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8月23日(日) さっちゃんの結婚発表会_02
「それじゃあ、帰りはここで待ち合わせだね。」
俺は彼らと別れて、指示のあった所でBGMを担当する。
「情緒を必要としないなら、CDでも流してろってんだ、ば~か」
そう言いながら指定の位置に立ち、一躍有名人の俺を見つめるお客さんに、お辞儀する。
バイオリンを首に挟んで、弓を美しく構えて、弾き始める。
パラディスのシシリエンヌ。
俺はこれを情緒込めて弾きますよ…。
だって、俺が演奏するんだ…
音符を打ち込んでいる訳じゃない。
人が演奏をする所以だよ…
「北斗…ま~た派手にやったな!」
のりちゃんがカメラを覗いたまま、そう言って近づいて来る。
露出してる口元は、笑顔だから…彼もあの余興を、楽しんだんだろう。
俺は彼を横目に見ながらバイオリンを弾き続ける。
だって、俺は今BGM担当だからな!
責任もって、この曲を15分間耐久演奏しますよ。
「本当に…お前は無茶苦茶な事して…ぷっ…ぷぷっ!」
思い出し笑いをしながら、のりちゃんが言う。
「最高だった…」
そう言ってカメラを外して俺を見つめると、俺の隣に立って、まもちゃんを眺めてる。
知ってる、彼の姿がここから見えるんだ。
俺は見ない様にしていた。
だって、彼の隣に彼女がいて、仲良さそうに話している姿が見えるから…
でも、あれは嘘なんだよ。
彼は彼女を…彼女の家系を憎んでるんだ。
なのに、あんな風に笑って…彼女の傍に居るんだ。
「ほんと、護は馬鹿だよ。」
俺はそう言ってのりちゃんを睨むと、顔を逸らして澄ました顔でシシリエンヌを弾き続ける。
俺の顔をうっとりと見ながらのりちゃんが言った。
「お前と護はお似合いだな。まるで欠けたパーツみたいだ。俺でもあんなにストレートにあいつに言えない。怒ると面倒な男だからな。いつまでも燻ってさ…ふふ。」
そう話すとのりちゃんは俺を見てにっこりする。
「お前には燻らないんだ。」
いや、燻ってるよ?俺が彼の機嫌なんて無視して強行してるだけだ。
そうすると、怒っていた事も忘れて普通に甘えてくるんだ。馬鹿だから…ふふ。
俺は口元を緩ませてクスリと笑う。
その様子を見てのりちゃんが不思議そうな顔をする。
俺はそれを無視して、澄ました顔でシシリエンヌを弾いてこの場を彩る。
突然のりちゃんが、真剣な表情になって淡々と話し始めた。
「北斗…聞いてくれるか。あいつの話…。護は、お母さんとお兄さんを亡くした後、森の中に新しく作った工房で、親父さんと2人で…少ないながらも息の長いお客さんを相手に、バイオリンを修理したり、作ったりして、働いていたんだよ…。だけど、バイオリンのコンテストで、護のバイオリンが入賞してさ…一躍注目を集めたら、彼らが、またやって来たんだ…。自分たちに、入賞したバイオリンを譲れと…理恵さんを連れてやって来たんだ…。」
彼の作った駒をぼんやりと眺めながら…俺は弦を震わせて音を出し続ける…。時々、のりちゃんの目を見て、聴いている事を教えて…俺はシシリエンヌを弾きながら…まもちゃんの過去を聞く。
「護も、親父さんも酷く嫌がったんだ…それは、当然だ。程なくして…理恵さんが護に恋をした…。彼女は自分の父親がした事を知らなかった…。それでも、護は許すことが出来なかった…。拒絶して、嫌悪した…。」
のりちゃんの声がどんどん沈んでいく…。
「あのバイオリンが手元にあるから、彼女が来るのだと思った護は、それを高額で彼女に売った。しかし、その後も、彼女は彼にバイオリンのメンテナンスを頼みに工房に足しげく通った…。彼女が来ることで受ける父親の心労と、自分の状況に嫌気がさして…護は半ばあきらめの境地で彼女の気持ちに応えた…。」
俺の目から涙が伝って落ちて、バイオリンを濡らす…
「その後は、自分の父親と、彼女の護への執着の板挟みにあって…勘当される形で家を出て、あの家の婿養子として彼女と結婚する事になった…ふふ、もうここら辺のあいつは…見ていられないくらいに…自暴自棄だった…。」
俺の目が歪んで、曇って、大粒の涙をぼたぼたと落とす…
「その後は…お前も知ってる…話す事もないだろう…。本当は、俺の実家の隣だったんだ…護の家は…あそこにあったんだ…。」
俺はシシリエンヌを弾きながら、しゃくり上げて泣く…
俺の背中をのりちゃんが優しく撫でて言う…
「北斗…ありがとう。あんなに、楽しそうにお前の話をして…笑うあいつを見て…俺は凄く、嬉しかった…!凄く嬉しかったんだ…」
後3分…
弾き終わったら思いきり泣こう。
この悲しいお話に浸って、もっと泣こう。
今はこの曲を弾こう…彼のこのバイオリンで。
誰も悪くない。
奥さんは彼を愛しただけだ…
彼は父を気遣って…自分を犠牲にした…
父は息子と愛する人を失って…残った彼も失ってしまった…
悪いのは…そこまで人を追い詰めた人なのに。
こんなに酷い話が有るか。
曲を弾き終えて、俺はのりちゃんと一緒に場所を移動する。
人目に付かない場所で、彼に抱えられながら泣いた。
声を出してオイオイと…泣いて、まもちゃんの不幸を悲しんだ。
「まもちゃんは…さっちゃんと結婚すると思う?」
俺の体を支える彼に尋ねる…
「…すると思う…」
のりちゃんはそう答えて、俺の背中を撫でる。
「そして…彼女も…同じようにされると思う…」
あぁ…この人も知ってるのか…
そう言ったのりちゃんの顔を見上げて、彼の目を見る。
藁にもすがる思いで彼に懇願する。
「どうしても…止めたいんだ。だって…だって、全てが終わったら彼が死んでしまいそうで…俺は怖いんだ。」
涙がボロボロ溢れて、目が見えない…
あなたなら…止められる?
