50 / 55
8月31日(月) 帰京_01
8月31日(月) 帰京
「北斗…おはよう。」
まもちゃんの低くて優しい声が、俺の体を震わせる。
俺は目をうっすら開けて、彼を見る。
「んふ…まもちゃん、おはよう。」
そう言って目を細めて笑う。
そりゃ、体が震える訳だよ。
だって、彼の体の上で一晩中眠ってしまっていたみたいなんだもん。
彼から滑り落ちて、やっと自由にさせてあげる。
クスクス笑いながら、彼に聞いた。
「ごめ~ん、重くて寝れなかった?」
「いや、寝られるよ。それより、朝ごはん何食べる?」
絶対、寝られないよ。
「朝ご飯…ん~、護の大盛り!」
俺はそう言ってまもちゃんの体に抱きつく。
まもちゃんは俺を体に付けたまま起き上がると、俺のお尻を抑えて抱っこする。
そのまま階段を降りてお店に連れて行く。
厨房の俺の椅子に俺を置くと、冷蔵庫とにらめっこを始める。
彼の丸まる背中を眺めながら、冷たい厨房のステンレスの天板に顔を付ける。
足をブラブラ揺らして、目を閉じて、彼の音をじっと聴く。
冷蔵庫から何かを手に取って、まもちゃんがのそのそと歩いて来る。
お皿を取り出して、卵を割る音がする。
俺は目を開けて、まもちゃんを見上げる。
彼は卵を溶きながら俺を見下ろしていた。
「まだ眠いの?」
そう聞いて、少し口元を緩めて笑いかけて来る。
「眠くないよ…冷たいから気持ち良かったの…」
俺はそう言ってステンレスの天板を手のひらで撫でた。
椅子から立ち上がって、フライパンで卵を焼き始める彼の背中に抱きつく。
ゆさゆさと揺れる背中にしがみ付いて、鼻歌を歌う。
チンと後ろで音がして、まもちゃんの背中が喋る。
「北斗、お皿にトースト乗せて?」
全く!人使いが荒いんだ。
俺はまもちゃんの背中を叩くと、お皿を手に取ってトーストを取りに行った。
お肉の焼ける良い匂いがする!
トーストを乗せたお皿を元の場所に置いて、まもちゃんの背中に抱きつく。
「俺、持って来たよ?偉い?」
彼の背中にそう聞くと、ふふッと笑って言った。
「偉いよ。ありがとう。」
そうだろ?
体の向きを変えて、俺の持ってきたトーストにスクランブルエッグとベーコンを挟む。
包丁で2等分にして、レタスとプチトマトの乗ったお皿にキレイに乗せる。
お皿を持って俺の椅子の前にコトンと置く。
「はい、食べちゃって?荷物が入りきってなかったよ?鞄を替えないとだめだ。」
まもちゃんは何でそんなに急いでるの?
俺は椅子に腰かけて、慌てるまもちゃんを眺める。
「いただきま~す。」
彼の作った卵サンドを手に持って、パクリと食べる。
「ん~美味しい!」
俺はそう言って体を揺らす。
コトンと牛乳の入ったコップが置かれて、まもちゃんは忙しく動く。
「なぁんでそんなに急いでるの?」
俺はそう言って、牛乳を飲む。
「もう10時なんだよ。急いで支度しないと…あっという間に時間になっちゃうよ?」
なんだ、そんな事か。
「いいよ。別にさ!」
俺はそう言って2つ目の卵サンドを手に取る。
「全く…」
まもちゃんは呆れた顔でそう言うと、俺の目の前に座った。
俺がムシャムシャ卵サンドを食べている所を、ジッと見つめて、圧を掛けて来る。
「なぁんで?」
俺はそう言って嫌がって、もっと遅く食べ始める。
「北斗の荷物、全然入り切れてなかったよ?あれ、どうするつもりだったの?」
まもちゃんがそう言って俺の考えを聞いて来る。
だから俺は身を乗り出して教えてあげる。
「何とかなるって…思った!」
荷物が増えた理由は知ってる。
星ちゃんの風鈴のせいだ。
あの大層な木箱が、意外と大きくて、俺の鞄の4分の1を占拠してる。
「星ちゃんの風鈴をまもちゃんにあげれば良いんだ。」
俺はそう言ってご馳走様をすると、お皿を洗う。
「星ちゃんが怒るだろ。大きい鞄を用意してあげる。あと北斗はバイオリンも持ち帰るだろ?荷物が多いんだよ?」
確かにそうだ。
それに高級なオーダーメイドのスーツも入れないといけない。
まもちゃんに手を引かれて、二階の部屋に戻る。
鞄からはみ出た荷物を見ながら、まもちゃんが途方に暮れてる。
俺はまもちゃんに抱きついて彼の背中にスリスリする。
「北斗、歯を磨いて、顔を洗って、髪の毛の寝癖を直して?」
まもちゃんはそう言うと、自分の鞄を探しに行った。
俺は言われたとおりに身だしなみを整えて、帰る服を着る。
黒いダメージジーンズと護のくすんだピンクのシャツ。
髪の毛をサイドで分けて、耳に掛ける。
「この方がモテるみたいだ!」
俺はそう言って、髪にワックスを付けて、セットする。
大きなカバンを持ってまもちゃんがやって来る。
次々と俺の荷物が入れ替えられて、星ちゃんの風鈴もちゃんと収まった。
「まもちゃん、見て?見て?」
俺はそう言って自分でセットした護ヘアをまもちゃんに見せる。
彼は俺の髪を見て、にっこり笑うと、耳に髪を掛けなおす。
「ん、可愛いよ。」
そう言って俺にキスする。
俺は体を揺らして喜んで、彼に壁に掛けてあったスーツを渡す。
まもちゃんはスーツを二つ折りにして、鞄に入れる。
チャックを閉めて、俺を見上げて、鞄を見下ろす。
「北斗…これ持てるのかな…」
俺はバイオリンを手に持って、試しに一回持ってみた。
「ん~!」
肩がぶち壊れそうなくらいに重くて、体が持って行かれるくらいに大きい鞄だった。
野球部の高橋君の鞄並みにデカくて重い。
「駅まではまもちゃんが持って行ってあげる。東京に着いたら星ちゃんに持ってもらった方が良いかもしれないよ?」
「ん~、分かった…」
肩を抑えながらそう言って、まもちゃんに抱きついて甘える。
「まもちゃん?」
彼の正面から抱きついて、彼を見上げて名前を呼ぶ。
「なぁに?」
「愛してる…」
「俺も北斗を愛してるよ。」
知ってるよ。
キスをくれる彼の髪を撫でる。
柔らかくて、フワフワした癖っ毛の髪を撫でて、記憶する。
「ほら、まもちゃんも支度しないと…」
まもちゃんはそう言うと、せっせと身支度を始める。
