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8月23日(日) さっちゃんの結婚発表会_01
8月23日(日) さっちゃんの結婚発表会
「まもちゃん…まもちゃん…起きて…?今日は、走りに行かないの?」
いつもの習慣で、4:30に目が覚めた…
昨日、寝かせた状態のままの彼に不安になる。
死んでないよね…?
よくあるじゃない…酔ったまま寝て、窒息してるとか…
うつ伏せて寝ている彼の背中を揺する。
「まもちゃん!まもちゃん!ん~、起きて!」
俺の声に、少しだけ目を開いた。
「あっ!まもちゃん!起きた?」
彼の隣に横たわって、顔を覗き込む。
「ねぇ…今日は走らないの?今4:30だよ?」
閉じていきそうになる彼の瞼を、指で無理やり上げる。
「まもちゃん!まもちゃん!」
それでもクークー寝息を立て始める彼に、困ってしまった…
俺はベッドから起き上がって、彼のお尻を蹴飛ばす。
「アフン!」
変な声は出したけど、起きそうにもない…
俺は足元のバイオリンを取り出すと、首に挟んで弓を構えた。
そして、朝も早くから…ラ・カンパネラを弾いた。
超絶技巧なんだよ…まもちゃん…?
俺のこれ見よがしの超絶技巧に、まもちゃんの目が開く…ウケる。
このまま超絶技巧、3倍に突入してやろうか…しかし…体がもたないだろう…
あれは、Gを凄く…体に感じるから…くそ!オラにもっと、元気があれば…!
そんなふざけた気持ちで、ラ・カンパネラを弾いた。
弦を抑える指も、弓を運ぶ腕も、今日は絶好調だ…!!
目の前のまもちゃんは、目は開いてるけど…まだ体を動かさないでジッとしてる。
「まもちゃん、まもちゃん、ガリバーなの?ガリバーごっこしてるの?」
彼の顔を覗いて聞く。
「…北斗、あれ…初めて…最後まで聴いたよ。」
目を見開いて驚いた顔をして、まもちゃんがそう言う…
そうか…譲さん、まもちゃんのお兄さんは、これ、挫折したんだっけな。
「どうだった…?」
俺はワクワクしながら彼のコメントを待った…
「やっと…スッキリしたわ…!」
その…ぱぁっ!とした表情がツボった…
じわる…!
俺は笑いながらまもちゃんのお尻に頭を乗せて、体を横にして、彼の顔を見る。
「まもちゃん、起きてよ。走りに行かないの?」
「行かない。今日は行かない!」
そう言って俺のつま先を掴んで、撫でる。
「じゃあ、お風呂に入って来てよ…」
俺はそう言って、つま先を持つまもちゃんの手を、反対の足で退かす。
彼はまた俺の足を掴んでつま先を撫でてくる。
「んふふ…」
俺が笑うと、彼も同じように笑う。
「まもちゃん…お風呂に入って…俺を抱いてから行ってよ…」
俺がそう言うと、まもちゃんは起き上がってフラフラとシャワーに行った…
31日まで、後、一週間だよ…知ってる?
俺は…心の準備が出来ないよ…
出来そうにもないよ…
まもちゃん。
「北斗~!お風呂入ったよ~!」
元気に出てくる彼に押し倒されて、ベッドの上で彼を見上げる。
濡れたままの髪の毛がいやらしく見えて、彼の髪を指で解かした。
俺の顔を見て、うっとりした目でまもちゃんが言う。
「北斗ちゃん。今日は、何をするんだい?」
俺はまもちゃんの首に手を回して言った。
「今日は…まもちゃんの結婚発表会に行って…演奏を…します。」
俺がそう言うと、まもちゃんは嬉しそうに笑って、顔を俺の首に下ろしてきた…
「悪い事…しないんだよ?」
そう耳元で言って、俺の耳を舐める。
背筋に電気が走ったみたいに震えて、顎が上がって、小さく喘ぐ…
「まもちゃん…堪んない…もっとして…もっと気持ちよくしてよ…」
俺はそう言って、まもちゃんの体を抱き寄せる。
彼は俺のTシャツに手を入れると、俺の体を舐める様に撫でていく。
その手が這った所が、ボウッと熱を帯びて熱くなる。
体の奥がじんじんして、腰が疼いて来る…
「まもちゃん…キスして…俺にキスしてよ…」
彼の頬を掴んで、自分に向かせると、俺は彼にキスをする。
それは熱くて…トロけそうなキス。
息をしながら、いやらしい音を立てて、口を開けながらキスをする。
「まもちゃん…まもちゃん…」
彼の名前を呼びながら、既に溺れてる頭で、彼のくれる快感に没頭する。
俺の股間を優しく撫でて、興奮させてくる…
だから、俺も彼の股間を撫でて…興奮させる。
まもちゃん…!大好きだよ…
堪らない…彼を俺の物にしたいよ…
「北斗…はぁはぁ…まもちゃんの、こんなに大きくしてどうするの?」
鼻で笑う様に、まもちゃんが俺を挑発してくる…
俺は彼の体に乗りかかると、彼のパンツを下ろした。
「まもちゃんの…してあげる…」
俺はそう言って、彼のモノを口に咥える。
「あぁ…!北斗…そんな事したら…だめなんだぁ…」
まもちゃんのモノを、美味しくお口で扱いて大きくしていく。
堪らないよ…こんなモノが、俺の中を気持ちよくしてくれるなんて…
最高だね…
「あぁ!北斗、北斗…きもちい、まもちゃんの気持ち良くなってるよ…」
知ってるよ…
俺は頑張って大きな彼のモノを口の中で気持ち良くする。
舌を這わせて、ねっとりと彼のモノを扱く。
彼のモノがグングン大きくなって、ガチガチに硬くなる。
俺は両手で彼のモノを扱く。
「あはっ!北斗!こら、ダメだ…イッちゃうじゃないか…!」
体を起こして、俺にキスして、俺の体をベッドに倒す。
俺に大きくされたモノを、俺の太ももに擦り付けながら、まもちゃんが俺の乳首を舐めて弄る。
「んん…まもちゃん…はぁはぁ…気持ちい…まもちゃん…あっ、あっ…あぁああ…」
頭の中が真っ白になって、クラクラしてくる。
柔らかい彼の髪の毛を触りながら、彼の息を肌に受けて、腰が疼いて動く。
「北斗ちゃん…今日は…一段と、可愛いね…」
そうだろ…俺は哀しいんだ…
だから、まもちゃんが沢山欲しいんだ。
俺に溺れてよ…もう何も分からなくなる位…
俺は彼の髪を掴むと自分に引き寄せて、キスをする。
それは普通のキスじゃない…狂ったみたいに彼を求める貪るようなキスだ。
俺の毒があなたに回ってしまえば良いのに…
そんな風に軽口が効けなくなる位…翻弄されるくらいに…俺に夢中になってよ…
彼の上に跨って、彼のモノの上に乗って、いやらしく腰を動かして、彼を見降ろす。
「まもちゃ…ん…はぁはぁ…気持ちいよ…」
そう言って、彼のモノを自分のモノと一緒に扱く、腰を揺らして体を反らして、いやらしくねっとりと、腰を動かして、彼に毒をまき散らす。
「北斗!!」
極まった彼が俺の体を鷲掴みにして、ベッドに沈めていく…
俺の中に指を入れて、中を快感で満たしていく。
「はぁああ!まもちゃ…ぁあっ!あぁ…ああん!まもちゃん!まもちゃぁん!!」
指の数がいつもよりも早いペースで、どんどん増えていくのは、俺の体が慣れてきたせいなの?それとも…我慢できないくらい…興奮してるの?まもちゃん…
「んん…!まもちゃん!きもちい…はぁはぁ…!挿れて…挿れてよ…」
そう言っていやらしく腰を動かして、彼を挑発する…
彼の体にじっとりと指を這わして、弾力を感じながら、頭の中が真っ白になって、このまま引き裂いて…殺してしまいたくなる…
「はぁはぁ…まもちゃん…キスして…そのまま殺してよ…俺の事…」
俺の言葉を聞いた時の…彼の目が…堪らなくいやらしくて…頭がクラクラする…
俺の足の間に体を入れて、彼が中に入ってくる…
早くして…早く、早くしてよ…!