彼の自己犠牲をこれ以上…見ていられない。
「北斗…可哀そうに…。」
のりちゃんが俺の顔をハンカチで拭ってくれる。
止めたいんだ…
彼は躊躇し始めてる。
だから、止めたいんだよ…
「のりちゃんが止めてよっ!」
悲鳴の様に叫んで、泣きながら首を振る彼の目を見つめて、懇願する。
「俺の仕返しで気が済んだかな?ねぇ、もうしないかな?もう…気は済んだかな?嫌だよ…まもちゃん、愛してるんだ…失うなんて…死んでしまうなんて…そんな…」
「ダメなんだ!北斗…もう彼は道を踏み外してしまった…もう戻れないんだ…このままいくしかないんだ…。今更あの家と断絶なんて無理だ。それに、彼は既に人を一人…」
「人を殺しても平気で生きてるやつだっている。美味しい物を食べて、温かい布団で寝て、他人の事なんて考えもしない奴が生きているのに…!彼が死ななきゃいけない理由が分からない!」
「それが護の良心の呵責だ…!」
知らないよ!そんな事…俺の為に忘れてよ…!!
良心なんて無くして…俺の為に、人殺しのままで生きていてよ…!!
「まもちゃん…嫌だ…」
俺はのりちゃんに背中を温められながら打ちひしがれた。
せっかく、仕返ししたのに…
どうやら…無駄だったみたいで。
彼を止めることは、俺には出来ないみたいで。
あぁ…無念だ。
ただ、ひたすら…自分の無力さに…打ちひしがれた。
涙を拭いて、顔を上げて、俺は言った。
「俺は諦めないよ。だって、まもちゃんが大好きだから。絶対諦めない。」
その言葉は、自分でも分かる位に…空しい物だった。
でも、そう言わないと俺はこの後、歩いて帰れそうにも無かったから。
自分に言い聞かせて、自分を奮起させて、そう願って言った。
のりちゃんの頭を小突いて後ろに転ばせる。
「イテ!こら!北斗!」
そう言って、尻もちを着くのりちゃんを見て、声を出して笑う。
「じゃあ、俺はお世話になった人にお礼をして、チェロの二人と家に帰るよ。」
そう言って、立ち上がる。
姿勢を正して、美しく、凛として、バイオリンを持って、歩き出す。
会場に戻って、財閥のおばあちゃんの元に行く。
上座には相変わらずまもちゃんとさっちゃんが座って…にこやかに過ごしている。
俺の仕返しなんて…
何の効果も無かった。
彼の復讐にも…彼女の幸せにも…何の影響もなかった…
財閥のおばあちゃんの席に近付いて、声を掛ける。
「大奥様、僕はそろそろ帰ろうと思います…今日はありがとうございました。」
俺の顔を見て、おばあちゃんはひどく心配した。
「北斗君…早まってはいけないわよ。」
そう言う彼女の目には、俺が今にも自殺しそうに見えたみたいだ…
俺はクスクス笑って言った。
「俺には先が有るから…ここでそんな選択はしません。それに、もっと広い世界に行きたい。色んな音楽を聴きたい。色んな人に会って、色んな事を学びたいんです。だから、俺に限って…そんな選択は、しない。でも、心配してくださって…ありがとうございます。」
俺はそう言って彼女の手を握ると、手の甲にキスした。
「重ちゃん、また会えると良いな。」
俺は重ちゃんにそう言って微笑むと、ふざけて投げキッスをして笑った。
「北斗…大好きだよ。」
そう言って俺の投げキッスを受け取る重ちゃん。
可愛いんだ。
素敵な女性だったな…
女傑を思ってしみじみする。
俺の母さんもあんな人だったら…良かったな。
駐車場で直生と伊織が待っていて、俺の到着を確認すると、車に乗った。
俺は助手席のドアを開いて、伊織の膝に乗り込む。
「今日は、俺のおごりだぞ!沢山肉を食べよう!!」
そう言って、ふざけて笑うんだ。
こんなに頑張った事が空しく終わるなんて、認めない。
俺はほんの一瞬でも、スッキリした。
だからそのお祝いだ!
