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8月30日(日)_01

8月30日(日) 何て…綺麗な音色だろう… 耳に聴こえる美しいバイオリンの音にうっとりとする。 こんなに美しい愛のあいさつ…素敵すぎて、心が躍る。 瞼をゆっくり開けると、目の前にはぐっすりと眠る、愛しいまもちゃんの寝顔が見える。 「ふふ…」 口元が緩んで、彼の頬を手のひらで撫でる。 可愛い… どこからともなく、この情景を彩る愛のあいさつが聴こえてくる。 「最高のBGMだね…」 そう呟いて、まもちゃんを愛でる。 あどけない笑顔の彼は、眠っている時は大人の男の顔だった。 唇に指を添わせて撫でると、少し笑った様に見えた。 「可愛い…」 そうポツリと呟いて可愛い彼にキスをする。 そのまま彼に覆いかぶさって彼の胸に頭を乗せる。 呼吸と共に上下する胸を見ながら、彼のぴえんを眺める。 はぁ…明日の夕方には東京に居るって…信じられないよ… 涙はもう落ちて来ない。 観念したのかな… 彼と離れることを、観念したのかな。 目を瞑って、耳に届く愛のあいさつを聴く。 外で誰かが演奏している様だ。 「あぁ…この弾き方は彼だ…」 俺はそう言って体を起こした。 「だるっ…痛っ…」 下半身の強烈な怠さと、胸の痣の痛み… 俺の体はボロボロじゃないか…笑えて来る。 ズボンを履いて、玄関のかぎを開けて、外へ出る。 階段の手すりに掴まりながらヨロヨロと降りて、愛のあいさつの主を探す。 「理久~?」 俺が呼ぶと、お店の裏から理久が走ってやって来る。 何してんだよ…全く。 「北斗…おはよう。随分お寝坊だ…」 理久の腕時計を確認すると、10時… 「予定より寝坊しちゃったみたいだ。」 俺はそう言って笑った。 彼の手元のバイオリンを見る。 「さっき…愛のあいさつをありがとう。とても美しかったんだ…あんな最高の寝覚めは無いよ。贅沢だね。」 俺はそう言って理久に抱きつくと、ウトウトとまた微睡んだ。 「北斗…いけないよ。俺はお前の事が愛おしくて、仕方が無いんだ!」 そう言って理久は俺の体をヒシッと抱きしめる。 頬にあたる彼のベストがサラサラしてて気持ちがいい… 一体何しに来たんだろう? 彼の腕の中で、目を瞑りながら尋ねる。 「理久…どうしたの?俺に何か用があったの?」 理久の胸の鼓動はドクンドクンと脈打って、元気いっぱいな体だ。 「俺は今日の予定を終えたら、フランスに行く事にしたよ…」 あぁ…そうなんだ… 俺は理久の体をギュッと抱きしめて言った。 「そうか…良かった…。」 そう言って彼の胸に顔を擦り付けて目を覚ます。 「理久…また会える気がする。」 俺はそう言って彼を見上げる。 連絡も取らずに偶然出会えた彼に、もう会えなくなるかもしれないという不安は抱かなかった。むしろ、次に会う時の事を期待して、俺は口元を緩めた。 理久は俺の頬を手の平で包むと、うっとりした目で見下ろしてくる。 「北斗…進学の事、すまなかった。お前がご両親の期待に応えようと辛い思いをしている事を…誰よりも知っていたから。出過ぎた真似をしてしまった…。愛ゆえに人は盲目になるんだな…。」 そうだな…理久はきっと誰よりも俺の潰れた自尊心を知ってる。 それを傍で見て来た唯一の人物だ… 「良いんだ…。理久は俺の事が大好きなだけだから…」 俺はそう言って彼に微笑みかける。 「ねぇ…フランスに行って何をするの?俺に連絡して?…直生と伊織はプラハに行った。もしかしたら、また偶然出会えるかもしれないよ?」 俺はそう言って、彼の胸に甘えて顔を埋める。 「プラハか…そうか。じゃあ、会えるかもしれない…」 そう言って理久は俺の髪を優しく撫でた。 良かった… 彼は自由になった。 これで、また大空を飛ぶことが出来る。 俺という呪縛なんて捨てて、自由に羽ばたいてよ… 俺は理久の、バイオリンが…大好きなんだから…。 「北斗…おはよ」 ガラガラ声の寝起きのまもちゃんが、階段を降りてやって来た。 そして俺の体を掴むと自分の方へ引っ張って、理久から離した。 「理久先生。おはようございます…」 そう言って対峙する。 「ふふ…、それじゃあ北斗…またどこかで会おう。」 そう言って、俺の頬にキスすると、理久はまもちゃんに挨拶もしないで車に乗った。 「ふぇっ!なんだいなんだい!」 俺の頭の上でまもちゃんがブツブツ言ってる。 「理久~またね~!」 俺は彼の車が立ち去るのを見送って、後ろの大人に抱きついて言った。 「まもちゃん、おはよう。」 理久の胸より分厚い彼の胸板は、倒れそうも無いくらい頼りがいがあった。 「もう10時だったよ?」 俺はそう言ってまもちゃんに抱きついて、そのまま抱っこしてもらう。 「んふ、本当…寝坊した…。これじゃあ朝ご飯じゃなくて…ランチだ。」 まもちゃんはそう言いながら、お店の鍵を開けて中に入って行く。 厨房に行って、冷蔵庫からおにぎりの具を取り出す。 その間ずっと俺は彼に抱っこされて、彼の背中を守ってる。 「理久の愛のあいさつ…綺麗だったな…」 まもちゃんの顔に頭を付けて、ぼんやりと俺が言うと、まもちゃんが言った。 「あの曲は好き。だって、兄貴が良く弾いていたんだ。」 そうなんだ… 譲さんが弾いてたのか… 俺はてっきり、奥さんが弾いていたのかと思ったよ。 「兄貴はバイオリンを弾くのが好きでね…。俺と違って、上手に弾けたんだ。ラ・カンパネラは最後まで弾けなかったけど、愛のあいさつは良く弾いて聴かせてくれた。」 そう言って、まもちゃんは炊飯ジャーを開けると、器用に俺を抱えながらお米を混ぜた。 「まもちゃんはお兄さんが大好きなんだな…」 俺はそう言って彼の頭に顔を寄せるとスリスリした。 