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8月28日(金)_02
「北斗~理久先生、何時?」
「4時」
二階に戻ってベッドでゴロゴロするまもちゃんに抱きついてぼんやりする。
枕もとのヘッドホンを手に取って耳に付ける。
「だ~、要らない!」
まもちゃんがそう言って俺のヘッドホンを外す。
「音楽が聴きたかったの!」
俺がそう言うと、まもちゃんは大きなスピーカーを指さす。
「あれに、あれに繋げなさい。」
全く!
俺は携帯を持って、ベッドから降りると、大きなスピーカに携帯をつなげる。
そして、適当な音楽を掛けてまたベッドに戻る。
「もう…北斗ちゃん?まもちゃんがいるのに、ヘッドホン付けるのだめよ?」
「なぁんで?」
甘ったるく聞いて、彼の胸に頬を付ける。
「それは…まも~るが悲しいからだよぉ…。だって、話しかけても、可愛い顔して無視するんだもん…。悲しいだろ?」
俺はまもちゃんの顔を見て頷いた。
「んふふ、分かった。やめよう。」
そう言って彼の頬にキスをする。
さっちゃんの事は聞かない…当人同士の問題だ。
「そう言えば、携帯の着信…誰からだった?」
まもちゃんが俺に聞いて来る。
そういや、見て無かったな…
俺はベッドから起き上がって、携帯を手に取ると着信を確認した。
「あ~!直生と伊織からだった!」
“今、着いた。チェコ、プラハ”
伊織の横顔の写真だ。
これは貴重だ…!海外の街並みと伊織の横顔が…最高に合ってる!
「あはは!本当に連絡が来たよ?まもちゃん、見て?」
俺は笑って彼らのメールを見せた。
“今、休憩中…”
俺はベッドに寝転がる自分の写真を撮って、そう文字を打って送信した。
「んふふ、これは…ちょっとした楽しみだね。」
まもちゃんにそう言って、ムフムフ笑うと、まもちゃんはムスッとした顔をして言った。
「俺のメールの返信は…すぐして…じゃないと悲しい…」
そう言って俺の腕を掴むとウルウルした瞳で見てくる。
可愛いな…まもちゃん。
「分かった。すぐ返信する。」
確かに、まもちゃんは返信がめちゃ早かったんだ…
気を付けないと。と、俺は肝に銘じた。
「プラハか~。今度は何を演奏するんだろう…素敵だなぁ~。」
俺はそう言いながら、まもちゃんの腕枕で横になる。
まもちゃんを見上げると、目を瞑ってウトウトしてる。
朝から忙しかったから、疲れたのかな…?
俺はめちゃくちゃ楽しかった。
マモ~ルに乗れたんだもんね。
着信音が鳴って、メールが届く。
今度は伊織からメールが来た。
“俺にも北斗の写真を送ってくれ”
そう言って直生の寝てる姿を写真で送ってきた。
「ぷっ!」
俺が吹き出すと、まもちゃんの目が少し開いて俺を見る。
「何でも無いよ…」
俺はそう言って、彼の目を手のひらで覆って真っ暗にしてあげる。
のりちゃんの写真から、俺の1000年に一度の子みたいな写真を取り出して、写真に写す。そして、それを伊織に送ってあげる。
“俺、可愛くない?”
そう文字を添えてあげる。
あの恰好は彼らの趣向によって用意された衣装だ。
絶対喜ぶに…
返信が来た!…早いな。
内容を確認する。
“良い、もっと送ってくれ”
面倒くさいな…全く!
