにお店を見る。 「まもちゃんの心を許せる友達が来ている。だから、二人きりで楽しくお酒を飲んでる。俺は酔っ払いが居るからって追い出されてる。」 俺はそう言って、直生に言った。 「今日、瑠唯さんの所に行ったんだ。少し…元気が…」 俺がそう言うと、直生が被せる様に言った。 「聞いた…あの小さい弓。本当に作ったんだな…北斗。凄い本格的に毛が張られていて、驚いた…。ありがとう…喜んでいたぞ。」 俺は言えなかった…瑠唯さんが血を吐いた事を、怖くて言えなかった… ただ、直生は俺を見て、まるで安心させるように体を撫でた。 「…うん、それなら良かった。」 そう言って伊織を見る。 髪の毛の向こうから俺を見る目は穏やかそうだ。 俺の前髪を撫でる様に触って、首を傾げて言う。 「北斗。前髪が俺に似て来たな…やっぱり俺の所に来るのか?」 そうか…前髪が伸びて、目にかかるから…みんな俺の前髪を触るのか… 俺は前髪をかき上げて、二人を見ると聞いてみた。 「明日の準備は出来てるかい?」 二人は顔を見合わせて言った。 「本当に、これで上手くいくかね…?」 「実は、俺は昨日…またさっちゃんに会ったんだ。そして、酷く煽った…これは宣戦布告と取られてもおかしくない状況だ。俺は仕掛けた。だから、やるしかないんだよ…分かるかい?直生君?伊織君?」 俺はそう言って両手を後ろで組んで、彼らの目の前を行ったり来たり歩いて、演技がかって言った。 「わが愚連隊は特攻する覚悟で、明日1000出陣するのだ!」 「北斗はミリオタなのか…」 伊織が嫌そうな顔をして言う… 俺はそんな伊織の目を覗き込んで言った。 「ここらで一回、合わせて見ないか…?」 俺がそう言うと、直生と伊織は車からチェロを下ろす。 俺は二階に行って、自分のバイオリンを手に持って降りていく。 「愛のあいさつ…」 俺はそう言って、車に腰かけてチェロを抱く二人を見る。 そして始まるトリオ演奏… チェロの伴奏に合わせて俺がバイオリンを弾く… 「あぁ…本当に綺麗だ…」 そう言って二人を交互に見る… 体の芯が熱くなる… 堪らない快感だ。 楽譜通りに弾かない二人に合わせて、俺も少しだけ変える… きっと明日は、また違うんだ… でも、凄く、良いんだ… いつの間にか、お店の中の酔っ払いが出てくる… カメラを構えて…うっとりとした顔して連射の鬼になってるね。 全く…のりちゃん… あんなに酔っぱらってはしゃいでいたのにさ。 演奏が終わって、俺は二人をそれぞれハグする。 「凄い良かった~!明日もこの調子だよ?」 俺は年下だ。 そして、この二人よりも、経験も場数もない。 でも、そう偉そうに言った。 なぜなら、このトリオのボスは俺だからだ。 「じゃあ、次はあれをやろう…?」 俺がそう言うと、彼らは姿勢を正した。 バイオリンとチェロで弾く、カチューシャ… いつものメロウな雰囲気を一変させて、俺はこれをマーチにした。 「んふふ!良いじゃないか!」 俺はそう言って、スキップしてバイオリンを弾いた。 立ち止まって、歌いながらバイオリンを弾く。 まもちゃんはその様子を口を開けて唖然として見ている… 「じゃあ、最後に因縁のあれをやるよ?」 俺はそう言ってバイオリンを首に挟むと、弓を構えて、二人を見ながら…息を合わせて弾いた…フィガロの結婚式マーチバージョン。 「悪くない…。ただ、少し…ダサいな…」 俺がそう言って考え込むと、直生が言った。 「もっと崩してポルカにしてしまえ…俺達がリズムをやるから、お前はそれに合わせて、いつもの様に弾けば良い…」 ぶっつけ本番か… 気合を入れる様に、俺はいきなりハンガリー舞曲を凄い勢いで弾き出した。 慌てて合わせてしまうチェロ二人を見て笑う。 「アハハ、これは何のサガだ?!」 俺が笑って聞くと伊織が言った。 「北斗の事が好きな人のサガだ。」 可愛い事を言うんだ…! 「惚れてまうやろ~~!」 俺はそう言ってハンガリー舞曲をアレンジして弾きならす。 