「大好きさ…優しい兄貴だったからね。」 そう言って俺を下に下ろすと、まもちゃんは手を洗い始める。 俺は自分の椅子に腰かけて、彼がおにぎりを作るのを眺める。 鼻歌で愛のあいさつを歌うと、まもちゃんも一緒になって口ずさむ。 静かな厨房に彼の低い鼻歌が響いて、鼓膜を揺らす。 「北斗…ランチから帰ったら、荷造りするんだよ?」 そう言った彼の背中に、愛を感じて、俺は小さく頷いて言った。 「は~い」 今日も日差しが強い。 もうすぐ9月だって言うのに…日差しが強いんだ。 彼に渡されたサングラスを付けて、半そで半ズボンに紐の付いた麦わら帽子を被る。 バイオリンケースを手に抱えて、彼の車の助手席に乗りこむ。 「近くの見晴らしのいい場所に行こう?」 俺がそう言うと、運転席に乗り込んだまもちゃんが言う。 「ほ~い」 もう12時過ぎだ。 あっという間に時間が過ぎていく。 寝坊したせいだ… くるまのUSBに携帯をつなげる。 海外のクラシックが流れるラジオを再生して、聴き流す。 窓を開けて風を入れると、強い風に麦わら帽子がはためく。 「うわ…今日は風が強い!」 そう言いながら、窓を閉める訳でも無く、強い風を顔に受けて楽しむ。 「北斗?星ちゃんのトンボ玉に革ひもを付けたよ。バイオリンケースに付けるんだろ?後で括ってあげるね。」 まもちゃんが前を見ながらそう言った。 「んふふ!ありがとう。星ちゃんったらさ、いつも配色が微妙なんだよ。見て?このミサンガも汚い色してるだろ?きっと、センスなし男なんだよ。」 俺がそう言って彼にミサンガを見せると、まもちゃんは俺の腕を手に取って、まじまじと眺めて言った。 「あの時も、俺にこれを見せてそんな事言ってた。」 そうだ…俺が初めてさっちゃんに会った時だ。 「北斗が一生懸命それを作ってる後姿が可愛くて、ニヤニヤして見ていたのに…全然気が付かないんだ。星ちゃんがそれに気付いて、俺に会釈したのに…いつまで経っても気が付かなくて…本当に周りに目がいかないんだなって…その時痛感したよ。」 褒められてないよね。 俺はまもちゃんに弁解する。 「集中力が要る作業だったんだ。星ちゃんとか、まもちゃんみたいに俺は手先が器用じゃないから、あんな細い糸編むなんて集中力の上の上を行かないとだめだったんだ。」 俺がそう言うと、ふふッとまもちゃんは小さく笑った。 可愛い。 車の窓から見える景色が変わって、どんどん視界が広くなっていく。 「山の上はもっと風が強いかな?」 俺がそう聞くと、まもちゃんは首を傾げて言う。 「どうかなぁ…?家の前はなにせ湖からの風あたりが強いから…山の上はもうちょっと穏やかかもよ?」 だったらいいな… 強風に吹かれながらおにぎりなんて…風情が無いよ。 開けた高原に着いて、俺とまもちゃんは車を降りた。 「わぁ、そよ風が丁度いい位だ!」 俺はそう言って、車の前でクルクルと回ってバイオリンケースを抱きしめる。 まもちゃんはお弁当と、レジャーシートを持って俺に手を伸ばす。 俺は彼の左手を掴んで、一緒に良い場所を探す。 「あそこは?」 俺が適当な場所を指差すと、まもちゃんは首を横に振る。 「暑そう。木陰を探そう?」 了解した。 「じゃあ、あそこは?」 木陰が出来た場所を指さして、まもちゃんの顔を見上げる。 彼はじっとその場所を見るとまた首を横に振った。 何だよ! 「もう、じゃあまもちゃんが決めて?俺はもう探さない~。」 俺はそう言ってムスくれると彼にすべての権限を委ねた。 「ここにしよう。」 そう言ってまもちゃんがシートを広げたのは高原にある更に小高い丘。 大きく枝を広げた楓の木の下だ。 木陰が緑の地面をチラチラ動いて、心地よさそうだ。 まもちゃんが敷いたシートに腰かけて、お弁当を催促する。 「はい!ご飯食べよう?」 俺がそう言うと、まもちゃんが言った。 「少しのんびりしてから食べようよ…着いてすぐなんて、ムードが無いだろ?」 ムード? ムード? はは、笑っちゃう! サングラスをおでこに掛けて、まもちゃんがヨッコラショとレジャーシートに横になる。 俺は彼のお腹を枕にして寝転がると、天を見上げた。 「わぁ…見て?枝の隙間から水色の空が見える…」 俺はそう言って両手を上に伸ばした。 彼の柔らかいお腹が、呼吸する度に上下に動く。 「きら、きら、ひかる~。小枝の星よ~。」 俺はそう言って、手のひらをヒラヒラさせながら歌い始める。 まるで調子をとる様に、まもちゃんが俺のお腹をポンポンと叩く。 そよ風が俺のおでこを撫でる。 気持ちいい… 目を閉じて両手を頭の上に上げる。 胸が伸びて少し痣が痛む。 「まもちゃん…」 名前を呼んで体を起こす。 彼を見ると、俺に両手を伸ばしてる。 俺はにっこり微笑んで、彼の両手の中に体を埋めていく。 まもちゃんの両腕に抱きしめられて、気持ち良くてうっとりする。 「まもちゃん…」 彼の胸に頬を付けて、そう呟いて、どこまでもトロけて体を沈める。 彼の胸板を手で撫でながら、彼の体に落ちる木漏れ日を手で追いかける。 「き~ら~き~ら~光る…ま~も~る~の~頭…」 「やめて…」 彼の柔らかい髪の毛を撫でながら、目を瞑って小さな声で、囁くように、替え歌を歌う。 合いの手に“やめて”を挟みながら、きらきら星を歌う。 「北斗…大好きだよ…」 知ってるよ、まもちゃん… 「まもちゃん…愛してるんだ。」 彼の胸に顔を押し付けて、グリグリと擦り付ける。 明日の14:45…北陸新幹線 嫌だな… 彼の左手を自分の顔の上に置いて、目を塞ぐ。 頭の奥で音楽を再生させて、ウトウトする。 グー 俺のお腹が鳴って、まもちゃんが吹き出して笑う。 