同志たちと、祝杯だ!
「またね~!うえっぷ…」
まもちゃんのお店の前で降ろしてもらって、二人と別れる。
沢山肉を食べた…
頭の中にまだジンギスカンが流れるくらい…たくさん食べた。
牛肉なのに…ジンギスカンが流れたんだ…
壊れちゃったのかな、俺の頭の中のプレイヤー…
二階に上がって、玄関のかぎを開ける。
鍵をしっかり閉めて、バイオリンケースを床に置く。
靴を脱いで、ベッドに突っ伏して寝る。
疲れたんだ…大仕事をして…
今日の俺は星5つだよ…星ちゃん。
「北斗…北斗…?」
体を揺すられて目を開く。
目の前には嬉しそうに笑うまもちゃんの顔…
「北斗~!凄かったな!ハーメルンの笛吹き男だった!」
まもちゃんはそう言うと、眠る俺の腰に腕を入れて持ち上げて、ダラリと力の入らない体を抱きしめた。
そのまま俺の足の間に体を入れて、胸元にハフハフして顔を擦り付ける…
俺は寝ぼけながら彼を見下ろして聞いた。
「護…気は済んだか?」
彼は俺を見上げて、何も言わないでクスクスと笑うばかりだ。
中世のコスプレに興奮し始めて、まもちゃんのハフハフが止まらない。
「北斗…なかなかだ…彼らはなかなか分かっている…そして、仕事が細かい…」
何の感心だよ!
こうやってすぐにふざけるんだ…!
「もうやだ!…まもちゃんの白いタキシード…みんな笑ってたよ。ダサいって…。直生は絶対着たくないって言ってた。俺も、似合ってないと思ったよ?」
俺はそう言って、まもちゃんの髪を撫でながら頭をギュッと抱きしめた。
彼はそれを聞いて、俺の腕の中で大笑いすると言った。
「俺もあんなの着たくなかった!」
そうして俺の上に覆い被さると、素敵な瞳で俺を見てそっと俺の唇にキスをした。
俺はそのまま彼のシャツのボタンを開けて、彼の素肌の熱を感じる様に、指先で撫でた。
「まもちゃん…合奏が…美しかったでしょ?」
「凄かった…」
まもちゃんは俺の中世のシャツの胸元を開いて、少しだけ見える胸に熱心にキスをしている…
彼の指がシャツの上から俺の乳首をいやらしく弄って、俺は体を仰け反らせて、感じていく。
彼の股間がお腹に当たって、反応するみたいに自分の腰が疼いて緩く動く。
「本当…この服はいやらしいよ?だって、ほら…北斗がこんなにエッチに見える…」
そう言いながら、俺に愛撫して口元を緩めて笑うまもちゃん…。
俺は、すっかり…もう、あなたの虜なんだ…
突然に極まって、両手で顔を覆って泣く。
「どうした…」
俺の様子に驚いて、両手を外そうとして来る彼に、必死に抵抗する。
そのまま顔を見られない様に、彼に抱きついて彼の首に顔を埋める。
「まもちゃん…大好き…」
俺に…彼を止められないなら…一緒に居る時間だけでも…
彼を愛して…彼に愛されていたい。
俺は彼の体をベッドに沈めて上に跨ると、涙の溜まる目で彼を見降ろした。
彼の胸板に両手を置いて、優しく手の平で撫でてあげる。
嬉しそうに俺の顔を見上げて、俺の足を撫でるまもちゃん。
シャツのボタンをすべて外して、剥き出しになった胸板にキスしてあげる。
両手を肩の方に滑らせて行って綺麗な胸板を何度も撫でる。
そのまま彼の両腕に自分の両手を滑らせて、覆い被さりながら彼の唇にキスする。
それは濃厚で、特別なキス。
彼の手のひらに指を絡ませて強く握る。
口元を緩めて甘えた声で彼に言う。
「ねぇ…まもちゃん。俺の事…見てた?」
彼の緩く勃つ股間の上に跨って腰を動かして、挑発する。
いやらしく誘う様に彼を見つめて、口から吐息を出して小さく喘ぐ。
「見てたよ…ずっと、北斗を見てた…」
その言葉に頭の中が痺れて、彼の唇を貪る様に舐めて吸う。
大好きなんだ…
これは…もう猛毒だ…
彼のズボンを脱がして、自分のズボンも脱ぐ。
俺だけシャツを羽織ったままの姿で、彼に体を舐められる。
なんでこんなにペロペロするのか…俺は知ってる…
「ね…ふふ…まだ味がするの…?拭いてもらったのにな……あっん……取れないんだぁ…はぁはぁ…ん」
ぶっかけられたシャンパンを彼は舐めている…
「可哀想に…北斗…酷い事されたね…胸が痛かったよ。」
本当…?