俺は3人で映ってる写真を取り出して写真に写す。
そして、こう文字を入れて一緒に送った。
“寝ます。おやすみなさい”
これで、もう送ってこないだろう…
理久のサロンドプロの準備をするため、バイオリンを取り出して、メンテナンスする。
ボディを拭いて、チューニングする。弓の毛を確認して、松脂を塗る。
因縁にまみれた運命に翻弄された、俺の大事なバイオリン…
「愛してるよ…」
そう言って胸に抱きしめて、慈しむように手のひらで何度も撫でる。
「ふふ…」
そんな俺の様子をまもちゃんが見て、笑ってる。
「ねぇ?俺一人で行ってこようか?だって、朝早かったでしょ?眠たいでしょ?倒れちゃうよ…まもちゃんはお爺さんだから…」
俺はそう言って、まもちゃんを労う。
「北斗…バイオリンじゃなくて俺に愛してるって言って…」
いつも言ってるのに…バイオリンに焼きもちなんて焼かないよね。
俺はまもちゃんの体に半分乗り上げて、彼の顔を覗きながら言った。
「護、愛してるよ…。」
「はぁん!」
まもちゃんはやる気が出たみたいで、起き上がると着替え始める。
「またええ格好していくの~?いんだよ、適当で~」
俺がそう言ってごねると、まもちゃんは俺に黒いシャツを渡して言った。
「これ、着てごらん?」
黒?似合わないよ…
俺はTシャツを脱いで、渡された黒いシャツを着る。
「ん~…北斗には、黒よりも…赤の方が似合いそうだね…」
そうだな。
俺は黒いシャツを放って投げると、まもちゃんのくすんだピンクのシャツを着た。
「それ、気に入ったの?」
まもちゃんが笑って聞いて来る。
「うん…気に入った。」
俺はそう言って笑うとシャツのボタンを閉める。
そんな俺の正面に立って、まもちゃんはまだ留めていないボタンの袷から手を差し入れると、俺の体を優しく手のひらで撫でた。
「北斗…可愛いよ。そのシャツ、あげる。」
「本当?嬉しい!」
俺は喜んでまもちゃんに抱きついた。
だって、このシャツは特別なんだ。
オジジと働いていた頃、彼がよく着ていた“バイオリン職人の彼”のシャツなんだ…
俺はご機嫌になって、残りのボタンを留める。
絶対これを着た時はジンギスカンに行かない。
シミになったら嫌だもん…
焼肉も、ステーキも食べに行かない。
特別なシャツなんだ。
バイオリンを手に持って、部屋を後にする。
「理久はサロンドプロが好き~サロンドプロが好き~」
俺がそう歌いながらまもちゃんの車の助手席に乗ると、まもちゃんはボイスパーカッションもどきのベースを歌う。
「んふふ!おっかしいの、本当に、まもちゃん!大好き!」
そう言って、彼にキスして、車の窓を開ける。
夕方の湖は風が無いのかべた凪だった。
「風が無いね…何か、気持ち悪いな…」
水面に全く波が無くて、揺れの無い水面は、まるで大きなガラスみたいに見える。
そこはかとなく…胸騒ぎがした。
「理久~!」
サロンドプロに着くと、理久が俺を待っていた。
理久が手を広げて待ってるから、俺は彼に抱きついて甘えた。
「理久?今日は馬に乗ったんだ。名前はマモ~ル。それが凄い馬で、とんでもない暴れ馬なんだ!でも最高に気持ち良くて、はぁ…もう…堪らないんだ…。」
俺がそう言ってうっとりすると、理久は顔を真顔にして言った。
「聞きたくないね。」
俺の後ろのまもちゃんがクスクス笑う。
「理久先生…本当に馬の話ですよ。酪農家の所に行ったんです。」
何の話だと思ったんだよ。全く。
「北斗…ピアノがいるから、一緒にハンガリー舞曲か、死の舞踏…それか…」
「スラヴ舞曲…?」
俺がそう言うと、理久は嬉しそうに笑って言った。
「そうだね…スラヴ舞曲にしようか…北斗。」
そう言って俺の首に顔を埋めてしくしく泣き始める…
「なぁに?理久…」
俺が彼の顔を見ようとすると、理久は言った。
「ごめんね…北斗、ごめんね。後悔してるんだ…もう、あんな事しないからね…愛してるんだ…傷つけるなんて…間違っていた。」
そうか…理久は俺の事がまだ大好きなんだ。
俺は理久の体を抱きしめて言った。
「理久?まもちゃんが一番好きだけど…理久は俺の特別枠なんだよ?」
俺がそう言うと、理久は俺の顔を見てにっこりと微笑んだ。
「それは…光栄だ。北斗…麗しの君。俺の心臓はお前の手の中だよ…。」
ふふ!いつもの彼だ…
まもちゃんがふてくされる中、俺は理久と手を繋いで歩く。
彼と一緒に彼と見つめ合いながら、昔の様に歩く。
嬉しくて涙が出そうだ。
小さい頃、彼の手と手を繋いで歩くのが大好きだった。
今でも思い出す。
大雪の次の日、夜に理久と雪だるまを作ったんだ。
そして、彼のニット帽と手袋を雪だるまに付けて、俺は“これは理久ダルマだ”って言ったんだ。
理久は手袋もないのに、理久ダルマの隣にもう一つ小さな雪だるまを作った。
そして、これは北斗ダルマだよって言って笑ったんだ…。
彼の手を温めてあげようと、自分の手のひらで包んで、息を吹きかけたんだ。
俺が、冷たい?って聞くと、彼は笑って暖かいって答えた…。
…理久。
本当に、良かった…
お前が大好きなんだよ。
理久と一緒に仲良く歩いて、サロンの奥、大広間にやって来る。
知り合いの顔は見当たらない。
おばあちゃんも居ない。
俺はバイオリンをケースから取り出しながら、理久に尋ねる。
「理久、どういう繋がりなの?」
理久は俺の方を見て言った。
「財閥の大奥様の息子さん…ご長男さんだ。彼の要望で、ここにお前を呼んだ。ご挨拶しよう。こっちにおいで。」
おばあちゃんの長男…?