俺の髪を撫でて、俺ごと体を起こす。 「お腹空いたね…ご飯にしよう。」 まもちゃんの言う所のムードが整ったみたいだ。 「バイオリン職人なのに、卵焼きがとっても上手だね?」 俺はそう言って、広げられたお弁当をワクワクしながら覗き込む。 まるで絵に描いたようなお弁当の彩色に胸が躍る。 おしぼりで手を拭いて、おにぎりを掴む。 白いお米の隙間に赤い物が見えて、そっと戻す。 「どうして?」 俺の様子を見ていたまもちゃんがそう言う。 「梅干しは嫌だ。違うのが良い。ちょうだい?」 俺はそう言って彼に手を差し出す。 まもちゃんはブツブツ言いながら、梅干し以外のおにぎりを取ると俺に渡した。 「これは何かな~?」 そう言いながら、まもちゃんの体にもたれておにぎりを一口食べる。 「んふ、美味しい!昆布だ。」 そう言って投げだした足をばたつかせる。 まもちゃんが俺の体にもたれて頭をこつんと付ける。 「美味しい?」 そう聞かれて、俺は頷いて彼を見上げる。 「とっても美味しいよ。」 彼の顔が下りてきて、俺の唇にチュッとキスする。 ムードだ。 これが…ムードなんだ。 ご飯を食べ終わって、まもちゃんが水筒で持ってきたコーヒーを飲んでる。 俺は水筒に入ったお茶を飲みながら、コーヒーの匂いを嗅ぐ。 「北斗ちゃん…まもちゃんに何か弾いて聴かせて?」 「ん、良いよ?」 リクエストを受けて、俺はバイオリンのケースからバイオリンを取り出した。 木漏れ日の中、落ちる日差しがまだらにバイオリンを照らす。 キラキラして…綺麗だな… 俺はバイオリンを首に挟んで、まもちゃんを見る。 「何が聴きたい?北斗のお任せコースにする?」 そう言って微笑むと、まもちゃんは頷いて答えた。 「北斗のお任せコースが良い。」 ふふッと笑って、俺は弓を美しく構えた。 まもちゃんは、この姿が好きだと言っていた。 彼をチラッと見ると、俺の立ち姿を見て、やっぱりうっとりしてる… そうか…美しく見えるんだ。 俺は弓を丁寧に弦にあててアダージェットを弾いた。 これはマーラーが奥さんに贈った曲。 美しい旋律の中に…どことなく、儚さが垣間見える不思議な曲。 好みのピアノ伴奏を頭の中で再生させながら…木漏れ日を浴びて弓を引く。 「素敵だ…」 そう呟いた彼の声を耳の奥に留めて、愛しい気持ちと…切ない気持ちを込めて、この曲を弾いて…彼の耳に届ける。 木漏れ日がチラチラと彼に落ちて、俺にも落ちる。 そよ風が彼の髪を揺らして、俺の髪も揺れる。 弓の先に付いた木漏れ日と一緒に、美しい音色を奏でて、木漏れ日と一緒に、彼に愛を降り注ぐ。 彼は両手を後ろに付いて、俺を仰ぎ見て、嬉しそうに微笑んでいる。 その表情が優しくて…とっても、優しくて…目の奥が熱くなるよ。 伏し目がちに視線を落として、誤魔化す様に、首を振って演奏する。 愛してるよ…まもちゃん。 あなただけを心から、愛してる。 だから、この曲をあなたに贈るよ。 穏やかに弾いていた様子を一変させて、情熱的に彼を求める様に音色を響かせて… 俺の愛を…この曲と共に、あなたに贈ろう。 愛しい人。 曲を弾き終え、余韻を存分に感じて弓を離す。 体に残った余韻を振り払う様にジタバタして、次の曲を弾く為に弓を構える。 次は…愛のあいさつだ… 彼の顔を見ながら、口元を緩めて弾く。 まもちゃんに笑いかけながら、おしゃべりするみたいに、弾く。 不思議だ… ここに来る前はバイオリンを弾くのがこんなに楽しいって思わなかった。 まるで自分の気持ちを乗せて、運ぶようなこの感覚… 気持ちが入るという、言葉の意味が…何となくだけど分かった気がした。 言葉だけじゃなく、本当の意味が分かると、スッと心にしみるだろ… そんな感じを最近ずっと…体験してるんだ。 音色を細かく変化させて、まるで歌う様に弦を震わせる。 伸ばした音が余韻を残して、次の音に繋がっていく。 綺麗だ… あなたのお兄さんは一体どんな思いを乗せて、聴かせてくれていたの? 会いたかったよ。 まもちゃんのお兄さんとお母さんに…会いたかった。 きっと、とっても素敵な人だろう。 この愛のあいさつみたいに…優しくて…美しい人たちだったんだ。 曲を弾き終えると、まもちゃんが拍手をくれる。 嬉しそうな笑顔で俺を見上げて拍手をする彼は、とても愛らしかった。 俺はそれに応える様にバイオリンを首から外して、彼に丁寧にお辞儀をした。 そして、また首に戻すと、弓を構えながら弾き始める。 亜麻色の髪の乙女… 瑠唯さんが好きなこの曲。 直生と伊織の伴奏を思い出して、瑠唯さんを思って弾く。 繊細で消えてしまいそうな美しい旋律… 情緒的で、音の糸が太くなったり細くなったり…自在に変わる。 俺はそれを意識しないで、滑らかに弾けるようになってきた。 それは彼らの演奏から得た感覚にも似た技術… 瑠唯さんはどんな亜麻色の髪の乙女を弾いたの? 気になってしまうよ。 きっと素晴らしく美しいんだろうな… 俺のバイオリンを聴きながら、遠くの街を眺めるまもちゃん。 まるで貴族に見える。 こんなに素晴らしいバイオリンを聴いて、くつろげるなんてさ。 まもちゃんは貴族だ。 曲を弾き終えて、まもちゃんの方を見る。 彼は俺を見上げて大きく拍手をすると、両手を広げて笑いかける。 俺はバイオリンを首から外して、そのまま彼の胸に体を沈めていく。 「本当に上手だ…とっても綺麗だ。」 そう言って俺の唇にキスして、慈しむように頬ずりをする。 俺は彼に褒められて、彼の肩に頭を落としてニヤける。 「まもちゃんのバイオリンは最高に気持ちがいい…次のも、俺にくれるんでしょ?」 俺がそう言うとまもちゃんは笑って言う。 「いつになるか分からないけど…出来たらもちろん、それはお前の物だよ。」 