俺のアレンジに付いてきて、彼らは2を3に上げる。 だから俺は3を4に上げる。 こうして紡いで、どんどん曲のクオリティーを上げていく。 堪らないんだ…この感覚が堪らなく好きだ。 これがセッション、合奏の醍醐味だ! 楽しく弾き終えて弓を下ろす。 「北斗が欲張った。」 直生が俺を見てそう言って鼻で笑う。 俺の演奏にケチをつけるのか!? 確かに最後、俺だけ目立って欲張った演奏をした…!! 「なんで?ダメなの~?欲張ったらダメなの~?」 そう言って直生にくねくねして甘える。 「北斗は欲張った!」 伊織が構って欲しくて直生と同じことを言う。 「何だよ。良いじゃん。欲しがって。俺はもっと欲しかったんだ!」 俺が開き直ってそう言うと、直生が言った。 「あそこで止めておけば100点だった。欲張ったから83点だ。」 は? 「んな訳無い。せいぜい98点だ。」 俺はそう言って直生の髪を解いてぐちゃぐちゃにした。 「北斗は63点だ。」 伊織が構って欲しくて俺にそう言った。 だから俺は伊織の前髪を全上げして、おでこにデコピンを沢山お見舞いしてやった。 ひと演奏して、悪だくみの成就を願う。 「じゃあ、明日10:00に迎えに来てね。」 そう言って二人の車を見送る。 後ろですっかりカメラ小僧と化したのりちゃんに言う。 「彼らは凄い演奏家だよ?俺のお師匠さんだ。」 俺はそう言って、まもちゃんに深々とお辞儀をする。 明日の主役だからね。 「北斗、さっきの曲は明日弾く予定じゃないだろ?」 俺の顔を覗き込んで、呆然とした表情のまもちゃんが言う。 俺は彼の顔を見上げて笑って言った。 「言っただろ~?やられたら、やり返すって…」 「ダメだ!危ない…嫌だ!北斗!そんな事するな…!」 まもちゃんはそう言って俺の体をギュッと抱きしめる… まもちゃんの狼狽えぶりに、慌てたのりちゃんが俺に言う。 「北斗。やり返したりしたらダメだ…護の兄さんがどうなったか…知らないだろう…?」 俺はのりちゃんを見て静かに言った。 「知ってる…聞いたんだ。でも、誰もまもちゃんの家の事とは知らなかった。俺だけ、気が付いた…彼の家がバイオリン工房をしていると知っていたから…気付いた。ごめんね…まもちゃんの事、知っていたんだ…俺。…黙っていて、ごめんね。」 俺を強く抱きしめて、泣き始めるまもちゃんを抱きしめて言う。 「ねぇ、俺が譲さんみたいに…手を潰されてしまうんじゃないかと気が気じゃないんだろ…?それを苦に、どうにかなってしまうんじゃないかって…心配なんだろ?」 彼の頬を包んで持ち上げると、まもちゃんは俺を睨んで言う。 「お前にもしもの事があったらって考えたら…怖くて何もできない…!小さい頃から、遊びもしないで、培ってきた努力が…すべて台無しになるかもしれないんだぞ?そんな危険を冒させたくない!あんなに苦しみながら頑張ってきたお前の…全てを守りたいんだ!心配し過ぎで…俺はお前のせいで、復讐すら出来なくなりそうだ!だから…もう、何もするな!!」 グシャグシャの不細工な顔になったまもちゃんに言う。 「嫌だ。あんな奴に俺は負けない。もし酷い目に遭ったとしても、オジジが面倒見てくれるって、この前約束してくれた。でも、そうなるなと…釘も刺されたけどね。」 俺がそう言って笑うと、まもちゃんがグシャグシャの顔で言う。 「なんで!いつの間に!俺の親父とそんなに仲良くなってんだよっ!」 そう言って俺を抱きしめてワンワン泣く… 「…俺はおやじキラーだから。」 俺はまもちゃんに笑って言う。 「俺は強い、そして賢い、そしてケルト神が付いてる。そして、ここに住んでいない。31日になったら手の届かない場所に行ける。だから…やり返すんだ!」 だから…と繋げて言う。 「もし、俺の悪だくみが成功して…まもちゃんの気が晴れたら…。もう、雪の進軍は…止めてくれよ…お願いだ。」 そう言って彼の頭を抱きしめる。 「ねぇ?護…俺のお願いだ…愛してるんだ。」 そう言って彼の背中をさする… まもちゃんは泣いてしまってどうしようもなくなった。 