重ちゃんのお父さんは、何番目の息子なんだろう…
理久に手を引かれて、大広間で他の人と談笑する、渋いおじ様の目の前に連れて行かれる。年は50歳くらいだろうか…白髪の混じった髪が印象的な紳士だ。
俺を見ると、ハッと目を輝かせるから、俺は丁寧にお辞儀をしてご挨拶をした。
「初めまして、北斗と申します。大奥様には大変お世話になっております。以後お見知りおきを…」
俺の目の前に大きな両手を差し出して、微笑みかけられる。
その表情がどことなく…おばあちゃんに似ていて、自然と両手を掴んで握手しながら、微笑み返した。
「…初めまして。君の事は母からよく聞いてる。素晴らしいって…とても興奮して話すから、驚いたんだよ?俺の名前は悟(さとる)だよ。さとちゃんて呼んで良いよ?重ちゃんとは、とても仲良しになったんだろ?さとちゃんとも仲良しになろう?」
何て低い声だ…驚いた。
「恐縮です…」
俺はそう言って、理久の方に体を引いて、握手を離した。
だって、凄い重低音だったんだ。
まもちゃんよりも低くて心地よい声に、フラッとしそうになった。
そんな俺を見て、にっこりと微笑むと、顔を寄せて言った。
「…食べられると、思った?」
やめてくれ!
「いえ…すみません…」
俺はそう濁して、理久の腕を掴んだ。
さとちゃんなんて呼ぶ訳ない。
重ちゃんと、さとちゃんは…全然違うじゃないか…!
理久はさとちゃんに挨拶をすると、俺の背中に手を回して、ピアノ奏者にご挨拶に向かわせた。
「初めまして、北斗です。よろしくお願いします。」
そう言って丁寧にお辞儀をすると、ピアノ奏者の女性は俺に視線を移して、にっこりと微笑んで会釈した。
綺麗な人だな…40歳くらいかな…所作って大事なんだな。
幾つになっても、可憐に見える。
俺はバイオリンを手に持って、弓を張って、理久の隣に行った。
「それでは…これよりスラヴ舞曲をお送りします。」
理久の表情が分かる位置に移動して、彼と視線を合わせる。
嬉しくて、口元がだらしなく緩みそうなのを堪えて、凛と澄まして立つ。
美しく弓を構えて、視線を落として、理久を見上げる。
そして、彼の弾き始めに合わせて、スラヴ舞曲を弾く。
それは怪しげな…いや、儚い旋律だ。
それを理久の巧妙な演奏に合わせて、雰囲気を崩さない様に、一緒に歩く。
まるで一緒に手を繋いでいる様に、同じ方向へ向かってこの曲を…雰囲気を作っていく。
彼の細くて消え入りそうな音色に合わせて、俺の太い音で曲を繋ぐ。
俺が細い音を出すと、彼が太い音でそれを繋ぐ。
代わる代わるシーソーの様に揺れる曲を楽しむ。
理久の目を見て、彼の求める音を探す。
彼の口が開くと、俺は音色を透明にして繊細な音色に変える。
彼の目が開いて俺を見つめると、感情を込めて、情緒を保たせて、じっくりと弾く。
俺にとったら…彼がコンマスだ。
彼の求める曲を一緒に紡いでいく。
曲を弾き終えて、弓を下ろしてバイオリンを首から離す。
そして丁寧にお辞儀する。
拍手を頂いて、そこに居るであろうまもちゃんを探す。
「…あれ?」
彼の姿が見えなくて、不安になった。
「理久…まもちゃんは…?」
「探して来るかい?」
理久はそう言うと、俺に言った。
「後で、一緒にハンガリー舞曲を自由に弾こう?あのピアノ奏者は上手な人だ。きっと合わせてくれるよ?ね?その次は…死の舞踏が弾きたいなぁ?この前のすごく良かったんだよ?北斗~。」
興奮気味に理久が話すけど、俺はまもちゃんの事が気になって仕方がなかった。
バイオリンを手に持ったまま、人ごみの中、彼を探す。
背の高い彼は遠目でもすぐに見つかるのに…
ここには居ないの?
なぜ?