まもちゃん!!
俺は我慢できなくて、彼の背中をひっかく…
痛みに歪む彼の顔がいやらしくて、口端が上がって興奮する…!
俺の中に押し入って体中に快感が満ちてくる。
堪らなくて、顎を逸らして、快感に足先が伸びていく。
「んんっ…ぁああ!はぁはぁ…まもちゃん…まもちゃん!大好き大好き…」
俺は彼の背中を掴んで、彼の腰の動きを感じて興奮する。
勃起した俺のモノが彼の腹に当たって擦れる。
「ん~~!イッちゃう!気持ちい!まもちゃぁん!」
俺は腰を震わせて、彼の腹に精液を吐き出す。
それでも、彼の腰は止まらなくて、俺の中をいやらしく動いて挑発してくる…
堪らないよ…まもちゃん…凄く良い。
彼の髪の毛が、腰を振る度に揺れて、彼の顔が歪む。
俺はじっと彼の顔を見ながら喘いで、彼の目を見ながら快感を感じる。
堪らない…!!
まもちゃん、凄く気持ちいい…!
あなたの目が…あなたの口が…どれもいやらしく見えて…俺を興奮させる。
俺の中が快感でいっぱいになって、彼の腕にしがみ付きながら、快感に翻弄されて喘ぐ。
「んん!はぁはぁ…まもちゃん…あっあっああん!はぁはぁぁあん!まもちゃん!まもちゃん!」
快感が強すぎて、俺はイキっ放しになって、一体何回イッたのかも分からないくらいに快感に溺れる。
見つめる彼の目が歪んで、俺の中の彼がドクドクと暴れて、熱いものがお腹に溢れる…
彼は口からよだれを垂らして、だらしない顔になって、俺の方に項垂れる。
堪らない…可愛いまもちゃん。
俺のまもちゃん…誰にも渡さないよ…
俺は彼の背中を抱きしめて、両足で彼を挟んだ。
「嫌だよ…まもちゃんは俺のだ…」
そう言って、トロけた瞳の彼にキスをする。
印をつけるみたいに。
いつまでもキスする。
「北斗…北斗…」
俺の名前を連呼するまもちゃんに言う。
「なぁに?お爺ちゃん…」
俺がそう言うと、彼は吹き出して笑う…
ヨロヨロと起き上がって、俺の体を起こす。
お尻から、彼のモノがあふれて出てくる。
手で押さえてシャワーへ向かう…
「ねぇ…まもちゃん…今何時だったか見た?」
お尻を綺麗にしてもらいながら、まもちゃんに尋ねる。
「見てないよ…北斗しか、見てない…」
可愛いな…
「そう…」
俺はそう言って浴室の壁に顔を付けると、彼にされるがままに綺麗にしてもらう…
「北斗、北斗…外に出すから…もう一回、良い?」
俺の背中を舐めながらまもちゃんが聞いて来る。
俺は顔を仰け反らせて言う。
「まもちゃん…キスしながらして…」
そう言って彼の唇に舌を這わして舐める。
「あぁ!北斗…!」
極まったまもちゃんが、俺の中に再びモノを挿れる。
快感が再び襲ってきて、足がガクガク震える。
下から突き上げる様にねっとりと腰が動いて、俺のモノがブラブラと揺れる。
キスしたままの口端から、息と一緒に喘ぎ声が漏れる。
堪らなく密で…堪らなくいやらしい…
彼の手が俺の体を撫でて、愛撫されると体が跳ねるくらいに感じる。
自分でおねだりした癖に、俺は彼から口を離した…
だって、思いきり喘ぎたかったんだ…
きもちよくて、堪らない…!
「はぁはぁ…んっ、はぁあっ、あっ、あっああ!ん、はぁはぁ。気持ちい!まもちゃん!」
俺のお尻のほっぺを撫でながら、まもちゃんが俺の中をいやらしく刺激する。
「ダメ…!ダメぇ!イッちゃう…!イッちゃうの!」
俺はそう言って顔を下げる。
震える自分の足を見て、自分のモノがよだれを垂らしてビクついているのを見る。
「あっああん!はぁはぁ…だめ、だめぇっ!イッちゃう!ん~~!あっああん!!」
足が震えて、力が入らなくなった体に、腰だけが激しく震えて、ドクドクと精液を吐き出して、イッてしまう…
まもちゃんのモノがグングン硬くなって、俺の中をいっぱいにする。
まもちゃんの腰が動くたびに、体の奥が気持ち良くなって、震える足に衝撃を与えていく。
壁に頬を付けて、体を起こす力も入らない俺は、彼の与える刺激にいちいち悶えて、体を振るわせる…
俺の腰を掴む彼の手の力が強くなって、俺の中の彼のモノがガチガチになる。
こんなの…気持ちいいに決まってる…
俺は顔を仰け反らして、口からよだれを垂らしながら、彼のモノが硬くなって、暴れるのを感じる。
「んん~~!まもちゃん、まもちゃん!大好き大好き大好き!」
そう言って、彼の手を掴んで、真っ白になってイク。
彼もいっしょに俺の中で、ドクドクと精液を吐き出してイクと、俺の背中にもたれて、荒い息を俺の耳に浴びせた…
「北斗…ごめん…中に出しちゃった…」
お尻を綺麗にしてもらって、浴室を出たら、9:00になっていた。
まもちゃんは絶句していた。
だって、9:00に迎えに行くはずだったみたいで、携帯がさっきから鳴りっぱなしだ。
「大変だね。まもちゃん。大変だね。」
そう言って笑う俺にキスして、まもちゃんはシャツとズボンを履くと、ジャケットを持って玄関を飛び出していく。
俺はTシャツとパンツ姿で追いかけて、車に乗る前の彼にキスをする。
「まもちゃんは俺のだ…」
そう言って、何回もキスする。
これで…今日を乗り越えられる?
