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8月28日(金)_01
8月28日(金)
「北斗、おはよう」
そう言って俺の髪を撫でて、まもちゃんが俺を起こす。
「まもちゃん…おはよう」
俺はそう言って、彼の頬を撫でて笑う。
見つめ合って、キスして、抱き合う。
どちらも何も話さないで…体の熱を感じてるみたいにひたっと付いて離れない。
携帯に着信を知らせるバイブレーターが一瞬鳴る。
「ねぇ…まもちゃん?」
ぼんやりしながら彼の声が聴きたくて…何となく呼んでみる。
「…なぁに?北斗ちゃん。」
胸に良く響く声が、俺の頬を揺らして伝わる。
もっと揺れを感じたくて、俺は言った。
「まもちゃんの一番低い声を出して…?」
俺がそう言うと、まもちゃんはいくつか声を出して、彼の一番低い声を聴かせてくれた。
「んふふ…凄い、響くね…とっても良い音がする。」
俺はその音を体に記憶する様に、彼を強く抱きしめた。
「北斗、お馬に乗りに行こう!」
突然だな。
「これから行けば、開店までに間に合うから!」
そう言って、まもちゃんが俺の着る物を用意して、ベッドに置いた。
俺はそれに着替えて、歯磨きをして顔を洗う。
「遠い?」
俺が聞くと、まもちゃんは笑って言う。
「オジジの所よりは近い。」
2時間はかからないって事か…
まだ半開きの目のまま、バイオリンを手に持って、まもちゃんの車に乗る。
まもちゃんが運転席に乗って、エンジンをかける。
時計を見ると4:40。
早朝だ…。
「北斗…寝てて良いよ?着いたら教えてあげる。」
そう言って、俺の頭を撫でるまもちゃんを見る。
シートに横に座って、まもちゃんを見ながら車に揺られる。
たまに足で彼にちょっかいを掛けると、俺の方を少し見て、口元を緩ませる。
「まもちゃん…大好きだよ…知ってる?」
俺がそう言うと、まもちゃんは俺の方を見て言う。
「知ってるよ…でも、俺の方がもっと好きなんだ。」
ふふ…
「そうなの…?でも、多分…俺の方が、もっと好きだよ?」
俺はそう言って、彼に笑いかける。
まもちゃんは俺の方を見て、にっこり笑うと言った。
「そうなの?それは…身に余る光栄だよ。」
何だよ…格好よくしないでよ…
俺はまもちゃんの脇腹を一回蹴飛ばして、彼の膝に足を置いた。
まもちゃんはにっこり笑って、俺の足を撫でた。
窓から入ってくる風が、だんだん温かくなってくる。
日が昇って来たんだ。
見える景色も山道から牧草地帯に変わる。
「牧草だ!」
俺はそう言って、彼の膝から足を退かすと、窓の外を眺めた。
厩舎の匂いがしてくる。
まもちゃんはある牧場の敷地に車を停めると、俺を下ろした。
「ちょっと挨拶してくるから、待ってて…」
そう言って、まもちゃんは、奥に見える立派なお家の玄関に向かった。
幾つもサイロが並んで立っている…
この牧場の規模が伺い知れる。
まもちゃんは顔が広いんだな…あちこちに知り合いがいる。
俺はそう思いながら、バイオリンを抱え直す。
「ねぇ、それって何?」
突然声を掛けられて驚いて振り返る。
「わぁ…美少年…」
目の前に現れたのは、元気の良さそうな女の子…もしかしたら、俺よりも年下かもしれない…
「お、おはようございます…」
俺はそう言って彼女に微笑みかける。
「ふぅん…、美少年…護の車でやって来たの?」
まもちゃんを知ってるんだ…しかも呼び捨てにしてる…なかなかの手練れだ。
「そうだよ…まもちゃんと来た。」
俺はそう言って微笑みながら、相手にけん制する。
俺はまもちゃんと来たってアピールする。
俺を下から上まで舐めるように見て、女の子は鼻で笑う。
「こんな牧場に、美少年が、何の用で来たの?」
俺はこの子、嫌いじゃないよ。だって、面白いんだもの。
「馬を見せてもらいに来た。君のお家…とても大きいね。立派な酪農家なんだね。」
俺は紳士的にそう言って彼女を見下ろす。
「…馬?良いよ…あっちに居る…連れてってあげる。」
そう言って、その子が手を差し伸べるから、俺はバイオリンを片手に持ち直して、彼女の手を握った。
「あ…」
そう言って頬を赤らめる女の子を見下ろして、俺はにっこりと笑いかける。
結婚を迫りたがる小さい女の子を思い出した。
女の子っていうのは…実に積極的なんだ。
「こっち…だよ。ねぇ、名前は?」
そう聞かれて、俺は空を見上げながら答える。
「北斗。北斗って呼んで?」
俺がそう言うと、彼女は恥ずかしそうに俯いて言った。
「あたしは…朱里(あかり)。朱里って呼んでいいよ…」
朱里ちゃんか…
彼女の手のひらは思った以上に冷たかった。
着ている服装から、彼女が朝早くから家の手伝いをしていた事が容易に分かった。
「朝は早いの?」
俺が顔を覗き込んで聞くと、朱里ちゃんは顔を逸らしながら言った。
「4時くらいかな…でも、小さい頃からそうだから、早いって思わないんだ。」
へぇ…
何だか、俺と同じだね。
「馬の世話も、牛の世話も、よく人から大変だねって言われるけど…もうこれが生活の一部だから…そんな風に思わないんだよね…これって変かな?」
朱里ちゃんが俺にそう聞いて来るから、俺は笑って答えた。
「全然、変じゃない。」
俺がそう言うと、彼女はニカッと笑った。
厩舎の前に到着して、彼女は言った。
「ここに傷のある子はちょっと暴れん坊だから近づかないで?あと、白い子は悪戯するから、気を付けて。他の子は大人しい子たちだよ。」
そうなんだ…面白いな。
「うん。分かった。」
俺はそう言って、彼女と一緒に厩舎に入る。
両方にズラッと馬を入れる馬房があって、俺が中に入ると彼らの視線を一斉に受けた。
賢いんだ。そして、繊細なんだ。
俺は美しく立って、彼らに丁寧にお辞儀をした。
朝早くからお家にお邪魔するんだ。当然だ。
「あはは!北斗、何してるの?」
そう言って笑う朱里ちゃんの声がとても嬉しそうだ。
「ご挨拶だよ。初めての人にはこうやってご挨拶するんだ。」
俺がそう言うと、朱里ちゃんが笑って言う。
「北斗はお坊ちゃんなの?」
「いや、当たり前の礼儀だ。」
俺はそう言って、彼女に微笑むと、馬を一頭一頭眺めて歩く。
面白いんだ…
こちらの様子を伺う様に、じっと見てくる子が居たり…反対にお尻を向けてあっち行って!ってする子が居たり。
「この子は恥ずかしがりみたいだね…」
俺がそう言うと、朱里ちゃんが教えてくれる。
「この子は、初めての人が苦手なんだ。でも、小さい子供にはとても優しいんだよ。だから、引馬でよくお仕事してる。」
そうなんだ…
「働き者なんだね。偉いや。」