俺が演奏するのに…居ないなんて…おかしい。
妙な胸騒ぎがして、サロンドプロの中を彼を探して歩く。
「…まもちゃん、どこ?」
小さく呟きながら、彼を探す。
忘れ物でもしたのかな…車に取りに行ってるのかな…それとも、おトイレかな…
口元に手を当てて、ウッドデッキが左に広がる明るい廊下を、彼を探してトボトボと歩く。
「護…どうして…嫌よ!」
廊下の突き当り…奥から聞こえて来た声に、背筋が凍った…
さっちゃんがいる。
しかも、まもちゃんと何かを話している…
あの廊下の奥…
俺は固まって動けなくなった。
「ごめんなさい。君とは結婚出来ない。愛していない。本当に、好きな人がいる。」
そう言ったまもちゃんの声が耳の奥に届いて、足が震える。
「嫌!嫌!嫌よ!誰!誰なの!許せない!!まさか…あの歩の…違うよね?ねぇ!違うよね!なんで!あいつは男じゃん!」
あぁ…
俺は踵を返すと来た道を戻った。
来る時よりも、早く、急いで、来た道を戻った。
彼女に見つからない様に…
そのまま大広間から聞こえる理久のバイオリンの音色に縋るように、逃げた。
「どうしたの?」
大広間の入り口で、さとちゃんが俺に聞いて来た。
「え…」
俺はそう言って、彼を見上げて立ち止まる。
「随分…狼狽えてるように見えるよ?」
低い声でそう言われて、自分が取り乱していると知った。
目が泳いで、動揺を隠す様に、押し黙って耳を澄ませる。
鼻でゆっくりと呼吸して、理久のユーモレスクを耳の奥に届ける。
首にバイオリンを挟んで、弓を大きく構えて、低い声の彼を見ながら、理久のバイオリンに合わせてバイオリンを弾いた。
まるで動揺した自分を隠す様に…
そのまま歩いて、理久に近付いて行って、一緒に弾く。
美しい2つの旋律を奏でて、1つの曲を紡ぐ。
「理久…さっちゃんがいた…」
俺がそう言うと、彼は俺を見て、ゆっくり瞬きをした。
じっと俺の目を見て、大丈夫だと言う様に、瞬きをして、曲に心酔する。
怖いの…
俺がまもちゃんを取ったから…怖いの…
大好きな人に別れを告げられる所を目撃してしまって…怖いの…
曲を弾き終えて、理久がお辞儀をする。
俺は理久の腕にしがみ付いて、彼に助けを求める。
「理久…やだ、さっちゃんが怖い…理久…帰りたい。」
狼狽えて動揺する俺を見て、理久が俺を抱きしめて言う。
「北斗?お前はバイオリニストだ。今、集中することは何?」
俺の顔を覗き込んで、理久が俺に問いかける。
頬を撫でて、今にもキスしそうな距離まで顔を近づけて、理久が問う。
「バイオリニストは、今、何をするんだい?」
理久の目を見て、彼のまつ毛の長さを見て、彼の眉毛を見る…。
深呼吸して、目を瞑って、頭の中から全てを追い出す。
まるでヘッドホンを付けた時のように、音色以外が入らなくなる。
シャットアウトして集中する。
「ごめん…もう大丈夫だ。」
俺は彼の唇に唇を触れさせながらそう言って笑った。
理久は俺の頭を撫でて、体を戻すと、バイオリンを首に挟んだ。
俺も一緒にバイオリンを首に挟んで、弓を美しく構える。
そうして理久が弾くハンガリー舞曲にアレンジして加わる。
彼の音色にだけに集中して、直生と伊織のように、自分の音色で彼の演奏を変えて行く。
「ふふ!凄いぞ!北斗!」
そう言って笑う彼の笑い顔を見て、一緒に笑う。
一度しか出来ない音楽を、自分も紡いでいく。
まるで体が自由になったように、理久の音色と絡まって新しいハーモニーが生まれる。
曲の勢いに、体が遠くに飛ばされそうだ。
彼の笑顔を見ながら、もっと巧みに、もっと重厚にこの曲を持ち上げていく。
それは激しくて、怪しくて、悩ましい、ハンガリー舞曲に仕上がった。
曲を弾き終えると、拍手の振動と喝さいを浴びる。
俺と理久は丁寧にお辞儀をする。
そのまま理久が死の舞踏を弾き始める。
俺は彼の旋律を崩さない様に一緒に弾く。この音楽を高める様に、注力する。
全て直生と伊織の模倣だ。
でも、確実に聴く耳が冴えてる。
音楽の通り道が見えるみたいに、自分がどんな音色を出せば良いのか、自ずと分かる。それはまるで呼吸のように、自然に、音の一つとなって、重なっていく。
凄い…
自画自賛じゃないけど、前までの自分ではこんなに自由に出来なかった。
まるで、音楽の中を自由に飛べる翼が生えたみたいだ。
「北斗…上手だよ…」
そう言って理久が極まって暴れ始める。
俺はそれを見て、口元を緩めながら、目を閉じで音に集中する。
理久のバイオリン…彼女のピアノ…
その旋律をより美しく、官能的になる様に音楽を高める。
「あぁ…素敵だ…」
自分がこんなにも素晴らしい演奏が出来るなんて思わなかった。
この体にも、この腕にも、このバイオリンにも、言い知れぬありがたさを感じて、ただひたすらに、目の前の音楽を楽しんだ。
曲を弾き終えると、拍手が沸き起こった。
理久が俺を抱きしめて、何度も頬にキスをする。
「いつの間にこんなに良い奏者になったんだい?」
褒められてるのに、他人事の様にぼんやりとする。
だって、まだ余韻が抜けないんだ…
「ふふ…北斗…可愛いな。」
そう言って理久が笑う。
俺は彼の顔を見つめて、笑い返した。
次の瞬間
理久の視線が俺から外れて、顔から笑顔が消えた。
自分の手元が振られるように激しく揺れる。
まるでスローモーションのように、自分の左手が見える。
…あるはずの、俺のバイオリンが…
無くなった…
振り返ると、俺のバイオリンを振り上げるさっちゃんが見えた。
…!!