彼の柔らかい髪を撫でて、自分の方へ顔を向かせる。
彼の目を見つめて、彼に見つめられて、興奮してくる…
「まもちゃん…んっ、はぁはぁ…あぁ…ん……はぁはぁ…気持ちいい…」
どうしてなの…
たまに出て来る疑問符を頭から消して、彼に愛される事だけに集中する。
彼の頬を撫でて、彼の与えてくれる快感に身もだえする。
優しくて…甘い愛をくれる…まもちゃん…
俺はあなたの物だよ…
俺の勃起したモノを口に入れる彼を、体を起こして見つめる。
気持ちよく舌で舐めて、俺を快感へ突き落していく…
体が仰け反って、頭の奥が真っ白になっていく…
快感に満たされた頭はそれ以外どうでも良くなったみたいに、貪欲に彼の与える快感を求める。
彼の髪を優しく撫でて、自分の腰を緩く動かして、快感によだれを垂らす。
「まもちゃん、まもちゃぁん、イッちゃう…イッちゃうよ!」
顎が上がって、腰が震える…
彼の口元が緩んで、俺の目を見て笑う。
「あっああん!!」
俺は彼の口の中でイッてしまった…
だって、あんな目で見つめられたら…我慢なんて、出来ないよ。
「北斗…可愛い…愛してるよ。」
うん…俺もあなたを愛してる…
彼が沢山の愛と一緒に濃厚なキスをくれる。
俺が逃げて行かない様に頭を抱きかかえて、ねっとりと何度も舌を入れてキスする。
頭の中が痺れて来て、口元がだらしなくなる。
まもちゃんが俺の中に指を押し込んで来る。
「んっ…」
違和感と快感に体を仰け反らせて震わせる。
彼は俺を感じようと体をピッタリと付けて、指をいやらしく動かす。
「北斗…気持ちいい?」
快感にビクつく体を抱きしめて、俺の耳元でまもちゃんがそう囁く。
「ん…きもちぃ…」
俺はもっと彼を感じようと、体を仰け反らせて彼に密着する。
俺は貪欲なんだ…
彼が5くれたら、俺は8欲しがる。
彼が10くれたら、俺は100欲しがる。
そのくらい貪欲で…意地汚いんだ…
「まもちゃ…あっああ…ん、はぁはぁ…だめ、だめぇ…きもちぃ…あぁ…イッちゃう…」
彼の指が増えて、俺の中を刺激する度に俺のモノがビクビク小刻みに震えて…よだれを垂らす…
俺はそれを自分で扱いて、もっと真っ白になる様に…快感で頭を満たす。
「あぁ…北斗…!」
俺が乱れると、まもちゃんが興奮して、もっと気持ちよくしてくれる…
あと…一週間…
ずっとこうしていたい…
俺がいなくなったら…どうするの?
あなたがいなくなったら…俺はどうするの…?
怖くて考えたくない…
ただ今は目の前の愛する人を愛したい。
手を伸ばせば触れる、息が届く、目の前のあなたを。
「はぁはぁ…北斗、挿れても良い?」
「ん、ん…ちょうだい…まもちゃん…北斗にして…もっと、もっとして…」
彼の目を見ながら、快感に喘ぐだらしない顔を見せる。
こんな事…あなたにしか出来ないよ…まもちゃん。
あなたは俺の特別なんだ…
だから…どうか、俺から特別を取り上げないでよ。
込み上げる激情を抑え込んで、彼を愛することに集中する。
俺の足の間に体を入れて、覆い被さる様に俺を上から見下ろして彼が笑う。
そのまま熱いキスをして、俺の髪をかき上げる様に撫でる。
俺の中に彼のモノがグッと押し込まれてくる。
うめき声と共に息を吐いて、彼を受け入れて喜ぶ…
愛する彼に愛されてるんだ…
俺の中を快感でいっぱいにして…俺を毒で満たして…何も考えなくていい様に狂わしてよ…
彼の背中を両手で掴んで、彼が俺の中を感じるのを見て喘ぐ。
彼の目が…トロけて、気持ち良くなって…乱れていく…
堪らないよ…まもちゃん。
あなたのその目が俺をおかしくする…
快感だけを感じて喘いでいた筈なのに…
いつの間にか涙声が混じって、両手で顔を覆って、ぐちゃぐちゃになる。
俺の激情を察した様に目を歪めて、止まることなく、優しくねっとりと、彼は腰を動かし続ける。
「北斗…愛してるよ…」
その彼の低くて良く響く素敵な声に…心が乱れて、頭がおかしくなる…
彼の大きな手が俺の体を撫でて、自由に触って…俺を好きにする…
俺は彼の物なんだ…
「…まもちゃぁん…愛してる。」
俺の中が気持ち良くなって、彼の与える快感に足の先を震えさせて、絶頂を迎える。
「んはぁっ!ぁああ!まもちゃ…ん!イッちゃう…イッちゃうよ!あっあああ!!」
激しく腰が震えて、頭の中がパチパチ音を出して…目の前を光が跳ねる。
俺の喘ぐ唇にそっと唇を当てながら、腰を奥まで入れて、突き上げてくる。