そうだ。 護の作る物は…俺の物なんだ。 「ふふっ。楽しみだよ…まもちゃん…」 そう言って彼の背中に顔を落として、手に持ったバイオリンを見つめる。 心なしか…バイオリンが喜んでいるように見えて口元が緩んでいく。 このままこの時間が永遠に続けば良いのにな… 「さあ、家に戻って荷造りするぞ!」 そう言ってレジャーシートを畳むまもちゃんのお尻を蹴飛ばす。 「痛い!ひどぉい!」 うるさい…フンだ。 俺はバイオリンのケースを抱えて、素敵なムードのある高原を後にする。 まもちゃんが車に荷物を入れる中、彼の背中に甘えて邪魔する。 「ハイハイ…乗って?」 そう言って俺を助手席に座らせて、彼は俺にシートベルトを締める。 「また頭突きしたら怒る?」 俺の体に覆いかぶさってシートベルトを掛ける彼に聞く。 まもちゃんはあの時の事を思い出して、俺の顔を見下ろすと言った。 「怒らない。でも、倍返しする!」 いやだ、頭が割れちゃうよ。 「ふふ…怖いね。怖いね。」 おれはそう言って、うしし!と笑うと、彼の胸をそっと撫でた。 まもちゃんは俺を見て微笑むと、ゆっくりと顔を近づけた。 そのまま長いキスをして、彼の柔らかい髪をそっと撫でてかきあげる。 「まもちゃんとしたくなったの…?」 まもちゃんはそう言うと、俺の首に顔を落として、エッチな声で聞いて来る… 「したい…いつもしたい。」 俺はそう言って彼の首にキスをする。 彼の体にしがみ付いて、自分の方へ引き寄せる。 まもちゃんは俺を抱きしめて、クスクス笑う。 「家に戻って、荷造りして…今夜の準備をする。予約時間の10分前、6:50には向こうに着く様に車で出かけて、美味しいご飯と、素敵な演奏を聴く。そして、家に帰ってきて、大好きな奥さんと一緒に過ごすの。それが今日の予定だよ…?」 分かってる…時間が押してる事も、分かってる。 でも、こうやって甘ったれて邪魔して、止まらない時間に抵抗してるんだ。 「もう…やだなぁ…」 俺はそう言って、まもちゃんの胸に顔を埋める。 どんだけ俺が抵抗しても…時間は過ぎて行くんだ。 踏ん切りをつける様に彼から手を離して、バイオリンケースを抱きしめる。 まもちゃんが窓を開けて、ドアを閉める。 運転席に戻って、俺の頭を優しく一回撫でる。 俺は視線を逸らす様に窓の外を見る。 いじけてる訳じゃない… 耐えてるんだ。 彼にグズグズに甘えて、縋って、彼の予定したイベントが台無しにならない様に…耐えてるんだ。 「しゅっぱ~つ!」 まもちゃんは明るくそう言って車を出す。 俺は窓の外をじっと睨む。 そして、堪える様に、手に抱えたバイオリンケースを強く抱きしめた。 家に到着して、お弁当箱を洗ってから二階に上がる。 時計を確認する。3:45。 明日の今頃…まもちゃんと、もう離れているんだ… 信じられないよ。 そんな事、いまだに信じられないよ。 まもちゃんの洗濯物と混じった自分の服を畳んで鞄にしまう。 「もう嫌だ…」 そう言って投げ出しては、思い直して荷物をしまっていく。 「北斗…これ持って行きな。」 そう言ってまもちゃんが俺にヘッドホンを手渡す。 彼から借りていたウッド調の耳あての、高価なヘッドホン。 「良いの?」 そう言って、受け取って首に掛ける。 「んふ…お前が付けると、しっくりくるんだ。」 そう言って笑って俺の口に軽くキスすると、まもちゃんは自分の服と混じった俺の服を探し続ける。 このまま首に掛けたヘッドホンを耳に付けて、自分の世界に閉じこもってしまいたいよ… 「まもちゃぁん!」 そう言って泣き出して、彼の背中にしがみ付く。 嫌だ…離れたくない…! とうとう我慢できなくなって、彼の背中に縋って泣き始める。 そんな俺を抱きしめて、まもちゃんは洋服を探しながら優しく言う。 「今日の演奏…何を弾くと思う?」 さぁ…何だろう… 彼の顔を見上げて聞く。 「知ってるの?」 俺の顔を見下ろして首を傾げて言う。 「知る訳ないじゃん。ただ、北斗の予想を聞いてるんだ。」 俺は回らない頭で一生懸命考える。 「分かったら教えて?」 まもちゃんはそう言って俺を体から離すと、洋服の奥から俺のダサいTシャツを掘り起こして、丁寧に畳んだ。 何かな…俺だったら、何を演奏するかな… 足元の鞄に躓きながらベッドに腰かけて、そのまま寝転がる。 「あぁ~、何を弾くかな~?」 そう言って考えを巡らせる。 目の端から涙が伝って落ちるのが分かる。 でも、それを無視して、演奏する内容を考えて紛らわす。 「分かんない!まもちゃぁん!」 俺は考えることをすぐに放棄した。 そして、洋服を畳んでしまうまもちゃんに抱きついて、押し倒す。 「嫌だ!嫌だ!」 そう言って彼の胸に甘えてグダグダにトロける。 まもちゃんは少し笑って、俺の髪を撫でると、ゆっくり体を起こして、俺の体を抱きしめる。 「北斗…泣いたら目が赤くなる。目が赤くなったら、スーツの色と同じになって、格好悪いよ?」 確かにそうだ。 「やだ…泣いてない…」 俺はそう言ってまもちゃんの胸に顔を埋めて甘える。 足元のバイオリンケースには、星ちゃんのトンボ玉が皮の紐で括りつけられている。 いつの間に… 着々と進められる帰り支度に、頭が追い付かない。 この温かい体と離れて、また1人ぼっちになるの…? 最悪だよ… まもちゃんが俺の顔を両手で掴んで、じっと見つめてくる。 目の端を指でなぞって、髪を手櫛でオールバックにする。 「ふふ…ちびっこギャングみたいだ。」 まもちゃんはそう言って笑うと、俺の髪をぐしゃぐしゃにした。 前髪をいつもの様に下ろして、サイドで分けて耳に掛ける。 「いつもの感じで…こっちに少し流そう…ほら、綺麗だ。」 