これで、今日、待ち受ける事を乗り越えられる?
分からないけど…
車を出して、俺にクラクションを鳴らして出発する彼を見送る。
1人、二階に戻って、燕尾服を着る。
端から自分でつける気の無い蝶ネクタイをポケットに入れて、
彼の立ち去ったベッドに突っ伏して、泣いた…
彼の匂いが付いたベッドに…甘える様に体を縮込ませて…泣いた。
表に車が停まる音がして、顔を上げてジャケットを持つ。
用意された皮靴を履いて、バイオリンと楽譜を手に持って玄関を出る。
ヘッドホンを忘れた事に気付いて、部屋に戻って枕もとのヘッドホンを首に掛ける。
ふと見上げた棚に、小鳥の水笛が置いてあるのを見つけて、口元が緩む。
外でクラクションが鳴って、慌てて部屋を出る。
鍵をかけて、階段を降りる。
「ごめ~ん。」
そう言いながら彼らの助手席…伊織の膝の上に乗り込む。
「北斗…中々良いじゃないか…」
俺の燕尾服を見て、直生が頬を赤らめる…
「うん…中々…可愛い仕上がりだ…」
伊織も満足な燕尾服…
まもちゃんもコスチュームにはこだわるタイプなんだな…
「そう?彼が選んだんだ。」
俺はそう言って、伊織に蝶ネクタイを付けてもらう。
そして車が出発して、決戦の地へと向かう!
車から降りて、燕尾服のジャケットを羽織る。
「北斗…可愛いな…良く似合ってるな。」
ベタベタと俺の体を触って…
直生…がっかりだよ。
「いや、なかなか良いな…とても良いな…あいつの見立ても…うん、悪くないな…」
俺の体に纏わりつく伊織は、車の中でもお触りが激しかった…ジャケットを着た後では、もはや周りの目など気にしていない様子でご執心だ…
変態ロココの暴走により…身動きが取れなくなる…
周りは会場設営で人がごった返して動く…
白いバラのアーチ…白い円卓と、白いテーブルクロス…
ピンクの花飾りがあちこちに飾られて…まるでガーデンウエディングだ…
「ねぇ、集合場所に行かないと!リハーサルがあるだろ?」
俺は喝を入れる様に二人に声を荒げる。
我に返った二人は車からチェロを下ろすと肩に掛けて歩く。
その二人の後ろをリーダーの俺は歩く。
大きなチェロがそうでも無く見える体の大きさにケルト神を感じつつ、黒いスーツを着た彼らが意外にも…いや、意外では無いな…
素敵に見えて…うっとりするんだ…
「こっちです~!合奏のリハ、こっちです~!」
大きな声を出して、女性が俺達を呼ぶ。
集団に加わって、言われたポジションに着く。
俺はケースからバイオリンを取り出して、足元に楽譜を置く。
「…キミ、覚えてるかい…」
右から声を掛けられて、顔だけ動かして見る。
「あ、この前サロンに居た…楽団の方ですよね?」
そうだ、一緒にポルカを弾いたあの時のバイオリニストの人だ。
「あの時はありがとうございました…」
俺は小さな声でお礼を言ってペコリとする。
「良いんだ。楽しかったし…キミのバイオリン、とても良かったよ…」
こんな所でプロに褒められて、ちょっと嬉しくなった。
「はい、では本日は集まっていただきありがとうございます。えーっと、本番まで、リハーサルとして、1、2回しか合奏できませんが、プロなので根性で乗り切ってください。では、まずはメンデルスゾーン、結婚行進曲をお願いします。理久先生…指揮をお願いします。」
女性と入れ替わる様に指揮台に乗るのは、理久。
目が合って、彼は微笑んできたけど、俺は冷たい目で彼を見つめ返した…
気になったように、俺を何度も見てくる理久に、嫌悪感を感じる。
…今更なんだよ…
俺が苦しむって分かっていて、楽譜を沢山寄越した癖に。
白々しいじゃないか…理久。
馬鹿な俺は、気付かないとでも…思っているの?
全部…お前の仕業だろ?
さっちゃんの伴奏の件もそうだ…目立ちたがり屋の俺が、出鼻を挫かれて悔しがるなんて…知ってるのはお前だけだよ。
どうせ、この結婚発表会だって…お前が俺を推薦したんだろ?
…俺はな…ほとほと、頭に来てんだよ…。
俺を怒らせたら、どうなるかなんて…知ってるだろ?
もう、大嫌いだよ。
指揮棒が上がって、俺はバイオリンを首に挟んで、弓を構える。
そして、トランペットの音と共に、一斉に音が鳴る。
その衝撃と言ったら…堪らないよ…
辺り一面を音が駆け抜けて、まるで津波の様に波紋を広げて流れていく。
遠くの遠くの…彼の元に聞こえる様に…
管楽器が…凄い良い…!