俺はベッドに座ってそんな彼を眺める。
綺麗にまとめられた自分の荷物とバイオリンケース。
彼の部屋に置かれたそれらを見て、目を背ける。
見たくない。
行きたくない。
帰りたくない。
彼の後姿を走って追いかけて、背中に抱きつく。
「嫌だ…嫌だよぉ…」
まもちゃんは動きを止めて、立ち尽くしてる。
俺は彼の背中にしがみ付いて、しくしくと泣いて、急ぐ彼を困らせる。
「また来れば良いだろ…」
「嫌だ…離れたくない。1分1秒も、離れたくないんだ!」
そう言って彼を困らせて、俺は感情のままにしくしく泣く。
立ち尽くした彼を良い事に、俺はグダグダに甘えて彼に縋って泣く。
「やだ…やだぁ…まもちゃん、まもちゃん…」
彼の背中に顔を擦って、思いの丈を自分勝手にぶつけていく。
「北斗は東京に帰って、バイオリンをいっぱい練習して、アメリカに行くんだ。そして、コンクールで入賞して、向こうの音楽院の特待生になるんだ。そうして、来年の夏になると、俺の所に帰って来るんだ。そうだろ?」
まもちゃんが淡々とそう言って、俺を突き放す。
彼の背中は静かなままなのに、彼の声色に込められた熱い思いを感じて、体を寄り添わせて、頷きながら涙を落とす。
「北斗が泣くのは離れたくないからじゃない。甘ったれていたいからだ。でも、それじゃ勝てない。他にも苦汁を飲んで歯を食いしばってる子が居るんだ。そんな奴らに勝つ為には、北斗はもっと上手にならないとだめなんだ。」
まるで自分に言い聞かせてるみたいに、まもちゃんはそう言って、背中にしがみ付いた俺を引き剥がすと、体を屈めて俺の顔を見ながら言った。
「お前は強い。孤高の北斗だ。その強さは今までお前が悔しい思いをした犠牲の上に成り立ってる。俺のせいでそれが弱くなるなんて嫌だよ。泣きながら楽譜を読み込んだね?泣きながら曲を練習したね?その全てがお前がお前であり続ける理由なんだ。そして、俺はそんな北斗に心底、惚れているんだよ?」
そう言って俺の目の奥を覗き込む。
嫌だ…まもちゃんと一緒に居たい…
ずっと、この甘くてトロけそうな彼の傍に居たい…!
「俺の奥さんは…強いんだ。」
まもちゃんの目の奥が凪の様に動じない。
彼の瞳が真摯に俺の心を貫く。
「北斗…俺がバイオリンを作ったら、誰に渡せば良いんだ?」
そう言って俺の目を覗く瞳の奥に力をこめる。
こんな強い瞳で見つめられた事は無いだろう…
揺れ動く自分とは大違いな彼の瞳の奥に、静かな強い愛を感じて、心が跳ねる。
彼の服にしがみ付く手を緩めて下に落とす。
そして自分の両脇で、ギュッと固く結ぶ。
奥歯をかみしめて彼を見据える。
強い静かな愛を湛えた彼の瞳に呼応する様に、同じように静かな愛を湛えて、彼の瞳を見つめ返す。
「護のバイオリンは…俺の物だよ。」
そう言って彼を正面からギュッと抱きしめる。
そして、すぐに離れるとベッドに走って向かう。
そうだ、俺は強いんだ。
そして…貪欲で、図々しいんだ。
「全く…」
まもちゃんはそう言って呆れると、服を着替え始める。
俺はベッドの上であぐらをかいて瞑想をする。
落ち着け…北斗…落ち着くんだ。
何か別の事を考えよう…瞑想だ…
ん~、と…餃子…餃子、羽根つき餃子、羽、天使、マモ~ル…
天使のマモ~ルを連想して、目を瞑りながら1人でクスクス笑う。
あのフレスコ画みたいな天使なのかな…キモ…
「準備出来た~。」
そう言うまもちゃんの声が聞こえて、俺は瞑想から解かれて目をゆっくりと開く。
「…なぁんで?何で、そんな恰好にするの?」
それはまるでバカンスに行くような派手なシャツと、ベージュの短パン。俺の麦わら帽子と、サングラスだ。
「馬鹿みたいだ!」
俺はそう言ってまもちゃんの腹を足で蹴飛ばす。
まもちゃんはその足をガッチリ掴むと、俺を見てサングラスを下げる。
どや顔しながら、俺を見つめて、ゆっくりと反対の手を動かす。
やられる!
「だ~はははは!!やめて!やめて~!!」
俺の足の裏を意気揚々とこしょぐり倒して、まもちゃんが高笑いをする。
「ぶははは!どうだぁ~?北斗~!どっちが強い~?」
俺は反対の足でまもちゃんの体を引っかけて、自分に引き寄せる。
「おっとっと!」
そう言ってよろける彼を下から見上げて、両手を広げて微笑む。
俺の顔を見て、まもちゃんは微笑むと、オーバーに騒いで一気に倒れて来る。
「うひゃ~~!!」
そう言って叫んで、俺の元に落ちて来た彼の体を抱きしめる。
俺に覆いかぶさって俺を抱きしめる彼を抱きしめる。
このまま一つになりたい…
でも、それは無理なんだ。
「んふふ…特に、このシャツがダメだ。」
俺はそう言って、彼のシャツを摘まんで引っ張った。
「分かってないな。これがポイントなんだ。」
彼はそう言うと、俺の頬を優しく撫でて、唇にキスする。
そのまま突き上げるようなキスをして、俺は彼に愛される。
新幹線に乗って…1時間ちょっとで東京に着く…その後、渋谷まで行って…田園都市線に乗り換える…星ちゃんに荷物を持ってもらって…駅から歩く。
きっと家には5時前には付くだろう…
今日お店を開くのかな…
俺はその頃、きっとバイオリンを見て、泣いているに違いないよ…
まもちゃん…まもちゃん…
携帯の着信音が一瞬鳴る。
俺の顔を見てまもちゃんが首を傾げるから、俺は携帯を無視して彼にキスする。
「誰からだろうね…?」
俺とキスしながらまもちゃんがそう言って聞いて来る。
彼は気になってるんだよ。
ここ最近、直生と伊織のメッセージをやけに気にしてるんだ。
まるで、これから自分が送る事になるであろう俺へのメッセージの参考にするみたいに、しきりに気にしてんだ。
笑っちゃうよね。
「見て見ようか?」
そう言ってまもちゃんが携帯を取って俺に渡す。
「どれどれ…あぁ、伊織からだ。」
「北斗…なんて書いてあるの?」
はいはい。
まもちゃんは俺の隣に寝転がって、一緒になって携帯画面を覗き込んで来る。
“北斗。これはお前か?”