俺はそう言って、お尻を向けてこちらの様子を伺う馬の目をじっと見つめる。
綺麗な大きな瞳…全部分かるんだよね。
ブルルッ!と鳴いてアピールする子が居る。
奥に居る茶色の子。
「あいつ、危険だから、近づいちゃダメだよ?」
朱里ちゃんが教えてくれた。
眉間に傷のついた、美しい茶色の馬。
まもちゃんみたいだ…
「ちょっと顔だけ見て見たい…」
俺はそう言って、暴れ馬の近くに近付いていく。
「北斗~!やられるよ?」
あぁ、俺はもうやられてるんだ。
暴れ馬の前まで来ると、俺の方にグイッと顔を伸ばして来る。
朱里ちゃんに引っ張られて後ろに下がる。
「ほら、こいついつも好戦的なんだよ。」
そう言って朱里ちゃんが俺の足元に足で線を引く。
「ここから向こうに行っちゃダメ!分かった?」
俺は頷いて答えると、好戦的な馬の顔を覗いて見る。
綺麗だ。
艶めく体に美しいこげ茶のたてがみ…
「どうして…ケガをしたの?」
馬の目を見ながら、朱里ちゃんに尋ねる。
「その子、元々競走馬だったんだよ。でも、騎手を振り落としてばかりで、誰も乗ってくれなくなったんだ…そのケガは、ブリンカーで着いた傷。目隠しさせて、ゲートに入れたら大暴れしたんだ。その時、額にケガして…今も残ってる。結局、引退させて種牡馬になった。でも、気が荒いから…牝馬が寄って行かないんだよ…。」
マジか…!ウケる。
「お前…何してるんだよ。ダメじゃないか…」
俺はそう言ってその馬に話しかける。
首をうねらせてブルブル言って、まるで笑ってるみたいだ。
でも、その目のはやっぱり競走馬だっただけあって、凛として美しかった。
その後、反対側の列の馬房の馬も見せてもらう。
俺が目の前に来ると、いきなり顔を出して驚かせてきた、白い馬。
朱里ちゃんの言った通り、いたずらっ子だった。
「あはは!おっかしい!凄い、こんなに個性的なんだね。俺の知ってる馬はみんなお年寄りだったから、新鮮だ。」
俺は美しい馬を見れた事と、こんなにも個性豊かな表情を知れて、とても楽しかった。
「北斗…居ないから心配したよ?」
半ギレしたまもちゃんが俺と朱里ちゃんに近づいて来る。
まもちゃんの後ろに、大きな体の男の人がいて、朱里ちゃんを見ると言った。
「朱里、鶏の世話がまだだろ。早くしろっ!」
怒鳴るなよ…!
「すみません。僕が彼女に案内してもらったんです。申し訳ありません…」
俺がそう言うと、大きな男の人は俺の目の前まで来て、見下ろして言った。
「ここは、遊びで来る所じゃないんだ。護が言うから案内してやろうと思ったのに…とんだ馬の骨だな。」
俺が馬の骨なら…お前はマンモスの骨だ。馬鹿野郎!
「朱里ちゃん、ごめんね。ありがとう。楽しかった。」
俺はそう言って、しょんぼりする彼女に声を掛ける。
彼女は俺に少しだけ笑うと、足早に鶏舎へと向かって行った。
やだな…こいつ。うちの両親みたいだ。
親の言う事を聞く事が当然なんて…思うんじゃねぇよ。
俺達はそういう環境で育ったから疑問を持たないだけなんだ。
周りと比べて気が付いた時、どうするかは自分で決められるんだ。
そんな不確かな橋の上に居る癖に…偉そうにするんじゃないよ、馬鹿タレ。
「すみません。なんせ、興味津々の年頃だから…あはは。ほら、北斗も謝って?この人はうちのお店で使うお肉を下ろしてもらってる牧場の方だよ。牧野さんって言うの。ほら、ご挨拶して?」
俺はまも~るに言われて、牧野さんに向かい合って言った。
「朱里ちゃんに怒鳴るな。声を荒げなくても話せば伝わる。そんな事も分からないなんて…お前は図体がでかいだけのマンモスの骨だ。」
「何だと?」
「北斗!」
まもちゃんが俺を怒って牧野さんから遠ざける。
そして、俺の目を見て、小さい声で呻くように言う。
「だめだよ~だめなんだよ~」
それが何かの呪文みたいに聴こえて、俺はケラケラ笑った。
俺は牧野さんの前に再び行くと、丁寧にお辞儀をしてお詫びした。
「大変失礼いたしました。」
俺の態度にムカつきながらも、ウインウインな関係のまもちゃんの頼みで、牧野さんは俺に厩舎を案内して歩いた。
牧野さんは暴れ馬の事を言わないで、そのままあいつの馬房の目の前を通り過ぎる。
後ろを付いて行く俺の目の前に、突然顔を突き出して、暴れ馬がドヤる。
「ふはは!」
それを見て楽しそうに笑う牧野さん…あんたもなかなか悪いやつだな。
俺は暴れ馬の顔を避けて、頬を一回撫でた。
意外にも素直に撫でさせてくれて、驚いた。
「ふふ…そいつに乗って見るか?」
その様子を見て、牧野さんが俺にこの暴れ馬をお勧めする。
車のディーラーで言ったら、故障車を勧める様なもんだ。
まったく牧野さん…俺が落馬したらどうするのさ…
「良いの?乗ってみたい。」
俺は彼の案に乗って、この暴れ馬に乗ることにした。
顔を引きつらせる牧野さんを他所に、俺は馬具を探した。
何も知らないまもちゃんは、こういうもんだと思って俺達の様子を眺めている。
「牧野さん、鞍はどれを使うの?」
俺はそう言って、まもちゃんにバイオリンを渡して、パーカーの腕をまくる。
「違う馬にしようか…」
突然牧野さんが弱気になった。
何だよ、肝っ玉は小さいのか?だから子供に怒鳴るんだ。
「大丈夫だよ。この鞍?座布団はどれ?」
俺は淡々と暴れ馬に乗る準備をする。
近所のふれあい広場で出会ったポニーから始まり、馬が大好きになった俺は、理久と馬事公苑に通ったんだ…そこで乗馬クラブに入って、朝の早い数時間を馬たちと過ごした。レッスンに支障が無ければ、親は文句を言わなかった。
俺の癒しだったんだ…理久とお馬。
馬具を準備して、馬房から連れ出そうと、暴れ馬の柵に近付いて体を屈める。
「危ないからやめておけ。」
牧野さんがそう言って俺の体をやっと止めた。
「どうして?」
俺は屈んだまま彼の顔を覗いて小さい声で尋ねる。
「どうして今更そんな事を言うの?さっきは乗れって言ったじゃないか…もしかして、この子が気性が荒い事を知っていて…わざと俺をけしかけたの?ねぇ…」
俺がそう聞くと牧野さんは頷いた。
「やめておけ。振り落とされる。怪我では済まないかもしれないから、やめておけ。」
俺は体を起こして、牧野さんを見下ろして言った。
「いやだ。俺はこの子に乗りたい。」
俺の方へ顔を突き出して、ブルブル言わせてアピールするこの馬に、乗ってみたい。
「護。こいつは馬鹿なのか?」
まもちゃんにそう聞いてるから、俺は暴れ馬の馬房に身を屈めて入った。
入った途端、突然後ろから顔でどつかれる。
「痛っ!こらっ!」
俺は怒って振り返ると、暴れ馬の目を渾身の怒りで睨みつける。
なんだ、お前、俺に乗って欲しいからアピールしてたんだろ?