まもちゃんはそう言って、俺を見てうっとりすると、堪らなくなって熱いキスをした。 そんなに髪型で変わるの? ってくらい熱くていやらしいキスをするから、俺は興奮してしまった。 「まもちゃん…エッチしよ?」 俺がそう言うと、一瞬たじろいだけど、彼の意志は固かった。 「ダメだよ?もう準備しないと!隣町まで行くから、移動に時間がかかるんだ~。」 何だよ…ちぇっ! 俺はまもちゃんから離れて荷物の鞄を蹴飛ばした。 そんな俺を捕まえて、一緒に服を脱いで、シャワーを浴びる。 「まもちゃん…エッチしよ?」 俺がそう言って裸の素肌で彼に甘えても、彼の意志は固かった。 「演奏、聞きたくないの?」 そんな事まで言われる始末だ。 違う。演奏は聴きたい。 でも、このイベントを終えたら、明日が来ちゃうじゃないか… お風呂から出て、まもちゃんに体を拭いてもらう。 胸の痣は大分色が落ち着いて、お腹の痣はまだ青かった。 「気持ち悪い~!」 俺はそれを指さしてそう言って、まもちゃんにキスさせる。 パンツを履いて、鏡に向かわされる。 まもちゃんが手にヘアワックスを付けて、俺の髪にグワシグワシと揉みこんで行く。 その後、左に髪を分けて耳に掛ける。 「んふ…めっちゃ可愛い。」 まもちゃんは自分のセットにご満悦の様だ。 手に残ったワックスで、まもちゃんは、自分の髪の毛をセットし始める。 いつも俺と出かけるときは普段のまもちゃんだ。 こんな風にキメたまもちゃんと出かけるなんて…初めてかもしれない。 おでこが見えて格好良くなったまもちゃんに見惚れる。 彼の後ろでパンツ一丁で立ち尽くすと、俺を振り返って言った。 「北斗…あんまりそんな恰好で見つめないで…興奮しちゃうから…」 なんだよ。それ。 まもちゃんの方がもっと格好良いよ…ドキドキしちゃう。 まもちゃんは黒シャツに手を通して、水色のシャツを俺に着せる。 俺は彼のシャツのボタンを掛け違えて留めた。 親切心だ。 「…ズレてんじゃん。」 まもちゃんがそう言って俺を見るけど、俺は視線を逸らして彼の襟を直す。 「まもちゃん…こんな格好いいシャツ着て、誰と、何処に行くの?」 俺は首を傾げて彼に聞く。 まもちゃんは視線を落としてボタンを直しながら言った。 「愛する人と楽しいデート。」 俺にズボンを渡して、俺が受け取らないと、笑って穿かせてくれる。 「北斗ちゃん?お支度出来ないの?」 「出来ない…」 俺はそう言って彼に項垂れる。 黒いシャツ…肌触りが良いな…目を瞑って頬を付ける。 まもちゃんは俺にズボンを穿かせてチャックを閉めると、最後にボタンを留める。 そしてウエストに手を突っ込んでグイグイ伸ばして言う。 「北斗が沢山食べるから、ここゴムにしてもらったんだよ?」 マジかよ… それは、最高の心遣いだ。 俺は彼の胸に顔を擦って黙って甘える。 彼は自分のズボンを穿いて、シャツを中にしまう。 俺はその様子を少しだけ体を離して眺める。 「格好いいね。イケメンだね。」 まもちゃんを見上げてうっとりそう言うと、彼の頬を撫でて触る。 こんなイケメン…どうしよう… まもちゃんは俺にベストを着せてボタンを留める。 俺は体を屈める彼の頬を撫でて、うっとりと顔を見つめる。 「キスして…」 俺が彼に小さくそう言うと、まもちゃんは俺の目を見つめて、にっこり微笑んで優しいキスをくれる。 堪んない…! コスプレの効果って…確かにあると、俺は確信した。 直生と伊織もきっとこんな気持ちなんだ…彼らの趣味を心から理解した。 まもちゃんは自分の青いベストを着る。 俺はもう鼻血が出そうなくらい興奮して、彼に目を奪われてる。 何だ、このイケメンは… いつもTシャツとジーパン姿の彼が、こんなに素敵な紳士になるなんて… あぁ…そんな彼の隣を歩くんだ… は!! 俺は自分の身なりを突然気にし始めた。 「まもちゃん?蝶ネクタイ付けて?」 俺は首をあげてカッコイイ彼におねだりする。 まもちゃんは俺の襟を立てると、蝶ネクタイを真ん中に付けて留めた。 そして俺をじっと見つめながら、いやらしい手付きで襟を直した。 「エッチだよ。」 俺はまもちゃんにそう言って、彼にキスする。 いちいち色っぽく見えて、堪らないんだ。 ジャケットを手に持って、バイオリンを持つ。 「…」 いつも何も言わないまもちゃんが、俺のバイオリン持参に無言で抗議する。 だって、この子とも一緒に分かち合いたいんだ。 素晴らしい演奏を聴かせて、見聞を広げないと。 俺はバイオリンを両手に抱えて、ジッとまもちゃんの顔を見て、体を揺らした。 「…もう、仕方が無いな。」 まもちゃんはそう言うと、俺に革靴を出してくれた。 「あぁ…北斗、とっても美人さんだよ。」 俺はまもちゃんを見上げて、彼の顔を見て笑う。 まもちゃんはめちゃんこ格好いいよ。 女の人の目がハートになっちゃって、連れの男の人が嫉妬しちゃうくらいに、まもちゃんが一番格好良いよ。 二人で階段を降りて、まもちゃんが助手席のドアを開けてくれる。 「んふふ…」 俺はそう笑って、彼のエスコートを受ける。 車の中でもイケメンのまもちゃんから目が離せない。 お料理する時の腕まくりした彼も好きだ。 でも、このまもちゃんは…まるで映画スターみたいに格好よくて、俺はすっかり夢中になった。 彼の耳を触って、俺の方を見る視線に、ドキッとして倒れそうになる。 「ま、まま…まもちゃん、格好良すぎて緊張しちゃうよ…」 俺がデレてそう言うと、まもちゃんは驚いた顔をして笑って言った。 「ふふ、俺も…こんな美人さんを連れて、とても緊張してるよ。」 嘘つきだ! この嘘つき野郎め! でも、嬉しい… だって、こんな素敵な彼に言われたら…嘘でも、何でも、嬉しい…! 