そんなメッセージと一緒に、昨日クインテットと演奏していた時の俺の写真が添付されている…
「いつの間に…誰が…こんなもの撮ったんだろう…?」
俺がそう言って首を傾げていると、まもちゃんが笑いながら言った。
「北斗の動画を取ったり、写真を撮ったり、それは大人気だった…。やっぱり美しくてかっこいい、俺の北斗だからね…仕方ないよね…ふふん。」
うっとりしながらまもちゃんは俺の頬を撫でてそう言った。
そうなんだ…演奏に夢中で全く気が付かなかったよ。
肖像権が危ういな…
“イエス”
短くそう返信して、携帯を枕元に置く。
「お昼ご飯はラーメンでも食べようか?」
まもちゃんがそう言って、彼を見上げる俺の鼻をツンツンして笑う。
「やった!」
俺はそう言って、まもちゃんの首に両手で絡みつく。
「護…エッチして…?」
足を絡めて彼の体を揺らして甘える。
「でも~時間が~」
わざとらしくそう言って、焦らしてくるまもちゃんの唇をキスで塞ぐ。
「新幹線が脱線して俺が死んだら、これが最後のエッチになるかもしれないよ?良いの?しなくても後悔しないの?」
俺はそう言いながら彼の股間を撫でて挑発する。
「北斗ちゃん!」
まもちゃんは俺の誘いに乗って、熱くて痺れるキスをくれる。
俺に覆いかぶさって、俺の整えた髪を撫でて乱す。
「大好き…まもちゃん…」
彼の瞳にうっとりして俺がそう言うと、まもちゃんは目を細めて言った。
「北斗…愛してる。」
俺の服の下に手を滑らせて、大きな手で優しく撫でてくれる。
そのすべてが最高に気持ち良くて、体を伸ばして感じる。
「まもちゃん…大好きだよ…」
口から洩れる言葉が同じなのは、思考を停止してるわけじゃない。
本当に、その言葉が体から溢れてくるからだ。
「北斗…愛してる。」
きっと彼も同じなんだ。俺と同じで、その言葉しか溢れて来ないんだ。
彼のズボンのチャックを開けて、手を滑り込ませる。
大きくなった彼のモノを握って優しく撫でて扱く。
「ふふ…あぁ…、北斗ちゃんは、まもちゃんをこんなにして…どうするの?」
俺の顔を覗き込みながら腰を揺らしてまもちゃんが聞いて来る。
だから、俺は彼の頬に顔を寄せて、うっとりと頬ずりしながら言った。
「まもちゃんに…抱いてほしいの…」
「北斗ちゃん!」
極まったまもちゃんが俺のシャツを捲って体にキスを落とす。
柔らかい髪を両手で撫でて、彼の体を足で抱きしめる。
「まもちゃん…あっ…んん…はぁはぁ、まもちゃん…」
大きくなったモノを俺の股間に擦る様に腰を動かして、まもちゃんが俺の乳首を舐める。
体がビクンと跳ねて、顎が上がる。
口から吐息と喘ぎ声が零れて、体はまもちゃんの愛情でドロドロにトロけていく。
ズボンとパンツを脱いで、彼が俺のモノを口の中に入れていく。
「んんっ!…あっああ…まもちゃぁん…あっあ、あっ…」
愛しい彼のくれる快感と、彼に抱かれる喜びで、どんどん頭の中が真っ白になっていく…
「北斗…可愛いよ…こんなにして…本当に、可愛いんだ…」
そう言って俺のモノを丁寧にねっとりと扱いて、あっという間に絶頂に向かわせる。
彼の両手が俺の胸を這って、乳首を優しく指先で転がす。
「あっ!ああ…ん!らめぇ…、ちくび気持ちいの…すぐイッちゃうからぁ…らめなのぉ…!んん…まもちゃぁん、あっ、あっああ…きもちぃ…きもちいの…」
トロトロにトロけた体が、彼のくれる快感に跳ねて喜ぶ。
「イッて良いよ…北斗、イッて良いよ…沢山気持ち良くしてあげるから…心配しないで…」
まもちゃんがそう言って俺のモノを吸い上げる。
ダメだ…気持ちいい…!
「んっんん…あっあああん!!」
俺は腰をガクガクさせて彼の口の中でイッてしまった。
「可愛いね。大好きだよ。北斗の声も、体も、全部好き…」
そう言ってまもちゃんは俺の中に指を入れて、ゆっくりと動かす。
直ぐに気持ち良くなって、体を仰け反らせて頭の上の枕を掴む。
「あぁ…可愛い…堪んない。北斗…堪らないよ…」
俺の股の間で熱心に指を入れながら、俺のモノをねちっこく弄って口を緩めて笑う。
彼のその表情が…堪らなくエッチだ…
「まもちゃん…まもちゃぁん…」
彼を見ながら感じて腰を震わせる。
「気持ちいいの?北斗…」
ギラギラした目をしてるのに、声が落ち着いていて、堪らなく好きなんだ…
「気持ちぃ…まもちゃん…気持ちいの…」
そう言って、おねだりするみたいによがる。
「挿れて…まもちゃんのおちんちん、北斗に挿れて…」
「あぁ…可愛いんだ。本当に、北斗ちゃんは、かわいこちゃんなんだ…」
そう言って笑うと、まもちゃんが俺の目の前まで覆いかぶさって来る。
「キスして…」
彼の首に両手で掴まって顔を寄せていく。
まもちゃんの唇が当たって、俺の中に舌が入って来る。
気持ちいい…
まもちゃんの…全部が気持ちいいんだ。
彼の柔らかい髪を撫でながら、離れない様に必死にキスする。
堪らなく好きなの。
もっと。もっと。キスしたいの…
彼のモノがあてがわれて、ゆっくりと俺の中に沈み込んで来る。
いつもは違和感と快感に口を離してしまうけど、今日は絶対離さない。
苦悶の表情を浮かべながら、キスを続けて彼を受け入れる。
そのまま彼の腰がゆっくりと動き始めて、快感が体中を駆け巡る。
「ん~!はぁはぁ…あっ…ああ…まもちゃぁん…!」
とうとう気持ち良くなってキスが外れてしまう。
俺の腰を大きな腕が締め付けて、離れない様にきつく抱きしめる。
首を横に振って、彼のくれる押し寄せる快感に酔いしれる。
「北斗…北斗…まもちゃんの顔見て…」
間近で囁く彼の低くて素敵な声に、俺は目を開けて彼の顔を見つめる。
だらしなく開いた口が最高にエッチで、最高に美しい…
まもちゃんの気持ち良くなってる顔…
「まもちゃぁん…きもちぃ…きもちぃ!イッちゃう…イッちゃうよぉ…!」
彼の目を見つめながら、口からこぼれる喘ぎ声を浴びせる。
眉間にしわを寄せて、快感を耐えてるまもちゃんの表情を見て、頭がイキそうになる。
「まもあちゃん!あっあああ!!」