馬と睨み合う俺の様子にまもちゃんが焦り始める。
「牧野さん…?この馬は大人しい馬なの?」
まもちゃんの言葉に、牧野さんが項垂れて言った。
「一番凶暴な馬だ…」
「北斗…戻っておいで…目を離さないで、背中を向けないで、ゆっくり戻っておいで?」
まもちゃんが囁き声で俺の背中に呼びかけてる。
ウケる!
「お前、俺に乗って欲しいんだろ?良い子にしないと、ぶち殺して馬刺しで食うぞ?」
そう言いながら暴れ馬の目を覗き込んで威圧する。
一瞬、暴れ馬の瞳の奥が揺れた。
何だ…お前、護より可愛いじゃないか…
「北斗~~!」
馬にブチ切れてる俺の様子に、まもちゃんが気が気じゃなくなった様で、俺の名前を大きな声で呼んだ。
まもちゃんの声に驚いて、暴れ馬が前足を上げる。
全く…馬の前で大声を出すんじゃないよ…
俺は急いで馬房を一旦出る。
俺のいた場所に前足を叩きつけて、暴れ馬がドヤる。
全くお前は…懲りない奴だな。
そういう所だよ?お前の直さなきゃいけない所だ。
牧野さんが俺を取り押さえて、遠くに引っ張っていく。
「馬鹿だ!こいつは、本当に馬鹿もんだ!」
そう言って俺を解放する。
「違う。牧野さんがあの馬を勧めたんじゃないか…忘れたの?」
俺はそう言って凄んで、また暴れ馬に近付く。
目の色が変わった。
今なら触らせてくれそうだ…
「護!あいつは馬鹿だ!止めて!」
「北斗…もう、もう良いからっ!」
まもちゃんが近づいて来るから、俺は早歩きで暴れ馬の馬房に再び入った。
嫌がる前に、暴れ馬の体に手を当てて、彼の筋肉を感じる…
流石サラブレッド…筋肉の質が違う…ゾクゾクする。
「あぁ…なんて良い体をしてるんだ…」
俺はそう言ってうっとりすると、暴れ馬の首に顔を埋めた。
まもちゃんみたいだ…。
「ああああ…」
牧野さんが情けない声を出す。
怖いの…?自分がこの馬をお勧めした癖にさ。
暴れ馬の美しい体を手のひらで撫でて、うっとりと言う。
「なぁんて、綺麗なんだ…」
そして、準備した馬具を彼に付けていく。
ハミを噛ませて、手綱を付ける。
頭絡を付けて、暴れ馬の目の奥を覗く。
グラグラ揺れてる…何でだよ。
綱を手に持って、柵の外の牧野さんを眺める。
「開けて?」
俺がそう言うと、牧野さんは俺の握った綱を手に取って、柵を開けた。
観念したんだ。
俺が言う事を聞かないと、観念したんだ。
「暴れ馬が二頭いるみたいだ…」
そう言いながら牧野さんは引馬して広い場所に移動する。
「わぁ…まもちゃん、見た?あの体…凄く素敵だ…きっとすごく早く走れるんだ!」
俺は興奮してまもちゃんに抱きついて言った。
こっちの馬も良いが…あっちの馬もなかなかどうして…セクシーだ。
「北斗、暴れ馬だって言ってたよ?」
「知ってる。でも、牧野さんは俺にあの子を勧めた。だからそうした。」
俺はそう言って牧野さんの背中に言った。
「謝って貰ってないもん。だから、このままあの子に乗って、落馬したら、彼の責任だ。そうだろ?フフフ…」
「そんな事なのか…そんな事の為に、危ない事をするのか…馬鹿だな。」
牧野さんはそう言って、暴れ馬を止めた。
「そんな事じゃない…」
俺はそう言って、暴れ馬の顔を見て鼻筋を撫でる。
目の奥がグラグラと揺れてる、怖いの?
久しぶりだから、人を乗せることが怖いのかな…
それとも、もともと、人を乗せることが怖いのかな…
俺は暴れ馬の頬を撫でて、ギュッと抱きしめて見る。
嫌がらない…嫌いじゃないんだ。
変な奴。
俺はそう思いながら、鞍を掴んで鐙に足を乗せる。
「おっこいしょ…」
そう言って暴れ馬の鞍にお尻をゆっくりと乗せる。
そのまま鐙でお腹を軽く叩いて歩いてもらう。
「あぁ…まもちゃん…この子、凄い力強い…素敵だ。」
俺はうっとりして、暴れ馬の首をポンポンと叩いた。
そのまま牧野さんが綱を持ったままちょっと歩く。
「駈歩してみようか…?」
そう馬に尋ねると、牧野さんが言った。
「やめておけ、次は落とされるぞ?」
ふん!
「お馬~はみんな~ぱっぱか走る~ぱっぱか走る~」
俺は暴れ馬の上で馬の歌を歌った。
引き綱してもらってるから、俺は乗ってるだけで良いんだ…
ちょっと物足りないけれど、久しぶりの馬に乗れて俺は嬉しかった。
「北斗…マジか…」
朱里ちゃんが鶏小屋の方から俺を見て固まる。
「朱里ちゃ~ん!」
俺はそう言って彼女に手を振る。
そして、また馬鹿みたいに歌い始める。
「お前は馬鹿なのか…何なのか分からない奴だな…」
綱を引きながら、こちらに視線も寄越さないで牧野さんが言った。
「俺は…馬の骨なんだろ?」
俺はそう言って、牧野さんを見下ろした。
向こうの森で、鳥が騒めいて一斉に飛び立つ。
それに驚いた暴れ馬が、体を起こして前足を上げる。
咄嗟に腰を上げて、手綱を引く。
そのまま走るなよ…!