頭の中が痺れてしまいそうなくらいのハーモニーだ…
直生と伊織を見ると、真剣にチェロを弾いている…その姿が素敵で…不覚にも見惚れてしまう…あぁ、カッコイイ…
バイオリンの目立つ箇所も、隣のバイオリニストと一緒に合わせて、弾く…
それは初めてとは思えないくらい息の合った…合奏だ。
曲を弾き終えて、お互い褒め合う状況の中、なぜか俺だけ名指しされた…
「北斗…少し音がずれていたように思う。気を付けて…」
そう言って、指揮棒を俺に向ける理久。
ありえない…俺の音がずれるなんて…ありえない。
「すみません…気を付けます…」
俺はそう言って堪えた。
「では次…ワーグナーの結婚行進曲を、お願いします。」
そう言って理久が指揮棒を上げる。
俺はバイオリンを首に挟んで、弓を構える。
「ズレてない…キミがズレてたら、俺もズレてることになる…」
隣のバイオリニストが言った…
俺はそれを耳で聞いて、黙って流した…
管楽器の音と共に始まって、バイオリンは遅れて主旋律に加わる。
この曲が意外と…好きなんだ…
結婚式ってイメージが強いのに…それ以上の何かを感じて…心が揺さぶられる。
フルートの音色が美しい…
あぁ…美しいな…こんなハーモニー…
ふと、星ちゃんの顔を思い出して、口元が緩む…。
あぁ、そっか…この前、高原の教会で…ごっこ遊びしたな…
バイオリンの美しい旋律を流れていきながら、隣のバイオリニストと息を合わせて弾く。この人…とても上手だ…音色が透き通って美しい…
曲を弾き終えて、バイオリンと弓を離す。
「北斗君。上手だったよ。」
隣のバイオリニストが小さい声で俺に言う。
俺はペコリとお辞儀して彼に微笑む。
「北斗、少しテンポが速い所があった…気を付けて…?お前はプロじゃないから、一緒に合わせるのは無理だと思っていた…あまり目立つようなら、本番では抜けてもらった方が良いかもしれない。」
理久は厳しい顔で俺に向かってそう言う。
誰も何も言わない…何故なら、みんな報酬を受け取って、今、合わせただけのプロだからだ…だから、俺がやり玉に挙がっても…自分じゃなければいいのさ…
「すみません…」
俺ははらわたが煮えくり返る気持ちを抑えて、冷たい顔で理久に謝った。
ズレる訳無いんだ…テンポが速くなる訳無いんだ…
みんな分かってる…俺が理不尽なやり玉に挙がってるって…分かってる…
だから、俺はしおらしく謝るんだ…そう、しおらしくね…
合奏のリハーサルが終わって、全員ばらけていく中、俺はバイオリンと弓をケースにしまっていた。
「北斗、ちょっと…」
理久に呼ばれた…
俺は彼の元に、大人しく向かう。
「この間は、残念だったよ…せっかくの良い機会をふいにしたな…」
俺の表情を読むようにそう言って、理久は、俺の反応を見ている…
「そうですか…それは申し訳ありませんでした。」
俺は頭を下げてそう彼に謝った。
「北斗…?」
理久が絶望した様な顔で俺を見る。
俺も同じ気持ちだよ…理久。
さようならだ…
あんなに慕っていたけど…
お前とは袂を分かつしか無いみたいだ…
お前だって…そう思っているんだろ…?理久。
俺の目を見て、潤んだ瞳を隠すように、目の色を変えて…理久が言う。
「…チェロの二人との…愛のあいさつを見せてもらおう…」
直生と伊織を呼んで、彼らがチェロをスタンバイする。
俺もバイオリンをケースから取り出して、弓を張る。
理久から漂う悲壮感を、俺は感じずにはいられなかった…
じゃあ何で…こんな事するんだよ…
大好きだったんだ…この人が
寂しかった子供の頃…いつも傍に居てくれた…俺を笑わせてくれた…この人が…
この先生が…俺の全てだったんだ…
突然居なくなったくせに…
目の前に現れたかと思ったら…これだ…
…やんなるよ。
俺はバイオリンを首に挟んで、直生と伊織を見る。
彼らは頷いて答えるから、俺は弓を美しく構えた。
彼らの伴奏から始まる愛のあいさつ。
それは俺の主旋律を生かして、伸ばして、高めてくれる…
美しくて控えめで…そして繊細なメロディを俺に合わせて弾いてくれる…
それは楽譜には書かれていない、培われた技術だ…
こんなに…気持ちよく弾ける相手は…そうそう居ない。
俺は彼らの方を見ながら、口元を緩めて、一緒におしゃべりする様に…
美しくて、繊細で、穏やかな…愛のあいさつを弾く。
曲を弾き終えて、俺は弓を美しく下ろした。
「…北斗、少し楽譜から離れすぎてはいないか…俺が渡した楽譜では、ここは、こんなに短くないだろ?どうして勝手な事をしたの?これは、依頼された仕事なんだ…報酬が発生する。だから、その分しっかり聴けるレベルに演奏を持っていかなければいけない…お前の演奏はお遊びだ…ほとほと…がっかりしたよ…」
俺は彼の言葉を浴びて体の芯を震わせる。
弓を持つ手が震えて、怒りなのか、哀しみなのか…よく分からない感情が込み上げる。
星ちゃん…あの言葉…撤回するよ。
理久は俺の事を、平気で傷つけるみたいだ。
「北斗は上手だった…それが違うなら、俺達も楽譜通りには弾いていない。」
伊織が理久に物申した…
理久は涼しい顔をして、俺と彼らを見て言った。
「…キミたちは、この子に枕営業でも受けたの?」
「失礼だぞ…!」
直生が立ち上がって怒鳴る。
「そんなにムキになる方がおかしい…。この子は見た目がそこそこ良い。だから、キミたちみたいな人にはモテるんだろうね…。別に咎めやしない。ただ、公私混同は止めてくれ…周りの迷惑だ…」
もういい。
俺はバイオリンを首に挟んで、弓を構えると、もう一つの与えられた曲、パラディスのシシリエンヌを弾き始めた。
お前の戯言なんて、もう、どうでも良いんだ…構う必要なんてない。
俺は俺の領分を全うする。
いつの間にか、俺の周りに演奏家が集まって来て、俺のシシリエンヌを聴いている。
俺を応援する様に…間違っていないと主張する様に…集まった演奏家たちに見守られながら…俺は丁寧に音を繋いで、美しくこの曲を弾いた…
曲が終わって弓を下ろす。
理久を見て聞く。
「これは如何ですか…?」
「…情緒的に弾きすぎだ…これではBGMというよりも、演奏だ…演奏をお願いしている訳じゃないんだよ。周りの声を邪魔しない音が欲しいんだ…自分を過大評価するなよ…北斗。」
「生演奏に情緒が要らなかったら…CDでも掛けておけばいい…」
どこからともなく…不満の声が上がる…
理久は俺を睨むと、何も言わずに立ち去って行った…
「北斗君…上手だったよ…虫の居所が悪いのかな…あの人。」
俺の隣にいたバイオリニストがフォローしてくれる。
「良いんです。」
俺はそう言って、バイオリンを乾拭きして弓と一緒にケースにしまうと、直生と伊織に目配せして、その場を立ち去った…
「ムカつく…すっげムカつく…」
俺は口で悪態をつきながら、表情を変えず、直生と伊織の間に入って一緒に並ぶ。
「あんな風に人って変わるんだな…北斗。」
直生はそう言って、俺の肩を撫でる。
「君…さっき、さんざん言われていたね…」
チューバ奏者に声を掛けられる。
「すみません…本番では上手く弾けるように努力します…」
俺はそう、しおらしく言って頭をペコリと下げた…
「違う、違う。全然上手だったよ…君たちもそう思うだろ?」
直生と伊織を見上げて聞く。
「たまにいるんだよ…スケープゴートを作りたがる人…気にしないで。」
チューバ奏者はそう言うと、俺の肩をポンと叩いて立ち去った…
周りを見ると、他の楽器奏者も、俺に同情的な目を向けている。
もっと…もっと必要なんだよ…
この先、助けてもらう為にも同情が…俺には必要だ…
会場の設営が終わったのか、演奏家の俺達のエリア以外、人がいなくなった。
「すっげぇ、わがままな女らしいよ?」
「マジかよ…旦那さんになる人も…大変だな…」
「それが凄いイケメンなんだって…」
そんな周りの声をシャットアウトしたいけれど…
俺は首に掛けたヘッドホンを外して、手に持ってバイオリンケースにしまった。
「北斗…本当にやるんだよな?」
俺の隣で直生が、最終確認する様に聞いて来る。
俺は二人を見上げて言った。
「当たり前だ。俺はやるときはやる男だよ?」
そう言って笑うと、冷や汗が背中に流れていくのを感じた…
ハッタリでも…もっとましな事言えないのかな…俺。
伸るか反るか…賭けなんだよ。
12:00 開場
続々ときらびやかなお客たちが庭に侵入してくる。
俺達を見て、喜ぶ客、気にしない客、奏者に声を掛けるパトロン…
「北斗!」
俺も、もれなくお声がかかる。
「重ちゃん!」
彼の近くに行って手を握る。
「うわぁ!北斗!かっこいいじゃん!凄い…かっこいいじゃん!」
ありがとう…俺は本来イケメンなんだよ?