腰を震わせて俺が激しくイクと、まもちゃんが小さく呻く。
彼の腰が止まって、俺の中でドクンと暴れてイッた…
ドクドクと熱い彼の精液が俺の中に溢れて、項垂れる彼の背中を抱き寄せる。
「大好き…護、大好き…」
そう言って彼の背中を撫でて引き寄せて自分の体に沈める。
これは俺の…俺の護だ…
「北斗…お尻綺麗にしよう?」
「は~い」
そうして、いつもの様にシャワーで綺麗にしてもらいながら、また愛されるんだ…
「さ~、ラーメンを食べて、駅に着いたらちょうど良い時間だ。」
まもちゃんがそう言って、俺の荷物を抱える。
俺はバイオリンのケースを片手に持って、携帯電話をポケットにしまう。
玄関で俺を待つまもちゃんの所に歩いて行く。
ふと後ろを振り返って、初めてまもちゃんの部屋に来た時の事を思い出した。
ヘッドホンを借りたんだ…
あの時の自分が残像の様に映って見えて、クスリと笑う。
あのスピーカーに耳を付けて、鼓膜が震えるのを楽しんでたんだ…
玄関で靴を履いて、外に出る。
まもちゃんが玄関の鍵を閉める。
「ほい」
そう言って俺に鍵を渡して、まもちゃんが言った。
「いつでも戻っておいで?」
何だよ…全く。
「ん。」
俺は短くそう言うと、ポケットに彼の家の鍵をしまった。
車の後部座席に荷物を積んでもらって、助手席に座る。
まもちゃんが運転席に座って、エンジンをかける。
バイオリンケースを膝に乗せて、窓を開ける。
車が走り出して、彼のお店が離れて行く。
窓の外に、よく歩いた遊歩道を見送って、目頭が熱くなる。
また来れば良いんだよ…北斗。
そう言い聞かせて、必死に堪える。
バス停へ向かう星ちゃん達を見かけて、窓から声を掛ける。
「星ちゃ~~~ん!!おっ先~!!」
星ちゃんは俺を見ると、大きく手を振って笑った。
「北斗は最低だ~~~~!!」
そんな声が聞こえたけど、知らん顔してまもちゃんを見る。
彼は俺を見て、ニヤニヤして笑う。
「最低!だって?ほんと、ディスりカップルなんだ…!」
俺はそう言って笑うと、窓の外を眺めた。
「ねぇ?今日はお店開けるの?」
「開けるよ?」
「そう…じゃあ、家に着いたら連絡するね?」
「…ん、待ってる。」
そんな、普段を装った会話をして、彼の膝にゴロンと寝転がる。
しばらく見納めのぴえんを見上げて、鼻の穴に指を突っ込む。
「グスン…」
まもちゃんがそう言うから、面白くてもっと突っ込んだ。
「こうやって指を入れてると、丸い鼻の穴になるのかな…?」
俺がそう言うと、まもちゃんがふふッと笑う。
ラーメン屋さんに着いて、まもちゃんと一緒にお店に入る。
向かい合って席に座って、俺はこってり背脂増し増しの家系ラーメンを頼んだ。
まもちゃんは普通の醤油ラーメンだ。
やっぱり胃に来るんだよ。年だからさ。
「東京に帰ったら、電車の乗り換えとかするの?」
ラーメンが来るまでの間、まもちゃんが俺に東京の事を聞いて来る。
「ん、一回乗り換える~。渋谷で田園都市線って電車に乗り換えるんだ。」
俺がそう言うと、まもちゃんは口を開けた。
「渋谷…!?」
渋谷だけど…乗り換えに降りるだけだ。
「渋谷って…ヤングなんだろ?ヤングな若者がパリピで、ウェ~~イ!っているんだろ?危ないじゃないか…」
まもちゃんはそう言うと、俺の手を握って心配する。
俺は彼の顔を見ながら言った。
「乗り換えるだけだし、星ちゃんも居るし、平気だよ?」
俺はそう言って彼を安心させる。
金曜日の商店街の方がよっぽど危険だ。
ラーメンが俺の前に到着して、ギタギタの背脂に興奮する。
「ん~~!!背脂最高だ!」
そう言ってズルズルとラーメンを啜って食べると、まもちゃんは脂の量に驚愕した。
「なぁに…そんなに脂が浮いてて、北斗、平気なの?」
平気だ。
むしろこれくらいギタギタしてないと、お店で食べる意味無いじゃないか!
「美味しいよ?」
俺はそう言ってレンゲで一口スープをすくって、まもちゃんの口に運んだ。
彼は俺を見ながら嫌そうな顔をしてスープを飲む。
「ん、まろやかだけど、脂っこいな。」
だって、脂だもん。
「ねぇ?学校はいつから始まるの?」
「9月1日、明日からだよ?」
俺がそう言うと、まもちゃんはまた驚いた顔をして言う。
「そんなギリギリまで遊んでて、勉強は…宿題は大丈夫なの?」
途端に親みたいなことを言い始める。
「大丈夫だよ?俺は星ちゃんの写してから来たもん!」
「北斗…」
俺はラーメンをあっという間に食べて、スープを飲みながらまもちゃんを見つめる。
俺は抜かりなく準備してから来たんだ!
「じゃあ、まもちゃんが子供の頃はどうだったのさ。」
俺はそう言って聞いてやった。
まもちゃんは馬鹿だから、ギリギリまで宿題なんてしてなかったはずだ。
俺の得意げな表情にムッとしてまもちゃんは言った。
「家は親父が厳しいから、そう言うのはきちんとやったよ。」
「へぇ~。」
俺は、信じないって顔してまもちゃんを見た。
まもちゃんは俺から視線を外して、ラーメンを啜って食べる。
絶対嘘だ。
兄ちゃんに手伝ってもらったんだ。
それか始業式前日に大好きなママに手伝ってもらったに違いない…!
「今度、オジジに聞いてみる~。」
俺はそう言ってまもちゃんをチラッと見た。
「いや、聞かなくても良いだろ?」
聞くさ。
まもちゃんは突然あたふたし始める。
しきりにナフキンを手に取ってモミモミし始める。
ほらぁ…やっぱり…嘘ついてんだろ?
大人ぶってさ…
言える口じゃないだろ?
「俺はしつこいからね、ずっと覚えてるよ?」
そう言って器を置くと、ご馳走様して、口を拭いた。
「あれぇ…ちょっとだけ、兄貴に手伝ってもらったかもしれない…」
ほれ見た事か!
彼はまるで今思い出したかのような口ぶりで、前言を撤回し始める。
「ふぅ~ん。ちょっとだけ?」
俺はそう言ってお水を飲む。
絶対ママに泣きついてる筈だもんね。
「ん~、お母さんに~美術の宿題を…ちょっとだけ、手伝ってもらった時もあったかもしれないなぁ~…」
マザコンめ!