牧野さんが強張って馬から離れる。
案の定、俺を落とそうと体を振るから、本気で落ちそうになる。
「お馬は~みんな~ぱっぱか走る~!ぱっぱか走る~!」
ロディオしながらお馬の歌を歌うと、暴れるのを止めて、今度は全速力で走りだした!!
「あ~~~!!ははは!!」
俺は腰を浮かせてそのまま暴れ馬を走らせる。
牧野さんは早々に綱を離したようだ。賢明だな。
「行け~~!もっと早く~!」
俺はそう言いながらマモ~ルと走る。
そうだ、この馬の名前はマモ~ルにしよう。
まもちゃんみたいに格好よくて…馬鹿だ。
目の前に柵が現れて、俺をこのまま振り落として飛んでいこうとしてる。
「馬鹿め!俺は障害も出来るんだよっ!」
俺はそう言って、柵を飛ぶつもりになって姿勢を倒した。
なのに、こいつは飛ばないで引き返すんだ…つまらないだろ?
俺は手綱を引いて、もう一度柵の方に向かわせて止まった。
やるならやれよ…つまらない尻込みなんてするなよ…
「飛んでみて!俺を乗せて飛んでみて!」
俺はそう言って、踵で、マモ~ルのお腹を軽く叩く。
「行け!」
そう言って一緒に柵に向かって走って行く。
それは彼の全速力とは程遠い速度だけど、それでも風を切ってる。
そのまま歩幅に合わせたタイミングで身を沈めて彼が飛ぶ。
それはそれは…とても美しい姿で…
堪らないよ…マモ~ル。
「お前は凄い馬なのに…何で怖がりなんだろうね…」
柵を飛び越えて暴れ馬のマモ~ルと一緒に自由を楽しむ。
「北斗~!」
遠くで朱里ちゃんが呼んでる。
俺はマモ~ルの手綱を引いて言う。
「戻ろう。マモ~ル。」
俺がそう言ってお腹を軽く叩くと、彼はブヒヒンと返事して走り始める。
「ねぇ!全速力で走ってみてよ!」
俺がそう言うと、マモ~ルは首を伸ばしてもっと速く走り始める。
何てことだ!
言葉が分かるのか!
いや…多分、全部、俺の勘違いなんだ。
それでも、なぜかこの暴れ馬と心を通わせた気持ちになった。
孤高のマモ~ル。気高き暴れ馬。
難なく障害の柵を飛び越えて、俺とマモ~ルは華麗に駈歩で帰還する。
「何なんだ!お前は!」
そう言って怒る牧野さんは、マモ~ルの綱を手に取ると、俺を見上げて言った。
「死ななくて良かったな!」
どことなく顔が笑って見えて、俺は頷いて答えた。
「マモ~ルの全速力は半端なかった…。飛ばされると思った。」
俺がそう言うと、牧野さんが笑った。
この人…こんな風に笑うんだな。
「北斗~!危ないだろ~!」
まもちゃんがそう言って怒ってる…危なくない。
だって、この馬はマモ~ルなんだから。
鞍を外して、頑張ったマモ~ルを誉めてあげる。
体を洗ってもらうと、気持ちよさそうにブルルと言って首を上げる。
可愛いな…
「朱里ちゃん?マモ~ルは他の馬よりも臆病みたいだ。だからすぐにビックリしちゃうんだね。それで周りが見えなくなって暴れちゃうみたいだ。でも、人の事が嫌いな訳じゃないみたいだね。だって、俺の事、乗せてくれた。」
俺がそう言うと、朱里ちゃんが言った。
「北斗が馬鹿な事はよく分かった…最低だよ。ほんと、美少年だと思ったのに…ただの馬鹿だった。」
ウケる!
俺はまもちゃんからバイオリンを返してもらうと言った。
「朱里ちゃんに一曲弾いてもよろしいですか?」
そう言ってバイオリンのケースからバイオリンを取り出して、弓を見せる。
「これはお馬の毛だよ?」
「へぇ~」
朱里ちゃんは驚いた顔をして、牧野さんも様子を見に近づいて来る。
バイオリンを首に挟んで、朱里ちゃんに尋ねる。
「何をお聴かせしましょうか…?」
俺の顔を見て、顔を赤くすると、彼女はマモ~ルを見て言った。
「…バイオリンの曲なんて…分かんない…適当に…」
俺はそう言われて頷くと、弓を美しく構えた。
そして愛のあいさつを弾き始める。
マモ~ルはバイオリンの方をチラッと見て、目の奥を揺らしている。
綺麗だろ?マモ~ル。
これはバイオリンって言うんだ。
で、この弓にはお前たちの毛が使われてるんだよ?
でも、モンゴルの馬頭琴では、お前たちの毛は弦に使われてるんだ…
凄いだろ?一度…弾いてみたいよね…
美しく音色を伸ばして、牧場の隅々までバイオリンの音色を響かせる。
美しい旋律が澄み切った空気を走って行く。
マモ~ルみたいに早く、駆け抜けていく音色に酔う。
情緒を込めて、俺を乗せてくれたマモ~ルと、俺に親切にしてくれた可愛い女の子へ…愛を込めて一音一音紡いでいく。
朱里ちゃん…俺達はよく似てる。
俺も君と同じような境遇だ…だから、頑張れ。
俺は君がどれほど葛藤するのか知ってる…だから、頑張れ。
いつか、本当に好きになったら…それを上出来だって褒めてくれる人が現れるよ。
だから…その時まで葛藤して、苦しんで、頑張るんだ。
曲を弾き終えて弓を戻すと、俺は朱里ちゃんに丁寧にお辞儀をする。
「はぁはぁ…!な、な、なんなのよ~~!!」
そう言って叫びながら朱里ちゃんは、厩舎の奥へ全速力で走って行ってしまった…
「照れたんだ…お前が格好良くて、照れたんだ。」
牧野さんがそう言って、俺に拍手をくれた。
俺は簡単にお辞儀をしてお礼を言った。
「今日はありがとうございました。マモ~ルは面白いお馬だった。」
俺がそう言うと、牧野さんが言った。
「お前も面白いやつだった…アレキサンドロと相性が良いようだ。また来たら良い。」
アレキサンドロ…
「アレキサンドロ?」
アホ面で聞き返すと、牧野さんが言った。
「あの馬の名前は、アレキサンドロだ。」
違う、あれは絶対マモ~ルだ!
