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8月26日(水)_02

「お父様はお元気ですか?」 突然おばあちゃんの声色が低く落ち着いた声に変わった。 そして…まるで、何かを知ってるような口ぶりだった… 「…父をご存じですか…?」 まもちゃんが俺の髪を撫でながら、オジジの話を始める。 とぼけなかったのは…彼女に観念してるって事か…さすが女傑だ。 この嘘つきに嘘を吐かせないなんて…ただ者じゃないよ? 「えぇ…あの出来事は…本当にお気の毒でした。私の主人が、生前、あなたのお父様にとてもお世話になったんです。だから…あの後も、工房を立て直すお手伝いをしました。」 おばあちゃんの声が…俺の知ってる声よりも沈んで聴こえる。 俺はまもちゃんの左手を撫でながら、彼女とまもちゃんの話を黙って聞いてる。 「…そうだったんですか。それは…ありがとうございました。」 まもちゃん…不思議な縁だね。 俺はその話を聴いててそう思ったよ…。 不思議なとこで繋がってるんだな。 「北斗君が…教会のお庭で行われたあなたと彼女のパーティーで、あなたに愛のあいさつを贈ったでしょう?その時、あなたのお顔を、こう…このグラスでね…よく見て…お父様にそっくりで…気付いてしまったのよ。もし、不本意だったらごめんなさいね。でも…あぁ、こんな巡り会わせがあるんだ!って…感動して。亡くなった主人が…助けてあげなさいって…言っている気がしたの。」 まもちゃんの膝の上で、彼のぴえんを見ていたのに… いつの間にか、彼の涙が降ってきて…俺の顔に落ちる。 「もし…彼女を愛していなくて…何か目的があるなら…お止めなさい。これから、あのお家は激動の中に向かいます。生前、主人が根回しをしました。その時が来たら、徹底的に潰せと…。あの事を許せないのは、あなただけじゃないのよ…。」 まもちゃんが下を向いて堪えて泣くから…彼の涙を浴びる。 苦しそうに…涙をこらえる彼の顔を正面から見る。 胸が痛いのに…その涙が、嬉しくて。 何故か一緒に泣いている自分が居た。 「ま、まもちゃ…よかった…ね」 俺はそう言って両手を伸ばして、彼の頬を撫でた。 もう良いんだ…頑張らなくて良いんだ。 「あ…ありがとうございます…!!」 まもちゃんはそう言っておばあちゃんにお礼を言うと、ボロボロと涙を落とした… 俺はそれを全部浴びた。 「主人はチェロを弾くことが好きでね…。ある日惚れこんだチェロを手に入れて、弾いてみたの…。でも、全然上手に聴こえないのよ。それで、あなたのお父様に何度もお願いして、ウフフ…もうそれは毎日の様に来てもらってね。調整するんだけど…どうしても他のチェロの様に弾けないの…ウフフ。次第に主人とお父様は仲良くなっていってね。釣りに行ったり…呑みに出かけたり…本当の友達みたいに…仲が良かったのよ?」 おばあちゃんは嬉しそうに、まもちゃんにオジジの事を教えてあげる。 俺はまもちゃんの膝から体を起こして、その話を一緒に聞いて笑う。 隣のまもちゃんも、口元を緩めて彼女の話を聞いている。 「主人が亡くなった時、形見として…お父様にそのチェロを譲ったのよ。とても悲しそうにチェロを抱いて帰る後姿が忘れられなかった…。」 指にはめられた指輪を弄りながら、おばあちゃんがそう言ってまもちゃんに微笑んだ。 まもちゃんはその微笑みに微笑み返すと、思い出す様に話し始めた。 「あの時は…本当に地獄でした…ある日、家に帰ってきた兄の両手が血だらけだったんです。それを見た両親は急いで病院へ向かいました。両手の骨が砕けるくらい…思いきり潰されていました…。