「ほら、まもちゃんだっていろんな人に手伝ってもらってるじゃないか!俺は星ちゃんだけだよ?頼ってるの、星ちゃんだけだよ?」
俺はそう言って、まもちゃんのラーメンのスープをレンゲですくって飲む。
「…星ちゃんはとんだ甘やかしだな。」
まもちゃんはそう言うと、水を飲んで口を拭いた。
俺はあと一杯くらい食べられる。
でも、時間が迫ってるから、仕方なくお店を後にする。
まもちゃんと手を繋いで駐車場の車まで歩く。
まもちゃんの腕時計を見ると午後1:30だった。
お日様がてっぺんから傾いて来るのを感じて、無性に寂しくなって彼に聞いた。
「まもちゃん…今日、寝る時、電話しても良い?」
「良いよ。」
すぐにそう答えて、俺を見つめる目が少しだけ、悲しそうに見えた。
だから俺も悲しい顔をして言った。
「良かった。」
助手席に乗って、バイオリンを膝の上に置く。
まもちゃんが運転席に乗って、車体がユサッと揺れる。
「北斗…寂しくなったら、いつでも電話して。」
そう言って俺の頬を包むと、優しいキスをくれる。
グラつく気持ちをひた隠しにして、彼のキスを受け取ると、にっこり笑って、うんと頷く。
ダメだ…俺は、強いんだから…
グラつくなよ…ダサいぞ、北斗。
車があっという間に駅に到着する。
路駐して、まもちゃんが俺の荷物を下ろす。
俺はバイオリンケースを両手に抱きかかえて、震える足で車を降りた。
しっかりしろ…
とうとう、彼の車からも離れて歩いて駅に向かう。
俺の荷物を肩に掛けて、先を歩くまもちゃんの背中を見る。
どうしよう…
帰りたくないよ。
まもちゃん…!
止まりそうな足を、彼の背中を追いかけながら無理やり動かす。
ダメだ…俺は強いんだから…こんな事で、グズグズ言わないんだ。
まもちゃんに喝を入れられた事を思い出して、そうある様に懸命に努力する。
「あ、足がつった…」
俺はそう嘘を吐いて、平気で立ち止まった。
まもちゃんは俺を振り返る。
その表情は…ヤレヤレだ…。と言わんばかりの表情だ。
「ん、本当に足がつったの…!」
そう言って足をケンケンしてみせる。
つった事なんて今まで一度もないから、演技のクオリティーが低い。
「あ~イタイ、イタイなぁ…!」
俺がそう言ってジタバタしていると、まもちゃんが手を差しのべた。
「北斗、大丈夫。一緒に行こう。」
そう言われて、演技をするのを止めた。
差し出された彼の左手を握って一緒に歩いて行く。
「もっと、ゆっくり歩いて…」
小さい声で俺がそう言うと、まもちゃんはゆっくり歩いてくれる。
俺は歩幅が小さいんだ…だから大股で歩くと、転んじゃうんだ!
駅の入り口をくぐって構内に入る。
嫌だ…行きたくないよ…
これ以上先に行きたくない…
ピタッと立ち止まって、今度はこんな嘘を吐いた。
「あ、ヘッドホン、忘れちゃった!」
俺がそう言うと、まもちゃんは鞄の中からヘッドホンを取り出して、俺の首に掛けた。
そして、俺の顔を覗いてにっこり笑うと言った。
「大丈夫だよ。」
知ってる…分かってる。
大丈夫だもん。
一緒に手を繋いで、まもちゃんに入場券を買わせる。
「最後まで、来てよぉ…」
そう言って彼の体にしがみ付く。
俺の保った自制心はすでに崩壊してる。
「北斗~!」
改札で待ち合わせをしていた星ちゃん達と合流する。
「星ちゃん…北斗の荷物、多くて重いんだ。東京駅から、荷物を交換して持ってあげてくれないか…」
まもちゃんが星ちゃんに丁寧にお願いしてる。
「良いですよ?」
星ちゃんはそう言って俺を見る。
まるで…ヤレヤレだ。と言わんばかりの視線だ。
「星ちゃんの風鈴が大きかったんだよ?」
俺はそう言ってまもちゃんの左腕にしがみ付いた。
「一緒に来て…一緒に来てよぉ…」
そう言って改札を一緒に通ろうとして駅員に止められる。
「北斗~!早くしろよ!乗り遅れるだろ!」
んな訳無い!
だって、まだ30分にもなってないんだ。
ホームに降りるエスカレーターで、体が震え始める。
「まもちゃん…多分離れたら死んじゃうよ?」
俺は彼を見上げて必死の形相でそう言った。
ふふッと笑うとまもちゃんが言った。
「大丈夫だよ…大丈夫。」
そんな訳ない!
俺はまるで駄々っ子の様にまもちゃんの体にしがみ付いた。
「やだ!やだぁ!まもちゃん!やだぁ!」
そう言ってまもちゃんにしがみ付く俺を、みんなが白けた目で見てる。
「星ちゃん!荷物だけでも…中に入れちゃって…」
まもちゃんがそう言って俺の荷物を星ちゃんに渡す。
「北斗…俺達、座ってるからね…」
そう言って歩たちはぞろぞろと新幹線に乗り込む。
俺はまもちゃんに抱きついて、離れられないでいる。
「北斗…愛してるよ。」
頭の上で、まもちゃんがそう言って、俺の髪を優しく撫でて顔を上げさせる。
俺の顔は涙でぐちゃぐちゃだ…
「まもるぅ…やだぁ…」
そう言って、大粒の涙をボロボロと落として泣く。
「北斗…俺に愛してるって言って…」
悲しそうな顔をして俺の頬を包んで、まもちゃんが甘いキスをする。
まもちゃん…まもちゃん…
離れるなんて…まだ信じられないよ…
「護…愛してる…離さないでよ。」
「離れないよ。」
「ずっと傍に居てよ…」
「ずっと傍に居る。」
そう言いながら、何度も、何度も、キスをする。
プルルルル…
発車を知らせるベルが鳴って、まもちゃんが俺を新幹線に抱えて乗せる。
「まもちゃぁん…」
新幹線の扉が閉まって…
ホームに残った彼の表情が、一気に崩れていく。
扉の窓に付けた俺の手に、自分の左手をあてて、号泣する。
「まもちゃぁん…」
新幹線が動き始めて、あっという間に彼が見えなくなって、俺は膝から崩れ落ちて泣いた。
引かない波が、強さを増して次々に押し寄せて来るみたいに、涙が止まらない。
きっと彼も今頃、同じように泣いているんだ…
まもちゃん…
デッキでオンオン泣いていると、星ちゃんが俺の手を掴んで立ち上がらせた。
抱える様にして支えて、俺を座席に座らせると、隣の席に座って俺の頭を撫でてくれる。
「星ちゃん…まもちゃんが…まもちゃんが…」
「ん…大丈夫。」
何が大丈夫なんだ…何も大丈夫じゃない…
何も、大丈夫なんかじゃない…!!
星ちゃんの膝に顔を埋めて、悲しく泣いていると歩が言った。
「大げさなんだよ。北斗も叔父さんも…。新幹線で1時間だろ?また来れば良いじゃない…全くさ。だから、バカップルなんて言われるんだよ…。」
違うもん!違うもん!!