「あ…ああ…そうなんだ。アハハ。ありがとうございます。また来ます。」
俺はそう言って、牧野さんにお辞儀をすると、にっこり笑った。
彼は俺の笑顔を見ると、にっこりと笑い返した。
今回は俺の勝ちだな。マンモスの骨。
車に帰る途中、まもちゃんは不満そうに口を尖らせていた。
「なぁんで怒ってるの?めちゃめちゃ楽しかったのに!」
俺がそう言って、まもちゃんの腕を突くと、まもちゃんは俺の方を見て深いため息を吐く…
「北斗のその無鉄砲さは何とかならないの?ドキドキして、どれだけ心配したか…!」
俺がマモ~ルと駆け出した後、まもちゃんは心配だったんだ…
それは可哀想だね…
俺はまもちゃんの体を、後ろからギュッと抱きしめてあげた。
そしてえっちらおっちら車まで歩いて向かう。
「北斗~!」
名前を呼ばれて振り返る。
朱里ちゃんが俺達を見て動揺している。
大丈夫だ。この馬は暴れない。
「どうしたの~?」
俺が聞くと、手に持った袋を寄越して言った。
「これ…バイオリンのお礼…」
俺は楽しませてくれたお礼にバイオリンを弾いたのに、そのお礼に沢山の乳製品をくれた。
「わぁ!こんなに沢山、ありがとう!」
そう言って笑うと、朱里ちゃんは顔を赤くして走って家の中に入って行った。
まもちゃんの体に抱きつきながら、またえっちらおっちら歩いた。
「北斗は…癖のある人と仲良くなるのが…上手なんだ。」
まもちゃんがポツリと言って、俺の腕を撫でる。
俺は彼の体にしがみ付いたまま、さっき乗ったマモ~ルの背中を感じて、うっとりとした。
「アレキサンドロよりもマモ~ルって改名したら、絶対良い差し馬になると思うんだよ?あの伸びのある走り…俺は落とされそうになったよ~!」
俺がそう言いながら笑うと、まもちゃんはムスくれる。
「笑い事じゃない。暴れ馬には今度から乗らないでくれよ、全く。」
そう言って、まもちゃんは苦笑いした。
楽しかった…凄い爽快感だ。
「それにしても、北斗の乗馬はなかなか良いって牧野さんが褒めていたよ?」
そうだろ?
俺は馬事公苑で沢山乗ったからね…
その後も、事ある毎に馬に乗ってる。
あの体の温かさに触れて、病みつきになるんだ…
温かくて、弾力があって、締まってて…
あ、やっぱり、それってまもちゃんじゃないか。
俺はおかしくなって1人で吹き出して笑った。
まもちゃんはその様子を見て、呆れた顔で言った。
「どうせ、俺が馬に似てるって言うんだろ?」
当たりだ!凄いぞ!
「違う、そんな事思っていない。」
俺はそう言ってまもちゃんを見ると、話題を変える。
「ねぇ、俺は馬に跨った王子様に見えた?」
ふざけた様な口調で聞くと、まもちゃんは俺を見て笑い始める。
「失礼だぞ!」
俺が怒っても、まもちゃんは笑いが止まらないみたい。
路肩に車を停めて、ヒィヒィ言いながら呼吸を整えてる。
なんでそんなに笑ったの?失礼じゃない?
「なぁんで?格好良かっただろ?馬に跨ってさぁ、格好良かっただろ?」
俺は心配になってきて、まもちゃんの腕を揺すりながら重ねて聞く。
彼は涙目になりながら呼吸を整えてる。
「何がそんなに…面白いんだよ…」
俺がしょんぼりし始めると、まもちゃんが慌てて言った。
「違う…変な意味じゃない。そう聞かれて…不覚にも格好良いって…乙女みたいに思った自分に笑ってた…!アハハ!」
なんだそれ…つまんな。
拍子抜けした俺はまもちゃんの膝に寝転がって、彼のぴえんを見た。
「でもさ…朱里ちゃんは、絶対、北斗に一目惚れしたね…。」
まもちゃんはそう言って、俺の髪を撫でる。
その手が気持ち良くて、猫みたいに顔を摺り寄せる。
「まもちゃん…大好きだ」
そう言って彼の顎を撫でる。
「お馬に乗せてくれてありがとう…とっても楽しかった…」
時計を見ると10:00
これから帰って開店に間に合うのかな…
後藤さんが店の前待っていそうで怖い…
そんなこと気にしないみたいに、まもちゃんの運転はマイペースな安全運転だ。
「まもちゃん、腹筋してぇ?」
俺はそう言って、まもちゃんのシャツの中に顔を入れる。
「ぶふっ!」
まもちゃんが吹き出して笑う。
彼の腹筋に口を付けて、思いきり吹く。
「ダハハハ!北斗!やばい!事故に遭う!」
そう言ってまもちゃんが大騒ぎする。
「本当?」
俺は彼のシャツの中から尋ねる。
「ぶふっ!」
いちいち面白いんだね…まもちゃん。
「じゃあ、これは?」
俺はそう言って、まもちゃんの腹に舌を這わせて舐める。
「あ~~!それは、もっとまずい!」
まもちゃんがそう言って足を揺らすから、顔が揺れて面白い。
だから、俺は両手を彼のシャツの中に入れて、腰を抱きしめていく。
「北斗…事故に遭ったら一緒に死のうね…」
なんだよ、それ。ウケる。
「良いよ…まもちゃんと一緒なら、何でも良い。」
俺はそう言いながら、まもちゃんの乳首を舐めてあげる。
「あはん!北斗…!」
そう言ってよがるまもちゃんに、クスクス笑いながら、悪戯しまくる。
「まもちゃんの乳首、立ってるよ?」
俺はそう言って優しく撫でて摘まんで舐めちゃう。
「はぁはぁ…北斗…ダメだって…お店戻れなくなっちゃう。」
「大丈夫だ!まもちゃんなら、戻れるよ!」
俺はそう言って彼を勇気づける。
そして、乳首遊びに飽きた俺は彼のシャツから抜け落ちる。
「はぁはぁ…北斗のせいでまもちゃんのおっきくなっちゃったよ?」
俺は昔、子供の頃、理久と行った映画館で見た事がある。
アメリカでは運転中にフェラチオするんだ。
理久は一生懸命俺の目を塞いでいたけど、俺はばっちり目に焼き付けていたんだ。
「まもちゃんの、抜いてあげるよ~」
俺はそう言って、枕もとのまもちゃんのズボンを弄り始める。
「こら!それはダメだ!北斗!こら!」
まもちゃんが本気で怒り始める。
「だってぇ…まもちゃんの見たいんだも~ん。」
俺はそう言って、彼のズボンのチャックを開ける。
そして手を突っ込んで彼の大きくなったモノを撫でる。
「あは!こんなにおっきくして…まもちゃん…エッチだな…」
俺はそう言って彼のモノを取り出すと、舌で美味しく舐めてあげる。
「あぁ…北斗…怒るぞ、止めなさい。」
「やだよ、だって楽しいんだもん…」
俺はそう言って彼のモノを口の中に入れるとゆっくりと扱き始める。
「はぁはぁ…北斗ちゃん…ほんと、だめなんだぁ…あぁ…あ、はぁはぁ…」
だめって言いながらまもちゃんのモノはグングン大きくなってきた。
嘘つきは健在だな。
車が信号で停まると、俺の頬を掴んでまもちゃんが言った。
「バスとか、トラックとか、車高の高い車から見たら丸見えなんだよ?知ってた?」
知らなかった…!