彼の腰の動きと、俺の喘ぎ声が合わさって…快感が重なっていく。
彼の髪が揺れて、額の汗が俺に落ちて来る。
彼の目が耐える様に歪んで…俺の快感が上って来る…
快感で満ちた体の中で、彼のモノがドクンと暴れて熱いものを吐き出した。
その後、じわじわとお腹の中に広がっていく。
だらしない口でハァハァと息を吐きだすトロけた瞳の彼が、俺の上に項垂れて落ちてくる…
俺は彼の体に手を伸ばして、彼の汗だくの背中を撫でる…
「はぁはぁ…まもちゃ愛してる…」
そう言って、強く抱きしめる。
どこにも行かない様に…強く抱きしめる。
愛してる…
「北斗…綺麗にしてあげるから…おいで?」
まもちゃんに手を引かれて浴室へ行く…
大人しく、お尻を綺麗にしてもらう。
「まもちゃん…今日ね、財閥のおばあちゃんが凄かったんだ…かっこよかったんだよ…。」
クスクス笑いながら、まもちゃんにも教えてあげる。
あの可愛らしいおばあちゃんが、なんとも男勝りな女傑であることを…
「フフフ…本当に、北斗は…大物を取り込むのが上手だ…お前は大物になるね…」
俺の背中にキスして、嬉しそうにそう言って喜んでいる。
「さっちゃんに怒っていた…潰してくれたら良いのに…」
俺はそう言って、体を洗い始めた。
「物騒な事を言わないんだ。」
まもちゃんがそう俺を注意するけど…毒殺する方が物騒だ。
「は~い」
形だけそう言って、俺はまもちゃんの体も一緒に洗ってあげる。
「お爺ちゃんの介護だ。」
そう言って彼の体も一緒に洗ってあげるんだ。
大きな腕も、大きな背中も。
おちんちんもきれいに洗ってあげた。
「まもちゃん、頭も洗ってあげるよ。」
俺はそう言って彼の髪の毛もきれいに洗ってあげる。
そして、自分の頭も洗って、シャワーで流す。
「みて?こんなに浴びても怖くなくなったよ?」
そう言って、頭からシャワーを浴びて見せる。
きっと、まもちゃんが傍に居るからなんだ…
「凄いね。偉いね。北斗。」
俺の顔に着いた水を手で拭って、笑いかけてくれるあなたが傍に居るからだ…。
愛してる…
浴室から出て体を拭く。
「ねぇ?俺のバイオリンを狙ったんだよ?絶対そうだ!」
俺はさっちゃんのシャンパン事件の話をする。
パンツを履いて、まもちゃんが頷く。
「そうか…」
「だから、俺はバイオリンを一番に守ったんだよ?偉いだろ?こうやって、こうやって、守ったんだよ?ねぇ、偉いだろ?」
「ふふ…うん。偉いよ…さすが、お前は俺の愛する人だ…」
そう言って俺を抱きしめて、まもちゃんはハフハフする。
部屋着に着替えて、ベッドに寝転がっても、俺は話す。
「特にフルートの音色が最高に綺麗だったんだ。トランペットも最高だった。トロンボーンも、ホルンも居たんだよ?こんなに何重にも音色が重なって…重厚になって、最高だった…まるでボレロみたいだ…」
「…ん、おいで。ほら、こっちにおいで。」
まもちゃんが半強制的に俺の背中を抱いて寝に入る。
「ボレロって15分くらい続くんだよ?今、歌って見ようか?」
背中の彼に話すけど、応答が無くなった…
顔を上げてみると、まもちゃんは目を閉じて、スースー寝息を立てている。
「まもちゃん?寝るの?ご飯食べてないよ…?」
時計を見るとまだ7:00なのに…まるで就寝するみたいだ…
「まもちゃん!ご飯は?」
彼の体を揺すって起こそうとするけど…全然起きないんだ。
俺は仰向けに眠るまもちゃんの胸板に顔を落として、彼の鼻の穴を見た…
「ぴえん…」
仕方ないので、大きなスピーカーに携帯を繋げて音楽を流して聴く。
その内、起きるかもしれないし…
スピーカーから洋楽が流れて、空間を彩っていく…
俺は帰ってきた時バタンキューしたから…もう眠くないんだ。
まもちゃんは疲れてるのに、エッチするからいけないんだ…
「馬鹿なんだ!」
俺がそう言うと、彼の口元が緩んで笑う。
起きているのかな…確認するように呼び掛けて見る…
「まもちゃん…?」
「…ん」
返事する!
でも、喉の奥で鳴るような音だ…寝てるけど…返事するって…どういうこと?
「まもちゃん…お腹空いた…」
「…ん」
ウケる!!
「まもちゃん…お金ちょうだい?」
「…ん」
何だこれ…おっかしいな。意識は無さそうなのに…反射で返事してるの?
「まもちゃん…もう結婚しないよね?」
「…んん」
ちょっと変えるんじゃないよ!