重ちゃんは黒いタキシードスーツが良く似合っていた。
意外と良いガタイをしていて、将来有望株だ!絶対モテるよ!
「テヘヘ~」
そう言ってデレていると、他にも知ってる声がかかる。
「北斗君…あらぁ、素敵よ。」
財閥のおばあちゃん。重ちゃんのおばあちゃん。大奥様だ。
美しい鶯色のワンピースドレスに白いレースのカーディガンを肩から掛けて、首から下がる大きな真珠のネックレスが美しく輝いて見える。
頭に乗った小さな白いフワフワの帽子が、俺は気に入ったよ?
「ごきげんよう。今日もお美しいですね。」
俺はそう言って彼女に挨拶をする。
俺の手を握って自分の胸にあてると、うっとりして言った。
「うふふ。まぁ。若返っちゃうわ…」
本当にこのおばあちゃん、可愛いらしいんだ。
話していると、口元が緩んで、自然と笑顔になってしまう。
俺がおばあちゃんとお話ししていると、続々と奏者が集まって彼女に挨拶をする。
彼女は俺の手を握ったまま他の奏者と談笑する。
「北斗君は素晴らしい子よ?みんな優しくしてあげてね?」
おばあちゃん…ありがとう!
その一言で、この先、同情票よりも、もっとやりやすくなりそうだよ。
俺は彼女を席まで案内してあげる。
財閥の大奥様を連れてエスコートするんだ…それは注目の的だ。
俺に風が吹いて来た…!
「北斗君、後で少しお話しできない?」
おばあちゃんに言われて、俺は笑顔で答える。
「もちろん、良いですよ。」
そして同じ席に座る重ちゃんに言う。
「重ちゃん?お料理、良い匂いがしたから、きっと美味しいよ~。んふふ。」
「ほんと?北斗の鼻は良いから、期待しておこう!」
重ちゃんはそう言うと、俺と顔を見合わせて、うしし。と笑った。
その様子を嬉しそうにおばあちゃんは見て笑った。
俺は重ちゃん家のテーブルから優雅に離れる。
カシャカシャとシャッター音が聞こえて、視線を移すと、のりちゃんがいた。
俺はのりちゃんににっこりと微笑むと、少しだけ手を振った。
そして、演奏家たちの元へ戻る。
彼らの俺を見る目が変わっていた…現金なくらい…様変わりした。
「さっきはおかしいと思ったんだよ?今度言われたら言い返してあげるからね。」
「素晴らしい演奏だったよ?あの人がおかしいよね。」
そうだね…
その通りだ。
俺はしおらしく礼を言って、彼らを味方につけた。
財閥のおばあちゃんの力は凄い…
怖いくらいだよ…。
直生と伊織を見て力強く頷く。
これは…イケる!
「北斗~!」
スーツ姿の星ちゃんが現れて、俺の燕尾服を見て、大騒ぎして写真を撮った。
お母さんかよ!ってくらい、襟を直したり、裾を直したり、写真を撮ったり…
凄いんだ。たじたじだよ。
終いには直生と伊織を、まるで狛犬の様に俺の左右に配置して、写真を撮り始めた。
「北斗~~!!」
そう叫びながら歩が凄い勢いで近づいてきた。
白いスーツが上品で良く似合ってる。
開口一番に、俺に謝り倒してきた。
理由は知ってる…春ちゃんの事だ。
「あれ~、春ちゃんは?」
俺はそう言って彼を探す。
ちょっと離れた所で、もじもじしてこちらを伺って見てる。
「気にするな!春ちゃんはやりたがりなだけだ!誰でも良いんだ!」
俺はそう言ってケラケラ笑うと歩に言った。
「まもちゃんがぶん殴って…ケガしなかった?」
「大丈夫だよ…口の中切ったくらいでさ…ほんと、クズなんだ。」
俺もそう思うよ。
「でも、良いお兄さんなんだ…」
俺は歩にそう言って、彼の体を抱きしめた…
俺だったら、まもちゃんが友達を襲ったらぶち殺すけど…歩はそんな事しない。
なぜか自分を責めてしまうんだ。
博と渉は俺の事なんてどうでも良いみたいに、ウエディングな雰囲気にのまれてる。
馬鹿だな。
こんなの茶番だよ?
これだから、お前たちはいつまで経っても、只の“渉と博”なんだよ?
着席の指示があって、みんなは席に向かった。
星ちゃんが俺を見て、大きく手を振った。
俺は彼に応える様に手を振ると、自分の位置に戻った。
さぁ…
俺のまも~るは、どこから来るのかな…
客席の丁度中央前に白いバラのアーチを背後に携えた二つの椅子と、テーブルが見える…
きっと、あそこに座るんだろう…
壇上の俺からもよく見える、あの席に。
理久が指揮台に上がる。
まずはメンデルスゾーンの結婚行進曲か…
理久の指揮棒が上がる。
俺はバイオリンを首に挟んで、弓を構える。
会場の客が申し合せた様にこちらを向く。
トランペットの音に始まって、一斉に楽器が空気を振動させる。
この音の波を浴びて、客が笑顔になる…
凄いな…音楽って…本当に素晴らしい…
星ちゃんが俺を見て写真を撮りまくっている。
ふふん。俺…格好良いだろ?
どこらともなく、まも~るとさっちゃんが現れて、客席から拍手を浴びている…
まもちゃんはこちらを一瞬見ると、すぐに顔を下に逸らした。
ふふ…ダメじゃないか…
俺が毎日弾いていた曲に極まったんだろ?
凄いだろ?
まるで波のようになって音が広がっていくんだ。
一つ一つ、どの楽器が欠けてもいけない。
全てに意味があって、全てが揃ってこのハーモニーがやっと、生まれるんだよ?
最高だろ?痺れちゃうよな?
俺が毎日練習していたあの曲が、こんなに重厚になって…一つの曲になって…そこでやっと、完成するんだ…!!