「テヘヘ…止める?」
俺はまもちゃんのモノをペロペロ舐めながら聞いた。
まもちゃんは、渋い顔をして俺を見下ろして言った。
「もう…ちょっとだけ…?」
「ん~」
俺はそう言って、彼の大きくなったモノを熱心に扱いて舐める。
「あぁ…まもちゃ…すごい…おっきいよぉ?」
うっとりしながら彼のモノを扱いて舐める。
あぁ…俺これ好きかも…
そんな事思いながら夢中になって彼のモノを口の中で扱いた。
「あぁ…北斗、イッちゃいそうだから…」
そう言ってまもちゃんが俺の頭を退かそうとする。
「なぁんで?お口の中で出せば良いだろ!」
俺はそう言って彼の手を叩く。
「だめだって…あぁ…だめだって…」
エッチな声のまもちゃんは大好きだ。
だってすんごく可愛く見えるんだもん。
俺の口の中でまもちゃんのがドクンと跳ねる。
まもちゃんが俺の頭を無理やり起こして口からモノを出させる。
「あっ!」
彼のモノから俺の顔目がけて精液が飛んでくる。
「うあ~!」
「ああっ!北斗!ごめん!」
顔射された。
まもちゃんがティッシュを取って俺の顔を拭く。俺は体を起こしてまもちゃんのズボンを拭く。
そうこうしてると車がまもちゃんの家に着いて、後藤さんがお店の前で待ってた。
まもちゃんは慌ててズボンを直すと、俺の顔を拭きながら後藤さんに笑顔を送った。
「北斗…上で顔、洗っておいで」
そう言ってまもちゃんは急いで後藤さんの為にお店を開ける。
「ねぇ、今何してたの?何で北斗ちゃんの顔拭いてたの?ねぇねぇ、何してたの?」
後藤さんは好奇心が旺盛なんだな。
俺は助手席から降りて、バイオリンを手に取って車の鍵を閉める。
そして二階に上がって、玄関の前に置かれた一枚の紙を見つける。
指で挟んで拾って、玄関の鍵を開ける。
中に入って、鍵を閉めて、紙の中を覗く。
“護、連絡して。待ってる。幸恵”
胸が苦しくなって、とっさに紙を落としてしまった。
さっちゃんは嫌な奴だ…それは知ってる。理久を利用して、俺を苦しめた…
だけど…何故だろう。
可哀想だって…思っちゃったんだ。
どんな気持ちで書いたんだろう…
そう思いながらバイオリンを部屋に置く…
洗面所に行って、顔を洗う。
連絡…してないんだ…
そうか、いつも俺が傍に居るから…出来なかったのかな…
俺は彼に言ったんだ。
さっちゃんを店に寄せ付けるなって…言ったんだ。
それに、彼はさっちゃんと結婚する事は無い。
もう後はお別れするだけなんだ。
なのに、
なのに、どうしてだろう…
自分の事のように胸が痛くなる。
顔を拭いて、紙を拾うと、玄関を出て鍵を閉めた。
そのままお店に降りて言って、後藤さんに挨拶する。
厨房に入って行って、伝言の書かれた紙をまもちゃんに渡す。
「これ、置いてあった。」
そして厨房を出て、カウンターに置いてあるエプロンを付けておぼんを持つ。
お客さんが入って来る音がして、急いで迎えに行く。
チラッとまもちゃんの方を見ると、彼は俺の方を見ていた。
俺の事が気になるの…?
俺が動揺していないか…気になるの?
視線を外して、お客さんに笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
あっという間に満員御礼になる店内。
ランチにしては早くないか…?
満員の客席を一人で捌けるのか途方に暮れて見渡す。
「北斗~!おいで~!」
常連さんが俺を呼ぶ。
俺はフラフラと彼女の元に向かう。
「注文決まったの?」
15人で来店して、一気に満員にした常連たちのテーブルに戦々恐々で聞きに行く。
「ふふふ、決まったよ。良い?言うよ?」
俺はドキドキしながらメモを手に取った。
「私がオムライスで、あの子はポークソテー、向こうの彼はハヤシライス、で、この人はポークソテーで、あの人はオムライス…」
はぁ~?
頭が混乱してくる!
なんだって?もう一回言って…
頭が真っ白になって、隣の大人数で来店した常連さんと目が合う。
何で今日はこんなにみんなまとまって来たんだろう…
仲良しグループなのかな…
こう言う時、星ちゃんなら…どうするんだろう。
「待って!」
俺は注文を長々と言い続ける常連さんに言った。
「オムライスの人は…?」
俺がそう言うと、3人手をあげる。
「じゃあ、ハヤシライスの人は?」
2人手をあげる。
「じゃあ、ポークソテーの人は?」
俺の方にニコニコ笑顔を向けて5人手をあげる。
「後は…チキンソテーの人は?」
俺がそう言うと、3人手をあげる。
「じゃあ残りの2人は、おすすめランチで良いの?」
「は~い」
なるほど…こうやって聞けば大人数でもらくちんだ。
星ちゃんの合理的思考に感謝だ。
俺はその大量の注文を持って、まもちゃんにお伝えしに行く。
「誠に申し上げにくいのですが、店内、既に満席です。そして、僕は今15人分の注文を持ってきました。」
俺がそう言うと、まもちゃんはニヤニヤしながら言う。
「良いよ?」
良いよじゃねんだよ。
俺はメモをまもちゃんに渡して言った。
「オムライス3つ、ハヤシライス2つ、ポークソテー5つ、チキンソテー3つ、おすすめランチが2つです。」
「ほ~い」
良いのか、そんな気の抜けた返事で…まだまだ注文が入るよ?
俺はお水を持てるだけ持って、常連さんのテーブルへ置きに行く。
「どうして今日はこんなに大人数なの?仲良しなの?」
俺はそう言いながらテーブルにお水を配る。
「あはは、仲良し?確かに仲良しかもしれない~。」
なんだ、大人になっても15人でつるむなんて…異常だよ。
「北斗~!こっちにも注文取りに来て~?」
「は~い、ただいま~」
俺はそう言ってお水を置くと、向こうのテーブルの注文を取りに行った。
「何にします?」
後藤さんも交じったこのテーブルは少し年配者の多いテーブルだ。
おばさんが目を潤まして俺を見る。
「どうしたの?何で泣きそうなの?」
俺は彼女にそう聞いて、顔を覗き込む。
「良いの!何でもないの!」
そんな訳無いだろ…50も過ぎた女性が目を潤ませるんだ。
ただ事じゃないだろ…?