俺は当時、まだ16歳でした。怪我の理由も…知らなかった。それでも家の中を覆う不穏な空気は分かりました…」 まもちゃんの口から初めて聞く当時の様子… 俺が聞いても良いのかな… そう思って彼を見ると、彼は俺に左手を伸ばして俺の手をギュッと握った。 「あっという間にバイオリン工房の仕事が入って来なくなって…店を畳むしかないってなった時、母は悲しみのあまり、工房の中で首を吊って死にました。兄の苦しむ姿を見て、一番心を痛めていたのは母でした…。その母の死を受けて…兄は後を追う様に工房の中で首を吊って亡くなりました…。俺は両方の第一発見者で、通報者でした…」 余りの壮絶な状況に…俺は彼の手の傷を撫でる事すら出来なかった… 停止してしまったんだ。 彼の心境を想像して…停止してしまった。 「あなたがなぜ、彼女と結婚をするのか…考えてみたのよ?そして…なぜ、北斗君がこんなにも苦しそうなのかも、考えたの。」 そう言っておばあちゃんは、まもちゃんに手を伸ばすと、続けて言った。 「だから…今日、お話しできて嬉しかったわ。」 まもちゃんは固くその手を握り返した。 「もう、良いの。良いのよ。」 そう言ったおばあちゃんの言葉に、まもちゃんはボロボロ涙を落として頷いた。 俺はそれを見て…やっぱりまた一緒に泣いた。 「まもちゃん…まもちゃん…」 そう言って彼の体に頭を付けて、笑いながら泣いた。 彼の復讐は終わったんだ… もう良いんだ。 機会を伺っていた人たちが、彼らを崩落させてくれる。 それはオジジの友達。 おばあちゃんの旦那さんが生前言いつけた事。 “その時が来たら、徹底的に潰せ” …何て良い言葉だろう。 今がその時だ。 潰されてしまえ、驕れる者。 そして目の前から消えてくれ… 「北斗君が“かすがい”になってくれたわね…」 そう言って笑うおばあちゃん。 あっぱれだ。 いや、ブラボーだ。 華麗なる女傑を味方に付けて、俺は心から安心した。 これで彼はもう自分を殺すことは無い。 心も体も…自由になれる。 助かったんだ。 俺はまもちゃんの体を大きく抱いて、優しく抱きしめた。 「良かった…」 そう呟いて、やっと心から安堵する。 だって、これは嘘つきじゃないおばあちゃんの言葉だから。 心から安心したんだ。 「まもちゃん…凄いだろ。あの人。」 帰りに立ち寄ったスーパーで、カートを押すまもちゃんに話しかける。 「んん!凄かった…!」 まもちゃんはそう言うと、タコをカゴに入れる。 その後、粉と…紅ショウガ…天かす… 「まもちゃん?今日のご飯ってたこ焼きなの?」 俺が聞くと、彼は笑って言った。 「なぁんで、分かったんだ?食いしん坊め~!」 たこ焼きって…お腹いっぱいになるの…? ピンポン玉くらいの大きさじゃん。 「やだぁ…だったら、お好み焼きの方が良い…」 俺はまもちゃんのシャツを引っ張って抗議する。 彼はそのままカートを押して先に進む。 「北斗は知らないんだな、タコパって知らないんだな。」 年寄が若者に向かって、何か言ってる…! 「知ってるよ?たこ焼きパーティーだろ?」 俺はカートを押すまもちゃんの傍に行ってそう言った。 それくらい知ってるよ、若者だぞ? 「今日はお祝いだよ?パーティーなんて名前が付いてるんだから。今日はタコパをするんだよ。分かってないな。北斗はまだまだだな。」 そう言って、ご機嫌なまもちゃんは、カゴに青のりを入れる。 「ふん!まもちゃん家にたこ焼きプレートあるの?」 俺が聞くと、まもちゃんが言った。 「のりちゃんも誘うから、あいつの家のを借りる。」 そう言ってアルコールを沢山カゴに入れていく…。 