俺は歩を恨めしい顔で睨みつける。
「うわ…こわ…」
博がそう言って渉とちちくり合う。
お前ら2人は、まもちゃんのアカシックレコードによると別れるんだからな…!!
そうやって楽しいのは、今だけだぞ!
春ちゃんは何だかんだ言って俺を心配そうに見てる。
俺は星ちゃんの膝から体を起こすと、彼の肩に項垂れて、放心した。
窓の外に視線を移して眺めると緑の山々が見えて、彼と行った飛騨山脈を思い出した。
楽しかったね。
まもちゃん…
また、連れてってくれるかな…。
おもむろに、俺は携帯を取り出して、自分の泣き腫らしてムスくれた顔を写真に撮った。
“本日1100通信予定。時間守られたし”
そう書いて彼に送信した。
「うあ…」
すぐに返信が来て、隣の星ちゃんがビビって声を出す。
“了解気を付けて帰られたし、尚、帰還した後連絡されたし”
そして、下から撮ったであろう…ぶっさいくなまもちゃんの写真が添付されていた。
「なぁに、これ…酷い…!」
俺はそう言ってケラケラ笑うと、星ちゃんに携帯を見せた。
彼は引き気味に笑うと言った。
「ほんと…北斗が2人いるみたいだね…」
そうなんだ…
俺とまもちゃんは同じなんだよ…
だから、絶対離れられないんだ。
不細工なまもちゃんの写真をすぐに閉じて、彼の打った文字を見る。
まもちゃん…かわい…
俺は膝の上にバイオリンのケースを乗せて、星ちゃんのトンボ玉を見せた。
「見て見て~?」
「あ~、良いじゃん。」
星ちゃんはそう言って手のひらにトンボ玉を乗せると、コロコロと転がして眺めた。
そして、ケースに彫られた俺の名前を見て驚いて言った。
「北斗…これ、まもちゃんさんがやったの?凄く上手じゃない?」
もう良いよね…言っても。
俺は彼の彫った文字を指でなぞって、口元を緩めると、星ちゃんに教えてあげた。
「まもちゃんは…バイオリン職人だったんだ。」
俺がそう言うと、星ちゃんが俺を見て固まった。
衝撃的だったんだろうね…
目が止まって、口も半開きのまま、動かなくなってる。
「星ちゃん?」
俺は彼の肩を揺すって呼び戻した。
「なんで?いつ分かったの?」
そう聞き返す彼は、興味津々な表情で、俺の話を聞きたがってる様子だ。
そうか…星ちゃんは何も知らなかったんだもんね…気になるよね。
このお話はとっても面白いんだ…!
「随分前に分かった。俺がこのバイオリンを貰った後、工房へ行っただろう?それが彼の実家だったんだ。」
俺の話を星ちゃんは楽しそうに聞いて、彼のおかれた状況を理解していった。
奥さんの事は言わない…絶対誰にも言わない。
ただ、彼の本当の姿を、教えてあげた。
護はただの馬鹿じゃないんだよ。
とっても格好良い馬鹿なんだ。
「だから、このバイオリンも…このケースも…護のなんだ…」
俺はそう言ってバイオリンケースを両手で強く抱きしめる。
愛しのマモ~ル
あの時…
別れる時…
BGMなんて流れなかった…
てっきり帰れソレントへが流れると思ったのに…そんな余裕はなかった。
ただ、俺を、新幹線に乗せた彼の手の強さだけが、今も強く体に残ってる。
優しい瞳を思い出して、優しいキスを思い出して、キュンと胸が痛くなる。
「さっちゃんの家と、そんな関係性があったんだ…」
星ちゃんがそう言って、読んでいた本を置く。
「本よりも面白いじゃないか。」
そうだろ…?
俺はにっこり笑って、もっと教えてあげる。
そう、サロンドプロでの襲撃事件だ!
星ちゃんは俺の腹の痣を見て、驚愕した。
「凄い威力だな…凶器…いや、最終兵器並みの破壊力だ…」
そうだろ?全くさ。
手のひらで痣をそっと撫でて、俺のシャツを下に降ろす。
「何だかんだ、北斗は濃い夏休みを過ごしたんだね…」
星ちゃんはそう言って話をまとめると、俺に言った。
「まぁ、まもちゃんさんは遠くにいるけど、俺はすぐ傍に居るからね?」
どういう意味?
そんな当たり前の事を意味深に言って…
星ちゃんの意図が俺にはよく分からなかったけど、とりあえず笑って頷いた。
「うん!」
俺がそう言うと、星ちゃんはにっこり笑って俺のおでこにキスをした。
「髪型変えたんだね…良く似合ってるよ。」
星ちゃんはそう言って、俺の耳に髪を掛けなおしてくれた。
「んふふ。」
俺はそう笑って、彼の体にもたれて座った。
窓から見える景色は、ビルが立ち並ぶ景色へと姿を変えていた…
東京駅について、山手線に乗る。
「北斗の荷物、何でこんなに重いんだ?」
星ちゃんが階段をえっちらおっちら上ってる。
だから、俺は後ろから応援してあげるんだ。
「星ちゃん!頑張って!」
俺の持ってる星ちゃんの荷物だって、それなりに重いよ?
大体、お土産を買いすぎなんだよ。
肩から掛けるボストンバックに、お土産の袋が5個。
俺はそれに加えて、バイオリンケースを持ってるんだ!