俺は腹を抱えて、声を押し殺して笑う。
彼の顔を撫でて、面白いおもちゃを見つけたと、目を輝かせた。
「…ん」がイエスで「…んん」がノーの様だ。
これは…未来の事も教えてくれるかもしれないな…
試しに23世紀の事を聞いた。
「まもちゃん…23世紀には人は生きてる?」
「…ん」
マジかよ…スゲェ…
「まもちゃん…23世紀に戦争はある?」
「…んん」
彼の答えを聞いて俺は安堵した。
平和な未来に思いを馳せる。
良かった…戦争が無くなるなら…良かった…
「まもちゃん…星ちゃんは俺の事が好き?」
「…ん」
テヘヘ…
「まもちゃん…博と渉は別れる?」
「…ん」
ははは!はははは!ざまぁ!俺はベッドの上を転がって喜んだ。
「はぁはぁ…まもちゃん…俺は将来、立派になる?」
「…んん」
俺は彼のおでこを一発デコピンした。
「まもちゃん…俺は将来立派になるだろ?」
「…ん…」
やっぱりね。そう思ったんだよ?初めからそう言えよ。全く。
こんなに正確な、まもちゃんのシックスセンス・イエスノー占いに、俺はすっかり夢中になった。
これはあれだ潜在意識が関係してるんだ。
アカシックレコードに繋がってるんだ。
俺は最後の呼びかけをしようと彼の顔を覗いて言った。
「まもちゃん…死んじゃダメだ。」
「…北斗」
突然、普通に話し始めた!ダメだ!
俺は彼の口を手で押えて、自分の口で言った。
「…ん」
ブフッ!と吹き出す彼を無視して、俺は安堵した…
世界平和とまもちゃんの命に感謝…
いつの間にか目を少し開いてるまもちゃんに気が付く。
「まもちゃん、起きたの?」
彼の顔を覗き込んでそう聞く。
「ちょっとだけ…寝ちゃった…」
その寝ている間に、俺はお前を通してアカシックレコードにアクセスした!
そう呟いて、まだぼんやりした顔の彼を愛でて、楽しむ。
頬を撫でて、鼻を触る。唇を撫でて、キスする。
「んふふ、もっと寝る?」
顔を覗き込んでそう聞くと、むくりと体を起こした。
「起きるの?寝てても良いよ?俺、歩の所に行ってくるから…」
「行かないで……」
そう言って俺の体を抱き寄せると、腰にしがみ付いて、しくしく泣き始めた…
「北斗…北斗……」
俺の名前を呼びながら悲しそうに泣き始める。
俺は彼の頭を撫でて、彼の悲しみを一緒に悲しんだ。
「後一週間だね…まもちゃん…」
俺がそう言うと、彼の嗚咽が激しくなって…声にならない声で、俺に縋りつく。
俺も涙を落として、彼の背中を涙で濡らす。
二人で悲しみ合う…止まらない涙と、不安を抱えて、体を寄せ合う…
大きなスピーカーから、俺が流しっぱなしにしてる音楽だけが、陽気に流れてる…
フランス語…シャンゼリゼ通りの歌が、小粋なパーカッションでお洒落に歌う。
いつまでもこうしていよう…二人で…泣いていよう…
だって、怖くて…悲しいんだもの…
彼の柔らかい髪を、涙が流れるままに微笑んで、撫でる。
なんて可愛いんだ…
俺の体の中で、震えて泣く彼を見下ろして、微笑む。
こんなにも、誰かを、愛おしいと思う事があるんだろうか…
嬉しい…
彼の髪を撫でながら、彼の体の震えを自分の物の様に感じながら、嬉しくて微笑んで泣く。
こんな気持ちになるほどに、愛してることが嬉しい…
グー…
俺のお腹が鳴って、泣いていたまもちゃんが笑い始める。
俺だってこんなに早くお腹が空くと思わなかった…
あんなに沢山食べたはずなのに…あっという間にお腹が空くんだ。
まもちゃんが体を起こして俺の涙を拭う。
「北斗…何か作ろうね。」
俺はそう言った彼の涙を拭う。
「うん…お腹空いた…」
そうして二人でキスする…
「今日、直生と伊織と三人で焼き肉に行ったんだ…。そしたら、伊織がチョレギサラダを沢山食べるんだよ…あんなに体が大きいのに、チョレギサラダばっかり食べるんだ。」
俺はまもちゃんの背中にくっ付いて、俺のご飯を作る彼に今日の出来事をまた話す。
「ベジタリアンなの?」
まもちゃんがそう聞いて来るけど…タン塩は食べていたから、ベジタリアンじゃない。
「きっと年なんだよ…胃が辛いんだ。」
俺はそう言って彼の背中に頬を付ける。
「北斗と彼らは良いトリオに見えるね。」
まもちゃんはそう言ってジュージューとフライパンで何かを焼き始める。
良い匂いがしてきて、俺のお腹がまた鳴る…
「畏れ多いんだ…彼らの方が格段に上の奏者だよ…。」
そう言って、俺はお箸を一本ずつ両手に持ってスタンバイする。
まもちゃんは俺の方を見て、渋い顔して言う。
「北斗?お行儀が悪いの直さないと…立派な人に会った時に、恥ずかしい思いをするよ?」
俺の料理をお皿に盛って、まもちゃんが出してくれた。
「うわぁい!いただきます!」
俺は喜んで厨房の自分の椅子に腰かけると、出来立てのポークソテーを食べる。
椅子を持ってきて、俺の体の後ろにピッタリとくっ付く様にまもちゃんが腰かける。
俺の腰に手を回して、後ろから俺を抱いて俺の背中に顔を付けてる。
「北斗…何したい?俺は一緒にキャンプに行きたいよ…」
「じゃあ、行こうよ…」
俺はそう言って、盛り付けられたお米を食べる。
「後は…何したい?」
まもちゃんが俺の背中にスリスリと頬ずりさせて聞いて来る。
何がしたい…?