また酔いつぶれるの? 面倒くさいな… 「飲み過ぎないでね…俺、もう面倒見ないからね?」 俺がそう言ってムスくれると、まもちゃんが笑って言った。 「は~い」 本当に…この人は、子供みたいなんだ。 「じゃあさ、こういうのも買っていくと面白いよ?」 俺はそう言って、ワサビチューブを手に取った。 まもちゃんはそれを見ると、うしし。と口元をニヤけさせた。 からしと、ワサビと、トウガラシのチューブをカゴに入れて、俺とまもちゃんは笑った。 「これは…戦争だ…!」 俺がそう言うと、まもちゃんもキリッとした顔になって、頷いた。 助手席に先に乗って、カートを戻しに行った彼の到着を待つ。 バックミラーにまもちゃんの姿を捉えて、口元がニヤける。 あれ…俺の彼氏…いえ、夫なんです。 運転席のドアが開いて、俺はニヤけた顔を元に戻す。 「遅いぞ。お爺ちゃんだな。」 俺のそんな憎まれ口に、まもちゃんはクスッと笑うと、俺の頭をなでなでして愛でた。 のりちゃんを迎えに行って、たこ焼きプレートを乗せて家路に着く。 「たこ焼き、たこ焼き。」 二階に上がって、俺はベッドの上で、のりちゃんの撮影した写真を見る。 そして、大人の働きを監視する。 「のりちゃん?もうコンセント入れちゃって?」 そうやって指示をする役割なんだ。 俺の隣に座って、のりちゃんが半笑いで言った。 「北斗…写真を撮っていて分かったんだよ。お前はあのチェロの二人にも、こうやって指示をしているね?なんだい?親分なのかい?司令塔なのかい?」 そうだ、俺は司令塔だ。 「俺の判断に狂いは無いからな!」 俺はのりちゃんにそう言って威張って見せる。 まもちゃんが笑ってのりちゃんに聞く。 「そ、そんなに指示してるの?あのでっかい二人に?フハハ。」 「それが大人しく言う事聞くんだよ?笑っちゃったよ。何だ、これ?って…」 彼らのボスは今の所、俺だからな…。 ベッドの上に沢山並べた写真の中から、彼らと写る物を手に取って眺める。 直生と伊織と俺は…楽しそうに笑い合っていて、嬉しかった。 「こんな顔してるんだ…ふふ。」 表情が薄い印象だった彼らは、写真で見ると、楽しそうな笑顔をしていた。 やや伊織の手元が俺の体に触れていて、それはどうなんだと疑問が残るけど、楽しそうで、良い写真だ。 欲しい。 「ねぇ、俺も何枚か欲しいよ。良い?」 まもちゃんに聞くと、彼は首を傾げすぎて詰れそうになった… なんだ!嫌なのか?! 「なぁんで?良いじゃん。」 俺はまもちゃんにごねて言う。 たこ焼きプレートに生地を注ぎ込んで、まもちゃんが言った。 「だって~、それは~、まもるのだから~」 おっかし、この人、何でこんなしゃべり方してんの? 口を無駄に大きく開けて、アホみたいなしゃべり方してるの… 可愛い! 「だから~、ほくとは~、携帯で~、撮れば~、良いじゃん?」 ふぅん… 俺は気に入った写真を携帯で撮影し始める。 最後に、“お爺ちゃん死なないで”をパシャリと取る。 「俺…美人さんに見える…」 そう言ってムフムフして笑ってると、プシュッとビールの開く音が聴こえる。 「北斗、出来た。」 呼ばれて初めて俺はテーブルに着く。 たこ焼きプレートには、まん丸く育ったたこ焼きがたくさん並んでる。 縦…5列、横9列、掛けて45個のたこ焼き… ふぅん…悪くない。 「はい、どうぞ~?」 そう言ってまもちゃんが俺に3つ、たこ焼きの乗ったお皿をくれた。 …俺は知ってる。 この3つという微妙な数と、この大人たちのニヤけた顔を見れば分かる。 この中に…ハズレが1つ入っていると言う事だ。 俺はお皿を持ったまま、まもちゃんを見る。 