「んふふ~!」 俺はご機嫌のデレデレだ。 まもちゃんから目が離せなくて、彼の横顔をじっと見つめ続ける。 彼の首をそっと触ったり、太ももに手を置いたりしてニヤけていると、まもちゃんから教育的指導を受ける。 「北斗?まもちゃんはね、お洋服は格好よくしてるけど、いつものまもちゃんなんだぁ。だから、あんまりベタベタすると、興奮して北斗を食べちゃうよ?」 「え…」 こんなイケメンからそんな事言われて、俺は頭が真っ白になる。 「…良いよ。俺の事…食べて良いよ…」 顔を赤くしてモジモジしながらそう言うと、まもちゃんが言った。 「ダメだ。無事に到着する気がしない。窓を開けて、外を見てて?」 何だよ、それ。 「ケチ!」 俺はそう言って窓を開ける。 顔が熱くなっていたのか、外の風にあたると思った以上に気持ち良かった。 膝に置いたバイオリンケースを両手で撫でる。 「んふふ~、楽しみだな~。何を聴かせてくれるのかな…。」 気持ちを取り直して、演奏への期待に胸が高まる。 きっと素敵な音色なんだ…! 楽しみ過ぎる! 視界に映る、自分の美しいスーツの色を見てうっとりとする。 こんな素敵な色のスーツ、着たこと無いよ… トラディッショナルな作りが妙にこじゃれて見えるのは、作り手のセンスなんだ。 凄いな…こんな事出来るなんて…なかなか橘さんは手練れの服職人だ。 そして、俺はセンスの良い美人さんだ。 いつもは可愛いと美しいが五分五分だけど、今日は美しいが勝ってる。 この美しいスーツに似合う様に… 凛としないといけない。 首を伸ばして、背筋を正す。 母親が言っていた、澄ましていれば大抵の事は相手が勝手に勘違いしてくれるって言葉…。 あながち…間違っていないのかもしれないと最近思ってる。 何だかんだと偏見にまみれてはいるが、為になる事を俺に教えてくれていた様だ… うちの両親も、理久の様に…少し変わっているだけなのかな。 そう前向きに思えてくる自分に驚きながら、喜んだ。 きっと、まもちゃんの影響だ… 彼の考え方が、俺に影響してる。 だから、俺はその変化が…とても嬉しい。 彼によって自分が変わるのが、嬉しいんだ。 目の前に大きな劇場が見える。 「あれ?」 興奮してまもちゃんに呼びかけると、彼は頷いて答えた。 素敵だ…! まるでイギリスのロイヤルアルバートホールの様なドーム状の外観に…息を飲んだ。 慌ててジャケットを着る。でも、ボタンは留めない。 だって、このお洒落なベストを見せたいんだ。 だから留めない。 まもちゃんは貧乏なのに、車を入り口まで着けると、急いで助手席のドアを開けて俺に手を差し出した。 その顔は優しく微笑んで、まるで俺に恋してるみたいにキラキラしていた。 俺は彼の手を取って車から降りると、彼のエスコートで店内に入って行く。 まるで淑女だな。 「クロークでお預かりしますか?」 声を掛けられたけど断った。 だって、俺はこのバイオリンと一緒に聴きたいんだ。 その為に連れて来たんだ。 ウェイターが近づいて来て、俺達は席に案内される。 「わぁ…」 店内に入ると、ドーム状の天井の高さと、きらびやかなシャンデリアに圧倒される。 美しく彩る壁の装飾が、シャンデリアの光を受けてキラキラと光る。 室内全体がスパークリングしている… その場を演出する様に、豪華な客が席を埋めている。 重ちゃんのおばあちゃんや、さとちゃんが居てもおかしくない。 それくらいの豪華な客たちの華やかな衣装に目が眩む。 「北斗…」 そう言って俺の椅子を引いて、まもちゃんが待ってる。 俺は彼の美しい姿に惚けて微笑むと、椅子に腰かける。 目の前に素敵な彼が座って、微笑みながら、俺の手を握って見つめてくる。 何…これは夢か何かなの…? テーブルに置かれた燭台の蝋燭がユラユラと揺らめいて、幻想的なイケメンを目の前に…まるで夢でも見ているんじゃないかって…戸惑う。 動揺を察せられない様に、ツンと得意の澄まし顔をする。 その表情に彼は悩殺されて、だらしなく口元が緩む。 「北斗…とても…綺麗だよ。」 そう言ってデレデレしながら、俺を褒めちぎるまもちゃん。 やめろよ、俺は今めちゃめちゃ余所行きの北斗になってるんだ。 しゃべらせたらボロが出るよ? 「んふふ…」 俺はそうして笑う程度に、口から出る言葉を抑えた。 「今日はフルコースのメニューだよ?」 まもちゃんはそう言って俺の方へ手を伸ばす。 落ちて来た髪の毛を耳に掛けなおして、ついでに俺の頬を撫でる。 手付きがいやらしい。 大人はこうやって小出しに興奮するんだな。 ウエイターがやってきて、まもちゃんに飲み物を聞く。 彼は笑顔でシャンパンを頼んだ。 はい!飲酒運転! 俺の方を見て、少し悩む様子で俺の方に聞いて来る。 「北斗…ぶどうジュースか、お茶、どっちがいい?」 そんなの決まってる。 「ぶどうジュース!」 俺はそう言ってワイングラスを指でツツッと押した。 ウエイターがそれを見てクスリと笑う。 雰囲気が大事なんだよ? ムードだ。 フランス料理でお腹が満たされる訳ない。 帰りにコンビニに寄って、何か買って帰ろう… 俺はそう思いながら周りを見渡した。 まもちゃんの足がテーブルクロスの下で、俺の足に絡んで来る。 本当、最低だな。 俺はそれを無視して、店内の装飾を眺める。 ロココ調だな… 天井にはフレスコ画が描かれていて、水色の空に白い雲と、天使が羽ばたいてる。 「ふふ…」 口元が緩んでわらけて来る。 だって、天使だよ? 俺は天使のマモ~ルを思い出して、吹き出しそうなのを我慢していた。 あんな見た目なのかな…ウケる。 「まもちゃん…天使のマモ~ルが居るよ?」 俺はそう言って、指を天井に向けてまもちゃんに教えてあげる。 