この快感は言い知れないよ…
このためなら、幾ら辛い練習も苦ではないと、俺は言いきれる。
曲を弾き終えて、さっちゃんとまもちゃんに視線が向かう中、財閥のおばあちゃんは俺を見て、拍手をくれた…俺は小さくお辞儀をして、彼女に応える。
「北斗君…あのおばあさんに気に入られたね。良かったね、彼女は良い人だ。」
俺の隣でひそひそ声でバイオリニストが教えてくれる。
俺もそう思うよ…重ちゃんも良い子だ…ちゃんと白い物を白と言える良い子だ…
彼女が良い人だから、演奏家たちも慕うのかな…それとも、お金の為に慕うふりをするのかな…
「私たち…今年の12月24日に結婚式をあげます。今日はそのご報告と、ごあいさつを兼ねて、小規模ではございますが、このような場を設けさせていただきました。」
小規模?無駄に大規模の間違いだろ…見栄っ張りなさっちゃん…
俺はまもちゃんを見ながら、さっちゃんの演説に、心の中で突っ込んでいた。
まもちゃん。
俺、まもちゃんの選んだ服着てるよ?
自分で着たんだよ?
偉いだろ?
褒めてよ…
理久が指揮台に上がる。
俺は慌てて視線を理久に移した。
理久の指揮棒が上に上がる。
次はワーグナーの結婚行進曲…
俺はバイオリンを首に挟んで、弓を構える。
護…泣くなよ…
管楽器の音と共にあのフレーズが流れて、俺はバイオリンを弾く。
美しい…リハーサルの時よりも、一体感の出た曲に歓喜する。
まもちゃんを見ると、彼は顔を下に向けて、泣くのを堪えていた…
その様子を見て、俺の口元が緩んでいく…
「馬鹿だな…」
微笑む口からポツリと言葉が出て…我に返る。
まもちゃん…素敵だろ?
この曲…好きになったんだ…だって美しいんだもの…
バイオリンを弾く腕が…弦を抑える指が自然に動いて、隣のバイオリニストと息を合わせて、一緒に、一つのメロディーを弾いていく…それは素敵な共同作業だ…
まもちゃん…綺麗だよ…?
俺も向こう側で、この音を全身に浴びたいよ…
曲を弾き終えて、拍手を受ける。
のりちゃんが一人席を立って写真を撮る姿が目立って見える…
ああいう親…必ず一人はいるんだよな…
そう思ったのは俺だけじゃない筈だ。
演奏を終えて、俺達の即席楽団は解散する。
あんなに一体感のある演奏をしても、お仕事が終われば解散する。
残った奏者は俺と直生、伊織、同様に、別の場所で演奏を予定した奏者のみだ…
「ねぇ…綺麗だったね。俺、少し感動しちゃったよ…」
隣の直生に小さな声でコソコソ話す。
「見てみろ…北斗。お前の男は白いタキシードなんて着せられてるぞ…俺は絶対嫌だ…あんなもの着ない。」
直生はそう言って俺に、ウゲッて顔をする。
伊織を見上げると、彼は俺の燕尾服に夢中だった…
「北斗…蝶ネクタイが曲がりそうだ…俺が直してあげよう。」
そう言って襟元を触りながら、俺の首を指で撫でる。
そういう所だよ?お前たちが変態って言われる所はね、そういう所なんだよ?
長老が遅れて会場へやってきて、拍手を貰ってる…
抱きつくさっちゃんに、ほっぺにチュウしている様子を見る…
あいつが諸悪の根源だな…
「チェロ。バイオリン。こちらに移動、お願いします。」
係の人に呼ばれて、俺達はぞろぞろと移動する。
俺はこのトリオのリーダーだけど、一番後ろを付いて行く…
係の人の誘導で、俺達は客席の合間を縫って移動する。
伊織が後ろの俺を振り返って見た。
なに、なに?
俺は顔を上げて彼に伺う様に眉を上げる。
展開する様に、直生と伊織が俺の目の前を退く。
…!!
その先に、白いタキシードを着た…素敵な彼が目に入って…
心が割れてしまいそうになる…!
何と…ご両人の目の前ではございませんか…!
同じ色の服を着た彼らを見たくなくて、俺はとっさに目を伏せた。
連射の音が耳に聞こえて、のりちゃんが傍で連射をしている事に気付く。
動揺する俺の様子に…満足げな彼女の声が耳に届く…
「あら、どうしたの?具合でも悪いのかしら…?お帰りになる?うふふ。それもとも、顔を伏せたい理由でもあるのかしら…?全く…どうしようもなくみっともない人。でも、演奏の腕は良いようだから、結婚式当日もあなたに演奏を頼んでも良いのよ?ね?護。それでは、育ちが悪いけど、バイオリンの上手な歩のお友達に、私たちの思い出の曲を弾いてもらいましょう?」
「ま~もる~」
俺は微妙に視線を外しながら、頭を真っ白にしていた…
だから、彼女の声を耳にして…とっさに得意の彼女の声真似をしてしまった…
直生と伊織が、同時に吹き出す。
「ぷぷっ!」
俺は顔を真っ赤にして、上を見上げて、二人を叩いた。
「ダメなの!ダメなの!」
そう言って二人を叩くと、二人同時に身を屈めて、俺に言った。
「北斗…やだよ…思い出の曲、弾きたくないよ…」
「そうだ…これはみんなの曲だ…あいつの曲じゃない…」
俺に覆いかぶさる様に渋い顔をして、文句を言う…
分かるよ。
俺もこの女は大嫌いだ…!
でも、今日は…
「大人しく言う事、聞いてくれよ…!」
俺はそう言って、二人の体を起こさせると、姿勢を正して、澄ました顔をして一礼した。
見たくないけど…見るよ?