俺と目が合うと、彼はススッと目を逸らした。 ふぅん…まもちゃんは愛する人が悶絶するの…平気なんだ。 俺はさり気なく後ろを向くと、たこ焼きのポジションを素早く変えた。 そして、お皿をのりちゃんに差し出す。 「のりちゃん、1個食べて良いよ?」 のりちゃんは馬鹿だから、俺が入れ変えたとも知らずに1つお箸で摘まんだ。 俺は、そのお皿をそのまま、まもちゃんに向けて言った。 「まもちゃんも1個食べて良いよ?」 まもちゃんは俺を見ると、目をウルウルさせながら1つ取った。 さぁ…勝負だ! 「いただきま~す!」 俺はそう言ってたこ焼きを一口で食べた。 モグモグして味を確かめる。 「うぐっ!」 のりちゃんが悶絶してる!! 見悶える様に転がって痙攣している!! 「あははは!!バカめ!俺を出し抜こうとするからだ!」 そう言って立ち上がると、悶絶するのりちゃんを足でガシガシと踏みつけた。 まもちゃんが俺をワナワナと見つめてる…。 だから、俺は彼を見下ろして言ってやったんだ。 「まも~る?もう一回…やってあげても良いんだよ?」 俺のその言葉に、まもちゃんは目に力を込めて次弾装填した。 厳正に行う為、のりちゃんがたこ焼きをシャッフルする。 そして差し出されたお皿の上のたこ焼き2つ… 2つの内、1つはハズレだ… 「まもちゃん…お先にどうぞ?」 俺はそう言って、まもちゃんにファーストたこ焼きを勧めた。 「いや…北斗が先にとって良いよぉ?」 俺の目をじっと見て…そんな風にぶりっ子したってダメなんだ。 これは運! 2つのたこ焼きを見比べる… どっちかな…? 透けて見えないかな? いや、まも~る並みの嘘つきになると、そんなヘマはしない筈だ… ふと、ババ抜きで毎回ババを引いてしまう事を思い出して、ポッキリ心が折れる。 「まもちゃ~ん、まもちゃんが先に取ってよぉ!」 俺が甘ったるくそう言うと、ニヤつきながらまもちゃんが1つ、たこ焼きを取った。 俺は残ったたこ焼きをお箸で摘まんだ。 睨み合う様に対峙して、お互いの動向を探る。 「いっせ~の!」 のりちゃんの掛け声とともに、まもちゃんと一緒に口の中に入れる。 モグモグ味わって… 「ん~~~!!」 ツーーーン!と凄まじい刺激が鼻の中に走って、俺はそのまま後ろに倒れていく。 ヒットした~~~っ!! 「あ~~!北斗!かわいそうだ!」 まもちゃんが喜んで騒いでる。 倒れて、もがいて、悶絶する。 ワサビだ…ワサビが…大量に入ってた…! 鼻水が止まらない…!!目の奥が痛い! 「可哀想…クスクス…北斗、お茶どうぞ?」 心配する素振りをしながらも、目が笑ってるまもちゃん… ティッシュを抱えて鼻を何度もかむ。 俺は彼への復讐を誓って、普通にたこ焼きを食べ始めた。 復讐というものは、忘れた頃に訪れる物なのです。 覚えてろよ…まも~る。 まもちゃんとのりちゃんが、お酒を飲みながらたこ焼きを摘まんで、おしゃべりする中、俺は1人そっぽを向いて、テレビを眺めながらたこ焼きを食べてる。 大人の会話に入っても、ろくな事は無いからね。 「北斗~、理久先生は北斗が何歳の頃にプロポーズして来たの?」 まもちゃんが、やや酔っぱらい始めてる。 理久を笑いものにするんだ。 自分だって相当やばい癖に…人の事言えない癖に。 「ん~、4年生の頃…」 俺はテレビを見たままそう答えて、たこ焼きの無くなったお皿をのりちゃんに渡す。 「マジか…!それは、凄いな。」 笑いながら俺のお皿を受け取って、のりちゃんが、普通のたこ焼きを乗せてくれる。 「でも、理久はめちゃめちゃ優しかった…。俺が泣いてる時も、笑ってる時も…一緒に居てくれたんだ。