「やめて!!」
俺はそう叫んでバイオリンを両手で掴みに行く。
すると、さっちゃんは俺の腹を思いきり蹴って床に飛ばした。
強い衝撃を感じて、体がよろける。
彼女の手に掴まれたバイオリンから目を離さないまま、時間が止まる。
「だめだぁーーーー!!」
俺はそう叫んで、バイオリンを取り返しに向かう。
しかし、彼女はそのままバイオリンを振り落とす。
最悪だ!
心が悲鳴をあげる前に、体が動いた!
間一髪で、俺は体を滑り込ませた。
バイオリンの下敷きになって、床から守るとがっちりボディを掴んだ。
そのまま体を捩じって、彼女からバイオリンを取り返す。
俺の背中をガシガシと殴りつけるさっちゃんの手の衝撃を受けて、胸の中でバイオリンを守る。
震える足で踏ん張って、一目散にまもちゃんの所に逃げる。
必死な顔で叫びながら俺に駆け寄ってくる彼の元に逃げる。
まもちゃんの胸に抱きついて、手の中のバイオリンを確かめる。
無事だ…!!
「あぁああ!!なんてことをするんだぁ!!」
一気に恐怖と怒りが沸いて体が震えて、興奮する。
そんな俺をまもちゃんは体が動かせないくらい、強く抱きしめる。
「まもる!あの女をぶちのめせ!!俺の大切なバイオリンを!!許せない!!」
激高した俺を隠す様に、まもちゃんは俺を抱きしめる。
俺はまもちゃんの腕の中でもがいて、何とか姿勢を変えることに成功する。
取り乱して暴れるさっちゃんは、男数人に取り押さえられて、周囲から好奇と冷たい視線を浴びている。
後ろから長老がやってきて、孫娘の失態に、頭を下げた。
今までふんぞり返っていた長老が、頭を下げたんだ…。
その姿から彼らの失墜を連想させた。
「おい!くそジジイ!!」
俺は激高してる。
まもちゃんの腕の中で長老の視線を奪うと言ってやった。
「くそジジイ!全てお前のせいだ!!お前が俺の愛する人を殺したんだ!!幸せになれると思うなよ!!お前も、そのサルも、不幸になって死ね!!」
俺はそう言うと、長老に吐き捨てる様に言った。
「地獄に落ちろ…!!」
そう言って、まもちゃんの腕を掴むと、さっちゃんの所へ行く。
そして、俺を睨みつける彼女に言った。
「お前の我儘で、俺の愛する人が死んだ!よく覚えておけ…!俺はお前を一生許さない…!譲は何も間違ってない!!間違ってるのは、お前だ!!」
そう言って、思いきり頬を引っ叩いた。
もはや言葉とは言い難い声を上げてさっちゃんは暴れまくる。
その様は狂人だ。
「お帰り下さい。…今回の事、只ではすみませんよ。」
さとちゃんがそう言って、長老とさっちゃんが追い出される中。
俺はまもちゃんに抱きついて、シクシク泣いた。
「ま、ま、まもちゃん…怖かったぁ…ん、んぐっ…怖かったぁ…」
まもちゃんは俺を抱きしめたまま、立ち去る長老とさっちゃんをジッと睨みつけた。
「んぐっ…まもちゃ…まもちゃん…怖かったぁ…!」
俺はそう言って、彼の胸を叩いて、バイオリンを掲げて見せる。
「守った…!お…俺が、守ったぁ!」
俺はそう言ってまもちゃんにまた抱きしめられる。
それはとても強くて、俺の体が彼の体に埋まっていく。
「北斗君、怪我してない?凄い蹴られていたよ?」
そう言って、おばあちゃんの息子…さとちゃんが俺の傍に来る。
そう言われてみると、痛い。
「んんっ!まもちゃん!まもちゃぁん!!痛い、痛いよぅ!」
俺がそう言うと、まもちゃんは驚いた顔をして、俺の体を見る。
興奮していて気が付かなかった…
顔、腕に引っかかれた痕
まもちゃんの特別なシャツが破れてしまった。
「酷い~!酷い~!俺の大事だったのに、酷いよ~!」
俺はそう言って泣いて、まもちゃんに甘える。
蹴られたお腹には青あざが出来て、バイオリンをキャッチした胸にも痣が出来た…
それを見て、さとちゃんは俺に言った。
「さとちゃんは、お医者さんなんだよ?こっちに来て、見せてごらん?」
おばあちゃんの事は大好きだ。
でも、さとちゃんは言動、行動、共に信用に値しない。
俺はまもちゃんの手を掴んで、一緒に来てもらう事にした。
個室の部屋に入って、怪我の具合を確認する。
俺がシャツを脱ぐと、酷い痣にまもちゃんが顔を歪めて怒り心頭になる。
「北斗君の愛する人が、譲さんだったの?」
さとちゃんが怪我の具合を見ながら、聞いて来る。
俺は彼を見て言った。