俺はそのテーブルも同じように注文を取って、同じようにまもちゃんに伝えた。
一時はどうなる事かと思ったけど、意外と楽だった。
「北斗~持ってって~」
まもちゃんから声がかかって、俺はカウンターに行く。
大量のポークソテーを両手に持って、運んでいく。
「北斗は3つ持つのは出来なかったね。来年は出来るようになるの?」
常連のお姉さんにそう言われて笑う。
「確かに…来年は出来るようになるかもしれない。」
そう言って笑って答えて、まもちゃんを見る。
俺がこの質問に笑えるようになったのは、まもちゃんのおかげだ。
「北斗は来年になったら、身長がもう少し伸びるかな…?」
どうだろう…もう小学生の頃から止まってるんだよね…
前は高い方だったのに、今では真ん中になってしまったよ。
料理をせっせと運んで、お水を注ぎに行く。
「北斗~、身長幾つだっけ?」
常連のオジジに声を掛けられて足を止める。
この人、いつもお洒落な格好していて好きなんだ。
今日も茶色のチェックのベストなんて着て、おしゃんなんだ。
「ん~、168cmだよ。」
俺はそう言って、彼のお水を注ぐ。
「じゃあ体重は?」
「…ん~、確か…58キロとか…」
体重とか興味あるの?男の癖に体重なんて気にするな。
おもむろに俺の腰回りと腕の長さを図り始める。
後ろに回されて、背中を図られる。
「なぁに?橘さん。何してるの?」
俺がそう言っても、ニコニコするばかりで、答えもしない。
「最近の子は足が長いんだよ…西洋化してるんだ。」
んな訳無いじゃん。
そう言いながら俺の股下を図ってメモ帳に書いた。
首周りを図って、目が合うと、頬を赤くして、にっこりと微笑んで来る。
「何するの?」
目を見ながら聞いても、ニコニコするばかりだ。
「ん、もう良いよ…」
そう言って解放されて、訳が分からない。
「変なの~」
俺はそう言って、他のお客さんのお水を継ぎ足しに向かう。
俺の採寸なんて取っても標準の中学生じゃないんだから、参考にもならないのにな。
だって、俺はスマートだから。
そして、セクシーだからな。
「北斗~お料理持って行って~」
「は~い」
俺は頑張って残りのお客さんのお料理を運んだ。
「北斗、コーヒー淹れる準備しておきなさい。」
「は~い」
まもちゃんに言われて、コーヒーカップを出して、お湯を入れて温めておく。
15個分だ。
「お湯足んない~」
俺がそう言うと、まもちゃんが一緒にお湯を沸かしてくれる。
「まもちゃん、変だと思わない?あんなに大勢で来てさ、お祭りでもあるの?」
俺はひそひそ声でまもちゃんに言う。
まもちゃんは俺を見て、驚いた顔をしながら口元を緩める。
「北斗~、コーヒー!」
「は~い、ただいま~」
俺はカップのお湯を捨てて、コーヒーを淹れていく。
お皿に乗せて、スプーンを添える。
それを2つずつ、何往復もして運んでいく。
まもちゃんはカウンターでその様子を嬉しそうに見てる。
ドSなんだな、俺だったら手伝ってあげるもん。
まもちゃんが次のコーヒーカップを準備して、お湯を入れてる。
俺は年配グループの開いたお皿を片付けに行く。
そして、コーヒーを出す。
「はぁ…終わったぁ…」
俺がそう言ってくたびれると、まもちゃんが俺の肩をモミモミ揉んでくれた。
後は片付けるだけだ…
俺はやっと一息ついて、ぼんやりと店内に流れる音楽を聴いていた。
「北斗~!サプラ~イズ!」
突然誰かがそう言って、クラッカーの音が鳴り響く。
「ん!なんだ、なんだ!」
俺はびっくりして、状況が分からなくなった。
慌ててまもちゃんを見ると、彼は厨房の奥からケーキを持って現れた。
何で?何で?ケーキ持ってんの?
「北斗~!お疲れ様~!また来年会おう!」
常連さんがそう言って、俺にケーキを差し出す。
誕生日でも無いのに、ろうそくの立ったケーキ…
「吹き消して?」
誕生日じゃないのに…
俺は言われるままにケーキの上のろうそくを吹き消した。
わーーーー!
蝋燭が消えると常連さん達が一斉に歓声を上げる。
間違ってるよ。絶対間違ってるよ。
「北斗君の前途を祝して~、私たちから~、贈り物があります~!」
常連客のお姉さんがそう言って、みんなに目配せする。
まもちゃんがいつの間にか俺の隣にいる。
俺は全員の視線を受けて固まった。
突然みんなザワザワ動き始めて、目を潤ませていたおばちゃんがピアノに座った。
テーブルを動かしてスペースを作って、総勢27人で並んで俺の方を見る。
「何が始まるの?」
俺がまもちゃんに聞くと、彼は目を潤ませながら、みんなの方を見て、俺の顔を向こうに向ける。
おばちゃんによるピアノの伴奏が始まって、俺は何が起こるのか理解した。
「帰れ…ソレントへ…」
なんと、総勢27人の混声合唱団で、俺の為に、帰れソレントへをイタリア語で歌ったんだ。
鳥肌が立った…
そして、目から涙がボロボロと落ちていく…
なんて素晴らしいんだ…
俺の顔を見て、お客さんが泣き始める。
泣くんじゃない。
声がぶれるじゃないか!
こんな素晴らしい合唱…聞いた事がない。
俺は口元を緩めて、微笑むと、彼らの合唱の歌声に耳を傾けた。
何と言う事だ…テノールまで居る。
テノール、アルト、ソプラノ…の混声合唱。
俺の知ってる合唱曲よりも大人にアレンジされた合唱は、とてもお洒落に聞こえた。
「ブラボーーー!!」
合唱が終わると、俺はそう言って手が痛くなるまで拍手した。
まもちゃんが泣いてお礼を言ってる。
「北斗~!帰れ軽井沢へだぞ!」
ウケる…!