彼はシャンパンを一口飲んで、上を見上げた。 「ぶふっ!」 吹き出した!吹き出したよ! 俺は肩を揺らしながら、目の前で咳き込むまもちゃんを笑う。 「北斗ちゃん…いけないよ?」 俺は悪くない。 全然悪くないだろ? まもちゃんは俺に、メッ!として、シャンパンをまた一口飲んだ。 この調子でシャンパンをがぶ飲みしたら、車で帰れなくなりそうだ… あ~あ… 頬杖を付いて、ぼんやりとまもちゃんを眺めていると、目の前の彼と目が合った。 まもちゃんの目の奥がしょんぼりし始めて、俺は慌てて姿勢を正す。 そうだ…まもちゃんはお上品な俺が見たいんだ。 見た目の美しさに比例した…上品な俺が見たいんだ。 それは…俺がイタリアの風貌のお店に、イタリアの曲を望む事と同じだ。 今日くらい…少し努力しよう。 俺は気合を入れて、彼と向き合う。 「とっても素敵なお店だね。」 そう言って彼に微笑みかける。 「うん、そうだね。」 まもちゃんは俺の装った雰囲気に満足したのか、にっこりと笑って頷いた。 今日はまもちゃんが俺のコンマスだね。 俺は彼の望む音色を出そう。 だって、俺を見て微笑む彼の笑顔がとっても素敵なんだ…。 コトンと白いお皿に乗った料理が目の前に出される。 俺はぶどうジュースを飲みながらまもちゃんと見つめ合う。 何で…どうしてこの人はこんなに素敵なんだろう… 目の前に置かれた綺麗な色どりの小さな料理。 クラッカーの様な物に生ハムと何かが乗ってる。 彼はそれを指でつまんで、パクッと食べる。 いいの? 俺はちょっと驚いて彼を見る。 「これは手で食べても良いんだよ?」 そう言って彼が微笑むから、俺は同じようにして口に運ぶ。 「まもちゃん…生ハムが美味しかった。」 惚けたまま彼に報告する。 俺の顔を見つめて、目を細めて笑う彼がとっても素敵で、体が持ってかれそうだ… 「北斗、とっても綺麗だよ。」 そう言って俺の頬を撫でて、うっとりと見つめるまもちゃんも、俺の音色で体が持って行かれそうになってるの? 首を傾げて、彼を見つめる。 格好良い… サラダが運ばれてきて、彼と同じようにカトラリーを手に取って上品に食べる。 その様子を満足げに見つめて、まもちゃんが微笑む。 サラダを食べ終わると、次はスープだ。 まもちゃんの様子をさりげなく見ながら、自分も同じようにして食べる。 こんなに料理を食べるのに緊張することなんてあるの? まるで手を変え品を変え試されてるような気にさえなって来る! 息が切れる… 目の前に何種類かのパンが運ばれて来てとうとう途方に暮れる。 「なぁに…これ…」 俺はそう言ってまもちゃんを見つめる。 彼は俺を見ると優しく言った。 「次に出てくるお料理と食べるんだよ。口直しで食べても良いんだよ。」 どうしてご飯を食べるのにこんなルールが要るのさ。 そんなイライラをひた隠しにして、俺はまもちゃんと見つめ合う。 その料理とやらが来るまで…こうしてこの格好いい人を眺めていよう。 そうしたら、少し…気が晴れるだろう。 目の前にお魚の料理が運ばれて、白いお皿の上を彩る料理にクスリとする。 「んふ…これは、可愛い。見て?ヒヨコみたいだよ。」 俺がそう言ってまもちゃんを見上げると、彼もそれを見てクスリと笑って、俺を見つめる。 「本当だね。」 まもちゃんの低い声が、優しい笑顔が、いつもよりも出ているおでこが、俺の頭をグラングランと揺さぶる。 やめてよ。マジで…かっこよすぎるから… 「ところで、まもちゃん。いったいどこで演奏をするのかな?だって、どこにも舞台らしきものが見当たらないんだ。」 俺は彼から視線を逸らして周りを見渡した。 「さぁ…どこかな…」 そう言ってまもちゃんは俺に手を伸ばす。 落ちて来た髪を俺の耳に掛けなおして、俺の頬を撫でてにっこり笑う。 「とっても綺麗だ…」 再び彼の視線の虜になって、見つめ合う。 「…どうして?」 「なにが?」 彼が俺の目を射抜く様に見つめてくるから、目が離せなくなって首を傾げて尋ねる。 「どうして…そんなに見てくるの?」 「北斗君の顔が、綺麗な顔してるなぁって…目が離せなくて…」 俺は目を見開いて彼を見て固まった。 あぁ…まもちゃん! 心臓が撃ち抜かれた様に胸が跳ねる。 今、彼が言った言葉…。 彼に初めて触れられた日…。 俺をずっと見てくる彼に、俺が同じ事を聞いて、彼が答えた言葉だ…。 …それを、そのままに言いやがった…! 「ふふ…んふふ。あはは…!」 おかしくて口を押えて笑う。 俺が何で笑っているのか分かってるんだろ? 口元を緩めて嬉しそうに俺を見て、そんなに穏やかな笑顔をしてさ。 本当に、あなたは俺を喜ばせてくれる、最高の恋人だ… あの日に帰りたいよ…。 落ちていきそうな気持をグッと持ち上げて、俺はにっこりと微笑んだ。 「もう…、まもちゃんはしばらく俺を見ないで?」 俺はそう言って、彼の視線を外す様に、頬に手を当てて横を向かせる。 彼はその手を掴んで、うっとりと頬ずりする。 極まってる… 暴れ始める理久と同じ状況に思えた。 お魚を食べると次はシャーベットが出て来る。 「あれ?もう、デザートなの?」 俺がそう言って驚いてると、まもちゃんが教えてくれた。 「お口直しだよ。」 …そうなんだ。 パンもお口直し…かき氷もお口直し…直してばかりだ。 沸々と湧き上がるイライラを抑えて、まもちゃんの真似をして食べる。 そして、とうとう、待ちに待ったお肉が出て来る! 俺はそれをお行儀よく待ちます。 まもちゃんとお話ししながら、目の前にお皿が来るまで、フォークもナイフも持ちません…。 俺はまもちゃんに目で言った。 “俺はTPOの分かる男だ”と。 