「人には言わない。本人に伝えたまでです。」
そう言って口を噤んだ。
そんな俺の様子を見て、さとちゃんは笑って言った。
「…ふふ。そうだね。君は賢い。」
そう言ってまもちゃんの方を見た。
「この怪我の写真を撮っても良いですか?未成年への暴行をもしもの為に持っておきたい。でも、今日見た感じだと、もう彼らは崩落していくしかなさそうだ。誰の手も下されてないのに、勝手に自滅して行くんだ…北斗君の言う通り…地獄に落ちるかもしれないね…」
そう言って俺の体の写真を撮ると、お医者の癖に、湿布の一つも寄越さないで部屋から出て行った…
俺は袖の破れた彼のシャツをまた着た。
「護。ここ縫ったら直る?」
俺がそう聞くと、まもちゃんは俺の頬をそっと撫でた。
「俺の言いたかった事を、全部言った…」
そう言って、気の抜けたような顔をすると、俺の頬をまた撫でて、そのままキスをくれた。
「まもちゃん…痛いの…これ見て…蹴られたんだよ?ドカン!って蹴られたの…でね、こっちはバイオリンがグサッて刺さったの…痛いの…ねぇ、舐めて?」
俺がそう言うと、まもちゃんは呆れて笑った。
「北斗…おいで」
そう言って俺を膝に座らせて、体を優しく抱きしめた。
相変わらず呆然とした表情で、ユラユラと揺れてる。
「殺してやるつもりだったんだ…なのにさ、北斗が全部、果たしてくれた…。なぁ、どうして…?どうして俺を助けたの…?」
助けてなんかいない…
偶然が重なって、結果そうなっただけだ。
「俺の意思とは関係ない…だって、子供の俺にはそんな事出来ないもん。もし俺がしたというなら、その理由は…神のみぞ知るだ…」
俺がカッコつけてそう言うと、まもちゃんが俺をジト目で見た。
「文系だから?」
そう言って、俺を見てニヤけると続けて言った。
「言葉達が勝手に溢れて来ちゃうの?」
だから、俺もにやけて答えた。
「うん…文系だからね。んふふ。」
そう言って2人でムフムフ笑い合ってると、理久がやって来た。
俺の顔に出来たひっかき傷に消毒を付けてくれる。
「理久?ここ、バリッてやられて、お腹をね、ドカン!って蹴られたの…。その後、バイオリンでグサッてやられたの…痛いの…なぁ、可哀そうだろ?」
俺がそう言って理久に怪我の状況を説明してると、理久が言った。
「怖かったね…バイオリン。壊されると思ったんだろ…?あんなに必死に守って…心打たれたよ…本当に、大切なんだな。」
そう言ってまもちゃんの膝に座ってる俺を強く抱きしめる。
きっと、この体勢だと、理久とまもちゃんの顔の距離が近づいてると思うんだ。
でも、理久は俺の体を強く抱きしめてかっこよく言った。
「さすが、俺の不滅の恋人だ…!」
ベートーベン!
俺は理久の腰を抱きしめて言ってあげた。
「じゃあ、理久は死ぬ前に、何通も俺宛に手紙を書かないといけないよ…?」
そう言って彼を見上げると、理久は極まって顔を赤くした。
「北斗…良いのかい?」
「良くない。」
まもちゃんが理久に突っ込むけど…理久は話なんて聞かないから…
「北斗…本当に良いんだね?」
「いや、良くないって…」
まもちゃんの言葉は聞こえていないんだ。
理久は俺に顔を落として食むようにキスをした。
「こら!やめて!」
すぐさま、まもちゃんによって押し退けられたけど、理久はハァハァ言いながら極まって、扉を思いきり開けて立ち去って行った…
情緒が豊かなんだ。
「あなたも、嫌がんなさいよ…」
まもちゃんに俺まで怒られる。
「だって…理久は家族みたいなものだから…別に何とも思わないんだ。」
俺がそうあっけらかんと言うと、まもちゃんが笑いだした。
だってそうだろ?
小学生の4年間をほぼ毎日、彼と過ごしたんだ。
親よりも、俺の事を知ってるんだ。
そんな彼と、そんな風な気持ちには、どうやったってならないさ…
「北斗、帰ろう…」
まもちゃんはそう言って俺の体を持ち上げる。
「痛い!」
俺はそう言って、彼の頭を叩いた。
「これは…大変だな…」
まもちゃんはそう言って、俺の手を握ると、俺のバイオリンのケースを持って歩き出した。
「北斗君!待って!これ、取りに行ってたんだよ。」
そう言って、さとちゃんが俺に湿布と飲み薬をくれた。
「痛み止めと、湿布だよ。…どうしても痛かったら、この病院においで?俺が…誰よりも一番に…診てあげるよ?」
やめてくれ!