「俺は…まもちゃんとずっと一緒に居たい…もう一回初めから夏休みを始めたい…終わって欲しくない…帰りたくない。そして、まもちゃんに死んでほしくない。」
ポークソテーを食べながら、そう言ってモグモグする。
後ろの彼は無言で俺に抱きついている…
ふふッと笑い声がして、俺をギュッとする。
「もっと…現実的な話だよ…」
そう言って、鼻をすする彼の問いに、現実的に考えて答える。
「ただ、一緒に居たい…」
そう、いつも傍に…居たい。
誰にも邪魔されないで、二人だけで居たい。
「今みたいに…一緒に居たい。」
「じゃあ、そうしよう…」
そう言って俺を抱きしめて、またしくしく泣くんだ…
ご飯を食べ終わって、彼の体にもたれて、彼の左手を掴んで、自分の左手の上に乗せて、右手でそっと撫でる。
彼が泣き止むまで、そうしてる…
暗いお店の中、厨房だけが明るく光って、特別な空間のように錯覚する。
ここにいる、俺達だけしか人類がいないような…錯覚を感じて、笑う。
これじゃ、繁殖できないから…人類は滅亡だ。
「まもちゃん、夜の湖を見に行こう?」
俺はバタンキューしたから…眼が冴えてるんだ…
「え…」
明らかに眠たそうなまもちゃんは、少しためらうと俺の言う事を聞いてくれた。
手を繋いで夜の遊歩道を歩く。
黒くうねる湖が、チャプチャプと嫌な音を立ててる。
夜になると肌寒い位で、まもちゃんに借りたパーカーの前を閉める。
手を繋いで、縁石の上を歩いて散歩する。
「まもちゃん?冬になると雪は降るの?」
俺が聞くと、彼は笑って言った。
「雪、降るよ…ただ、めったに積もらない。雪かきも…年に数回あるか無いかかな。」
そうなんだ…
「オジジの所は?積もる?」
縁石を降りて、歩たちの別荘の前を歩く。
「あそこは山奥だから…積る。」
ふぅん…
ベランダでイチャつく博と渉を見つける。
「おいコラ~!クソガキ~!」
下から叫んでビビらせる。
「んふふ!」
そして、まもちゃんの手を掴んで走って逃げる。
ここから見る湖は穏やかだ…チャプチャプも少ししか言わない…
月が湖面に映って、二つの月に見える。
「見て、月が二つあるよ。」
俺は指をさしてまもちゃんに見せる。
まもちゃんは後ろから俺を抱きしめて、首元にハフハフする。
波打ち際まで歩いて、月を眺める。
こんな大きな衛星が…すぐ近くにあるというのに、怖くないんだろうか…
「あっちがまもちゃんの偽物だよ?」
俺はそう言って湖に映る月を指さした。
「…じゃあ、あっちは?」
まもちゃんはそう言って天に浮かぶ月を指さす。
「あれは、まもちゃんの本物だよ?そして、俺はあそこに自分の旗を立てた。」
俺はそう言ってまもちゃんを見上げる。
「今度、そこにコロニーを作ろうと思ってる。」
俺の話を聞いて、まもちゃんがクスクス笑ってる。
笑い事じゃない。本当の話なのに。馬鹿な奴だ。
知らないうちに、大きな街でも作ってやろうかな…
「まもちゃん…かぐや姫って宇宙人なの?」
俺は後ろの大人に尋ねる。
「北斗…どうして、それを知ってるの…」
んふふ。おっかしい…
まもちゃんは演技かかった声を出して、俺に話す。
「これは…極秘情報だけど…北斗にだけ教えるね。実はかぐや姫だけじゃない…親指姫も宇宙人だったんだ…」
嘘つきめ!