まもちゃん…
彼の目が俺を見て…壊れそうなくらいに…悲しそうな色を帯びていく…
俺は取り繕った澄ました顔で、バイオリンを首に挟むと、美しく弓を構えた。
「このバイオリン…素晴らしいです。譲って頂いて…本当に、ありがとうございました…。聴いて頂けたら分かると思うのですが、あなたといるより、俺と居る方が…とても幸せそうだ。」
俺は伏せた目でそう言ってさっちゃんに微笑むと、後ろの二人に足で合図した。
チェロの伴奏と共に、バイオリンの弓を、体いっぱいで弾く。
俺は露骨にまもちゃんを見つめて、一音一音…弾いた。
戸惑って…ダメだって!と訴える…彼の目を見つめながら、愛を込めて、まもちゃんの為に愛のあいさつを弾いた。
口元を緩めて…彼に話しかける様に…愛おしく、恋焦がれて、身を焼く気持ちをそのままに…彼に視線で送って、口元で笑いかける…
まもちゃん…
慈しむように…愛してる人を見る目で…彼を見つめて。
「護…愛してるよ…」
震える唇で…そう呟いて…聞こえているかも分からないけれど、俺はあなたを愛していて…
あなたも俺を愛しているはずだ…
そうだろ…まもちゃん。
だから、もうそんな人と…一緒に居ないで…
俺と一緒に帰ろう。
もう、止めて…
帰ろうよ。
曲を弾き終えると、俺はさっちゃんにシャンパンを掛けられた。
それは凄い量のシャンパンで…アルコールの匂いにクラクラした。
まもちゃんが動揺して席を立つ。
俺の傍に来ようとするのを…彼女は、必死にしがみ付いて止めていた。
今にも泣きそうな顔をして、俺を見ていたね…
まもちゃん…
とっさに隠したバイオリンは被害を免れた…
本当…この女は…猿みたいだな。
その様子を見ていた理久が、慌てて俺を連れて行こうとする。
直生と伊織がそれを制して止める。
俺はシャンパンまみれになった体で、客席を縫って歩く。
「まぁ!北斗君!どうしたの!」
大奥様に驚かれて、伏し目がちに笑って答える。
「僕の…愛のあいさつが、お気に召さなかったようです…」
重ちゃんが俺の近くに来て言った。
「北斗…向こうで着替えよう…僕の服を貸してあげるよ…」
「少年…大丈夫だ。北斗の服は俺達が持ってきている…」
直生と伊織がそう言って、重ちゃんの申し出を断った。
俺はアルコールの匂いにフラフラしてきて、倒れそうになる。
「北斗君…可哀想に…酷いことをされたわね…」
おばあちゃんが怒ったような声色でそう言って席を立った。
俺の手を引いて、客席を抜けていく…
「あぁ…クラクラする…」
ふらつく俺におばあちゃんが言った。
「北斗君、服をお脱ぎになって?」
マジか…俺は…まだそんな事出来ないよ…
しかも可愛いとはいえ、かなりの高齢の女性に…勃つか…分からないよ…
伊織と直生の車の前まで連れて行くと、彼らは丁寧に俺の服を脱がす。
そこに下心があるか無いかは…フラフラの頭では、分からない。
おばあちゃんが、お付きの人に頼んだ濡れタオルで、俺の体を拭いてくれる…
「北斗君?なぜ?なぜ、あんな事をしたの…?」
おばあちゃんが俺の目を覗いて聞いて来た…
その目は真剣で…俺の目を正面から見つめる。
そこに…温かくて、深い情を感じた…
彼女は見てたんだ…
俺がまもちゃんに求愛する様にバイオリンを弾いて…さっちゃんを激高させた所を…
一部始終…見てたんだ…
俺は少し酔ってしまったのか…馬鹿正直に彼女に応えた…
「おばあちゃん…覚えてますか?初めて会った時、言っていたでしょ?俺が悲しんでるって…。俺はあの人の事が大好きで…ずっと…苦しんでいたんだ。俺の気持ちを知ってか知らずか…彼女は俺に見せつけてくるんだ…彼と居る所を…。だから…だからやり返した…悔しかった…凄く…悔しくて…」
そう言って俺は、目からポロリと涙を落とす。
酔ってしまったんだ…
この、もの凄く甘ったるい匂いのシャンパンに…。
おばあちゃんは俺の体を拭き終わると、深く息を吐きながら言った。
「そうだったのね…。だから…あんなに美しい愛のあいさつを弾いてくれたのね…」
直生と伊織が用意したシャツを着せて、おばあちゃんが俺に言う。
「他に、何か手を考えていないの?」
切り替える様に放ったその言葉に、俺は思わず吹き出して笑った…
まるで傷ついた友達に言うみたいに、いつもの口調と違う様子に驚いて、笑う。
そして、思いのほか真剣な彼女の目に、応える様に俺は話した。
「考えてる…伸るか反るか分からないけど…特攻する気で来た…。」
シャツの匂いから解放された俺の意識は、段々と正常に戻ってくる…
おばあちゃんは俺を見て、にっこりと穏やかに笑うと言った。
「では、私にもお手伝いさせて?」
俺は、直生と伊織を見あげて、おばあちゃんを見て頷いた。
「是非…お願いいたします。」
顔に着いたシャンパンを洗って落とす…
「北斗は博打打ちだな…俺はビビったぞ。」
興奮した様子の伊織が、俺の背中をいやらしく撫でながら言う。
俺は彼らの中世コスプレに身を包んで言った。
白いシャツに黒いパンツ…ウエストを帯で締めた。例のスタイルに、黒いベストだ。
彼らはこれを酷く気に入っている…そして、俺は着慣れた。
「バイオリンが無事で良かったよ…あの女はこれを狙ったんだ…間違いない。」
直生が抱えて持つ俺のバイオリンを指さして、俺は言った。
「おばあちゃんが手伝ってくれる…これはもう大船に乗った気でいて間違いない。」
そう言って、渡されたタオルで顔を拭く。
「いくぞ…」
そう言って俺は直生からバイオリンを受け取ると首に挟んだ。
会場が俺の失態に騒然として、慌てて…まもちゃんとさっちゃんは仕切り直しのお色直しへ向かった。
主役不在の会場で、俺は悪だくみを開始させる。
こんな展開になるとは思わなかったけど、俺は臨機応変に対応できる男だ。
客席の合間を縫って、着替えを済ませた姿で再び客の目を引く。
俺を心配する星ちゃんへにっこり笑いかけて、彼の勇気をもらう。
のりちゃんが固まって俺を見ている…ほら、写真を撮れよ。
これからが、見ものなんだから…
姿勢よく立つと、スマートに一礼して、俺は笑顔のまま、良く通る声を張り上げて話した。それはまるで喜劇の道化師だ。
「皆様!余興をご覧になられたでしょうか?あれは全て、私どもの用意した余興でございます!美しい幸恵様を、私が誘惑して…振られてしまう…という展開の余興でございます。そして、ここからが見もの!次の舞台へ参ります!一緒に付いてきてください!」
俺はそう大ぼらを吹いて微笑むと、弓を構えてバイオリンを弾く。
それはカチューシャ…
戦地に向かった愛する人を思う、恋人を歌った…ロシアの歌。
マーチへと編曲されたその曲を、歌いながらバイオリンを弾いて、笑顔で客を誘う。
その席を立って、俺に付いてきて…
直生と伊織がチェロを弾いて、伴奏を盛り上げる。
おばあちゃんが席を立って、笑顔で俺の後をついて歩く。
彼女につられて、一人…二人と俺の後に付いて来る…
おばあちゃんの声がかかった奏者を従えて、俺のマーチングバンドは豪華にハーモニーを膨らませていく…
その大掛かりな様子は、余興以外の何物でも無い物へと形を変えて…人を惑わす。
一人、また一人…席を立って俺の後ろを付いて歩く。
席に腰かけているのは、長老と、縁者のみ…
お前らはゴミ屑だから…要らないよ。
そのまま、さっちゃんの用意した教会の会場を退場して行く。
沢山の人を後ろに引き連れて…
その様子は…まるで、パイドパイパーだ…
「北斗!やめろ!」
理久が走り寄って来て、大声で俺を怒鳴る。
俺は理久に対峙すると、バイオリンの弓を思いきり弾いて、不協和音を奏でた。
空気をつんざく耳障りな音を、伸ばして出す。
そして畳みかける様に、彼と弾いた曲を怒りに任せてメドレーにして演奏し、まるでラップバトルでもする様に睨みつけながら、彼に迫って行った。
怒気のこもる音色に、ただ事じゃないと周りの客が一気に静まる。
俺は弓を離して、彼を睨む表情を一変させる。
にっこりと笑って、彼を見ると、自分の周りに集まった客に話す。
「理久先生の御考案で、このような余興を用意いたしました。私だけに与えられた沢山の曲の中から、一つだけ…この曲を…理久先生に敬意を表して…贈らせていただきます。」
直生と伊織を見て、彼らのリズムを目を閉じて聞く。
そして俺はバイオリンを首に挟んで、弓を構えた。
フィガロの結婚式…ポルカバージョン…
俺の弾き始めを聴いて…演奏家のサガなのか…
周りに集まった奏者たちはそれぞれ…自分の役割を理解して演奏に加わる。
それはまるで大きな楽団…
理久に向かって、一斉に音が襲い掛かる様に…畳みかける…
「北斗…!」
怒り心頭の理久の顔を、見つめて言った。
「もう…お前とはお別れだ…いままでありがとう…さようなら、先生…。」
理久の表情が一気に熱を失って、目から力が無くなる…
俺を見て、涙を落として、呆然とする表情に、分からなくなるよ…
そんなにショックを受ける程、俺を大切に思っていたの…?