俺は下を向きながら頷くと、湿布と薬の入った袋を受け取った。
そして、袋をすぐさま、まもちゃんに渡した。
「ふふ…仲良しなんだね?」
さとちゃんがそう言うから、俺は教えてあげた。
「僕たち、夫婦なんです。」
俺の言葉にさとちゃんは吹き出して笑うと、キリッと表情を戻して言った。
「そうか…それは失礼した。」
そうだ、失礼なんだ。
誰彼構わず、低音ボイスで誘うのは、よしたまえ!
「女を叩いた。」
車の中で俺はまもちゃんにそう言って、懺悔する。
「頭がおかしくても…女は女だ…男は女を殴ったらいけないんだ。」
俺はそう言って、まもちゃんに懺悔する。
「仕方がない時もある。」
まもちゃんがそう言って、俺の頭に手を置く。
「あなたを許します!」
わぁ…許された!ちょろいわ。
俺は女の人を打った罪悪感から解放された。
車の窓を開けて、大声で言った。
「クソ女をぶん殴ってやったぞ~~~!!」
「北斗!」
だって、あいつは事ある毎に俺のバイオリンを破壊しようとしてきたんだ…
許せないね。
「まもちゃん…お家に帰ったら、お風呂に入って、湿布してぇ?」
俺はまもちゃんにグダグダに甘える。
「そうだね…可哀想に…」
本当だ。
俺は自分の雄姿を思い出して、武者震いした。
「もう…ダメだって思ったんだ。壊されちゃうって…悲鳴がこぼれたんだ…でも、体が勝手に動いた。俺って…足が遅いだけで、案外反射神経とか良いのかもしれないよ?」
俺はそう言ってまもちゃんに笑いかけた。
まもちゃんは俺の方を向いて、優しく笑うと、頭をそっと撫でた。
「う~…可哀そう…」
お風呂に入るためにシャツを脱ぐと、俺の痣が色を鮮やかに濃くして、形がくっきりとする。
まもちゃんは胸に出来た痣を左手で撫でて、俺の顔を見つめて言った。
「北斗が…バイオリンを体で受け止める所を見た…」
俺は必死過ぎてよく覚えていないんだ。
だって、本当に体が勝手に動いたから…
「必死に、あのバイオリンを…守ったんだ。ふふ…いや、俺を…守ったんだ。」
そう言って俺を見つめる彼…。
その目は静かで、落ち着いている。
俺は手のひらで彼の頬を撫でながら、目の奥をジッと覗いてみた。
呆けた顔が抜け切れない彼に、何か思う所がある様に感じたんだ。
「こんな…ろくでもない俺の為に……こんな怪我までして、守ったんだ。胸が痛くなって…意地を張る事を止めたくなった…自分で自分をがんじがらめにする事を、止めたくなった…」
あぁ…
まもちゃんが何を言いたいのか…俺には分かるよ。
俺の目をじっと見つめる彼の瞳に、微かに力強さを感じて…身震いした。
自分の胸にあてられた彼の左手を上から強くおさえて頷いて答える。
「北斗…俺は、またバイオリンに…触っても…、良いのかな…」
「当然だ…」
そうしてくれ…俺の為に、このバイオリンの為に。
まもちゃんは俺を見つめながら、口元を緩めて、だらしない顔になると、どんどん表情を崩していく。
そうか…戻りたかったんだな。
大好きだったんだな…。
でも、結果的に、オジジを苦しめる事になってしまったこのバイオリンを…
そんな物を作ってしまった自分を
呪う様に…戒める様に…
ここまで苛め抜いて来たんだね。
大粒の涙を落として、大きな声を上げて、まるで慟哭の様にして、彼は俺の腕の中で崩れ落ちて、溶けていく。
俺は彼の体を包むようにして、一緒に涙を落とした。
良かった…
彼は主題に戻ったんだ。
乱れるようなソロ演奏を終えて…曲の終わりへと向かう為に、主題へと戻ってきたんだ…。
そして、ここからがもっと盛り上がるんだ…。
楽しみだろ?
俺はすごく楽しみなんだ。
だって、クライマックスの前の激しさを知ってるから…
とても楽しみなんだ。
彼がまた良いバイオリンを作ったら…ぜひ俺の手元に
そう、俺の手元に置こう。
「まもちゃん…お風呂に入ったら、湿布して~?その後、ご飯食べたい。」
泣き声が落ち着いた頃、そう言って彼に甘える。
彼の肩に手を掛けて、首を傾げてそう言って甘えるんだ。
まもちゃんは俺を見上げて、クスッと笑うと、手際よくお風呂に入れる。
今日は怪我をしてるから、大人しく一緒に体を洗う。
それにしても、凄いキック力のある女だ…
俺のムキムキの腹筋が無かったら、今頃、内臓破裂だ。
「北斗~、お腹ポヨポヨで良かったね。この脂肪がダメージを軽減したんだ。」
そう言ってまもちゃんが俺のお腹を洗う。
「違う!腹筋で守ったんだ!」
俺はそう言ってまもちゃんの頭にシャワーを掛ける。
頭からシャワーを掛けられているのに、まもちゃんは笑ってる。
そして、俺を後ろから抱きしめると、石鹸の付いた手でいやらしくおちんちんを洗う。
「やだ!痣がとっても痛いんだぞ!」
俺はそう言って、まもちゃんの体を叩く。
「痛いから、気持ちよくして痛みを和らげるんだ!」
まもちゃんはそう言って、俺のモノを緩く扱き始める。
なんてこった!