「こんなに素敵な合唱をありがとう!俺からもお礼をさせて下さい。」
俺はそう言って、ピアノに向かう。
おばちゃんに退いて貰って、椅子を調整する。
そして、ラ・カンパネラを弾き始める。
「何だ…北斗、ピアノ弾けるのか…」
そうなんだよ…俺はその他にもチェロも弾けるし、バイオリンが上手なんだ…
まるでコンクールのように集中して、一音一音繊細に紡いでいく。
適当になんて弾いたらいけない、だってこれはお礼の演奏なんだから…
「はぁ…素敵…」
感嘆の声が聞こえる。
まだだよ、これからがもっと凄く素敵になるんだから…
繊細に弾いて、情緒を段々と強く出していく。そうすると曲全体のイメージがガラリと形を変えて、一気に情熱的な曲へと変貌するんだ…
この曲が愛される理由かもしれない。
あぁ…美しい。
曲のクライマックスを情熱的に弾いて、体を痺れさせて弾き終える。
「北斗!凄い上手じゃないの!びっくりしたよ!」
「テヘヘ~」
俺はそう言って笑うと、ピアノの椅子から立ち上がって、心を込めてお辞儀をした。
なんてすばらしい贈り物をくれたんだろう…
まだ胸がドキドキしてる。
帰れ軽井沢へ…か。ウケるな。秀逸だ。
お客さんをみんな見送って、俺はまもちゃんに言った。
「まもちゃんの帰れソレントへが取られちゃったね。また違うのを考えないと…!」
そう言いながらまもちゃんに抱きつきに行く。
「凄かった…凄い良かった…!」
泣きながらそう言って、彼の胸に甘える。
「本当に、北斗は愛され上手なんだよ…あんなにしてもらって良かったね…」
まもちゃんは俺の髪を撫でて、愛おしそうに俺を見つめる。
そのまま見つめ合って、キスして、舌を絡めて抱き合う。
どうしようか…離れたくないよ。
今もこの時も、離れたくない。
「まもちゃん…ずっとこうしてて…」
俺はそう言って彼の体に埋もれる。
ぼんやり見える時計の時間を確認するとまだ2時になったばかりだ…
でも、もうまもちゃんから離れたくなくなってしまった。
どうしよう…4時に理久の所に行かなきゃいけないのに。
「じゃあ、お店閉めてくるから、ちょっと待ってて。」
まもちゃんはそう言うと、俺の手を繋いで、お店の看板をクローズドに変えた。
そして、鍵を閉めて、まだ片付いていない店内で抱き合う。
涙は出てこない。
ただ、離れたくなくて、彼の体にしがみ付いて、抱きついた。
ずっとこうしていたいんだ…
グー
腹時計は正確なんだ…
「ぶふっ!北斗…お腹空いたの…?」
まもちゃんに笑われて、俺はコクリと頷く。
「ふふ…じゃあ、ハンバーグを作ってあげよう。北斗の大好きなハンバーグ。牧野さんの所の牛肉だよ?」
そうなんだ…
俺はまもちゃんにしがみ付いたまま一緒に厨房に行く。
何故か頭の中できらきら星変奏曲がずっとなっている。
きっと俺の頭の中にきらきら星が出ているんだ…
お皿を片付けなきゃいけないのに…離れたくない。
片時も離れたくない…
あんなに素敵な歌を聴いたのに…俺は別れが迫ってる事を痛感したみたいに、まもちゃんから離れるのが怖くなってきた…
31日まで…あと何日なの…いやだ、数えたくない…。
もう嫌だ…
「北斗…泣かないんだ。」
まもちゃんがそう言ってジュージューハンバーグを焼いて、良い匂いをさせてる…
泣いてない…
泣いてなんかいない…
まもちゃんの背中に顔を押し付けて、抗議する様に彼の体を強く抱きしめる。
「また来年、来るだろ?無理なら俺が会いに行けば良いだろ…?そうだろ?」
まもちゃんの声が震えてる…
何だ、泣いてるのは自分じゃないか。
「連絡だって、毎日でも取り合えば良いじゃないか…そうだろ?」
悲痛な声でそう言って、俺のハンバーグを焼く大人…
それはまるで自分に言い聞かせてるみたいで、胸が痛くなる。
「親と…取引する!」
俺はそう言って彼の言葉の後押しをする。
「そうだ!そうして、毎年…俺に会いに来るんだ。」
まもちゃんがそう言って笑う。
「まもちゃんは俺の事…忘れる?」
「忘れない。」
そう即答すると、まもちゃんは俺の方に振り返って言った。
「初めて会った時からお前が好きだ…忘れる訳がない。初めて心から好きになった。こんなに愛しい人を忘れる訳がない。お前は、俺の特別なんだ…。まるで俺の事の様に、お前の事が分かるんだ…。こんなに分かり合える人…忘れる訳が無いだろ…」
そう言って俺の体を抱きしめて、まもちゃんが苦しそうに泣く。
俺はその泣き声を聞いて、一緒に泣く。
「あうっ…ううっ…まもちゃぁん…俺も…俺も、まもちゃんの事が分かる…!ほかの人の事は分からなくても、まもちゃんの事だけ、よく分かるんだ…!!」
そう言って、彼の頬を掴んで自分に向ける。
目を合わせて、彼の揺れる瞳に映る自分を見る。
それはまるで鏡のように俺を写して、またその瞳の奥に彼が見える。
「まもちゃんは…俺だ…」
そう言って彼に笑いかける。
「ふふ…本当だ。北斗は…俺だ。」
まもちゃんもそう言ってクスクス笑って、二人で見つめ合う。
だから離れないんだ…
だから、離れられないんだ…
しばらく抱き合って、ハンバーグが心配になって来る。
多分…きっと、彼も同じだ。
「ハンバーグ…」
そう言ってまもちゃんが体を戻してお皿に移して笑う。
「焼き過ぎたかも…」
「んふふ…」
まもちゃんが自分のご飯を作るまで、俺は客席に戻って、お皿を片付ける。
厨房にお皿を運んで、水でざっと流して食洗器に入れる。
コップも同じようにして食洗器に入れてしまう。
洗うボタンを押して、テーブルを直しに行く。
台ふきで綺麗に拭いて、テーブルと椅子を元に戻す。
クラッカーのごみを拾って捨てる。
丁度まもちゃんがご飯を持って現れた。
「今日はここに座ろう?」
そう言って窓際の席に座る。
まもちゃんは俺の隣だ。
向いじゃなくて、隣に座る。
「まもちゃん?湖は綺麗だね…」
窓から見える湖を眺めて俺が言うと、まもちゃんは一緒に見て言う。
「冬はもっと綺麗だよ。」
「そうか…冬にも、来てみたいね…」
「おいで。いつでも、おいで。」
そう言って、ご飯を一緒に食べる。
「そうだ、北斗にテーブルマナーを教えておかないといけないね。」
まもちゃんが面倒くさい事を言い始めた。
「外側から使うんだよ?」
「まもちゃんの真似をするから、良いの、大丈夫なの。」
俺はそう言ってまもちゃんの話を聞かなかった。
彼の左手を触りながら、窓の外を見る。
たまに通る車がどんどん少なくなった気がする…
もう、みんな長期休暇を終えて家に帰ったのかな…
観光地特有の繁忙期を過ぎて、閑散となっていくのかな…
いや、ここはスキーもあるから…一年中観光地だ。
「まもちゃん、次はどこのキャンプに行く?」
俺は彼の顔を覗いて尋ねる。
まもちゃんは俺の言葉を聞いて、嬉しそうに微笑むと言った。
「次は、沖縄とかどうだい?」
急だな。
「んふふ、良いね。沖縄か…」
俺はそう言いながら、彼の焼き過ぎたハンバーグを食べる。
焦げてはいない。でも、味が落ちた。
でも…その分、記憶に残った。
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