愛情が…いつしか憎しみに変わってしまったの?
もう、さよならだ…
俺は理久に背中を向けて、彼と決別をした。
直生と伊織を見て、ポルカのリズムに身を任せて、バイオリンを弾いて、体を揺らして笑いながら踊る。
俺の様子に、客たちは盛り上がって踊り始める。
のりちゃんが一眼レフでその様子をカメラに収める。
決定的瞬間だぞ?記録に残せ!
このバイオリンは本当に凄い…こんなに人を惑わすことが出来るんだ。
直生と伊織がチェロのボディを手のひらで叩いてリズムを変える。
それに合わせて客が手拍子をする。最高だ!
星ちゃん、見てる?この波…俺が起こしたんだよ?
次のポルカ…俺の好きなイエヴァン・ポルカ…
フルートとオーボエが美しく主線を吹いて…美しく重厚なポルカになる。
俺はポルカを踊りながら、周りを見渡す。
財閥のおばあちゃんを除く、重ちゃんも、重ちゃんの御両親も、のりちゃんも、星ちゃん達も、他のお客さん達も。みんな笑顔で、俺に騙されたんだ!
強引に雰囲気を作って…
招待客、全員を、会場から連れ出してやった…!
「やったぞ!直生!伊織!やったぞ!」
俺は笑って彼らに微笑む。
彼らは得意げに俺を見ると、にっこり笑って言った。
「ブラボー!北斗!」
そのまま、次のポルカに曲を移して、大盛り上がりを見せる客を楽しませる。
サッキヤルヴェン・ポルカだ!
コントラバスのベースを効かせて、アコーディオンの代わりにピッコロが雰囲気を彩る。
彼らのチェロのリズム管理が絶妙で…あっという間に雰囲気が仕上がっていく。
そこから他の楽器が次から次へと加わって、厚みを増して盛り上がって行く。
堪らない!なんて素晴らしいんだ!
タンバリンの音が聴こえて…指笛が鳴る…手拍子が調子よく響いて…
歓声が上がる!
それはまるで本場のポルカさながらだ!!
俺はバイオリンを奏でて、一番目立つところで曲を盛り上げる。
星ちゃんがイケメン過ぎる俺を見て卒倒してる!
おばあちゃんが他のお客と笑いながらポルカを踊る。
俺と腕を組んで、可愛らしく笑って、俺の復讐を手伝ってくれた!
なかなか根性の座った…可憐な女性だ…
いいや、女傑だ…
今頃…お色直しを済ませて戻った彼らは、誰も居ない会場に驚く事だろう…
お前の下らない茶番よりも、こっちの方が楽しいから。
自然とお開きになったんだよ…
さっちゃん。
もう、お前の出番はお終いだ。
ざまあみろ!!
俺の予想をはるかに上まって集まった客を、最後に会場に戻してあげる。
その時のマーチ曲は…雪の進軍。
しかし、これは討ち死にではない、凱旋だ。
トランペットよ!吹きたまえ!ファンファーレだ!
まもちゃん、俺やったよ!
マーチの先頭に立って、楽団を引き連れて、豪華な音楽を身に纏って轟かせながら、俺はさっちゃんとまもちゃんの元へ笑顔で戻る。
会場周辺をぐるっと回って…ゆうに1時間…お客を連れだしてポルカを踊り…そして、笑顔のマーチで一緒に戻ってきた。
俺を見て大笑いして拍手を送るまもちゃんの隣で、憤りに我を忘れるさっちゃんを、俺は指を差して、笑ってやった。
「そんな、お猿さんみたいに興奮しないで!さっちゃんの言った通り、余興は大成功したよ!さ~すが、さっちゃんだね!」
お前のわがままで死んだ人が居る事を知っているか…?お前のわがままで大切な人を失った人が居る事を知っているか…?これは彼らへの弔いだ。忘れるな。お前は…お前らは、幸せになんて慣れない。
そんな気持ちを込めて。俺は笑いかけた…それはきっと恐怖の笑顔だ。
そう言ってさっちゃんをコケにして、彼女に拍手を送る。
何も知らない招待客達が俺につられて、彼女に向かって拍手を送る。
晒し首だよ…幸恵さん。
会場を沸かせてから、おばあちゃんにスペシャルサンクスで拍手を送った。
これ見よがしに彼らにアピールする。
彼女が関わっていると…
俺に手を出すなとアピールする。
これは、おばあちゃんの…女傑の案だ。
恐ろしいね。
賢くて、スマートで、無駄がない。
美しき女傑だ…
まもちゃんと、さっちゃんに丁寧にお辞儀をして、俺は一目散に退散する。
両手を広げる伊織に飛びついて抱きつく。
やった!やってやった!!
「帰りに焼き肉を食べよう!俺が奢ってやる!」
俺はそう言って、伊織に振り回せれながら笑った。
目が回って、フラフラする伊織を抱きしめる。
直生を引っ張り寄せて一緒に抱きしめる。
「ありがとう!ありがとう!!」
伝えても伝えきれない感謝を、言葉に出して言った。
この二人が居なかったら…できなかった…!
大好きだ…大好きだ!
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