「北斗…持ってやるよ。」
そう言って春ちゃんが俺の持ってる星ちゃんのお土産袋を代わりに持ってくれた。
「んふ、ありがとう。春ちゃん。」
俺はそう言ってお礼をちゃんと言う。
春ちゃんは顔を赤くして、そそくさと階段を昇って行ってしまった。
「星ちゃん!みんな先に行っちゃうよ?」
俺は頑張って星ちゃんを応援する。
東京駅構内は夏休みが終わるUターンラッシュの真っただ中だ…
通勤客と違って、動線のバラバラな様子は一言で言うと…混乱だ。
混み合う構内に家族連れが多くて、丁度、元ちゃんくらいの子供が抱っこして貰っている姿を見る。
元ちゃん、元気かな…
やっと階段を昇り終えた星ちゃんと、エスカレーターに乗って山手線のホームに急ぐ。
ホームに出ると、春ちゃん達が待っていてくれて、みんなで電車に乗り込む。
星ちゃんは電車に乗ると、早々に俺の荷物を床に置いて、ハァハァと息を切らした。
俺はそんな彼の背中をトントンと叩いてあげる。
椅子なんて座れない。
俺と星ちゃんは吊革に掴まって、電車に揺られる。
「軽井沢、また来年も行きたいね…渉」
「そうだね…博」
そうドア付近で話すディスりカップルに、心の中で中指を立てて思う。
来年、まだ付き合ってると思ってんの?うしし。
「北斗はこっち見んな。ロリコンの片割れ!」
渉にそう言われて、俺は歩の方をじっと見つめる。
彼は車窓から外を眺めて、ジッと遠くを見ている。
その隣に、当然の様に春ちゃんがいて、一緒に遠くを眺めてる。
こうみれば、只のカップルなのに…
春ちゃんのやりたがりが早く治るといいね…
星ちゃんの顔を覗いて見上げる。
「星ちゃん。お土産買いすぎだよ?」
俺がそう言うと、星ちゃんが笑って言う。
「北斗に荷物の重さは異常だよ?一体何が入ってるの?」
星ちゃんの風鈴がいけないんだ。
俺は首を傾げて言う。
「星ちゃんの風鈴だよ。あれが一番の原因だ。」
電車が揺れて、星ちゃんは体勢を崩しながら俺を見て言う。
「え~、そんな訳無いよ…」
「どれ」
そう言って春ちゃんが俺の荷物を肩で持つ。
「…重い」
そう言ってすぐ床に下ろすと中を開いて見る。
「…北斗、これ凄いんだけど。」
「え…?」
俺の鞄の中に、洋服と一緒に、銀色の保冷パックが入っている。
「なぁにそれ…知らないなぁ…いつ入ったのかな…?」
当然だ。荷造りはまもちゃんがやったんだもん。
保冷パックの中身を春ちゃんが開けて見る。
「プリンが大量に入ってる…」
そう言って俺の顔を見上げて言う。
「あのおっさんが入れたんだ。」
春ちゃんを見下ろす目から大粒の涙があふれて来る。
星ちゃんが俺の背中をさすってくれる。
でも、涙が止まらない…
俺が大好きなまもちゃんのプリンだ…
「ふふ…護め…」
俺はそう呟いてにやりと笑う。
涙をそのままにすぐにしゃがんで保冷パックを閉じた。
鞄のチャックを閉めて、春ちゃんに言う。
「人の荷物、勝手に開けちゃ、だめ~!」
春ちゃんは俺の涙を拭って言う。
「他にも大量のお土産が入ってたぞ?あんなに食べきれないだろ?一つ寄越せよ。」
出た!
弱肉強食男の本領発揮だ!
「だめだ。あれは俺への献上品だからね。」
俺はそう言って立ち上がると、吊革につかまって星ちゃんにもたれた。
まもちゃん…プリン入れてくれたんだ…
もう…本当に、護はサプライズが大好きなんだ…
惚れるだろ。
全く…
「北斗は人の事言えないくらいお土産買いこんでんじゃん。」
違う。
俺じゃない。
まもちゃんが買っていたんだ。
「んふふ…」
彼のお節介を思って笑いが込み上げてくる。
優しんだ…まもちゃん
電車が渋谷に到着する。
春ちゃんが星ちゃんの代わりに俺の荷物を持ってくれた。
俺は星ちゃんの荷物を持って、星ちゃんが春ちゃんの荷物を持つ。
山手線を降りて、階段を降りていく。
電車を乗り換えて、家の近くの駅まで揺られる。
まもちゃん…もうすぐ家に着くよ。
手に持ったバイオリンのケースを胸に抱えて、ギュッと抱きしめる。
駅に到着して、みんなで降りる。
春ちゃんと歩、博と渉と、ここでお別れして、俺と星ちゃんは同じ方向に帰る。
「また明日ね~!」
みんなにそう言って手を振って、星ちゃんの持ってくれる俺の荷物を下から少しだけ支える。
「星ちゃん!がんば!」
応援だけは出来るんだ。
「北斗は…そのシャツ。貰ったの?」
俺の方を見て、星ちゃんが尋ねてくるから俺は教えてあげた。
「ここ見て?さっちゃんに襲撃された時、破れたんだよ?でも、プロに直してもらったんだ。気が付かないだろ?」
俺はそう言って袖を見せてあげる。
「うん。言われないと分からないね。」
そうなんだよ。プロは凄いね。
まもちゃんのお土産のせいで重たくなった荷物を、星ちゃんがえっちらおっちら運んでくれる。たまに、すれ違う人にぶつかりそうになるから、手でツツッと守ってあげる。
「星ちゃん!もうすぐだよ!」
俺はそう言って星ちゃんを励ます。
十字路を左に曲がって、見えて来た…俺の鳥かご。
やっと家に到着して、星ちゃんの肩を揉んで上げる。
「ありがとう~!」
そう言って星ちゃんの荷物と、お土産袋を彼に渡す。
「北斗、また明日ね~。」
星ちゃんはそう言って自分の家路に着く。
俺は彼の背中を見送って、家の玄関の前に立つ。
籠の中に戻る前に、まもちゃんにメッセージを送る。
“まもちゃん、鳥かごの前に着いたよ”
自分の家の写真を撮って、一緒に送る。
思った通り、すぐに返信が来る。
“良かった!お疲れさま!北斗の実家。ドキドキ…キュン”
そして、俺の写真を写真立てに入れて、ジッと無表情で手に持つ彼の写真が添付されてる。
どういうことだよ!
もう…ほんと、馬鹿なんだ。
クスリと笑って、俺は意を決して玄関へ向かう。
ピンポンを押すと、意外とすぐに母さんが出てきて驚いた。
そして、お帰りの一言もなしに俺を見て言った。
「北斗…お客さん来てる…」
「へ?」
玄関に置かれた靴を見て震える。
荷物を置いて、バイオリンを抱えたまま走って応接室に向かう。
「あ~~~~!」
そう言って大笑いしながら飛びつく。
「どうして?どうして?」
俺は彼らの顔を見てそう尋ねる。
こんなにすぐに会えると思わなかった!
しかも、俺の家にいる…!!
ケルト神が、俺の家に来た!!