だから、嫌いにならなくて…本当に良かった!」 俺はそう言って、のりちゃんからお皿を受け取る。 「妬いちゃうな!」 まも~るがそう言って怒っても、俺にとって、あの辛い時期を一緒に過ごしてくれた、彼は特別なんだ。 それは多分一生変わらない。 「でもさ~、小4はまずいよね~?性的な目で見てたって事だろ~?」 尚も食い下がる護に言ってやった。 「理久は俺に何もしてない。まもちゃんは俺を無理やり抜いた。理久の方が自制心が強いんだ。彼は変わり者だけど、まもちゃんは変態だ!だから、もう理久を笑いものにするな!」 俺の言葉に、のりちゃんが大うけして、まもちゃんは顔を赤くしてぐぬぬ…と唸って黙った。 全く…直生と伊織もそうだけど、何で自分を変態だと認めたがらないのかな。 俺は体を戻してテレビを見ると、また、たこ焼きを食べ始める。 たこ焼きって何個でも食べられるな… もう俺は12個セットで売ってるたこ焼きを4人分は食べた。 でも、まもちゃんが作るたこ焼きが美味しくて、止まらないんだ。 バイオリン職人なのに、お料理も上手なんだ。 「ほくとぉ~、おいでぇ~?」 お? 酔っ払いの声がして、俺はスタンバイを始める。 たこ焼きプレートに残った生地を入れる。 タコを入れて、キャベツを入れて、天かすを入れて、紅しょうがを乗せる。 そこに3つだけ、ワサビ、からし、トウガラシをモリモリ入れていく。 大丈夫。酔っぱらってるから…気付いてない。 蓋をする様に、生地を上からかけて、串ではみ出した生地を割いていく。 「ん~。ほくとが~、かわいくて~、だいちゅき~!」 そう言って、俺の体にベタベタ触るまもちゃん… これから訪れる悲劇も知らないで…おめでたいな。 それに、のりちゃんが引くよ? あれ?俺の友達って…こんなんだったっけ?って引くよ? 俺は上手にたこ焼きをクルンと返して焼いていく。 指の先にキャベツが付いて、ペロリと舐めて食べる。 「んは、可愛い…今の、可愛かったね~?パシャパシャ~!」 のりちゃんがそう言って口でシャッターを切って俺の顔を覗く。 おいおい、勘弁してよ。 映画泥棒の親戚も、まもちゃんの友達だから、ちょっとおかしいんだな。 「北斗は、大人の男が良いんだよね?」 「違う!北斗は、まもちゃんが好きなの!」 「はっ!ちっげ~よ。大人の雰囲気が好きなんだ。だって先生も大人だろ?」 「は~?理久先生は大人だけど、この子の本命は星ちゃんだ。星ちゃんは14歳だぞ?」 ちょっとおかしい大人の変な言い争いが始まる頃… 俺のたこ焼きが出来た。 お皿に例の3つを乗せていく。 それをまもちゃんの傍まで持って行って、彼の隣に座って、可愛く言うんだ。 「まもちゃん、あ~んして?」 お箸で一つ摘まんで、あ~ん…って言いながら口に持っていくと、酔っ払いはデレデレしながらだらしなく口を開ける。 ご愁傷さまだぜ。 口にパクリと入れて、俺を見ながらモグモグするまもちゃん。 「どぅわっ!」 そう言って悶絶するまもちゃん。 俺はそれを見て大笑いする。 「あははは!!この機を待っていたんだよ!どうだ~、どうだよ~?」 俺は悶絶するまもちゃんの肩を足で揺らして笑う。 「スキあり~!」 そう言って、俺の足を掴むと、まもちゃんがコショコショを始める。 崩れ落ちる様に突っ伏すと、こしょぐったくて暴れる。 「んははは!だははは!!だめ!あっはははは!!」 横に倒れる俺の体に乗って、ハフハフし始める危険な大人。 「はぁはぁ…北斗、北斗…」 酔っ払いはだから嫌なんだ…!! 酔ってるせいか、変に力のリミッターが外れていて掴まれた体が動けない。 「まもちゃん!