でも、今のまもちゃんには俺のアイコンタクトが通じなくなってるみたいだ。 うっとりとしたまま惚けて俺に酔ってる。 お利口で、スマートで、美しい俺に酔っぱらっちゃってる。 お客さんがザワザワとし始めて、場の空気が変わって、落ち着きがなくなる。 花束を持ってるお客さんもいる。 もしかして、今日の演奏者のファンなのかな? そんなに有名な人が来るの?ワクワク… 「まもちゃん?そろそろ始まるみたいだよ?」 俺の目の前にフルーツが乗ったお皿が運ばれて来た。 薄く切ったイチゴとキウイ。 これを一口で食べる事も今日はしないよ? 「あ…北斗。」 まもちゃんが俺の後ろの方を見て、そう呟く。 「おや、こんな所に…絶世の美人がいる…」 俺の肩に誰かの手が乗って、俺の耳元で知ってる声がする。 俺はそれが誰だか分かって、視線を移すことなく笑いながら言った。 「なぁんだ、理久も来ていたの?」 そう言ってから、理久の方に顔を向ける。 彼はクラシックな燕尾服を着てる。それがまた良く似合ってる。 俺と目が合うと、理久の顔が固まってどんどん赤くなっていく。 「…あ」 あ? あ…と言って黙ってしまう理久を見つめる。 顔が赤くなるまでの過程が面白かったんだ。 俺は彼の腕を掴んで自分の隣の席に座らせる。 「今日はどうしてここに居るの?」 そう言ってお上品に笑いかける。 これは、護プレゼンツの俺なんだよ?どうだ、素敵だろ? 理久は途端にふにゃけた顔になって鼻の下を伸ばす。 「んふふ…悩殺されたんだ。」 俺はそう言って理久の鼻をツンと撫でて、笑いながらまもちゃんを見た。 まもちゃんは渋い顔をして俺を見つめる。 やべっ! 「ほら、もう戻りな…演奏が始まりそうだよ?」 慌てて俺がそう言うと、理久がやっと話し始めた。 「北斗は今日の演奏を聴きに来たの?…それでは、全て、お前の為に弾こう…」 理久はそう言って、俺の頬にキスすると席を立った。 俺の肩に手を置いて、髪の毛にスリスリする理久。 それを俺の正面のまもちゃんが睨みつけている。 馬鹿な俺でも分かる。 これはいけない状況だ… 「ま、まもちゃん…理久は俺のお父さんみたいな人だよ?」 俺はそう言って、まもちゃんに説明する。 「…どうかな。北斗はそう思ってても、どうかなぁ…。」 完全にいじけモードに突入しそうなまもちゃん。 その時、向こうの方からピアノの音がターン、ターン、ターンとした。 ざわついた客が一気に静まって、ピアノの音が良く聴こえる様になる。 「死の舞踏だ…」 俺がそう言うと、俺の後ろに居た理久がバイオリンを弾き始める。 俺の視線の先に移動すると、理久は俺を見つめて演奏をし始める。 「俺の為に…弾いてるんだ。」 彼の視線の奥が熱い。 素敵だ… 胸がドキドキして、理久の鋭い眼光に殺されそうだ。 お前ってば…そんな顔したんだ… 凄く、色っぽいじゃないか…理久 「北斗…」 まもちゃんが俺の手を握って、俺の視線を自分に戻す。 理久の視線から外れて、目の前のまもちゃんを見つめる。 我に返ったみたいに、理久のバイオリンの音色以外の音が聴こえ始める。 重厚なハーモニーが一気に天井から降り注いで、俺の頭の上を直撃してくる…! 背筋がゾクゾクして、足が震える。 「まもちゃん…凄い…音が上から降ってくる!」 俺はそう言って上を見上げて、目を瞑って音のシャワーを浴びる。 ステージになんて立たないんだ…客席の間で演奏するんだ。 ドームの様な構造の建物に音が反響して床に叩きつけて来る。 まるで音の雨だ。 「ふふ…まもちゃんすごいよ!」 俺はまもちゃんにそう言って満面の笑顔で笑う。 理久が海外某有名交響楽団の元楽団員なんて…知らなかった。 この演奏スタイル…室内の構造を利用した音響効果…面白い! 流石、あの某有名交響楽団に居ただけあって、建物の音の跳ね返りを分かってそうしてるんだ… 凄いな…プロはやっぱり違うんだ。 「まもちゃん…一曲目は死の舞踏だね。このクインテットの構成は…バイオリン、ビオラ、コントラバス、ピアノ、フルートみたいだね…良いじゃん!」 俺はそう言ってまもちゃんに笑いかける。 まもちゃんは機嫌を持ち直して、俺の笑顔に応える様に楽しそうに笑う。 一つ目の曲が終わって、お客さんから大きな拍手が沸き起こる。 その音まで反響して上から降って来るんだ! まるで、ここは音の反響を真下に向かわせる特殊な舞台の様だ! 「きゃ~~~~!!素晴らしいね!まもちゃん!」 俺はそう言って拍手をすると、まもちゃんの隣に席を移動して彼の左手を握った。 まもちゃんはそんな俺を見て、嬉しそうに微笑んで頬にキスをする。 大きな拍手がなりやむ頃。 申し合せた様に、次の曲が始まる。 「あ…華麗なる大円舞曲だぁ。」 次の曲は有名なショパンのピアノ曲。 フルートとバイオリンが主旋律を弾いて、コントラバスがベースを弾く。 ビオラはテンポを保って伴奏を任され、ピアノはそれを補助的に補ってる。 ここに…チェロがいれば…もっと完璧なのに… もう一音欲しい… 疼く気持ちを抑える様に、まもちゃんの左手を自分の体に巻き付けて、下に垂らす。 左手でそれを掴んで、右手で見えない弓を握る。 「ふはは、北斗…全く。」 理久がそれを見て顔を崩して笑う。 俺はエアチェロで彼らの演奏に加わる。 そうだ、こうしてその旋律を辿ろう… 目を瞑って耳を澄ませて音を探す。 「まもちゃん…とっても良い音がするよ?」 俺はそう言ってまもちゃんを誉めてあげる。 だって本当にいい音色だったんだ。 「ふふ…」 そう言って笑う彼の声を頭の上に聴いて、口元が緩む。

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