「東京の仕事があったからお前の家に立ち寄った。」
直生がそう言って、俺の手にぶら下がる凶器のバイオリンケースを必死に抑えている。
「あはは!!あははは!!」
俺は大喜びして、俺を支える二人の腕にゴロゴロと転がる。
「北斗…どうなってるんだ?」
彼らと向かい合う様に座っていた父さんがそう言って、状況を飲み込めないでいる。
「北斗のお父さんは…たぬきみたいな顔をしているんだ…クスクス」
伊織がそう言って俺の父親をディスった。
「父さんは知らないの?彼らは有名なチェロのデュオだ。」
俺はそう言って二人の間に座ると、向かいに座る父さんを見た。
「知ってる。知ってるけど。何でお前とそんなに仲良しなんだ?」
父さんの隣に放心した母さんも座って、俺と直生と伊織を見て首を傾げる。
「北斗のお母さんは、ちょっとだけ北斗に似てる…もしかしたら、北斗の父さんは目の前の人じゃないかもしれない。」
伊織が母親の貞操を侮辱する。
「俺たちのコンマスにご挨拶に来た。北斗は優秀なバイオリン奏者だ。そして…美しいんだ。」
直生がそう言って俺を慈しむような目で見つめて来る。
やめろ…親の前だぞ。
信じられないな。
「そうなの…北斗、彼らのコンマスなの?」
「うん。そうなんだ。」
「そんな訳ないだろう?」
一蹴される俺を見て、伊織が笑って言う。
「北斗の親は何も知らないんだな。良いものを見せてやろう。」
そう言って、大きなタブレットを鞄から取り出した。
「俺の友人が昨日送ってきた。凄い子供が居るって…大はしゃぎだった。」
そう言って伊織が動画の再生ボタンを押した。
「あ…これ。」
それは昨日、理久と彼のクインテットと一緒に演奏した時の動画だった。
「北斗…俺の友人が会いたがってる。今日これから一緒に行こう。」
伊織がそう言って微笑む。
行きたいよ。行きたいけど。
俺は両親の方をチラッと見る。
二人とも俺の映った動画をじっと見つめて音を聴いてる。
「あぁ…素晴らしいじゃないか…北斗。」
え…
父さんがそう言って口元を緩める。
「本当、素敵だわ。それに、良いバイオリンね。このバイオリンがそうなの?」
俺の手元のバイオリンケースを見て母親が尋ねる。
「そうだよ…このバイオリンは特別なんだ。頂き物だ。」
俺はそう言ってバイオリンを抱きしめる。
意外だった…
両親が嬉しそうに俺の動画を見ている姿が…意外だった。
今まで箔をつける為に受けていたコンクールにだって来た試しの無い両親が、俺の演奏を喜んで見ているんだ…
それが、不思議で仕方が無かった…
「北斗は小規模オケにも参加した。」
直生がそう言って携帯を取り出すと、慣れない手つきで写真を見せる。
それは、俺の襟元から胸を覗く怪しい写真だった…。
「!なにそれ!」
母親が反応して直生を睨む。
「…間違って撮っちゃったんだよね。これじゃなくて、違う写真だよね?」
俺は慌ててそう言って直生を睨む。
慌てすぎて髪の毛が落ちて来る直生の髪を直しながら、彼の写真の画面を一緒に見る。
「これ、これだろ?」
俺はそう言って、彼よりも先に写真を選択して、見せてあげる。
それは俺が彼らのコスプレ衣装を着て、のりちゃんの隣でシシリエンヌを弾いている写真。
こんな写真、いつの間に撮ってたんだ…
もしかして…この二人も。
まもちゃん同様に俺の事を心配して…
両親を説得する為に…わざわざ家に乗り込んで来たのか…?
彼らを見つめる目が潤む。
伊織が俺の目を見て一緒になって潤む。
直生が俺の頭を撫でて言う。
「ご子息は立派な演奏家です。どうか、彼にもっと自由を与えてください。そうすれば彼はもっと伸びる。初めて演奏した時感じた彼のつぼみが、どんどん膨らんで花開くのを間近で目撃しました。それは友達や、様々な人と楽しむことで開花したんです。彼の事を信じて、もっと自由を与えてください。彼は立派な作曲家になるでしょう。」
俺の目から涙がポタポタ落ちて、膝を濡らしていく。
こんなにまともに話す直生を初めて見た…
それに、こんなに俺を思っていてくれた事も、初めて知った…
「北斗…俺の友人が言っていた。お前は素晴らしい指揮者だと。」
伊織がそう言って俺の頭を撫でる。
「いや…俺はコンサートマスターになりたいんだ…。」
俺はそう言って両親に言う。
「沢山の楽器が俺の思う様にハーモニーを紡いでいくんだ。それは…もう言葉では表現できない程の快感だ。まるで頭の中を共有するみたいに、優秀な奏者が俺の思いを汲んでいく。そして繊細な表現をいとも簡単に表現してくれるんだ…その過程が堪らなく好きなんだよ。」
そう言ってチェロの二人を見る。
この二人が教えてくれた、堪らない快感だ…
「弾いてみるか?」
直生がそう言って後ろに立てかけたチェロケースに手を伸ばす。
「ふふ…良いだろう。」
俺はそう言ってバイオリンケースからバイオリンを取り出す。
「何を弾く?」
そう言って伊織が俺の顔を覗き込む。
俺は目の前の両親を見下ろして考える。
「スラヴ舞曲…第3番」
俺はそう言って二人を見ると、バイオリンを首に挟んだ。
そして、弓を美しく構えると、彼らも弓を構える。
息がピッタリなんだ…
やっぱり俺たちはトリオなんだ。
そのまま弓を引いて、揺らぐような…スラヴ舞曲を弾く。
それはいつも弾いてる怪し気な2番じゃない、3番。
俺の“嬉しい”気持ちを込めて…スラヴ舞曲第3番を弾く。
まさか…彼らとこうやってまた一緒に弾けると思わなかった…。
それが嬉しい…
まさか…両親がこんなに俺の演奏を認めてくれると思わなかった…。
それが…嬉しい。
ゆったりと、美しいハーモニーを作って、紡いで、彼らと揺れて踊る様に、弾いていく。
直生の顔が微笑んで、俺を見つめる。
伊織の顔が微笑んで、俺を見つめる。
俺は二人の顔を見ながら、細かい指示を出して、このユラユラと揺らいで繊細なハーモニーを奏でる曲を軽やかで上品に仕上げる。
もっとのびのびと伸ばして、優雅に、華麗に、踊る様に…それは舞曲に相応しい曲。
「あぁ…美しい…」
そう呟いて、うっとりしながら自分の奏でる音と、彼らの奏でる音の紡ぐ先を見つめる。
なんて美しいハーモニーだ。
「素敵だ…」
父さんの感嘆の声が聞こえて、胸が詰まる。
でも、これからもっと盛り上がるんだ…だから、俺は曲に集中する。
彼らと息を合わせると、それはいとも簡単にこんな美しいハーモニーを生み出して、まるで俺もこの人たちの兄弟だったんじゃないかと錯覚するほどに、素晴らしい一体感を生み出す。
「ブラボー!」
母さんがそう言って涙を拭うから、俺は手が震えそうになる。
どんな状況でも俺の手は揺れないと思っていたのに…
気を抜いたら震えて止まらなくなりそうな右手を、必死に止める。
まもちゃんの作った…歪なハートを見て堪える。
奏でる音に集中して…堪える。
護…
ケルト神が助けてくれた…!
目に涙が滲むけど、俺の指も弓も止まらない…
だって
俺は体に曲がしみ込んでるからね。
曲を弾き終えて、弓を下ろす。
そしてチェロの二人に丁寧にお辞儀をする。
「直生…伊織…ありがとう…」
感極まりながらそう言って、涙を落として深々とお辞儀をする。
その後、後ろの両親に三人で、お辞儀をする。
大きな拍手をして泣いて喜ぶ両親を見た。
それはもしかしたら、初めて見た光景かも知れない。
何て光景だろう…
人の心を動かす演奏が…出来たんだ。
ともだちにシェアしよう!