「んっ!だめぇ!まもちゃん…ダメだよぉ!」
俺はすぐその気になって、彼に気持ちよくしてもらう。
俺の体を抱きしめて、愛のこもったキスをして、俺のモノを気持ちよくしてくれる。
堪らないんだ…
「んんっ!まもちゃん…イッちゃう…もうイッちゃいそう…」
そう言って彼の胸板に顔を擦り付けて、項垂れながら甘える。
「イッて良いよ…北斗」
まもちゃん…大好きだ…
俺は蹴られた痛みも、バイオリンのぶつかった痛みも忘れた様に、彼の愛撫を受けて絶頂に向かう。
「ん~っ!イッちゃう!!あっああ!!」
腰を激しく震わせて、彼の手でイカされる。
そのまま彼の胸にもたれて、息を整える。
「はぁはぁ…お腹…空いた…」
俺がそう言うと、まもちゃんはクスクス笑って、俺の体をシャワーで流した。
髪の毛を洗って、顔を洗って、お風呂を出る。
まもちゃんによって、体を拭かれて、下着を身に着ける。
部屋着に着替えて、まもちゃんと一緒にお店に降りていく。
「今日は何を食べたい?」
冷蔵庫の中身を確認する彼の腰に纏わりついて、甘えた声で言った。
「美味しい物~」
厨房の俺の椅子に腰かけ、料理を作る彼の背中を眺める。
大きくて、たくましい背中。
腕まくりした素敵な腕。
がっちりした腰に、お尻。
「まもちゃん、さとちゃんはお医者さんらしいよ?」
俺はそう言って湿布を張り忘れた事に気が付く。
「財閥の跡取り長男はお医者様…なんて、ドラマみたいだな。」
そう言って、まもちゃんは俺の目の前に美味しい物をコトンと出した。
「ん~!チッキン!チッキン!」
俺はそう言って、揚げたチキンをフォークでひと刺しした。
まもちゃんはそれを見てチッチッチ!と舌を鳴らす。
俺はそれを無視して、フォークでチキンを持ち上げると、ガブリと食べた。
「北斗~?30日に行くお店でそれしたらダメだよ?」
「しないよ。俺はTPOの分かる男だよ?」
俺はそう言って、美味しいチキンをムシャムシャ頬張りながら言った。
「おいちい!もっと揚げて!」
あと…2日
信じられないよ…まもちゃん。
あと2日で…あなたの隣で眠れなくなるなんて…信じられないよ。
「あんまり食べると、胃もたれするよ?」
そう言って、俺の顔を見て笑うまもちゃん…
「若い子は、胃もたれしないの~。」
俺はそう言ってまもちゃんにもっとおかわりを要求する。
だって、今日はとても頑張ったんだ。
ご褒美なんだ。
そう開き直って、4個目のチキンを食べる。
「鶏肉が切れました。売り切れです。閉店ガラガラ~」
まもちゃんがそう言って、店じまいした…
何て店だ!
歯を磨いて、一緒にベッドに潜って、一緒に微睡む。
「まもちゃん?虹は何色だと思う?」
「7?か…6…?」
「日本では7色。他の国では数が異なるの…知ってる?」
俺はそう言って、まもちゃんの胸板に体を乗せて、彼の首に顔を落とした。
「なぁんで?虹の色が違くなる訳ないじゃん。あれは~…光の屈折だからね。」
まもちゃんが馬鹿なのに、賢そうに話し始めた…
「見る人によって違うんだ…。細かく細分化する人と…大雑把に捉える人…。だから虹の色が2色…なんて言う国もあるんだよ。不思議だよね…。見てる物は同じなのに…受け取り手の問題なんだ。」
俺はそう言って、まもちゃんの頬にキスする。
大好きだよ…まもちゃん。
「そうか…受け取り手の問題ね…」
まもちゃんはそう言うと、俺の髪を優しく撫でてウトウトし始める。
俺は彼の体の上で、湿布臭い匂いを彼に付けながら、ウトウトと瞼を落とす。
「…匂い、凄いね。」
そう言いながら目を閉じるまもちゃんに言ってあげた。
「それも…受け取り手の問題だ。」
俺がそう言うと、まもちゃんは一回吹き出し笑いをして、俺を見る。
だって、そうじゃん。これが好きな人もいるんだ。
「北斗、お休み…愛してるよ。」
そう言って、俺を体の上に乗せたまま彼は眠りに落ちていった。
可愛い…俺のまもちゃん…
「まもる。おやすみ…」
彼の呼吸と共に上下する体を感じながら、重たい瞼を完全に落とした。
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