きっと酔っぱらってるから、いつもの何倍か感情が増幅されてるんだ。 俺はのりちゃんに助けてもらいながら、泣き虫のまもちゃんをお店の中に入れてあげる。 「北斗は…無茶苦茶だ…」 そう言って呆然とするのりちゃんにケラケラ笑って言う。 「白は白だ…そして黒は黒。間違ったことを指摘して…何が悪い。譲さんは当然の事をした。俺だって言った…彼と俺の違いは…何だ。彼がお抱えのバイオリン職人だったからか?それとも、俺が東京の人間だからか…。」 俺がそう言うとのりちゃんは俺を見て呆れた顔をした。 すっかり酔いも醒めてしまった様子だ。 俺はいつまでも俺にしがみ付いて泣いてるまもちゃんに言った。 「まもちゃん…?今日、重ちゃんのお母さんに言われた。あの人たちと付き合うと良くないって…さっちゃんの家の事を嫌悪していた様だった。きっと衰退するだろう。もう長くない。そんな気がするよ…。」 俺は彼の顔を持ち上げて言う。 「まもちゃんが手を下すまでもなく…衰退していくだろう…諸行無常だよ。」 だからもう止めなよ… こんな身を…心を削るような事…もう 「まもちゃん…もう止めな…ね?」 俺はそう言って、不細工な彼にキスをした… お酒の味がして…苦くて嫌だった。 のりちゃんをタクシーに乗せて、俺は飲んだくれのまもちゃんを二階にあげる。 「重い~まもちゃん!」 何とか二階にまもちゃんを連れて来て、靴を脱がす。 何て大きな靴なんだ! そのまま彼をベッドに寝かせる。 半分寝てるの? 半目が開いて、口も半開きだ… あの後、まもちゃんが突然リカバリーしてくだを巻き出したから、俺は二階に退散した。 お風呂に入り、しばらくバイオリンの手入れをしていたら、のりちゃんが帰るって言うから、タクシーを呼んで見送った。 まもちゃんの姿が見えなくて、お店に戻ったんだ。 厨房でヨレヨレになってるまもちゃんを見つけて… 今、ここだ… 「飲み過ぎだ!お馬鹿だな!」 俺はまもちゃんにそう言うと、彼のシャツを脱がせてあげる。 「北斗…北斗…」 そう言って俺の体を掴むと、ベッドに引き込むように体を回転させてくる。 「んおっ!」 力の差は歴然だ… 「まもちゃん!やだ、酒臭い!」 キスをしようとしてくる彼に、俺は嫌がって手で防御する。 「北斗…俺の事が…嫌いなのかなぁ…」 どうしようもないな… 「嫌いじゃない…お酒の匂いが嫌なんだ。」 俺はそう言って、まもちゃんの頭を抱く。 彼はそのまま俺の首にキスをしてハフハフしてくる。 「ダハハ!こら!ダハハ!」 こしょぐったくて足を暴れさせていると、まもちゃんが俺に覆いかぶさって言った。 「北斗…大好きだ…嫌だ…危ない目に合わせたくないよぉ…兄ちゃん…助けてよ…」 胸が痛くなる… 彼の髪の毛を撫でて、優しく解かしてあげる。 「護…大丈夫だよ…北斗は強いから…大丈夫。」 そう言って彼の頭を抱きしめる。 彼の体が重くても…我慢して、抱きしめて安心させる。 「まもちゃん…大好きだよ…愛してる…俺の可愛い、まもちゃん…」 ぐっすり寝た彼にそう言って、体の下から這い出る。 何て重たい体なんだ…! 俺は彼の服を着替えさせることを諦めた。 歯磨きをして、電気を消して、酔っ払いの隣に寝転がる。 彼の寝顔を見ながら口ずさむ…雪の進軍。 「雪~の進軍、氷を踏んで、ど~れが川やら、道さえ知れず~」 彼の耳に届いたのか…口元が緩んで、だらしない笑顔になる… 馬鹿だな、護。 「明日12:00 北斗様がパラシュート付きで…特攻してやるよ。」 そう言って彼の頬をペチンと叩いた。 そして背中を向けて、自分で、うつぶせて寝る彼の体にくっ付いていく。 彼の重たい腕を持ち上げて、自分に掛ける。 どうぞ、彼が酔っ払って寝ても、いびきをかきません様に… そして、目を瞑って眠る。 明日の決行の為に。

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