「え…そうなの。じゃ、じゃあ、桃太郎は?」
俺は狼狽える演技をしてまもちゃんを煽る。
「桃太郎は…宇宙人じゃなくて…人間が作ったアンドロイドなんだ…桃はアンドロイドを納めるカプセルを比喩で表現しているんだ。」
「この大嘘つきめっ!」
俺はそう言って後ろのまもちゃんをパシッと叩いた。
笑いながら湖畔を歩く。二人手を繋いで…。まるで恋人同士みたいに…
まもちゃんが鼻歌でさっき流れていたシャンゼリゼ通りの歌を歌う。
俺はそれをフランス語で歌ってあげる。
「北斗は一体、何か国語、話せるの?」
まもちゃんが驚いて聞いて来る。
「話せない。ただ、歌なら歌える。」
耳が良い人の特徴だ。
意味は知らないけど、聞き取れるんだ…
舌の巻くタイミングも、発音の仕方も、声の出し方も…知らなくても分かるんだ。
「まも~るだと、フランス人みたいだね。」
俺が言うと、彼は吹き出して笑う。
「ブフッ!なんだよ、それ。気に入ってるな…まも~るって…」
俺の手を手繰り寄せて、体を抱きしめてまもちゃんが言う。
「だって…ジュッテームみたいじゃん。まも~るとジュテーム…似てるだろ?そして、ジュテームはフランス語で“愛してる”って意味だ。だから、まもちゃんは“愛してる”って意味を持つ人になるんだよ?」
彼を見上げて俺が笑いながら言うと、彼は首を傾げて言う。
「そのロジックが分からないよ…」
まもちゃんはそう言って、俺の体を回れ右させると、来た道を戻り始める。
「もう帰る?」
俺が聞くと、彼は、うん。と言った。
「じゃあ、北斗は?ほく~とって言うの?」
まもちゃんが面白い事を言い始める。
「ほく~とは…マムートに似てる…マムートはドイツ語でマンモスだ。」
俺がそう言うと、まもちゃんが爆笑する。
「北斗は…マンモスだな!」
どういう意味だ!
手を繋いで来た道を戻る。
歩の別荘を超えて、遊歩道の縁石を歩く。
「まもちゃん…帰れソレントへって知ってる?」
俺は彼に聞いた。
「イタリアの歌?」
「うん…最後に…私を助けて!って言うんだ…」
俺はそう言って、イタリア語でテノール歌手を真似て、歌い始める。
それは大げさで、演技かかったものだけど…
歌詞の内容が…胸に来るんだ…
「ハハハ!お前の引き出しは一体何段あるんだ!」
不思議な言い回しで俺が博識だと褒める、お爺ちゃんのまもちゃん。
「この曲…今度歌詞を教えてあげるね…俺が帰る時のBGMにしてよ…」
俺がそう言うと、まもちゃんは微笑みながら、黙ってしまった。
だって、この曲はまもちゃんにピッタリなんだ…
店の前に着いて、階段を上る。
玄関を開けて、扉を開けて中に入る。
靴を脱いで、パーカーを着たままベッドに入る。
「北斗、歯磨きは…?」
「さっきしたも~ん…」
まもちゃんは、洗面所で歯磨きしてる…。
俺は歯磨きしていないけど、面倒くさいからしたって言った…
でも…歯ブラシの音を聴いていたら、したくなってきて
結局、歯磨きをしに洗面所に行った…
「なぁんだ…」
そう言われたけど、澄ました顔で無視して歯磨きした。
先にまもちゃんがベッドに入った。
俺は歯を磨いてスッキリして、電気を消した。
ベッドの足元から、布団に潜ってモゾモゾ入って行く。
「ふふ…下から来たの?」
まもちゃんがそう言って、俺を掴んで抱きしめる。
「これは斥候だよ?」
俺はそう言って彼に背中を向ける。
「斥候だとしたら、もう北斗は捕まってるじゃないか…」
確かに…敵に見つからない様に偵察する目的なのに…まんまと掴まってしまった…
「俺は…おとりなんだ…」
俺はそう言って他の仲間の存在を匂わせた。
彼は、ふふッ。と笑うと、俺の首にキスをする。
「おとりに悪戯しよう…だっておとりなんだから…俺の気を逸らさせないとね。」
そう言って俺の顔を後ろに向けて、熱いキスをくれる。
俺は体を捩って、彼の首に手を入れて、抱きつく。
大好きなんだ…この人のこのふざけたノリが…堪らなく好き。
「まもちゃん…大好き。そうやって、すぐにふざけるのがすごく好き…」
そう言って彼に、俺があなたのどこが好きなのか、教える…
どれだけ好きか…伝わったら、もしかしたら、考え直してくれるかもしれないから。
「その目も、その鼻も、その口も大好きだよ。」
俺はそう言って、彼の唇にまたキスをした…
背中を彼に向けて、彼に抱きしめてもらう。
彼の左手を掴んで、大事に抱えて撫でる。
「…それは、火傷の痕じゃない…」
まもちゃんがそう言って、俺は言った…
「じゃあ、何の痕なの?」
「理恵と結婚するって決めた時に…自分でつけた。兄貴がされたように…自分の手を潰した…忘れない様に…バイオリンを二度と触らない様に…そうした…」
「そうか…」
俺はそう言って彼の左手を撫でて…呟いた。
「治ってよかった。」
そして彼の傷痕にキスして、目を瞑った。
俺の髪にキスして、すぐに彼は寝息を立てる。
俺は彼の寝息を聞きながら、彼の手を撫でて、ゆっくり眠る…
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