やめてよ!ばか!」 俺はそう言ってまもちゃんの覆いかぶさる体を退かそうと頑張る。 「あ~、北斗が…エッチな事されちゃう!」 のりちゃんがそう言って囃し立てる。 おい、ここには自制心を持った大人は1人もいないのかい? 「北斗…ちょっと…ちょっとだけ…ね?ちょっとだけ…」 俺はそう言って興奮するまもちゃんを足で蹴飛ばして、ベッドに逃げた。 「なぁんだよ~!可愛いんだから~!そこでするの?そこで続きするの?」 そう言って追いかけて来るまもちゃんに、俺はベッドの上で仁王立ちして、毅然とした態度をとる。 「ここは見えない壁があります。ここからは入って来れません。」 俺はそう言って、ベッドの周囲を手でバリアーした。 「ん、あんだよ~、北斗~!」 そう言っておずおずと引き返すまもちゃんを手で追い払って、ベッドの上に散らばった写真をまた見始める。 1枚1枚見ていくと、直生オンリーと伊織オンリーの写真があった。 俺はこっそりそれを手に取ると、バレない様にポケットに入れる。 だって、ハリウッド俳優みたいで、格好良かったんだ。 それに、まもちゃんはあの2人の写真なんて要らないだろ? 俺がまもちゃんに愛のあいさつを弾いてる写真…これも素敵だ。 ちょっと鋭い眼光の女が見切れてるけど…うっとりした顔のまもちゃんが… めたくそ可愛い! 「うしし。なんだ~のりちゃんは、名カメラマンだな。」 俺がそう言うと、向こうの酔っ払いエリアでのりちゃんが俺にガッツポーズをする。 大人なのに、まるで春ちゃんが2人いるみたいに危険なエリアだ。 ゴロッと横になりながらヘッドホンを耳に付ける。 指揮者の理久の写真を見ながら、死の舞踏を聴いて、あの時、理久と一緒に弾いた事を思い出す。 俺への投資… そんな事の為に、彼が自分の誇りも捨てて、彼女の言いなりになっていたなんて…怖くなるよ。 俺の為なら…演奏家のプライドも無くなるの…?理久。 何かしらの大義があれば、人はどんな風にも変われるって事を証明したね… 良くもなれば…悪くもなるんだ。 さっちゃんの家は、人を操ろうと人心を簡単に利用するから敵を作るんだ… 馬鹿な奴ら。 写真の中の理久の顔を撫でる… 俺の事なんてどうでも良いから、どうか…自由に羽ばたいて欲しいよ。 自由なお前が大好きなんだ。 あの時、俺を置いて行ったことを気に病んでるの? だから、そんな事に利用されるんだ… お腹が満たされて、今度はうとうとして来た。 写真を1か所にまとめると、布団に潜ってうつ伏せて目を瞑った。 ヘッドホンを付けた耳に、微かに聞こえる…酔っ払いの話を聞きながら、うとうとと気持ちのいい布団に包まれる。 「親父がまさかあの財閥と付き合いがあるとは思わなかった…」 「予期しない繋がりってあるんだな。」 「全部…北斗が繋げていってる気がするんだよ…のりちゃん…しくしく…俺、この子に会わなかったら…どうなったんだろう…」 まもちゃんが…また泣いた。 でも知ってるんだ。 これはすぐに泣き止むウソ泣きなんだ。 「そうだな…でもさ…こうは考えないか?北斗と会うのは必然だったってさ…」 良い事言うね…のりちゃん。 俺も…その方が…しっくりくるよ。 この1か月の間に…人生で必要な人と次々に出会った気がする。 きっとそれが今後…どんどん広がっていくんだ。 まもちゃんとも…また会える。 だって、彼はもう、死のうとして無いんだから… 俺が自由なら、きっと、また会えるんだ。 瞼が重たくなって、そのまま目を閉じて、眠りに落ちた。

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